待状09 -家庭教師サークルの小さな世界 06
鄭愷苑と潘穎嫆は視線を交わした。言葉のない対話——「手伝いに行くべきかしら?」という無言の問いが交わされる。口には出さなかったが、その問いは彼女たちだけでなく、周りにいる者たちにも伝わっていた。
劉張三は彼女たちの躊躇を見抜いたように、口元を微かに動かした。見慣れた事態に臨むような静けさを湛えた声で言う。
「行くな」
二文字。重くはないが、置かれた境界線のように決定的な響きだった。理由の説明はなく、また説明を求める者もいなかった。
すぐに水音が響き始めた。壁越しに皿や茶碗がぶつかり合う音が伝わり、やがて駱馥琪の低く囁くような話し声が聞こえてきた。壁を隔てているため内容までは聞き取れなかったが、そのトーンはどこか軽やかで、何かの問いに応じているかのようだった。
鄭愷苑は視線を戻し、二度と厨房の方向へ目を向けることはなかった。卓上の皿はすでに空になっている。彼女は思案した——もしかすると、この副本(試練空間)の中では、刻一刻と何かが変化し続けているのかもしれない、と。
その時、宋知行が古珞鸒を見やり、明らかな気遣いを声に滲ませた。
「先にシャワーを浴びて休まれませんか?」
古珞鸒はしばし思案した。その提案を受け入れるべきか、それとも手がかりの追究に身を置くべきかを天秤にかけているようだった。そこへ于奕孺の声が脇から漂ってきた。
「この先、もし戦闘になればあなたの力が必要になるわ。無理に強がるくらいなら、しっかり体を休めて、これから訪れる事態の悪化に備えなさい」
不急不緩に紡がれた言葉だったが、居間全体を静かに押し潰すような重みがあった。先ほどまで弛緩していた検討の空気は、一瞬にして再び緊張の糸へと引き戻された。
古珞鸒は小さく頷き、それ以上は何も言わず、背を向けて真っ先に浴室へと向かった。
居間では、鄭愷苑が周囲を一巡して見渡し、実利的なテンポで問いかけた。
「部屋は5つ。どう分配する?」
顧長安が簡潔に応じた。
「どこもダブルベッドが2台ある。1台のベッドに2人で寝られるぞ」
鄭愷苑の視線が男性陣の間を走った。彼女は自ら切り出すしかなかった。
「じゃあ、こうしましょう——私とアパン(潘穎嫆)、フーチー(駱馥琪)の3人で1台のベッドに押し込むわ。ルオユー(古珞鸒)さんとイー(于奕孺)で1台のベッド。残りはあなたたちで勝手に分けて」
彼女は男性たちを指差し、議論の余地を与えない口調で言い放った。「あなたたち7人は、自分たちで適当にやりなさい」
部屋の割当は素早く決まった。程晉陽と宋知行が同室、顧長安と陳硯之が同室、唐衍之と湯志傑が同室。鄭愷苑、潘穎嫆、駱馥琪の3人が一室に固まり、于奕孺は古珞鸒と同じ部屋へ入ることになった。
最後に残ったのは劉張三だった。彼はソファを一瞥し、打ち合わせの必要すら感じさせない平穏さで言った。
「俺はここで寝る」
鄭愷苑が振り返って彼を見た。
「平気なの?」
劉張三の答えに迷いはなかった。何度も答え慣れた問いに応じるかのように。
「安心しろ。まさか女のお前たちに見張りをさせるわけにもいかんだろ」
言い終えるや、彼はすでにソファへと腰を下ろしていた。まるであの場所が最初から彼のために用意されていたかのように。
少し離れた場所に立っていた湯志傑が、言葉を添えた。
「明日は俺が不寝番(見張り)を代わるよ」
劉張三は反対しなかった。
于奕孺の淡々とした声が、ソファの方向から届いた。
「明後日には、私が不寝番をしているかもしれないわね」
劉張三は目を細めて彼女を見つめた。挑まれたようなニュアンスが混じる。
「俺たちを信じられないのか?」
彼女は小さく笑った。軽やかな調子のまま応じる。
「勘違いしないで。ただ、近くに『詭(怪異)』がいるなら、私の方があなたたちより反応が早いというだけよ」
鄭愷苑はその言葉を聞き逃さず、追随した。
「私たちはみんな同じ舟に乗っているんだから、男だの女だの分ける必要はないわ。副本をクリアして生き残ることこそが最優先よ」
彼女たちの真剣な眼差しを受け、劉張三はそれ以上反論しなかった。しばしの沈黙の後、低く呟くにとどめた。
「好きにしろ」
あたかもその話題に、ひとまずの境界線を引くかのように。
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その時、浴室のドアが開き、古珞鸒が出てきた。眼鏡を外しており、髪はまだ濡れて湿り気を帯びていた。水滴が肩のラインに沿って滑り落ちる。顔に溜まっていた疲労が洗い流された後には、清らかな素肌の底色が残されていた。
宋知行は彼女を見つめたまま、時を止めたかのように佇んでいた。口を開くことはなかったが、その視線が雄弁に多くを物語っていた。
古珞鸒はその視線に気づくことなく、湯上がり特有の軽やかさを声に滲ませた。
「やっぱり、お風呂に入るとすっきりするわね」
鄭愷苑が即座に席から立ち上がり、すぐさま言葉を継いだ。
「じゃあ、私も入ってくるわ!」
顧長安は隠そうともせず、まだ見足りない光景を焼き付けるかのように、堂々とその姿に視線を注いでいた。
程晉陽の目が古珞鸒の身の上にしばし留まった。ごく自然な調子で尋ねる。
「髪を洗ったんだな。拭くのを手伝おうか?」
古珞鸒は微かに呆気にとられた。そんな申し出を受けるとは思っておらず、いかにして断るべきか躊躇した。彼がさらに言葉を重ねる。声のトーンはどこまでも平穏だった。
「誰かに手伝ってもらった方が、地肌のあたりが乾きやすいからな」
その提案には道理があった。彼女は一瞬逡巡したものの、断りづらさに負けて結局は小さく頷いた。
「……ええ、お願いするわ」
程晉陽は多くを語らず、すでに彼女の手からタオルを受け取っていた。
劉張三は視線を戻し、厨房の方向を一瞥してから、居間の座席へと目を走らせた。程晉陽はすでに手を動かし始めている。手つきは素早くはないが、何度も経験してきたかのように着実だった。宋知行の膝の上に置かれた手が微かに握りしめられ、顧長安の視線は程晉陽から離れ、卓上に置かれたまだ完全に開かれていない日誌へと戻っていった。
劉張三は心の中で思案した——やはり、副本の中に長く身を置き、何度も生死を共にしていれば、互いの距離を保ち続けることは難しい。近づきすぎれば、必ず痕跡が残ってしまうのだ、と。
劉張三は一抹の危惧を抱いていた。感情が大きくなりすぎれば、不測の事態を引き起こしかねない。かといって、それを抑えつけさえすれば無事でいられるというわけでもなかった。
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居間の灯りはなおも煌々と灯っていた。湯志傑が厨房から出てきたところで、手にはコップ一杯の水が握られていた。古珞鸒の脇を通り過ぎる際、その足取りが緩やかになる。彼の視線が彼女の顔の上に一瞬止まった。飾り気のない直球な調子で尋ねる。
「そういえば、なんで急にそんなに体が弱くなったんだ? 以前はもっと元気だったろう」
古珞鸒は明らかに面食らったようだった。このタイミングでそんな問いを投げかけられるとは思っていなかったのだ。彼女は伏し目になり、二秒ほど置いてから口を開いた。声のトーンは、すでに慣れきってしまった出来事を語るかのように淡々としていた。
「会社の呪い(詛咒)が……まだ完全には解決していないの」
ソファに背を預けていた劉張三は、その言葉を聞くやいなや背筋を伸ばした。眉間の皺が先ほどよりも深く刻まれる。
「だが、強力な呪いでない限り、お前ほどの者を囚われ続けさせられるはずがないんだが」
古珞鸒は溜め息をついた。自分自身でも未だ完全に整理しきれていない手がかりを確かめるかのように。
「私もおかしいと思っているわ。でも、何かが……まだ根底で処理しきれていない感覚があるの」彼女の視線は、膝の上で組まれた己の両手へと落ちた。「この前少し緩んだのだけれど、全体の圧迫感は相変わらず残っている。何かに鍵をかけられているみたいに。それに一度解決したと思っても、すぐにまた元に戻ってしまうの」
彼女は声を潜めた。独り言のようでもあり、その判断が正しいかを確かめるかのようでもあった。
「おそらく……本当の源流を、まだ突き止められていないのだわ」
湯志傑は水を握りしめたまま、座ることも、立ち去ることもなくそこに佇んでいた。
劉張三の声が、静まり返った居間の中にひときわ明瞭に響いた。
「『種』とは何だ?」
その一言は、水面に投じられた一石のように波紋を広げた。一瞬にして、程晉陽、宋知行、顧長安の三人の間で同時に動揺が伝播する。三人の視線が、ほぼ同時に劉張三の方向へと集中した。
劉張三の眼差しが彼らの間を巡り、最後に顧長安の上で止まった。
「俺はあいつら二人(程晉陽と宋知行)がそうだということしか知らん」彼の視線は外れなかった。「お前もそうなのか?」
顧長安は微かに首を傾げた。その問いにどう答えるべきかを推し量っているようだった。彼は古珞鸒の方向を一瞥した。
「俺と彼女は、以前二人で別の副本に挑もうとしたことがあるんだ。その時、君たちは不在だった——ルオユーが言うには、君たちはオフィスの方へ向かっていたらしいが、あの時の攻略は失敗した。その日、彼女が俺に教えてくれたんだ。俺が『種』なのだと」
彼のトーンに力みはなく、ただ過去に起きた事実を淡々と口にするのみだった。
程晉陽の視線が顧長安と古珞鸒の間を往復した。その事実を、彼は全く知らなかった。
宋知行は無言を貫いたが、その視線は顧長安の上に一瞬止まった。瞳の奥で光が明滅し、何事かを深く思案しているようだった。
古珞鸒はソファに腰掛けたまま、言葉を挟むことも、その視線から逃れることもなかった。彼女はやがて瞳を上げ、静かに言った。
「早すぎる段階で知ってしまうことは、決して良いことではないわ」
劉張三はソファに身を預け直した。彼にも分かっていたのだ、今はまだその時ではないということが。
程晉陽はしばし沈黙した。ただ指をくわえて待ち続けることには耐えられなかった。だからこそ、彼は口を開いた。
「では——俺たちが一緒に修行(錬成)できる可能性はあるのか?」
宋知行も深く頷き、真摯な声で続けた。
「僕たちも強くなりたいんです。いつまでも他人に頼り切っているわけにはいきません」
顧長安は何も語らなかったが、その佇まいが彼の意思を全て物語っていた。
居間にしばしの静寂が訪れた。古珞鸒の視線が三人の男たちの間を巡り、やがて言葉を紡いだ。
「可能であるなら、私だってそうしたいわ——けれど、そんなに簡単なことかしら?」彼女は微かに首を傾げた。「身心を修めることを、あなたたちは易しいと思っているの? 大半の人間は、自分が本当はどんな人間であるかすら理解できていないのよ」
まさにその時、傍らでじっと耳を傾けていた潘穎嫆の声が漂ってきた。重くはないが、異常なほど真摯な響きを帯びていた。
「本当よ。ただそれだけのことに、私自身何年も費やしたわ」
彼女の口調に大袈裟なところはなく、ただ自身が辿ってきた事実を口にしているだけだった。
居間の空気は元々平穏さを保っていたが、劉張三の視線が潘穎嫆の顔の上で止まった。彼女が突然言葉を挟んでくるとは思っていなかったのだ。一拍置いてから口を開く。
「男ってのは往々にして思い上がりやすいものさ。自分がすでに泥沼に足を取られていることすら気づかずにね」
潘穎嫆は彼を見つめ返した。語気は強くなったが、多くの出来事を見定めてきた者特有の静けさを湛えていた。
「ええ。私たち一人一人に、向き合うべき自分自身の問題があるのよ」
ちょうど厨房から出てきた駱馥琪が、手に雑巾を握りしめたまま、自信なさげな声を漏らした。
「私も、最近になってようやく自分自身の力に頼らざるを得なくなったクチだから……」
古珞鸒は言葉を継がなかった。彼女は口を薄く開けたまま、どう会話を続けたらよいのか分からずにいるようだった。
突如として、于奕孺の声が割り込んできた。声量は控えめだったが、凍てつくような冷徹さを孕んでいた。
「『種』が何であるかを尋ねていたんじゃないの? どうして急にそんな感傷的なトーンに浸っているわけ?」
彼女は立ち上がり、全員の顔を鋭い眼差しで見回した。
「いっそのこと私が教えてあげるわ。どうしてあなたたちが『詭』に対抗できないのかをね」
彼女は一拍置き、あざ笑うような笑みを浮かべてから言葉を続けた。
「あなたたちが弱すぎるからよ」
声を張り上げることもなく、挑発する風でもなかった。
「あなたたちは悪人になりたくないのよ。けれど、人を傷つけるあの『詭』どもには、最初から善意など微塵も存在しない。嫉妬ゆえに他人の失脚を望み、のし上がりたいがために陰で他人を誹謗中傷し、己の欲望ゆえに他人を束縛しようとし、支配欲ゆえに他人の苦痛を無視するのよ」
彼女は語気速度を少し落とした。
「魔が生まれるのは、己の内に最初から魔が存在するからよ」
彼女の眼差しが、一人一人の顔の上で止まった。
「もし危害を加えられた時、あなたならどうするの?」
返答を待つことなく、彼女は言葉を紡ぎ続けた。
「前に言わなかったかしら——『詭は人の心より生じる。詭を探るは、人を探るがごとし』と」
彼女は低く嘲笑した。
「実際、詭に接するのも、人に接するのと何ら変わりはないのよ」
湯志傑はその述懐を聞き終えると、まず沈黙し、続いて思わず笑い声を漏らした。
「……参ったよ」彼は首を振った。「正直に教えてくれ——あんたは一体どんな修羅場をくぐり抜けてここへ来たんだ?」
陳硯之が顔を上げた。彼の瞳は真っ直ぐに于奕孺を見据えていた。
「彼女は以前……ほとんど妖詭本や怪詭本、魔詭本ばかりを渡り歩いてきたって言っていました」
彼は言葉の意味を覚えてはいたが、その重みまでは理解していなかった。
「そここそが、彼女が本当に身を置いていた場所なんです」
劉張三の表情が明確に変わった。抑えきれない驚愕が声に混じる。
「まじかよ……?」
于奕孺はただ笑みを浮かべるのみで、その描写を否定しも、過度な解説もしなかった。
「あなたたちも私と一緒に修羅場を潜れば——嫌でも強くなるわ」
彼女は僅かに言葉を切り、より一層狂気を感じさせる笑みを浮かべた。
「強くならざるを得ないからよ。強くならなきゃ、生き残れないもの」
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居間での議論はなおも終わっていなかった。古珞鸒の視線が床に積まれた資料の上に落ち、確信に満ちた声で告げた。
「ここは商業ビル(商場大廈)よ——会社員、生徒、保護者という三つの集団で構成されている。想像してみて。親が金を払って子供を補習塾へ通わせているのに、子供は無気力に応じ、あるいは成績がいつまでも目標に達しない時……それらの負の意念がどのように凝縮していくかを」
潘穎嫆は何かに思い至ったように、慎重に尋ねた。
「だから……時間が経つにつれて、現象がより顕著になっていくのね」
丁度浴室から出てきた鄭愷苑は、濡れた髪から水滴を滴らせながらタオルで拭いていたが、耐えかねて口を挟んだ。
「少し聞こえたけれど——じゃあ、私たち、一刻も早く解決しなきゃならないんじゃない?」
しかし、古珞鸒は首を横に振った。その声は変わらず平穏だったが、明らかな無力感が滲んでいた。
「恐らく初期の段階では、誰が元凶なのか——あるいはどこに問題があるのかすら突き止められないわ」
唐衍之は眉をひそめ、不快感を隠さずに確認しようとした。
「じゃあ、僕たちはただ受け身でいるしかないっていうのか?」
彼の一言が落とされると、居間に束の間の静寂が訪れた。
そして劉張三、湯志傑、古珞鸒、于奕孺——この四人が、ほぼ同時に吹き出したのだ。嘲笑ではなく、「まさかそんなことを言うなんて」という驚きを含んだ反応だった。
古珞鸒は笑い声の中に無念の溜め息を混ぜた。
「最初から最後まで、私たちは受け身なのよ——だって、これらの魔は、私たちが来るずっと前からすでに局(チェス盤)を完成させているのだから。私たちはただ、この事態を処理するために招かれたに過ぎないの」
その言葉は多くを語らなかったが、立ち尽くす者たちの反応は様々だった。微かに頷く者、沈黙を決め込む者、あるいは副本に対する自身の理解を再評価しようとする者。
居間が静まり返り、その言葉の重みが真に地に足をつけるまでに、もう少しの時間が必要であるかのようだった。
陳硯之の視線が卓上の縁に落ちていた。自身の声のトーンを確かめるかのように待ってから、ようやく口を開いた。
「けれど、僕は思うんです……生徒であれ、保護者であれ、あるいはこの会社であれ、本当は誰もがどうしようもない無力感を抱えているんじゃないかって」
彼の口調は確信に満ちたものではなく、自身の考えが果たして成立し得るのかを探るかのような響きを帯びていた。




