待状09 -家庭教師サークルの小さな世界 02
陳硯之は顔を上げ、于奕孺を一瞥すると、すぐに再び頭を低く下げた。
「システムが、俺はお前に執着(執念)を抱いてるって言ったんだ……それが『情債(愛の不徳義)』に化けたらしい」彼は一度言葉を切り、自分の言葉が軽々しく聞こえないかを確かめるように続けた。「それを知った時、俺は死にたいくらい落ち込んだよ」
席に座る于奕孺は、微かに首を傾げた。まだ完全には状況を咀嚼しきれていないといった表情だった。
「……は?」
陳硯之は叱責されることを覚悟していたが、怒声は飛んでこなかった。
彼女はただ数秒間静かに彼を見つめ、それから淡々と、真深刻に受け止めるほどの事でもないといった風に口を開いた。
「なら、私の言うことを聞いて強くなりなさいよ。そうすれば債(借り)じゃなくなるでしょ」
陳硯之は縋りつくような切迫感を露わにし、間髪入れずに応じた。
「言う通りにする!」
傍らに立つ鄭愷苑が、不確かな推測を込めて低く呟いた。
「……じゃあ、あの『情債』ってのはそういう経緯で発生したわけ?」
全員が呆気にとられた。頭上の蛍光灯は相変わらず均一な羽音を立てて明滅し、空気中には古い紙や消しゴムの屑の匂いが漂っている。だが全員の視線が彼一人に集中していた。説明を求めるかのように、己の耳を疑うかのように。地土に跪いたままの陳硯之は、頭を上げようとはしなかった。彼の低く籠もった声は、胸の奥で温め続けてきた言葉が、ようやく伝えるべき相手の前で正しいタイミングを得て吐き出されたかのようだった。
鄭愷苑は跪いたままの陳硯之の真剣な有様を眺め、耐えかねたように低く溢した。
「この人……一本気というか、ちょっと間抜けね」
隣に立つ潘穎嫆は最初うなずいていたものの、ふと何かに思い至ったように、半信半疑の驚きを声に込めた。
「あなた……それを面と向かって口に出したの?」彼女の視線が陳硯之の方へ流れ、彼女のその言葉に彼が動揺するかどうかを確かめているようだった。
古珞鸒は手元の中国史の教科書をめくり、目を上げないまま尋ねた。
「あなたたち、不安ではないの?」
鄭愷苑と潘穎嫆は同時に手にした小学生用の教科書を掲げてみせた。大して気にとめる必要もないと言わんばかりの、軽やかな調子だった。
「小学校よ」
鄭愷苑が言葉を補う。
「楽勝ね」
潘穎嫆も頷き、二人は申し分なさそうに誇らしげな笑みを浮かべた。
地面に跪いたままの陳硯之は、二人の会話を聞いて、心からの羨望を口にした。
「……急に二人が羨ましくなってきたよ」
声は高くなかったが、さほど広くない準備室のこと、皆の耳にしっかりと届いていた。
鄭愷苑は彼を見やり、たまらず口を開いた。
「もう立ち上がりなさいよ。ずっと跪いていたって情債が消えるわけじゃないんだから」
陳硯之はしばし沈黙し、その提案の妥当性を推し量るようにしてから立ち上がり、膝の埃を払った。その表情には、まだ完全には吹っ切れぬ真面目さが残っていた。
古珞鸒は壁の掛け時計を見上げ、時間が自身の見立て通りかを確かめた。視線を戻した彼女の声は平穏そのものだったが、そこには明確な督促の意が込められていた。
「現在の時刻は午後4時過ぎです。まずは全員、各自の担当授業に問題がないか確認してください。もし問題がなければ——」彼女は一拍置いた。「最も手すきの二人には、保安室か校工室(用務員室)へ向かい、彼らの勤務シフト表をもらってきてもらう必要があります」
間を置かず、彼女はさらに声を和らげて付け加えた。
「……ここで見つかるのなら別ですが」
小学生用の社会(人文科)の教科書をめくっていた鄭愷苑は、その言葉を聞いても手を止めず、口だけを動かした。
「用務員は講師陣からあちこちへ呼び出されやすいから、むしろ一番体力と頭脳を使うのよ」
于奕孺は彼女を一瞥したが、多くは語らず、ただ親指を立ててみせた。
鄭愷苑はその承認の合図には目をくれず、教科書に視線を落としたまま、顔に隠しきれない不安を浮かべた。
「でも、劉張三が酷使されっぱなしになったらどうしようかしら?」
対照的に、于奕孺はさほど気にとめていない様子で、素っ気なく返した。
「仕方のないことよ」
程晉陽は目の前の物理の教材を開き、慎重な口調で言った。
「教材がまったく準備されていない——」彼はページを一枚めくり、声に重みを増した。「俺たちの負担を意図的に増やそうとしているのだろう」
対面に座る宋知行は、手元の美術史のテキストとノートを見つめていた。
「補習授業の指定範囲は、むしろ通常よりはるかに多く、細かく設定されていますね」
そこへ鄭愷苑ののんきな声が横から流れてきた。
「私のはとてもシンプルよ——小学校だもの、ふふっ」
近くに座る潘穎嫆は、そう単純ではないと感じているようだった。
「手強いのは教科書じゃなくて、生徒たちが素直に話を聞くかどうかかもしれないわ」
駱馥琪が横から口を挟み、すっかり学生時代を遠ざかった面々に苦笑交じりの警告を発した。
「年をとるほど、人の言うことなんて聞かなくなるものよ」
顧長安の視線が問題集から于奕孺の顔へと注がれ、明確な探りを入れられた。
「そこに何が書いてある?」
于奕孺は問題集を一瞥しただけで答えた。
「保護者からの苦情ばかりよ」
唐衍之が顔を上げ、彼女の手元にある紙の束に視線を走らせた。
「苦情?」
于奕孺は頷いた。
「全員が把握できるよう、要点をホワイトボードに書き出しておくわ。あなたたちは自分の作業を続けて頂戴」
彼女は紙を手にホワイトボードの前へ歩み寄り、ペンを走らせようとした。そこへ程晉陽の声が横から届いた。検分するような慎重さが込められていた。
「こちらに学習塾の料金表がある」彼は思考を整理するように続けた。「ここは営利企業だ。収支の均衡には敏感なはず。……とすれば、講師の一斉辞職は保護者と何か関係があるんじゃないか?」言葉を発しながらも、彼の視線は表の上に落ちていた。
程晉陽が言葉を切ったのを見て、陳硯之が手を挙げた。
「俺の方には生徒数のデータがある」彼はページを一枚繰り、「生徒数が10人を割ると、即座に開講取り消し(廃学)になると書かれている」
そうした情報が一つまた一つとホワイトボードに書き加えられていく中、顧長安が立ち上がった。彼はホワイトボードの前まで歩み寄り、辞退を許さぬような口調で言った。
「俺が書こう」
于奕孺の手が宙で止まり、露骨な不満を滲ませた。
「どうしてよ?」
顧長安は平静を保ったまま、事実をそのまま口にした。
「俺が書いた方が見やすい」
于奕孺が場所を譲りたがらないのを見て取った鄭愷苑は、単刀直入に言い放つしかなかった。
「字が汚いからよ」
言葉が落ちると、オフィスの中に一瞬の静寂が訪れた。于奕孺は言い返さなかった。彼女はペンを置くと、何事もなかったかのように自分の席へと引き返していった。
陳硯之は取りなそうとするかのように慰めの声をかけた。
「俺、必死で読み取る努力をするよ」
席に戻った于奕孺の声が聞こえてきた。平坦で、言い訳の余地を与えない響きだった。
「努力なんて要らないわ」
鋭い口調でもなく、意図的に距離を置くでもなかったが、彼女はすでに視線をデスクのスケジュール表へと戻しており、その会話はすでに役割を終えたのだと告げていた。
陳硯之の顔には隠しきれない困惑の色が残っていた。視線を于奕孺と自分との間で何度も行ったり来たりさせ、あの「努力なんて不要」という境界線が、本当に引き直されてしまったのかを何度も確かめているようだった。やがて彼は声をひそめ、抑えつけられた懊悩を口にした。自分に言い聞かせるようであり、あるいは自身が踏み込んではならない領域へ真に追いやられていないかを確かめるかのようだった。
「……俺、彼女を怒らせちゃったのかな?」
誰に答えてほしいのかは全員に自明だった。于奕孺は振り返ろうとはしなかったが、言葉だけを投げかけた。
「怒ってなんてないわ、考えすぎよ。教えるべきことはちゃんと教えるわ」彼女は一拍置き、スケジュール表を見つめたまま、変わらぬ静けさで続けた。「あなたたちが強くなることは、私にとっても何ら不都合はないのだから」
程晉陽の対面に座る宋知行は、その話題が完全に潰えないうちに、兼ねてからの疑問を真摯に尋ねた。
「僕たちはいつになったら『怪異(詭)』への対処法を学べるのでしょうか?」
至極自然な問いかけだったが、彼がそれを長らく考え続けてきたことは全員に理解できた。
于奕孺は微かに首を傾げ、この問いにどう答えるべきかを推し量る素振りを見せた。手元のスケジュール表を置くと、まず鄭愷苑へと視線を向けた。
「あなたたちは何年学んでいるの?」
鄭愷苑は少し考え、指を折って数えた。
「鸒姉と一緒に始めたの——6年になるわね」
潘穎嫆の視線が卓上で止まった。
「私は少し遅くて、5年余りよ」
そして駱馥琪の声には露骨な躊躇が混じっていた。
「……4年くらいかしら、一番遅いわ。それに初期の頃は、ほとんどまともに参画していなかったし」
聞き終えた于奕孺は、軽くだけ頷いてみせた。数字に対する評価は口にしなかった。
「理解できたかしら?」誰の回答も待たず、彼女の口調は変わらなかった。「歩き方も覚えていないのに、走るのを急ぐものではないわ。物事には順序というものがあるの。始めるべき時が来れば、自ずと始まるわ」彼女はひと呼吸置き、わずかに声を和らげた。「心配しなくていいわ」
陳硯之の視線は卓上に落とされていた。自身の中の不安が散り散りになるのを待つかのように。それ以上は追及せず、ただ流れ去った時間をどう取り戻すべきかを反芻する時間が必要なだけだった。
背後から顧長安の声が届いた。高声ではなかったが、彼が滅多に見せない揺るぎない確信が込められていた。
「俺はあんたを信じる」
于奕孺は微かに首を傾げ、その合図の発信源を確かめるように言った。
「ほう?」
「俺たちの目的は共に『強くなること』だからだ」彼の口調は平静そのものだった。「それに、もし副本の質が潜意識の訓練にあるのだとすれば——いかなる些細な違和感も見逃してはならないということだ。事象と事象の繋がりをまず洗い出してこそ、対処法が判断できる。人間の要素なのか、システムの不備なのか、あるいは外部の力では解き明かせぬ結び目なのか——強行的に排撃すべきなのかをな」彼は「排撃」という二文字でわずかに言葉を緩め、その語彙が自身の見立てに合致しているかを確かめるかのようだった。「端的に言えば、副本に入るたびに俺たちの精神力は消耗する。不要な消耗や内耗を避けることこそ、俺たちが真っ先に身につけるべきタスクだ」
聞き終えた鄭愷苑は沈黙した。それから、あらゆる抵抗を諦めた者の居直りをもって吐き捨てた。
「……はいはい、私の苦手分野ね」
顧長安の言を耳にして、潘穎嫆はしばし沈黙した。その言葉を自身の経験と照らし合わせているかのようだった。口を開いた時、彼女は自身の中で思考を整理していることが明白だった。
「以前の私は、鸒姉や苑の言うことを聞くのが好きで、自分で考えることも、能動的に探すこともしなかったわ」彼女は息を吸い込んだ。「要するに、与えられるのを待っていただけ。今、私も努力しているところよ」
駱馥琪は頷き、静かに言った。
「結局のところ、人間は自分自身に頼るしかないのよ」
程晉陽はすぐには言葉を返さなかった。数字を読み解き、料金表に視線を落としながら、彼の頭にあったのは別のことだった——最初の副本から現在に至るまで、実質的には2ヶ月ほどの時間に過ぎない。焦りすぎれば、まず心が乱れてしまう。だが、彼は一つだけ確かめたかった。
「実質的に言えば、俺たちの進度はすでにケツを叩かれて背中を押されている状態なんじゃないか?」
特定の誰かを指し示したわけではなかったが、その言葉の向かう先は十分に明確だった。
古珞鸒が顔を上げた。ずっと耳を傾けていながら、まさか指名されるとは思っていなかったかのように素早い動作だった。程晉陽は彼女の表情を捉えた——誰にも気づかれぬほどの、束の間の罪悪感。圧縮された重みのようなものが彼女の顔をかすめ、視線の奥へと収められていった。彼女は多くを弁明しようとはせず、口調も平坦なままだった。まるでそれが取るに足らない事実であるかのように。
「……私たち全員がそうよ」
その一言で十分だった。
宋知行はそれ以上追及しなかった。視線は卓上の教材の束に落とされていた。心を落ち着かせたわけではないが、落ち着かせる必要もなかった。すべての副本が訓練であるならば、副本におけるすべての務めを果たすことこそが本分なのだ。
彼は劉張三や湯志傑のことを思い出していた——彼らはいつだってそうだった。余計な問いは発せず、余計な事は語らず、なすべき事をなす。彼は今、ようやく理解し始めていた。あの「深く尋ねない」姿勢は、知りたくないからではなく、尋ねたところでなすべき事に変わりはないと知っているからなのだと。
オフィスにしばしの静寂が訪れた。
鄭愷苑が唐突に立ち上がり、サバサバと言い放った。
「準備はできたわ。隅っこへ追い払われた可哀想な男二人を探しに行きましょう」
潘穎嫆は手元のノートを低頭して確認した。
「少し待って、あとちょっと——よし」彼女は付箋を最後のページに貼り付けた。「いいわ、行きましょう」
意外なことに、程晉陽は立ち上がりこそしなかったものの、視線を壁に掛けられた一枚の地図へと向けた。
「まずは大まかな建物の構造を把握し、壁の地図が正確かどうか照らし合わせよう」
鄭愷苑の足が止まった。彼女は程晉陽の視線を追い——その地図はドアの脇の壁に貼られていた。その図をしばらくじっと見つめてから、口を開いた。
「……古いタイプの雑居ビル(商業大廈)かしら?」
程晉陽が解説を加えた。
「ショッピングモールに近い構造のビルだな。見た目はモールのようだが、内部空間は小分けにされて、いくつもの学習塾が入っている」
鄭愷苑は頷き、視線は地図に向けたまま言った。
「分かったわ、気をつけて見ておく」
多くは語らず、彼女は身を翻してドアの方へと歩き出した。潘穎嫆がその後に続いた。まず彼女が方向を確認し、自分が発見を補って調査を完結させるという流れに、すでに慣れ親しんでいるかのようだった。ドアは二人の背後で静かに閉じられ、大きな音を立てることはなかった。
ふたりが部屋を踏み出すと、目の前に広がっていたのは想像以上に広々とした空間だった。蛍光灯の光が天井から均一に降り注ぎ、浅いグレーの床タイルを照らしている。両側にはガラスで仕切られた学習塾が何軒も並び、ドアプレートには部屋番号が貼られていたが、いずれも白い紙が貼られており、教室の内部を窺い知ることはできなかった。遠くの曲がり角にはいくつかの小さな売店があり、昏い灯りの下、制服を着た数人の学生が高脚スツールに腰掛け、低頭して軽食をつまんでいた。放課後の日常風景そのものだった。
鄭愷苑の視線がそれらの店舗の間を巡り、「やはりね」と言わんばかりの慣れた口調で言った。
「私が学生だった頃のモールにそっくりだわ——学習塾だらけでね」
隣に立つ潘穎嫆は、彼女の視線を追って一巡し、記憶を掘り起こしていた。
「見覚えがあるわ」
彼女たちは現実世界でも知り合いであり、同じ地域に住み、こうした空間構造に対する共通の記憶を持っていた——かつて親に連れられて幾度となく歩いた走廊、募集ポスターで埋め尽くされたガラス窓、そして常に食べ物と冷房の匂いが混ざり合っていた曲がり角の風景を。




