招待状07 番外- マーダーミステリー のの部屋は静まり返っている-02
劉張三の声が入り口から響いた。高圧的ではないものの、その声は短かった沈黙をちょうどよく断ち切った。
「ここは心理戦(文詭)シナリオだ。お前たちのために用意された調べものだよ」彼は扉の脇に佇み、中へ踏み込もうとはしなかった。「互いの間にある——あの男とお前たちとの間に働く、相互作用の原因を解き明かさせようとしているんだろうな」
鄭愷苑の手が一瞬止まったが、そのまま歯噛みしながら台本をめくり続けた。
「影響なんて、これっぽっちも無ければいいのに」彼女は台本の一冊を卓上へと戻した。先ほどよりも明らかに強い力がこもっていた。「影響なんて無いのが一番なのよ! 大して親しくもないのに!」
その声は静まり返った部屋の中に鮮明に響き渡り、まるで硬い机の上に叩きつけられた硬貨のように鋭い音を立てた。
隣に立つ潘穎嫆は、至極穏やかな口調でありながら、飾り気のない真実を口にした。
「……面識がなくたって、影響し合うことはあるわ」
幾度となくその事実を目撃してきた者のように、いかなる評価も交えず、ただ冷徹に呟いた。
鄭愷苑の視線は依然として台本の束に注がれていたが、ページをめくる手がその一瞬、何かの言葉につまずいたかのようにピタリと止まり、それから再び動き出した。声のトーンは先ほどよりも低くなり、自ら認め難い事実をどこか受容するかのように呟いた。
「本当にそうね……悪影響なら何十里離れていても届くのに、良い影響となるとさっぱりなんだから」
扉の脇に立つ劉張三は、似たような状況を何度も見てきたかのように淡々と言った。
「……仕方のないことさ。昔から正道を歩むというのは、決して容易いことではないのだからな」
鄭愷苑は答えなかったが、その沈黙こそが何よりの回答だった。潘穎嫆もそれ以上は何も言わず、ただ鄭愷苑の横顔を見つめ、彼女が持ち堪えているかを確かめようとしていた。テーブルの反対側に立つ駱馥琪は、両手を前で固く組み、自身の中で何度も確認してきた事実を、自らに言い聞かせるように低く呟いた。
「……分かるわ」
鄭愷苑の声には、長らく抑えつけられていた困惑と悔しさが滲み出ていた。
「……私とあの男の間に、一体どんな関係があるっていうの?」彼女の視線は台本の束に落とされたままだったが、指先はもうページをめくろうとはしなかった。「私のことを見下しているくせに、私の言うことには一切耳を貸さないじゃない」
劉張三は扉の脇に立ち、中へ入ろうとはしないまま平然と言い放った。
「あの男の表層の意識(肉体)は知らずとも、潜在意識は理解しているのさ」
声を張り上げるでもなく、取り立てて強調する必要すらないと言いたげだった。
鄭愷苑は一拍の沈黙の後、先ほどよりも絞り出すような低い声で言った。すでに知っていながらも認めたくなかった事実に触れるかのように。
「……一番惨めなパターンね。だったらどうして、その潜在意識とやらは自分自身に言い聞かせないのよ——」彼女は一度言葉を切り、その言葉の重みを押し測るように吐き捨てた。「——どうして私みたいな小物(小薯仔)を打擲しに来るのよ」
劉張三はその問いから逃げることなく、変わらぬ静かさで返した。
「潜在意識が、負けを認めたくないからだ」
「誰に」負けたくないのかは口にしなかったが、その一言で意味は十分に伝わっていた。
鄭愷苑の隣に立つ潘穎嫆が、控えめな声で付け加えた。
「彼が負けているのは……苑に対してだけではないでしょうね」
「〜と思う」といった不確かな前置きなど不要なほど、その言葉は揺るぎない確信を秘めていた。
鄭愷苑は言葉を返さなかった。ただ座り込み、台本の端を押し潰す指先が白く強張っていた。数秒の不気味な沈黙の後、ようやく口を開いた彼女の声には、押し殺された不条理への怒りが宿っていた。
「……人を選んでなぶるなんて。極悪非道だわ」
声は低かったが、一語一語に圧縮された重みが込められ、卓上を静かに、そして確実に浸食していった。劉張三も潘穎嫆も言葉を挟まなかった。反対側に立つ駱馥琪は鄭愷苑の横顔を見つめ、彼女が吐き捨てた怒りの行き場を見届けるかのように固唾をのんでいた。
鄭愷苑の語気には、納得のいかない念が渦巻いていた。何度も耳にしつつも、自らを説得し得なかった説を覆そうとするかのように。
「相手のことなんて気にしなければ、何の影響も受けないって言ってたじゃない?」彼女は顔を上げ、劉張三に視線を注いだ。己を納得させてくれる答えを追い求めるかのように。
扉の前に立つ劉張三は中に入ろうとはしなかったが、口元に僅かな笑みを浮かべた。一瞬で消え去る、果かない光のような笑みだった。
「お前が人を騙さなくとも、他人がお前を騙さない保証があるか? お前が人を踏みつけなくとも、他人がお前を踏みつけないと言えるか? お前が誰かを好いたからといって、相手も必ずお前を好いてくれると思うか?」彼は見慣れた現実の理を並べるかのように、淡々と語った。「それらの言葉はな——外部からの不毛な摩耗を減らすための単なる気休めに過ぎん。他人がお前に向ける悪意そのものを減らしてくれる方法などではないのだ」
鄭愷苑は沈黙した。卓上に視線を落とし、これまで何度も耳にしながらも、真には受け入れてこなかった言葉たちを頭の中で再配置しているかのようだった。やがて彼女は顔を上げ、確信を込めて呟いた。
「本当ね——逃避なんて惨めなだけで、根本的な解決には何一つならないわ」
声は高くなかったが、一つ一つの言葉が何度も検証され、揺るぎない形となって足元に落ちたかのようだった。
隣の潘穎嫆が低く呟いた。
「……けれど、自分を欺くのはあまりにも簡単すぎるのよ」
自らも含め、何度も見てきた、逃れられない人間の業を語るかのように、声は静かだった。
反対側の駱馥琪は黙っていた。鄭愷苑の横顔から、窓外の暗闇へと視線を移した。まだ輪郭の定まらない考えを巡らせ、それを今口に出すべきか迷っているようだった。
もう一方の部屋では、湯志傑が扉の縁に寄りかかり、何決智が部屋の中を行きつ戻りつする姿を眺めていた。何決智の足取りは定まらず、一箇所に数秒と留まることがなかった。何かを探し求めるかのようでありながら、何を捜しているのか自分でも分かっていないようだった。湯志傑はついに呆れたような淡々とした調子で口を開いた。
「何をやっているんだ?」
何決智の動きがピタリと止まった。彼は書棚の前に立ち、開かれたノートを手にしていたが、その視線は紙面には注がれていなかった。少しの沈黙の後、低く、だが自分自身に言い聞かせるような固執を込めて呟いた。
「あいつは俺の友人だ……信じられない……」
何が信じられないのかは言わなかったが、その途切れた絶句だけで、言葉の後半に隠された葛藤を察するには十分だった。
湯志傑は少しの間黙っていたが、声を荒げることもなく、境界線をひくように静かに言った。
「信じるか信じないかと——事実とは何の関係もない」
何決智は反論しなかった。その言葉の意味を噛み締めるように、ノートの端を握る指関節が白く強張っていた。己が昔から知っていた事実を認めるように、彼は低く呟いた。
「……分かっている」
湯志傑は彼をしばらく見つめた後、淡々と、しかし明確な指示を口にした。
「探さないというなら、そこを退け。問題をこれ以上悪化させるな」彼は一呼吸置き、説明の不要な追記を添えた。「お前の負のエネルギーはこの副本に異常をきたし、怪異(詭)すら呼び寄せかねん」
声のトーンをわずかに落としたが、その語調に濁りはなかった。
「嫌なら、今すぐその招待状を破り捨てて、退出を選ぶんだな」
何決智はすぐには動かなかった。書棚の前に立ち尽くし、ずっと探し続けても見つからなかった境界線を模索しているかのようだった。数秒後、彼は視線を自分のズボンのポケットへと落とし、手を差し入れてジッパーを開けると、一通の生成りの招待状を取り出した。
迷いは長くは続かなかった——湯志傑を見上げることも、入り口を振り返ることもなく、ただその招待状を真ん中から引き裂いた。破れ去る紙の音が短く乾いた音を立て、途切れた文章のように響いた。そして何決智の姿は、湯志傑の目の前でかき消えるように消失した。
湯志傑はそれを見届けたが、引き留めることも、説得することもしなかった。ただ、何決智の手から離れた招待状の破片を見下ろし、低く呟いた。
「……本当に、向き合う胆量のない奴だな」
彼は視線を入り口の方へと微かに巡らせ、これから起こるであろう出来事を予見するように言った。「後で鄭愷苑がまた大声で怒鳴り散らすぞ」
その声には嘲笑の色はなく、ただ確定した未来を坦々と述べているだけだった。
湯志傑はふたつに引き裂かれた招待状に視線を落とし、それが勝手に元通りにならないことを確かめるように静かに待った。そして視線を外し、部屋を後にした。
湯志傑が一人で戻ってきたのを見て、劉張三は足を止め、明らかに意外そうな調子で尋ねた。
「どうした?」
湯志傑は彼の前で足を止め、淡々と、しかしすでに確定した事実として告げた。
「招待状を破って、去ったよ」
鄭愷苑の方へと視線を流し、彼女にその言葉が届いたことを確かめるかのように。
一同は一瞬、静まり返った。多くを語らずとも、「彼」が誰を指しているのかは全員に理解できた。
鄭愷苑の反応は素早かった。抑えきれない信じ難さを含んだ声が上がった。
「あいつ、本当に男なの!? 何も始まってないのに逃げ出すなんて!」声がわずかに高くなった。「責任は!? 修業はどうしたのよ!?」
特定の誰かに向けたわけではなく、ただ答えを必要としない問いを空中に投げかけていた。
隣の潘穎嫆は鄭愷苑よりも冷静だったが、明確な不認同を声に滲ませていた。
「……いいわ、放っておきましょう」
すでに分類し終えた事柄として扱うように、再び掘り起こして議論する必要すらないという語気だった。
反対側に立つ駱馥琪は、予期せぬ結末を消化しようとするかのように、かすかな困惑を交えて呟いた。
「……そんな手があったなんてね」
怒りというよりは——門が開く前に背を向けて立ち去る人間が本当に存在するのだという事実を、ただ確かめているようだった。
鄭愷苑は卓上に台本の束を並べ替えた。整然とした配置ではなかったが、すべての本が同じページ——WALLYがプレイしたことのあるシナリオのページで開かれていた。いくつかの紙面は隅が擦り切れ、幾度もめくられた痕跡を留めていた。彼女は手を引き、サバサバとした調子で言った。
「覚えているのはこれくらいよ。全部一緒に遊んだわけじゃないんだから」
劉張三は卓の脇に立ち、広げられた台本に目を通したが、手を触れようとはしなかった。すでに固まった判断を確かめるように、彼の声は平穏だった。
「十分だ、すでに反応が出ている」
鄭愷苑はその言葉にまだ消えやらぬ痛覚神経を触れられたかのように、肩を小さく揺らした。確信に満ちた強い語気で言った。
「私もそんな気がしていたわ。殴られたもの」
「痛い」とは口にしなかったが、その一言で十分だった。
隣の潘穎嫆が台本を見つめ、低く、しかし先ほど確認したばかりの観察事実を述べるように言った。
「一つに集まってきているみたいね」
劉張三はその糸を正しく手繰り寄せるように、見慣れた静けさを湛えて言った。
「誰かが意図的に集めているのさ——一網打尽にするためにな」
鄭愷苑の表情が一変した。スイッチが押し込まれたかのように、キッパリとした決意が声に宿る。
「最高じゃない! ぶちのめしてやるわ!」
静寂に包まれていた部屋に彼女の威勢の良い声が響き渡り、全員の戦闘開始を告げる合図となった。




