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「お前を愛することはない」と言われたので、黒薔薇の騎士に嫁いだら溺愛されました ~囚われたはずが、檻の鍵は私が持っています~  作者: ましろゆきな
第三章:侵入者

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第七話:害虫の再来

 その知らせは、あまりにも唐突に訪れた。


「お嬢様」


 控えめなノックの後、アルフレッドが入室してくる。


 その表情は、いつも以上に引き締まっていた。


「来客がございます」


「来客?」


 私は書類から顔を上げる。


 この辺境に、わざわざ訪ねてくる者などそう多くはないはずだ。


「どなたかしら」


「……フォルスター子爵家のご子息にございます」


 その一言で、すべてを理解した。


(……あら)


 思わず、ほんのわずかに口元が緩む。


「ジュリアン様、ですか」


「はい」


 アルフレッドが苦々しく頷く。


「面会を強く求めております」


「断ってはいないのね」


「それが……」


 言葉を濁す。


 理由は、聞くまでもない。


 ここは辺境伯の領地。


 そしてその主は――


「カシアン様のご意向、というわけね」


「……左様でございます」


(なるほど)


 内心で小さく息を吐く。


 つまり。


(わざわざ通した、ということですわね)


 偶然ではない。


 意図的に、だ。


「……面白いことをなさいますわね」


 小さく呟く。


 アルフレッドが不安げにこちらを見る。


「いかがなさいますか」


「もちろん、お会いしますわ」


 迷いはない。


 むしろ、断る理由がない。


「こちらへ通して」


「かしこまりました」


 アルフレッドが退出する。


 私はゆっくりと立ち上がり、ドレスの皺を整えた。


(さて)


 どのような顔をして現れるのかしら。


 あの男が。


 ――数分後。


 応接室の扉が開かれた。


「シルヴィア!」


 聞き慣れた、軽薄な声。


 振り返る。


 そこに立っていたのは、記憶と寸分違わぬ男。


 明るい茶髪に、整えられた衣装。


 ただし――その表情には、明らかな焦りと苛立ちが浮かんでいた。


「お久しぶりですわね、ジュリアン様」


 私は穏やかに微笑む。


 彼は一瞬、言葉を失ったようにこちらを見つめ――


 次の瞬間、ずかずかと近づいてきた。


「無事だったのか!」


 開口一番、それだった。


「……は?」


 思わず、間の抜けた声が出る。


 無事、とは。


「こんな場所に連れてこられて……何もされていないのか!?」


 必死な様子で言い募る。


 ……なるほど。


(そういう設定ですのね)


 どうやら彼の中では、私は“無理やり連れ去られた哀れな令嬢”らしい。


「落ち着いてくださいな」


 軽く手を上げて制する。


「ご覧の通り、私は元気ですわ」


「そんなはずがない!」


 即座に否定される。


「相手はあのブラックバカラだぞ!? 何をされているか――」


「何もされておりませんわ」


 きっぱりと言い切る。


 ジュリアンの口が、ぴたりと止まった。


「……え?」


「少なくとも、あなたが想像しているようなことは一切」


 にこりと微笑む。


「むしろ、非常に快適に過ごさせていただいております」


「……は?」


 同じ反応を繰り返す。


 理解が追いついていない顔。


 その様子に、少しだけ愉快さを覚える。


「衣食住は完璧。使用人は優秀。環境も整っている」


 指折り数える。


「これ以上何を望めばよろしいのかしら」


「な、何を言っているんだ……?」


 ジュリアンが後ずさる。


「正気か……?」


「ええ、至って」


 首を傾げる。


「むしろ、あなたこそどうなさったのです?」


「どう、って……」


 彼は言葉に詰まり、そして――


 ぎゅっと拳を握りしめた。


「迎えに来たんだ」


 低く、しかしはっきりと告げる。


「……私を?」


「そうだ」


 一歩、踏み出す。


「こんなところにいる必要はない。あの時は……少し、間違えただけだ」


(……まあ)


 思わず、内心でため息が出る。


 どこまでも都合の良い思考。


「戻ろう、シルヴィア」


 手を差し出してくる。


「もう一度やり直そう。君も本当は、こんな場所にいたくないはずだ」


 真剣な顔。


 けれど、その瞳の奥にあるものは――


(……欲、ですわね)


 打算と、焦り。


 辺境の富。


 ブラックバカラの名。


 それらを手に入れるための手段として、私を見ている。


 昔と、何も変わっていない。


 私はその手を、ちらりと見て――


 ゆっくりと視線を上げた。


「お断りいたしますわ」


 きっぱりと告げる。


「……は?」


 今度は、先ほどよりも間抜けな声が出た。


「な、何を……」


「聞こえませんでしたか?」


 穏やかに言い直す。


「お断りいたします、と申し上げましたの」


「ふ、ふざけるな!」


 ジュリアンの顔が赤くなる。


「君は騙されているんだ! あの男に!」


「騙される、とは?」


「決まっているだろう! 甘い言葉で縛り付けて――」


「それの何が問題で?」


 さらりと返す。


 彼は言葉を失った。


「縛られているのだとしても」


 私は一歩、前に出る。


「それで生活が保証されるのであれば、合理的ではありませんか?」


「……は?」


「あなたは違いましたわよね」


 にこりと微笑む。


「保証どころか、切り捨てた側でしょう?」


「っ……!」


 ジュリアンの顔が歪む。


 図星。


「それとも」


 さらに言葉を重ねる。


「今になって、惜しくなりましたの?」


「な……!」


「私ではなく」


 わずかに声を落とす。


「この場所が」


 沈黙。


 そして。


「……違う」


 かすれた声。


「違う、私は……」


「そうですか」


 興味なさげに頷く。


「では、なおさら結構ですわね」


 くるりと踵を返す。


「お引き取りください」


「待て!」


 声が飛ぶ。


 けれど、足は止めない。


「シルヴィア!」


 そのとき。


 空気が、変わった。


 ひやりとした気配が、背後から広がる。


(……来ましたわね)


 ゆっくりと振り返る。


 扉の前に、立っていたのは――


 カシアン・ブラックバカラ。


 その瞳は、深紅。


 先ほどまでの柔らかな光は消え、静かに燃えるような色に染まっている。


「……ずいぶんと、賑やかですね」


 穏やかな声。


 けれど、その奥に潜むものは明らかだった。


 ジュリアンが、びくりと肩を震わせる。


「き、貴様が……!」


 指を突きつける。


「ブラックバカラ……!」


 カシアンは一歩、室内へと入る。


 ゆっくりと、確実に距離を詰める。


「私の妻に、何かご用でしょうか」


 その言葉に。


 ぴたりと、空気が凍りついた。


(……あら)


 内心で、小さく目を細める。


 “妻”。


 正式にはまだのはずだけれど――


(まあ、今はその方が都合がよろしいですわね)


 ジュリアンの顔が、みるみるうちに青ざめていく。


「つ、妻……だと……?」


「ええ」


 カシアンは静かに微笑んだ。


「何か、問題でも?」


 その問いに、答えられる者はいない。


 少なくとも、この場には。


 こうして。


 辺境の静寂は、破られた。


 そして同時に。


 ――害虫駆除の時間が、静かに始まろうとしていた。

ジュリアン再登場、どう思いましたか?

「来たか」か「空気読め」か、率直にどうぞ。

簡単な一言で構いませんのでぜひ。

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