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「お前を愛することはない」と言われたので、黒薔薇の騎士に嫁いだら溺愛されました ~囚われたはずが、檻の鍵は私が持っています~  作者: ましろゆきな
第二章:黒薔薇の檻

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第五話:現実主義令嬢、適応する

 結論から申し上げますと。


(……快適ですわね)


 それが、この屋敷で数日過ごした後の率直な感想だった。


 朝は決まった時間に起床し、温かな食事が用意される。


 衣服は常に整えられ、室内は清潔に保たれ、必要なものは言わずとも揃う。


 さらに言えば、どの使用人も優秀で、無駄な詮索をしない。


 ――理想的な環境ですわね。


 私は窓辺の椅子に腰掛け、紅茶を一口飲む。


 香りも味も申し分ない。


 王都で愛飲していたものと同等、あるいはそれ以上。


(辺境とは一体……)


 軽く首を傾げたくなるほどの充実ぶりだ。


 もちろん。


 ただ一つを除けば。


(外に出られない、という点を除いて)


 けれど、それも致命的な問題ではない。


 少なくとも現時点においては。


「お嬢様」


 控えめなノックの後、アルフレッドが入室してきた。


「お呼びでしょうか」


「ええ」


 私はカップを置き、視線を向ける。


「少し気になることがありまして」


「と、申されますと?」


「この屋敷の運営についてですわ」


 アルフレッドが一瞬、目を瞬かせた。


 意外、という顔。


 無理もない。


 普通ならば、この状況で気にすることではないでしょうから。


「使用人の配置、物資の流れ、そして帳簿」


 指を折りながら挙げていく。


「いくつか、確認したい点がありますの」


「……帳簿、でございますか」


「ええ」


 にこりと微笑む。


「見せていただけるかしら」


 数時間後。


 私は屋敷の一室――いわゆる執務室らしき場所にいた。


 机の上には、山のように積まれた書類。


 帳簿、報告書、発注書、各種記録。


(……なるほど)


 ぱらりと一冊をめくる。


(これは、随分と――)


「雑、ですわね」


 思わず本音が漏れた。


 横で控えていた使用人が、びくりと肩を震わせる。


「も、申し訳ございません……!」


「あなたの責任ではありませんわ」


 軽く手を振る。


 問題は個々の能力ではない。


 全体の管理体制だ。


(記録の形式が統一されていない。支出の分類も曖昧。重複発注……いえ、これは在庫管理が機能していないせいですわね)


 次々と問題点が浮かび上がる。


 致命的というほどではない。


 けれど、放置すれば確実に効率を落とす。


「カシアン様は、普段これらをご確認なさっているの?」


 問いかける。


 使用人は困ったように視線を泳がせた。


「その……ご多忙でいらっしゃいますので……」


「……つまり、ほとんど見ていない、と」


「……はい」


 小さく頷く。


(でしょうね)


 むしろ納得する。


 あの性格で、細かな内政にまで目を通しているとは考えにくい。


 戦場と黒薔薇に意識の大半を割いているのでしょう。


「では、これは誰が?」


「各部署で、それぞれ……」


「統括は?」


「……特には」


 沈黙。


(……よく回っていますわね、これで)


 逆に感心するレベルだ。


 個々の能力が高いからこそ、崩壊せずに済んでいるのだろう。


 けれど、それに甘えていては先がない。


 私は静かに帳簿を閉じた。


「改善の余地が多分にありますわね」


 はっきりと言い切る。


「……お嬢様が、ですか?」


 恐る恐る問われる。


 私はにっこりと微笑んだ。


「ええ、そうですわ」


 元々、私は伯爵家の後継として教育を受けてきた身だ。


 内政、財務、領地運営。


 一通りの知識は叩き込まれている。


 そして何より。


(暇、ですもの)


 外に出られない以上、時間はいくらでもある。


 ならば――使わない手はない。


「とりあえず、この帳簿の形式を統一します」


 さらさらと紙に書き始める。


「支出は用途別に分類。在庫は日次で更新。発注は二重チェック制に」


 使用人が目を丸くしている。


 構わず続ける。


「それから、人員配置も見直しが必要ですわね。明らかに偏りがあります」


「は、はい……!」


「各部署の責任者を呼んでちょうだい。順に話を聞きます」


「か、かしこまりました!」


 慌ただしく去っていく背中を見送りながら、私は小さく息を吐く。


(……さて)


 これで、やることは決まった。


 閉じられた環境であるならば。


 その内部を、より良くすればいい。


 それだけの話だ。


 ――その日の夕刻。


「シルヴィア」


 執務室の扉が開き、カシアンが姿を現した。


「こちらにいらっしゃると聞いて」


「ええ」


 顔を上げる。


「少しお借りしておりますわ」


 机の上の書類を示す。


 彼はそれを見て、わずかに首を傾げた。


「……これは?」


「この屋敷の帳簿です」


「帳簿」


「ええ」


 私は一枚の紙を差し出した。


「改善案をまとめてみましたの」


 カシアンはそれを受け取り、目を通す。


 数秒。


 そして、ゆっくりと顔を上げた。


「……なるほど」


 その表情に、驚きが混じる。


「非常に分かりやすい」


「ありがとうございます」


「これを、あなたが?」


「ええ」


 当然のように頷く。


 彼はしばらく私を見つめ――


 ふっと笑った。


「素晴らしい」


 素直な賞賛。


「ぜひ、導入してください」


「よろしいのですか?」


「もちろんです」


 即答。


 迷いがない。


「あなたが望むのであれば、この屋敷はそのように変わるべきだ」


 さらりと、とんでもないことを言う。


(……まあ)


 思わず、内心で感嘆する。


 ここまであっさりと裁量を渡されるとは。


「では、遠慮なく」


「ええ、どうぞ」


 カシアンは満足そうに頷いた。


 その様子は、本当に嬉しそうで――


(……なるほど)


 少しだけ、理解する。


 この人は。


 自分の世界に、私が手を加えることを拒まない。


 むしろ、歓迎している。


 それが意味するところは――


(支配ではなく、共有、ですか)


 いえ、正確には。


 支配したいが、拒絶されたくない。


 だからこそ、受け入れられる形を取る。


 そんなところでしょうか。


 私は小さく笑みを浮かべた。


「では、早速明日から動きますわ」


「はい」


「かなり忙しくなりますけれど」


「構いません」


 むしろ嬉しそうに言う。


「あなたがこの場所で、充実した時間を過ごせるのであれば」


 その言葉に、ほんのわずかに目を細める。


(……本当に)


 この人は。


「では、期待に応えませんといけませんわね」


 軽く肩をすくめる。


「ええ」


 カシアンは静かに微笑んだ。


 こうして。


 “閉じられた世界”の中で。


 私は新たな役割を手に入れた。


 ただ守られるだけの存在ではなく。


 この場所を、より良くする者として。


 ――そして同時に。


(……主導権、ですわね)


 ほんの少しだけ。


 こちらに傾き始めたものを感じながら。


 私は再び、書類へと視線を落としたのだった。

シルヴィアのこの割り切り、共感できますか?

「合理的で好き」か「順応早すぎでは?」かぜひ。

一言お待ちしています。

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