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「お前を愛することはない」と言われたので、黒薔薇の騎士に嫁いだら溺愛されました ~囚われたはずが、檻の鍵は私が持っています~  作者: ましろゆきな
第二章:黒薔薇の檻

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第四話:隔離生活の始まり

 翌朝、目を覚ました瞬間。


(……静かですわね)


 それが、最初の感想だった。


 王都の屋敷であれば、朝はいつも何かしらの物音があった。使用人たちの足音、食事の準備、外を行き交う馬車の気配。


 けれどここには、それがない。


 あるのは、ただ整えられた静寂だけ。


 ベッドから身を起こし、カーテンを開ける。


 窓の外に広がるのは――やはり黒薔薇。


 どこまでも続く、ブラックバカラの海。


(見事、ですけれど)


 同時に、逃げ場のなさも感じさせる光景。


 ぐるりと囲まれている、という実感が否応なく湧いてくる。


「……まあ」


 小さく息を吐き、私は振り返った。


 用意されていたドレスは、すでに完璧に整えられている。


 しかも、私の好みに合わせたかのような色味と仕立て。


(……随分と準備がよろしいこと)


 採寸でもしたのかしら、と一瞬考え――すぐにやめた。


 深く考えると、あまりよろしくない気がしますもの。


 着替えを済ませ、部屋を出る。


 廊下にはすでに使用人が待機していた。


「おはようございます、奥様」


 揃って頭を下げる。


 ……奥様。


 まだ正式な婚姻は済んでいないけれど、扱いとしてはもうそういうことらしい。


「おはようございます」


 軽く会釈を返す。


「朝食のご用意が整っております」


「ええ、いただきますわ」


 案内されるままに食堂へと向かう。


 扉が開かれた瞬間、わずかに目を見張った。


 長いテーブルの上に並ぶ料理の数々。


 焼きたてのパン、温かなスープ、新鮮な果物、丁寧に調理された肉料理。


 ――完璧ですわね。


 量も質も、申し分ない。


 むしろ、王都の伯爵家としての水準を軽く上回っている。


「お口に合うとよろしいのですが」


 声がして、視線を向ける。


 そこにはすでにカシアンが座っていた。


 相変わらず隙のない装いと、柔らかな笑み。


「おはようございます、シルヴィア」


「おはようございます、カシアン様」


 向かいの席に着く。


 自然な流れで、彼が給仕を指示した。


「どうぞ、ご遠慮なく」


「では、失礼して」


 ナイフとフォークを取り、料理に手をつける。


 一口。


(……美味しい)


 思わず、ほんの少しだけ目を細める。


 素材も調理も、一流。


 これは、偶然ではない。


「お気に召しましたか?」


「ええ、とても」


 素直に答える。


 カシアンは嬉しそうに微笑んだ。


「それはよかった」


 まるで、褒められた子供のような反応。


 そのギャップに、わずかに違和感を覚える。


 けれど。


(……悪くはありませんわね)


 むしろ、扱いやすい部類かもしれない。


 食事を進めながら、私はさりげなく問いかける。


「本日は、この後どのような予定になりますの?」


「特に決まったものはございません」


 即答。


「この屋敷で、自由にお過ごしください」


「自由に、ですか」


「はい」


 頷くカシアン。


「図書室も、温室も、庭園も。どこでもお好きな場所へ」


 そこで、ほんの一拍置いて。


「――屋敷の敷地内であれば」


 さらりと付け加える。


(……やはり)


 内心で納得する。


 昨日の時点で予想はしていたけれど、はっきりと線引きされましたわね。


「敷地の外は?」


 一応、確認する。


 カシアンは一瞬だけ沈黙し、そして穏やかに答えた。


「おすすめいたしません」


「理由を伺っても?」


「危険だからです」


 迷いのない返答。


 けれど、その目はわずかに細められている。


「結界の外は魔物が出没します。護衛なしでの外出は、到底許可できるものではありません」


「では、護衛をつければ?」


 重ねて問う。


 すると。


「――必要ありません」


 ぴたりと、言葉が遮られた。


 先ほどまでの柔らかさはそのままに。


 けれど、明確な拒絶。


「この屋敷の中で、すべては完結します」


 ゆっくりと告げられる。


「外へ出る理由は、ありません」


 視線が、こちらを捉える。


 逃がさない、とでも言うように。


(……なるほど)


 分かりやすいですわね。


 私は一瞬だけ考え――そして、あっさりと頷いた。


「承知いたしました」


「……」


 カシアンが、わずかに目を見開く。


 予想外だった、という顔。


「危険を冒す必要はありませんもの」


 淡々と続ける。


「衣食住が保証されているのであれば、無理に外へ出る理由はありませんわ」


 事実、その通りだ。


 生存のための条件は、すでに満たされている。


 それ以上を求めて危険を冒すのは、合理的ではない。


「それに」


 ナイフを置き、私は微笑む。


「これだけのお庭があれば、退屈もしないでしょうし」


 黒薔薇の庭。


 確かに閉じられてはいるけれど、同時に一つの世界として完成している。


 カシアンはしばらくの間、何も言わなかった。


 ただ、じっとこちらを見つめている。


 やがて。


「……そう、ですか」


 ぽつりと呟く。


 その声音には、わずかな戸惑いが混じっていた。


 そして同時に――


 ほんの少しの、安堵。


(……面白い方)


 内心でそう評する。


 閉じ込めようとしている側が、こちらの反応に動揺している。


 実に奇妙な構図だ。


 食事を終え、席を立つ。


「では、早速“自由に”過ごさせていただきますわ」


「はい」


 カシアンも立ち上がる。


「何かあれば、すぐにお呼びください」


「ええ」


 軽く頷き、私は食堂を後にした。


 廊下を歩きながら、ゆっくりと考える。


(……さて)


 状況は、予想通り。


 外出は制限されている。


 使用人は全員、カシアンの意向に従っている様子。


 つまり。


(完全に管理された環境、ですわね)


 けれど。


 不自由かと問われれば――そうでもない。


 生活は快適。


 危険は排除されている。


 むしろ、過保護なほどに整えられている。


「……悪くありませんわね」


 小さく呟く。


 そのとき。


「お嬢様」


 背後から声がかかった。


 振り返ると、アルフレッドが立っている。


「お変わりはございませんか」


「ええ、今のところは」


 微笑む。


「思っていたより、ずっと快適ですわ」


「……しかし」


 彼は言い淀む。


「やはり、この環境は……」


「ええ、閉じられていますわね」


 あっさりと認める。


 アルフレッドが目を見開く。


「ですが」


 私は肩をすくめた。


「閉じられているからといって、不利益とは限りません」


「と、申されますと?」


「守られている、とも言えますもの」


 実際、外の世界は今の私にとって敵だらけだ。


 借金、権力争い、社交界の視線。


 それらすべてから切り離されていると考えれば――


(むしろ、楽ですわね)


 そう結論づける。


「当面は、この環境を最大限に活用いたします」


 はっきりと告げる。


「与えられた条件の中で、最も効率的に動く。それだけのことですわ」


 アルフレッドはしばらく沈黙し――やがて、深く頭を下げた。


「……承知いたしました」


 その反応に、私は満足げに頷く。


 そして、再び歩き出した。


 黒薔薇に囲まれた屋敷の中を。


 与えられた“自由”の範囲で。


 ――どう生きるかを、考えながら。


 こうして。


 シルヴィア・フォン・アシュレイの“隔離生活”は。


 思いのほか、穏やかに幕を開けたのだった。

この環境、住めると思いますか?

「快適そう」か「さすがに閉じ込められてる感が強い」か気になります。

よろしければ、一言教えてくださいね。

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