第十話:害虫駆除
結論から申し上げますと。
害虫は、潰すよりも――干からびさせた方が、よく効きますの。
――数日後。
「ご報告申し上げます」
執務室にて、アルフレッドが一礼する。
机の上には、数通の報告書。
すべて、同じ案件についてのもの。
「フォルスター子爵家の件、進展がございました」
「ええ、聞きましょう」
私はペンを置き、視線を向けた。
カシアンは壁際に控え、静かに成り行きを見守っている。
……最近、すっかりこの位置が定位置になっている気がする。
(まあ、やりやすいので構いませんけれど)
「まず、主要取引先三社が、契約の見直しを通達しております」
「理由は?」
「“信用問題”とのことです」
「当然ですわね」
即答する。
不法侵入に加え、辺境伯への無礼。
噂は、既に広まっているだろう。
貴族社会において、“信用”は何より重い。
一度傷がつけば、簡単には戻らない。
「続けて」
「はい。融資を行っていた商会が、返済の前倒しを要求しております」
「資金繰りは?」
「かなり厳しい状況かと」
「でしょうね」
軽く頷く。
資金の流れを断てば、いずれ息は止まる。
これは基本中の基本。
「さらに」
アルフレッドが一枚の書類を差し出す。
「こちらをご覧ください」
受け取る。
内容を確認し――
「……あら」
思わず、わずかに目を見開いた。
「面白いことになっていますわね」
そこに記されていたのは。
フォルスター子爵家の領地における、不正な取引の記録。
税のごまかし。
品質の偽装。
いくつかの、見過ごせない問題。
「どこから?」
「匿名の告発、とのことですが」
アルフレッドが一瞬、視線を横に向ける。
その先には――カシアン。
「……なるほど」
私は静かに書類を閉じた。
「ずいぶんと、丁寧に“調査”されたのですね」
「必要なことですので」
カシアンは穏やかに答える。
その表情は、いつも通り。
けれど。
(……抜かりがありませんわね)
偶然の告発などではない。
完全に、仕組まれたもの。
逃げ道を塞ぐための、布石。
「これが公になれば」
私は指先で書類を軽く叩く。
「子爵家は終わりですわね」
「はい」
アルフレッドが頷く。
「既に調査が入る手配が進んでおります」
「結構」
私は微笑んだ。
「では、仕上げに入りましょうか」
「仕上げ、でございますか?」
「ええ」
椅子にもたれかかる。
「ここまで整えば、あとは“きっかけ”を与えるだけで十分ですわ」
すべては揃っている。
資金の枯渇。
信用の失墜。
そして、不正の証拠。
これらが一斉に表に出れば――
(自壊しますわね)
わざわざこちらから手を下す必要すらない。
「公開のタイミングは」
視線を上げる。
「いつがよろしいかしら?」
カシアンに問う。
彼は少し考え――
「三日後に」
静かに答えた。
「王都で、大きな取引会がございます」
「……ああ」
すぐに理解する。
貴族や商人が集まる場。
情報が最も広がりやすい場所。
「その場で、すべてを」
「ええ」
私は満足げに頷いた。
「最適ですわね」
噂は瞬く間に広がり、逃げ場を失う。
まさに、“干からびる”瞬間。
「では、そのように手配を」
「かしこまりました」
アルフレッドが一礼し、退出する。
室内には、再び静寂が戻った。
私は一息つき、カップに手を伸ばす。
「……容赦がありませんわね」
ぽつりと呟く。
カシアンが、わずかに首を傾げる。
「そうでしょうか」
「ええ」
紅茶を一口。
「ここまで徹底的にやる必要は、なかったかもしれませんのに」
正直な感想だ。
ジュリアン個人に対する制裁としては、やや過剰。
家ごと潰す必要は、本来ならばない。
けれど。
「……あの者は」
カシアンが、静かに口を開く。
「あなたを害そうとした」
その一言で、すべてが片付く。
(……まあ)
そういう理屈になるのだろう。
「可能性の段階、でしたけれど」
「可能性がある時点で、十分です」
きっぱりと言い切る。
迷いはない。
その価値観は、一貫している。
私は小さく息を吐いた。
「……過保護ですこと」
「そうかもしれません」
否定しない。
むしろ、当然のように受け入れている。
「ですが」
カシアンは続ける。
「あなたが望まれない限り、命までは奪いません」
「……あら」
少しだけ意外だった。
「それは、私のために?」
「はい」
即答。
「あなたが不快に思われることは、したくありませんので」
その言葉に。
ほんのわずかに、思考が止まる。
(……本当に)
この人は。
「では」
私はカップを置いた。
「今回は、このままで結構ですわ」
「承知いたしました」
「ただし」
指を一本立てる。
「やりすぎは禁物です」
まっすぐに見つめる。
「恐怖で支配するのは、長続きしませんもの」
「……」
カシアンが、静かにこちらを見る。
「適度な余地を残しておくこと」
続ける。
「それが、安定につながります」
少しの沈黙。
そして。
「……勉強になります」
カシアンは、素直に頷いた。
「今後は、そのように」
「ええ、お願いします」
こうして。
“害虫駆除”は、最終段階へと移行した。
――三日後。
王都。
取引会の会場にて。
フォルスター子爵家の不正が、一斉に暴かれた。
瞬く間に広がる噂。
消える信用。
引き上げられる資金。
そして。
残されたのは――
何もない、空虚な器だけ。
ジュリアンは、その中心で。
ただ立ち尽くすことしかできなかったという。
――そして、その報せは。
数日後、辺境の屋敷にも届く。
「……終わりましたわね」
報告書を閉じ、私は静かに呟いた。
あまりにも、あっけない結末。
けれど、それでいい。
むしろ。
(これくらいで十分ですわ)
無駄な感傷は、必要ない。
ただ、事実として。
害虫は、駆除された。
それだけのこと。
私は窓の外へと視線を向ける。
黒薔薇が、風に揺れている。
静かに。
何事もなかったかのように。
その光景を眺めながら。
私はゆっくりと、次の一手を考え始めたのだった。
このざまぁ、どのくらいの温度感に感じましたか?
「ちょうどいい」か「もっとやっても良い」か聞いてみたいです。
一言よろしくお願いします。




