クロノス・ウォーリ
「――っは……ぐ……」
穿ち、広げ、広げ、貫く。ただ真っ直ぐな暴力が、帝国最強の『英雄』を墜とした。義手の刃をノアに刺したまま、その体重を預ける。
「……ふふ……はは、」
「……『隼』?」
そのまま、肩を揺らす『隼』に不気味さに首を傾げる。否、苦痛に力が入らないだけだ。自分より一回り大きい全身を預けられて、フラついたまま地面に頽れる。そこで、『隼』は息絶え絶えに口を開いた。
「俺を……超える、か」
「……」
「……俺を、超えたのなら、否定……したのなら。皇帝をも、否定……して見せろ」
「――! 当然だ」
皇帝の否定、それは、帝国の否定にも等しい。だが、それを、成さねばならない。そうでなくては、誰も、インネも救えはしない。『英雄』を否定したのだから、失敗は許さない。ある種の呪い。だがそれでこそ、意味がある。
「なら行け……ノア・クヴァル……ム……」
「……! テセウス‼」
『七核』第一位『隼』テセウス・トルシィー
ただ強く、全てを救い、ただ一人を求めた男。その敗北をもって、『七核』すべてを打倒したことになる。だが、これで終わりではない。本当の闘いは、この先にある。
「ノアッ!」
息絶えた『英雄』を受け止めながらも、揺らぐ視界に師が飛び込んでくる。危うく倒れかけたノアを抱えたクロノスは、そのまま応急処置に入る。
「ほんとに勝っちまうとはな、ちっとがんばれよ」
「ぐぁ……!」
肩に刺さる刃を容赦なく抜かれ、苦痛に喘ぐ。が、自身の袖を破ったクロノスが、そのまま止血をしてくれる。その他銃創等の処置を終えると、そのままノアを抱えたまま、クロノスはテセウスを見つめる。
「おつかれさん」
「隊長……」
「ああいや、気にすんな。……ノア、お前はここで休んでろ」
「……はい?」
寂しげな視線を向けた後、突然理解しがたいことを口にする。無論、意味は分かる。ノアの傷を鑑みてのことだろう。だが、ノアは行く。それ以外のつもりはない。
「いやな、結局俺は見てるだけだったもんでな。安心しろ、嬢ちゃんは俺に任せとけ」
「何を……僕も行きます」
「その傷じゃ無理だ、奴はまだ何か手を打ってるかもしれねえ、アイツはそういう周到な奴だ」
「なら猶更……!」
猶更、ノアの力が必要だ。クロノスを過少評価しているわけではない。対荒鷲との戦闘でも、アテナと共に十分な活躍をしていたと聞く。『梟』と戦った際も、頼もしい師だった。だが、依然として相手の手札がわからないというのに、一人で赴くというのは悪手でしかない。それぐらい、いくら作戦指揮が苦手なノアでもわかる。
いや、問題はもっと複雑かつ単純なのかもしれない。
「……らしくないですよ」
「……あん?」
「負い目もなにも感じることはないですよ。隊長が言ってくれたんじゃないですか、『救ったことを忘れるな』って。別に、隊長にとっては弟子同士の対決でも、僕らには関係ない。ただ、『七核』の決闘です。僕もテセウスも、望んで戦った。それだけです」
「――っ」
なぜ突然そんなことを言い出したのか。ノアであれば、すぐ気づいてしかるべき問題だった。自分で育てた弟子同士が争い、敗北し、反逆に巻き込んでしまった。まったく、今更何を言おうか。
「僕は僕の意志でここにいる。だから、大丈夫です」
「……はぁ、弟子に元気づけられちまうとはな」
片手で額をつかんだクロノスは、ため息をつきながら苦笑い。弟子が拗らせているなら、その師もまた大概面倒くさいものだった。故に、ノアは立つ。
「呼吸も……整いました。行きましょう」
「……おうよ。けど、無理はすんな」
再び立ち上がった二羽のカラスは、『英雄』を超えてその先を征く。
一人の少女を救うため、違えた道を正すため。




