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双頭

「なっ――」


 ただ前を、目の前の敵を見据えて、ノアは文句を告げる。今まで、一度として口にしてこなかったそれを、初めて、最後の壁に向けて。


「……本気か?」

「もちろん」

「そうか……」


 逡巡するように目線を伏せた『隼』。しかし、再度ノアに向けられた瞳は、もはや迷いも驚きもなかった。ただ、敵を倒す。それだけの瞳。


「……謹んで受けよう。――やって見せろ」

「――当然だ」


 帝国最強、それに次ぐ者。そこにいるのは、それだけの存在。亡き婚約者を求める朽ちた英雄でも、皇帝を否定する反逆の徒でもない。ただ、銃をとり、言葉を交わし、戦うだけの者達。焦がれ、見続け、戦い続けた者達の、純真無垢なただの決闘。


「だから、僕は勝たなくちゃならない」


 ノアの呟きを合図にしたように、両者共に動き出す。全身のすべてを理解しきった達人と、戦うことしか知らない天性の軍人。それぞれの体裁きと、各々の武器を以て、ぶつかる。


 飛び交う弾丸が床を、天を穿ち、確実に広間を戦場へと変貌させていく。剣戟が銃撃となり、銀閃が火花になって決闘を彩る。その片腕にすべてをかけて、目の前の咎人を叩きのめす。まるで、それが全てだというように、『英雄』の剣筋に迷いはない。


「……俺は、お前を見誤っていた」

「……?」


 一合、また一合と火の花が咲き誇り、剣と銃の鍔迫り合い。その刹那で『隼』は心中を吐露する。その言葉を腕で受け止めたノアは、距離をとってその続きを促す。これは、殺し合いではない、決闘。だからこそ。


「ただ、世界に踊らされた、つまらない者だと思っていた」

「……間違ってないさ、僕は今まで、()を持ってなかった」

「さあな。だが、今のお前は、()()()だ」


 敵。ただそれだけの存在。逡巡も葛藤も、躊躇も遠慮もいらない。彼が『英雄』であるために、倒すべき敵でもない。彼が、『隼』が、己の意志で、倒すと決めた相手。それが、軍人にとって、どれほどの名誉か。彼の『鷲』であったなら、震えて涙しただろう。


 だが、ノアにとっては『隼』。それだけの存在。いずれ討つべき壁であり、インネに届くために倒すだけ。だが、それでも――


「――光栄だね」


 一言、己の意志を吐き出して、ノアは『隼』を墜としに行く。


 狙った虚空に弾丸を放り、回避に動いた敵を撃つ。切り捨てられた弾丸を流し見て、次弾、また次とトリガーを引く。その一切が切り捨てられ、打ち捨てられ、彼の『隼』には届かない。だがそれでいい。そうでなくては困る。


 速く、もっと速く。全身を軋ませてそれでもなお動き続けろ。


「――ッ!」


 一発、銃声に交じって、甲高い金属音が響き渡る。


「な――⁉」


 それが何故か、発信源に最も近い男が、理解を驚愕をいち早く声に出す。それまで、難攻不落の要塞かの如く、一切の攻撃を受け付けなかった義手。そのボディを()()()()()()穿()()()()()


「貫き広げる。これが、僕の答えだ」

「……ふ」

「……?」


 絶対の盾を破壊され、しかしなお男は不満を漏らさなかった。それどころか、これまでたった一人しか、拝むことの許されなかった表情を、ただ一人の少年に漏らした。


「……気にするな。ただ、もう(しま)いにしよう」

「……っ」


 今しがたできた右腕の傷をなでながら、抜け落ちた弾丸を蹴り飛ばす。そうして、力の抜けた右腕が垂れ下がり、そのすべてが、対の腕へと注がれる。


 同じ、全く同一の存在が、ここに二人誕生する。同じ師を仰ぎ、越え、そしてただ同じ戦技をふるう。


 手にした銃は相反する二人を象徴するように、古今の様相を呈している。思想が、立場が、想いが、同じ道を往くはずだった二人を分かつ。それが分かたれたのか、或いは各々が選んだのか、しかしそれは、ノアの知るところではない。


「僕は貴方を、見ているだけだった」

「……?」

「だからこそ僕は、今、越えて見せる――ッ!」

「っ――!」


 走りだし、全ての因縁に決着をつける。刹那に反応、威嚇射撃が身体スレスレを切り裂いていく。躱して躱して躱して、その絶対の間合いにあえて接近する。飛び、いなし、次第に躱しきれず、肩を足を切り裂いていく弾丸。血しぶきをあげながら、なおも気にせずノアは征く。その気迫に、その眼光に、テセウスは少しずつ押されていく。


 一発、ノアの放った弾丸が敵の右腕を穿つ。義手ではない接続部の生の腕から鮮血が迸り、苦痛にその動きが鈍る。しかしなお、それでも『隼』は止まらない。


 振り抜かれた刃を流し目に、肉薄したノア。すれ違いざまに二発。貫かれ、広ぎ潰される傷、苦鳴すらも漏らさない英雄は、しかしそこで血を吐いた。


「ぐ……」


 向き直る二人、交差する視線。その予感を感じとり、ノアは英雄に告げる。


「……これが、僕だ」

「ふ……」


 血を流し、全てをさらけ出す。しかしそれでもなお足りないと、ノアの全てが告げる。だからこそ、ノアは撃つ。


 同時に踏み込んだノアとテセウス。向けられた銃口を足払い、躱され振り抜いた足で何とか体制を維持。放たれる弾丸に脇腹を貫かれる。苦痛で視界が真っ赤に染まる。


 まだだ、まだ、終わるわけにはいかない。


「――っ!」


 全身を軋ませて、旋回。背後に回り銃を向ける。が、即座に反応したテセウスが迷うことなくトリガーを引く。躱し、そして、失速する。


「――落ちたか、なら終われ‼」


 吠えるテセウスが振りかぶり、義手の刃を突き出した。


「がはっ――」


 肩口に突き刺さる刃に思考を焼かれ、ついにノアは停止する。


「……まだ、まだだ‼」

「――っ⁉」


 直後、腹部に刺さる刃を引き寄せて、ノアはテセウスを捉え切る。


「貴様……まさか――!」

「――言ったはずだ、超えるって」


 密着させたその体に、全ての弾丸を叩き込んだ。

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