ただ前を
切り捨てられた弾丸。圧倒的なまでの破壊力に、凹凸の増えた地面。まるで、今までの全てをつぎ込んだかのような盤面。それを成しているのが、彼の『英雄』だというのだから、腹立たしいことこの上ない。
「……どうした、『烏』」
喉元に突き付けられた切先。肌を食い破る数ミリ手前のそれに唾を吞み、ノアはそのまま発砲する。ゼロ距離での射撃。本来ならば回避は不可能。しかし、それを可能にするのがその義手だった。
「ッ――!」
跳弾の音を流し、反撃に応じて身を引く。振るわれる両腕両足に、軋む身体を間に合わせる。
どうあろうと、もはや彼は止まらない。それが、ようやっと理解できたノアは、そう在らねばならなかったモノが、彼にだけは通用しないと悟る。
もう、決めた。振り返らないと。逃げ出さないと。前を見て、全てを受け入れると。
なら、やれるはずだ。
敵を見据えたノアが、その視線を外さずに、銃から全ての弾を抜き捨てる。転がるマガジンと弾薬に、『隼』は訝し気に眉を顰めた。
「どういうつもりだ」
「……どうやら、貴方に出し惜しみはできないらしい」
「……何をしたか知らな――ッ⁉」
「ッ……!」
一発、切っ先を突き付ける『隼』のこめかみスレスレを弾丸が切り裂く。
「……速い、――実弾?」
空になった銃、そこに、腰から抜き出した新たなマガジンを叩きこむ。ただのリロード。そう捉えられても仕方あるまい。実際、その通りだ。
だが、中に孕んだ弾が違う。それは、実弾であり、非殺傷弾。
『――そうじゃノア、コイツを渡しとく』
ドニとヴィルヘとの別れ際、手渡されたマガジン。変哲の無いソレに首を傾げたノアに、ドニは語る。
『クロスカリバー、そう言えばわかるか?』
クロスカリバー。それは、『七核』時代、ドニがまだ軍抱えの銃鍛冶だった頃にノアが提案した、弾丸。正しく言えば、給弾方式。異なる形状、用途の弾丸を同じマガジンに収めるというもの。提案当時は、給弾不良が相次ぎ、破綻してしまったものであった。が、それを、彼は完成させた。
ノアの現在の銃、クレラレントが、マシンリボルバーであるということも成功の大きな一因。オートマチックではエラーが発生し、リボルバーでは連射性に欠け、連射による違い弾の有効性を生かせない。それを根こそぎ解決した。
そして、このマガジンには、これまでの非殺傷弾と、貫通性に特化した実弾が装填されている。叩き穿ち、貫き広げる。悪魔的なまでの破壊力。それを、ノアの戦闘スタイルと組み合わせる。本来であればインパクト重視のマグナム系だったはずだが、それは今のノアを鑑みてのこと。
「……貴様、」
「僕は、インネを助ける。そのためなら、躊躇はしない」
「……行かせると思っているのか?」
覚悟の一射。それを、『隼』は鼻で嗤う。
「実弾が撃てたとて、やっと土壌に立ったに過ぎない。それで、何が変わる?」
「それは、試してから言って欲しいね――っ!」
吐き捨てられた文句、それを拾い直して突き付けるように、跳躍。呼応するように飛び刺した『隼』が豪速の一閃を繰り出すうちに、ノアは数発叩きこむ。今までとは違う、二重奏のような金属音が、『隼』を起点に発せられる。
「重くなった……? いや、弾が違うのか」
「クロスカリバー、貴方を討つ銃弾の名だ」
右腕に残る感覚を確かめながら、首を傾げた『隼』。その双眸を見据えて、ノアは宣言する。ただ、超えることを、ノアは誓う。己の何をも差し置いて、一度取りこぼしたものを救うと。
「……調子に乗るなよ、『烏』ッ――!」
身体を反転させ、その勢いを跳躍に昇華、宙空で全てを制御し、弾丸の雨を降らせる。咄嗟に反応、しかし、それでも出遅れたノアは、手痛い一撃を腹部に喰らう。
「ぐっ――!」
「貴様が、あの『姫』を求めるように、俺は、アリナを欲す。それだけは、もう二度と、誰にも邪魔はさせない」
憤怒、焦燥、そして、羨望。眼前の脅威に、油断とすら思える感情を抱く『隼』。それが、その全てが、何故にこちらに向けられているのか、ノアには理解できなかった。
「……分からなければそれでいい、ただ堕ちろ」
激痛に鈍るノアを置いてけぼりにして、その速度でただただ翻弄する。反撃、追撃、仕掛けた攻撃の全てが鋼鉄の右腕に吸い込まれる。まだ、ノアが逡巡しているというのか、無意識に、勝れないのか。
「……馬鹿を晒しているようだな、本気の俺を、尚もしのいでいる癖に」
「……!」
思えば、膠着状態だった。どちらも、決めてに欠ける。それがなにゆえの事なのか、ただ、実力が足りていないだけなのか。それはない、自画自賛。ではない、『隼』と互角、それは確かだ。
何だ、何が足りない。
「超える気がないのなら、失せろ。俺は、俺は、貴様を通しはしない」
「……どうしてそこまで!」
「俺は! 救えなかった! 愛した女を、最期すら添えなかった。俺は、アリナだけが全てだ」
「……アリナ」
確かめるように、絶叫の名を反芻する。それがどこか、口馴染がある気がして、それがなぜか、聞いたはずであって。
『私はね、あの人に、ただ側にいて欲しいだけなの』
「――ッ!」
「……どうした?」
訝し気に切先を振るう『隼』。断ち切られた空気の余波が、ノアの髪を靡く。だが、ノアは気にしていられない。聲に、全てが奪われる。
『でもね、どうしても人を守ってしまう。そんなあの人の事も、大好きなの。だめよね』
かつて、まだノアが幼かった頃。戦場で負傷し、医療班で治療を受けた際のことだ。天使のような微笑みで負傷者を励まし、懸命に治療をしていた軍医が居た。まだ『七核』ですらなかったノアを治療しながら、彼女は語った。
『やだ、私ったらつい。でもね、どうしてかしら、あなたとあの人、似てるのよ』
そう、クスと声を漏らしながら、果ての誰かを想っていた。それが、誰だったのか。何者だったのか、今更ながら、ノアは思い出す。そして、何が、足りないのか、何故、足りなかったのか、思い至る。
「『止まり木』」
「……な」
「彼女は、そんな事望んでいません」
「何を……」
かつて、軍人の間で知れ渡った通り名。『七核』でも、兵士ですらない彼女。それでも、まるで称号と同等の名が与えられた。それが、どういう事なのか、わからない者はいない。ただ、ただ、偉大だった。戦場の全てを救いきるかの如く、彼女は全てを尽くした。
彼女の手により戦線に復帰、或いは絶命を免れた者は数えきれない。武を以て帝国を救った『英雄』と対を成す、知と慈愛で帝国を救った存在。
「彼女が、誰かを犠牲にするやり方を、望むと思うんですか」
「黙れ」
伏せられた目線。まるで、聞きたくないと耳を塞ぐ子供の様に、その刃は、銃口は地面を見ている。
「彼女は言っていた、ただ貴方と過ごしたいと」
「黙れッ――!」
否定でもない、抵抗でもない。ただ、ひたすらの拒絶。かつて、ノアも同様のことをした。現実から目を背け、それ以上の世界を拒んだ。だからこそ、『英雄』にノアは望む。
「アリナ・ミグテッドは、こんな事望まない」
「――ッ」
彼女と『隼』の間に、それ以上のどんな関係があったとして、それは知ったことではない。ノアは、ノアが聞き、ノアが見た事しかわからない。それで尚、ノアは望む。
「僕は貴方に、焦がれていたんだと思います。『止まり木』の事も、枷になっていた。でも、もう伝えた」
「俺は……!」
「――『七核』一位、『隼』テセウス・トルシィー殿」
「――ッ⁉」
ノアが超えられない理由。その根本は、きっと、彼と戦いたくない。それだけだった。しかし、だからこそ、この儀式を以て、ノアは戦う。
「二位、『烏』ノアクヴァルムは、ここに昇位試験の開催を願い申し上げる」




