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【一旦完結】ジャガーバルト家の義妹  作者: もにーる
第五章 『生誕』編

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24.第二の人生

ブックマーク・評価をしていただきありがとうございます!


サブタイトルを

「第二の人生」にするか、

「世界で初めて空間の穴に挟まった男」にするかで10分悩みました。


 世界で初めて空間の穴に挟まった男は、穴に流れ込む海水の勢いによって徐々に押し込まれ、その穴の向こう側へと落ちていった。

 穴の向こう側は海中ではなく、水浸しの地面。そこには船だったものの破片が転がっており、魚がピチピチと跳ねていた。その場所は洞窟にある広場のようだったが、…何故か仄かに明るく、男以外に人の姿は見られなかった。


 男が自分の通ってきた空間の穴を見てみれば、まだ猛烈な勢いで水が流れ込んでいる。…いたのだが、穴はどんどん狭まり、それにつれて水の流れ込む勢いは弱まっていき、穴は消えて無くなってしまった。

 溺死という危機から脱した男だったが、その場でぐるりと見回した後…立ち尽くしてしまった。


 村人も山賊も老婆も、刀を手にした者は皆、目的地であろう東だけを目指して進んでいた。男が沈みゆく船から見ていた方角も東だった。

 男が立ち尽くしてしまったのは洞窟の中だからか、目的地を感じ取れなくなってしまったからか。

 迷う様子でとりあえず歩き始めた男に対して、近づいてくる者がいた。その者は…人の形をしていなかった。


 細すぎる手足、胴体と頭は甲冑を身に着けた様な黒色、背の高さは男と同じ程度、しかし手は4本あって槍を持っており、ギチチチと人ではない鳴き声を発している。

 よく見てみれば、胴体は甲冑ではなく黒い外殻、頭は兜ではなく異形の…間近で見る蟻の顔の様なものだった。


 男は、近付いてくる異形の敵に対して距離を詰めるでもなく、刀を振るい…胴体を斜めに斬り付けた。その攻撃は細身の男に向けて放った…船を切り裂いた攻撃と同じもの。異形の敵に向けて放たれた攻撃の余波が広場の石の壁に当たり、斜めに大きくその痕を残した。

 胴体を切り裂かれた敵はギチィ…と声を上げて倒れ、光る粉となって消えてしまった。


………


(………一体、どこにいるの?その男。異形の敵なんてものがいて、粉になって消えるなんて…やっぱり地獄?)

(地獄ではないよ。緋雨には馴染みの無い言葉だろうけど、敵の名前はキラーアント。…蟻が大きな化け物の姿になったって所かな。男は空間を裂いて、別の世界へ渡ったんだ)

(…ちょっと何言ってるか分からないわね。そのきら…蟻の化け物もそうだし、別の世界?っていうのも…)

(その辺はゆっくり教えてあげるよ、私は君の味方だからね)

(…そういえばそんな風に言ってくれてたわね。今はとっても心強いわ)

(ありがと。え~と、男が蟻の化け物を倒した後だね───)


………


 敵が消えたその場に、蟻の化け物が持っていた槍と黒い石が残っていた。男はそれらに興味も示さず、相変わらず進む先を探している様子だった。


 頭で考えているのかいないのか、男は刀を振るって再び空間を切り裂いた。それはきっと元の場所へ帰ろうとした行動だったのだろう。

 新たに出来た裂け目からは、サラサラと砂が零れ落ちてきた。裂け目が広がり、熱風が入り込む。同時に、零れ落ちる砂の量は増えたが…最初のように吸い込まれる事もなく、裂け目の向こう側へ行く事は出来ないまま…穴が閉じてしまった。元の場所には繋がらなかったようだ。


 裂け目の向こうに目的の何かを感じたのか、それとも他に取れる手段を思いつかないのか、男は何度も空間を切り裂いた。

 その裂け目から、ある時は凍えそうな冷気と吹雪が、ある時は赤く熱を持ったドロドロの土が、ある時は潰れた鉄の塊らしき物が、大量の羽虫が、青色の草が、紫色に見える空気が、裂け目を作る度に様々な物が穴を通ってやってきた。

 時には渾身の力を込めたにもかかわらず、不発…裂け目が現れない時もあった。

 時には裂け目から…こちらを覗く大きな目らしきものが見えた時もあった。


 大きな物音がすれば広場に繋がった通路の奥から蟻の化け物が現れ、戦う事を余儀なくされる。敵を倒しては裂け目を作っての繰り返しだ。

 何度目かの挑戦で、裂け目から大量の水と見慣れない魚らしきものが出てきた時があった。元の場所へ帰る事が出来ると思ったのだろう。男は裂け目へ向けて歩を進めた。しかし、異常な程強い水の勢いに吹き飛ばされて壁まで転がされた。

 おそらく海の底の底に繋がったのかもしれない。水は恐ろしく冷たかったのか、ずぶ濡れになった男は寒そうに震えていた。


 空間を裂く為に力を使い続けた代償か、男はやせ細り、たるんだ顎の皮膚がぶるんと揺れる。

 裂け目の大きさは回数を重ねるごとに徐々に小さくなり、直前に作った裂け目は最初の半分以下の大きさだった。そして裂け目の開いている時間も半分以下となっていた。…そのお陰で男は助かる事となる。


 直前に作った裂け目からは何も出て来ず、…逆に広場にある物を根こそぎ吸い取っていった。船の破片や死んでしまった魚、何かの部品や固まった黒い土、鉄くずや槍、その場の熱や空気でさえも。

 裂け目の向こう側は暗闇。男はその暗闇に危険を感じたのか、吸い寄せられる事に抵抗した。しかし踏ん張っていてもズルズルと穴に吸い寄せられ、裂け目に近付くほどに吸い寄せる力は強くなり…吸い込まれる直前で穴が閉じた。吸い込まれていれば確実に死んでいただろう。


………


(海の底の底…、それに全てを吸い取る暗闇…。暗闇の正体はなんだったの?)

(おそらくだけど宇宙…は分からないか、空の向こう側とでも言えばいいかな)

(空の…向こう側…。考えた事も無かった、空にその先があるなんて! りゅうとはなんで知ってるの!? 行った事あるの!?)

(あはは、そういう場所があるって知ってるだけで、行った事なんて無いよ。空の向こう側へ行く為には、勉強を沢山して、厳しい…修行をして、沢山の人の中から選ばれた数人だけが行けるんだ)

(へぇ~!とても面白そうだわ! …でも、そのうちゅう?には、吸い取る暗闇があって危ないのよね?)

(危険なのは吸い取る事よりも、空気が…あ~息が出来ない事と、すっっっごく寒い事かな? 男が吸い寄せられたのは、空気がある場所と無い場所が強制的に繋がって、それがおそらくそこら辺の物を吸い取る形で…っていう話は難しいかな。もし男がその時の裂け目を通っていたら、通った瞬間死んでいたはずだよ。私が緋雨と出会う事も無かっただろうね)

(そ、そうね…? とても…難しい話で、面白かったわ…?)

(あはは)


 緋雨、背伸びしたいお年頃のようだ。リュートがいくら噛み砕いて伝えようとも限度があり、基礎的な学力の差が更に壁となっていた。

 話を理解した風に見せる緋雨が微笑ましくて笑ってしまったリュート。緋雨は照れた雰囲気を見せ、簪がその気持ちを代弁するようにチリンと鳴った。


………


 九死に一生を得た男だったが、宇宙…様々な物を吸い込む場所とを繋ぐ裂け目を作った代償は大きかった。今まで以上に騒がしい物音や空気の流れに異常を感じたのか…蟻の化け物がやってきた。

 その数は3匹。そのうち1匹は今まで襲ってきた個体より一回り大きく、外殻は肩付近が尖っていて、頭部は禍々しく…牙も鋭さを増しているように見えた。その姿はキラーアントの上位種のよう。…緋雨に分かりやすく伝えるならば、蟻の化け物の親分だろうか。


 男は船を斬った時の攻撃を繰り出し、2匹を両断する事には成功した。しかし、親分には傷をつけただけで、消滅させる事は出来なかった。男がこの場所に来て初めて、一撃で倒せなかった相手だった。

 親分はギチィィ!と大きな鳴き声を洞窟に響かせた。すると間もなく…あちこちから蟻の化け物の鳴き声が近付いてきた。親分が仲間を呼んだのだ。

 広場にやってきた蟻の数はざっと10匹前後。男は再び広範囲の攻撃を繰り出したが、倒せたのは前方にいた4匹…残りの蟻は恐れる様子もなく男に槍の穂先を向けて近付いてきた。それを見て危機感を抱いたのか…男は逃走した。


 痩せはしたものの、元からの運動不足と空間を裂く事に体力を使っていた男は、息を切らし、もつれそうになる足を必死に動かし、追いついてきた蟻に攻撃をしながらひたすら逃げた。

 そうして辿り着いたのは、最初に居た場所より広い広場の…高所にある出口だった。男の背丈4人分程はありそうなその高さ、下に降りる為の階段も足場も無い。飛び降りれば足の骨が折れる…体勢が悪ければ死ぬ可能性もある。


 追ってくる蟻の化け物の数は増え続けて通路一杯になっており、倒し続ける事は無理だと判断した。

 切羽詰まった男の取った行動は、再び空間を切り裂く事だった。


 一か八か…残った力を振り絞って作った裂け目からは水が流れ込んできてはいたが、その水の勢いは弱かった。

 今まで作ってきた裂け目より安全そうな穴の向こう側、通り抜けさえすれば蟻の化け物から逃げられると思った男は、穴に向かって走り…必要以上に拡がった穴から出てきた大きな石に衝突した。

 男が余裕で通れる程の裂け目を作り出す事に成功したのだが、その大きくなりすぎた穴から、同じ大きさ、同じ形の石がいくつも雪崩れ込んできたのだ。

 男はその石に衝突した弾みで刀を手放してしまい、刀は下の広場まで落ちてしまった。

 石がぶつかった事で、男の頭からは血が出ている。…ただ、刀が手から離れても男の様子は変わらないままだった。


 刀を拾いに行こうにも高くて飛び降りられない。それどころか、大きな裂け目から次々に雪崩れ込む石が、男の居た高所から広場へ…落ちた刀の上にどんどん落ちて積み重なっていく。

 ドン!ゴン!ガツ!ドスン!と、大きな音を立てながら広場に積み重なった石は、図らずも男の居た場所と広場を繋ぐ足場となった。

 雪崩れ込んでいた石は止まったが、その裂け目は未だ閉じずに水が入り込む。石の1つが通路を塞ぐ形で鎮座していて、蟻の化け物はその石のせいで男に近付く事が出来なくなっていた。


 男は石の足場を伝って広場まで下り、…そのまま逃げればいいだろうに、隙間を探して石の足場を登り、積み重なった石に埋もれてしまった刀に手を伸ばした。が、到底届く距離ではなかった。

 退かせようにも石は重く、隙間を通ろうにも狭く、それでも男は刀しか見えていない様子で隙間から手を伸ばしていた。そこへ…蟻の化け物が協力して押したであろう石が、…通路を塞いでいた石が転げ落ちて男にぶつかり、吐血する程の大きな怪我を負った。

 石の足場から落ちていったのか、認識できる範囲から男の姿は見えなくなった。


 男の手が刀から離れて時間が経ったせいか、鮮明さのあった情報は徐々に霞みがかり…濁った景色と音へと戻っていってしまった。

 その後の光景はリュートにも確認出来なかったが、蟻の化け物達のギチチチという鳴き声と…男の断末魔らしき声が広場に響いた。


………


(それから何年…何十年経ったのかは分からない。緋雨は石の下敷きにはならずに済んでたけど、閉じ込められた形になったんだ。誰にも見つけられる事無く時間が過ぎて、今こうして私と話をしてるんだよ。…私も全てを把握してるわけじゃないけどね?)

(………ふぅ、男は結局、蟻の化け物に食われたのね)

(多分そうだろうね。俺も…侑人も一歩間違えればその男と同じ運命を辿ってたかもしれないよ)

(…そう、…なんて言ったらいいか…)

(いや、いいんだ。死にはしたけど、あの時はあの時で最善の方法を取ってたと思うしね。侑人として死なずに済む未来もあったかもしれないけど、それこそ未来を知ってでもいないとそんな方法も取れないから)

(みらい?)

(? あ~、未来って通じないのか。今より先の時代…って言えばいいかな? 過去の反対とでも言うか)

(そう。………そうね、みらいを知っていたら…あたしも…。うん、とても面白い話だったわ!)

(面白いって…、まぁ実感が湧かない話ではあるだろうけど)

(作り話だなんて思ってはないわよ? りゅうとはあたしの名前を教えてくれたし、苦しくて暗い中から救い出してくれたし。でも、やっぱり話を聞いただけじゃ、あたし自身の事って思えなくて…)

(まぁ…そうかもしれないね)

(…あたしがあたしとして今話が出来てるのも、大事な名前を思い出させてくれたのもりゅうとのお陰、とても感謝してるわ。あたしを気遣って話を聞かない方が…知らない方がいいって言ってくれた事も感謝してる。でも、やっぱり聞いて良かったって思ったわ)

(…そっか)

(…ねぇりゅうと? あたしは…帰れると思う?)

(………可能性はあるよ。でも無理だと思う)

(そうよね…、男も何度も試していたものね…)


 緋雨は呟くように(そっかぁ…)と言い、そのまま黙ってしまった。


 確かに可能性は無いわけではない。もしもリュートが刀を振るって次元の裂け目を作る事が出来たならば、当たりを引くまで試せばいいのだから。長命種となったのでチャンスも多いだろう。

 しかし現実的かと言われれば否である。リュートが見た映像、男が作り出した次元の裂け目に規則性は無く、場所どころか時間もランダムと予想出来たからだ。

 場所だけで見ても、宇宙空間と見られる場所と繋がったり、溶岩と繋がったり、深海に繋がったり。迷い込んだ深海魚諸々は宇宙空間に持っていかれてしまったが。

 更に見た事も無い色をした草は、存在しないのかリュートが知らないだけか、マギカネリアでも見た事がない。錆びて潰れた空き缶らしき物は、地球に繋がったのかもしれないが…確実に江戸時代の物ではない。大きな目に至っては、巨人か恐竜か未知の生物か…深淵さんかもしれない。


 男が帰りたい場所をイメージして裂け目を作り出していたかは分からないが、少なくとも緋雨のいた時代より数百年先の世界と繋がったであろう事は、波消しくん(小)の存在からも確かだった。

 その力で日本への帰還…またはダンジョンからの脱出が叶うかもしれないが、狙った場所と時間にピンポイントで繋がる事が出来ないのであれば意味が無い。…どころか状況が悪化する可能性もあるだろう。何より、リュートは緋雨を道具として使いたくはなかった。


 リュートが実際に刀に触れていても、スキルのように勘が働く感覚はない。刀の詳細から扱い方が見れないかと思っても、文字化けしている情報しか見る事が出来ない。

 文字化けは謂わばアート…いくつもの主張が凝縮された結果だ。名のある刀匠によって鍛えられた一振りもあれば、戦の中で力を得た物もある。それら数十…百に近い武器が一緒くたになり、主張し合うその情報がごちゃごちゃに統合されていたのだ。


 緋雨の父親は、武器の強さを感じ取る事は出来たが、リュートの左目のように情報として詳細を知る事は出来なかった。只々、強い武器を作る事しか出来なかった。

 炉で溶かされた狂気をはらんだ物、呪いを振りまく物、神聖な力を宿した物。それら様々な()()を纏める復讐という呪い。そんな渦中に組み込まれた、復讐を託された実の娘。そうして生まれた一振りの刀。

 もしも父親が武器の単純な強さ以外の事をもっと詳細に知る事が出来ていたならば、緋雨を苦しませる事も無かっただろう。父親は家族を愛していたのだから。

 父親の思った通りの一振りとはならず、ましてや世界を渡るという数奇な運命を辿った緋雨に復讐を果たす事は出来なかったが、その世界でリュートと出会えた。『神の宝珠』をその身に宿した少女と。


 視るだけではなく創造や改変も行えるその力は、混沌とした刀の内部を快適空間…とまではいかずとも改良する事が出来るだろう。

 緋雨はこれから第二の人生…刃生が始まるのだ。…ダサいのでやはり第二の人生と記そう。


(りゅうと! お願いがあるんだけど聞いてくれる?)


 黙ったまま考え事をしていたであろう緋雨は、とても元気そうな声でリュートにお願いをした。

 お願いって?と聞き返したリュートに対して緋雨は、家族の元へ行く為に…


(あたしを…、叩き折って殺してくれない?)


 死を選択した。


勝手ながら、明日からの投稿時間を夕方~夜に変更させていただきます。

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