15.息抜き
話が盛り上…盛り上がった?…盛り上がったと思っておこう。その翌日にはリュートのMPはそれなりに回復していた。
大体MPは一晩寝れば完全回復するとされているのだが、それは正確ではない。ステータスにある魔力の数値によって回復量は変わるのだが、人族のようにレベル・ステータスが低いと、一晩で回復出来てしまうだけなのだ。
その人族の中には、魔力の数値が低いせいで、1日でMPが満タンまで回復しきらないといった現象が起こる事が稀にある。ただ、エルフのような長命種で高レベルの者にとってはありがちで、最大MPの数値が大きいというのが原因だ。
そもそもMPは起きていても自然回復していくもの。睡眠中の方がMPの回復効率は高いのだが、寝て一気に回復するような事はない。
リュートの初戦闘、暴走というハプニングはあったが、桜華の助けもあってなんとか事態を収める事が出来た。その頃には全体の1割にまで減っていたMPだが、ご飯を食べて話をして、寝て起きた今となっては4割程度まで回復している。
回復量が少ないと感じるかもしれないが、魔力の数値が高いリュートでも回復しきれないほど最大MPの数値が高いせいである。そのお陰で魔力の暴走中に枯渇せずに済んだのだが。
ちなみに、リュートが寝る時には『竜化』を使って子竜の姿になっていた。寝ている間にチラリしてしまわないように。服装は未だにダボシャツ1枚なので…。
着ていたシャツを残して子竜に…とはならず、『人化』を使った時にはシャツを着た状態で人の姿になる事が出来た。毎回すっぽんぽんを披露せずに済みそうだ。
本日の朝食も味気ないオーク焼肉である。桜華の口調からは「っす」が抜けて、友達感が更に上がっていた。
『んくっ、水ありがと。調味料…せめて塩だけでも欲しいね』
『俺はもうこの味で慣れちゃった感じはあるけど、行ける範囲で狩れる食材がオークしかいないからね…。下は第六層辺りで厳しかったし』
『第六層は何のモンスターがいたんだっけ?』
『虫系だよ。レッドビーやキラーマンティス、スパイダー系やビッグキャタピラーとかがうじゃうじゃ…』
『あぁ~…、虫嫌いだもんね桜華くん。俺…私も好きではないけど』
『小さいサイズならいいけどさ?って思えちゃうようになるくらい大きいんだよ…。蟻や蜂や蝶は問題無いけど、大きい蜘蛛とか意味分かんない…』
『百足も嫌だね』
『うぇぇ…泣いちゃう…』
桜華ちゃんの方が出るくらい苦手らしい。中・遠距離攻撃の確保をせねば第六層以降進めなさそうだ。精神衛生的に。
『…トイレどうしよ』
『あ~…ぁ~…、そうだ、『竜化』してすればいいんじゃない? そっちの方がいくらか恥ずかしくない…んじゃないかな?』
『確かに。…でも毎回ドラゴンの姿にならないとトイレに行けないのも問題だよねぇ。…ちょっとこのまま行ってくるよ』
『それはまぁ…そうだね。性別入れ替わるってこんな場面では大変だね』
『赤ん坊なら育児って割り切れるけどさ? …そしたら一人でトイレ出来ないか。いけない事してるって思うからダメなんだよねきっと。疚しい事じゃない、生理現象なんだし…よし、行ってくる!』
『いってらっしゃい。…気合いを入れなきゃトイレにも行けないとは…苦労してるなぁ』
リュートが初めての「小」を終わらせた後、もじもじしながら桜華に股を洗う用の水を用意してもらった事も記しておく。
『あの広場の消波ブロックって桜華くんが積み上げたの?』
『いや? 元からあの形の物があそこに積み重なってたよ?』
『なんであんな所にあんなブロックがあるんだろ…。上り下りには便利だけど』
『…少なくとも、この第四層で大量の水が出てくるような事は無かったし、それらしいギミックも見かけてない。俺も最初は不思議に思ったけどね、材質はコンクリ…セメント?っぽいし』
『やっぱり地球産の可能性があるよねぇ。ダンジョンが作り出したって可能性もあるけど…』
魔力が回復したら左目の訓練がてらいずれ見てみようと、そっと心の中でリストに記した。
『桜華くんがここに来る前って、ジョブの変更が出来てたでしょ?』
『そうだね、ステータスから変更可能だったよ。大抵剣士とか魔術師とか、RPGで言う所の初期職みたいなジョブは、周りも全員カンストさせてたし。ステータスの底上げになるからね。ただ、ここに来てから…ううん、多分この首輪のせいでジョブの変更が出来なくなってる。気付いたのは大分経ってからだったけどね、勇者のジョブのままだったのが救いかな?』
『それ、首輪の制限が原因じゃないよ。700年後のマギカネリアではジョブの変更が出来なくなってるんだよ。ジョブは産まれた時に得たものだけっていうのが常識になってる』
『…え? …マギカネリア全体で起こってるの? ジョブカンストのボーナスも無し? そんなのめっちゃ弱いじゃん。上級職とか複合職じゃなきゃ、戦えるモンスターなんて限られてるよね?』
『うん、基本的には…桜華くんの居た頃とは基準も変わってるけど…そうだな、中級ダンジョンのボスがオークロードだね』
『中級…初級の間違いじゃなくて?』
『それくらい人族…多分マギカネリア全体が衰退してるんだよ。私も桜華くんの過去を見て知るまでは、それが普通なんだって思ってたし。以前はこうだったってミュア師匠から教わる事も無くて、…そもそも知らなかったのかもしれないけど』
『そっか…、なんでそんな事が起きてるんだろ?』
『さっぱり分からないね、ジョブを変える事が出来なくなる何かがあったのか…でも、そんなピンポイントでジョブに関する何かが起こるものなのかな?』
『両方を知ってるリュートでも分からないか…』
『そう言われても、侑人としてマギカネリアに来て4カ月経ってないからね。まだまだ知らない事が多いよ?』
さらっとマギカネリアに衝撃を与えそうな重大ニュースを話し合う2人。700年前…桜華が居た頃のマギカネリアでは、個人によるジョブの変更が可能だったらしい。
『桜華くんここに来て半年って言ってたよね?』
『うん。侑人さんがここに来たのは、俺がいた頃から700年後って話だったね』
『そうだね。…差を単純に計算すると、1か月で………え~と、115年くらい?経つ事になるのかな? 1日なら4年…3年10カ月くらいか』
『…1年ここで過ごせば、外に出た時には1400年後? 実感無いなぁ』
『………計算機の便利さを痛感するなぁ、ここでの1分が外での1日前後だったよ。…時間の流れは逆だけど、某マンガの修行部屋を思い出すね』
『…あえてノーコメント』
『つれないなぁ。…人の一生の事を思えば、10日程度で出ないとダメだろうね。もしかしたら、…なんて言うか、外とダンジョンの繋がってる時間軸が違うとかあるかな? たまたま桜華君が半年過ごした時に会えただけで、俺…侑人がダンジョンに入った外の時間は関係無い説』
『…ダンジョンの中と外に時間の関係性が無い可能性…、外とダンジョン内の時間の流れが等倍だったりする可能性もあるって事?』
『そう、等倍や逆のパターンもある。半年:700年のペースで流れてるとは限らない。…頭変になりそう。まぁ、どっちの可能性も外に出てみないと答え合わせが出来ないけど』
もし外とダンジョンとの時間の流れが1分:1日…1年:1400年ペースで過ぎているなら、戦闘をしてご飯を食べて寝てと1日過ごした今、外では既に4年近く過ぎている事になる。
現実逃避気味に別の可能性を模索したくもなるというものだ。
その別の可能性がある意味大当たりなのだが、外に出るまで2人がそれに気付く事は無い。と言うより気付きようが無い。
『ここから出たら…よりも、日本に帰ったら何食べたい?』
『あ~…、う~ん! …カップラーメン』
『あはは、めっちゃ分かる。やっぱり味噌ラーメン?』
『いや~、味噌は確かに好きだけど…今は醤油ラーメンかな~? リュートは?』
『私は…私も醤油かな? この姿になっても心は醤油を欲してるみたいだよ。ラーメンに拘らなかったらお好み焼きだね』
『さすが県民。お好み焼きか~、広島風のって食べた事無いんだよね。混ぜてじゃなくて具材を重ねて焼くんだっけ?』
『そうそう、ソバやうどんを入れるスタイルが主流な感じはあるね。地域で特徴があって、お米が入ってるお好み焼きとか、日本酒風味のお好み焼きなんてのもあるよ。ソバ自体を辛くした辛麺っていうのもあって、それをよく食べに行ってたな~』
『(ゴクッ)…そんなに種類あるんだね広島焼きって。聞いてたら食べてみたくなっちゃったよ』
『あはは。…どうでもいいっちゃいいけど、お好み焼きを広島の人に広島風って言い方したら怒る人もいるらしいから気をつけた方がいいかもよ?』
『え…、なんで怒るの?』
『混ぜて焼くのが当たり前~みたいな感じに受け取られるじゃん? それで重ねて焼くのを広島風とか広島焼きって。それでなんかテレビで言い合いしてたの見たよ。個人的にはどっちでもいい気はするけどね? 広島にも混ぜて焼くスタイルのお好み焼きのお店だってあるし。ほんと、中には怒る人もいる、って程度の話だよ』
『へぇ~、まぁ忘れるまで覚えておこうかな』
『あはは、それでいいよ』
味噌ラーメンと断定したのは桜華の記憶を覗き見してしまった結果だ。
不可抗力とはいえ、見えてしまった記憶。その全てを覚えられはしなかったが、重要な思い出とは別にリュートの印象に残った記憶らしい。
時にはダンジョンの攻略に全く関係の無い話、どうでもいい情報を伝えたりもしていた。息抜きは必要だ。…と一応擁護しておこう。
『あの左目が金色だった時って、何が見えてたの?』
『何って言われれば…色々としか言えないね。桜華くんの過去が見えた事もだし、キラーアントの体の構造や弱点…っぽいのが見えて、影に隠れてたキラーアントの姿も見えて、ステータスのウィンドウがずら~!っと出てて…アレは邪魔だったけど。あとは視点…ゲームだと、自分を後方のちょっと高い所から見れたりするじゃん? あんな感じで見れて、更にカメラの移動が出来る…って言うのかな。それでリュートの姿が見れたし』
『過去視は聞いた事ないけど、千里眼や鑑定眼みたいな事が出来るんだね。同時に使える上に上位互換っぽいし…ほんとなんなんだろあの左目』
『なんだろね…? ただ、視点変更はとてつもなく動き辛いから慣れが必要だろうね。あれだ…3D酔いしそうだったよ』
『うわ~、俺ダメかも。やったことあるけど続けられなかったもん』
『あはは、桜華くん短い距離の乗り物でも酔っちゃうもんね。苦手なものはしょうがないよ。あとは、昨日も言ったけど、多分その首輪に関する情報も見れると思うから明日やってみよう。ほんとに何でも見れる目だよねこれ。…って言っても、持ってる力はこれで全部じゃないかもだけど』
『ここで生活する内に把握出来ればいいね。俺は明日が待ち遠しいよ』
『暴走したらゴメンね?』
『フラグになるからやめて』
明日には桜華の首輪が外されるかもしれない。
罠に嵌められ、ステータスの制限を受け、救ってくれた王女が殺されダンジョン生活。
これまでの事が脳裏に浮かび、もうすぐ呪縛から解放されると思うと、桜華はなんとも言えない気分になっていた。
『こう…言い方はちょっと違うけど、若返ったら改めて思うよ。年齢のせいもあるだろうけど、侑人の体ってガタがきてたんだな~って。腰痛も肩こりも無いし、喉に痰が絡む事もないし、視力も上がってるどころか鮮明に見えるし』
『ゆっくりとした変化って気付かないって言うもんね。自分の事なら尚更気付き難いだろうし』
『髭もすね毛も無くてお肌ぷにぷにのぷるぷる、髪の毛ツヤツヤのサラサラよ? お顔もこんなにかわいらしいし』
『自分で言う?』
『自分で言う!』
『言うんだ…ふふっ』
桜華がダンジョンへやってきて半年が経ち、微かにではあったが初めて声を出して笑ったのだった。
『もしも異性の身体になったら~なんて、考えた事はあったけど…現実になるとは思わなかったよ』
『性別どころか、種族まで変わってるけどね?』
『確かに。しかも我が子にね…』
『………』
『…以前だったらこんなシチュエーションに対してエッチな想像してたけど、さすがにこの状況じゃそんな気が起きないや』
『言わんでよろしい! いくら空気がしんみりしたからって───』
桜華に怒られてしまったリュート。
…話が綺麗にまとまろうとしていたのに台無しである。
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