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【一旦完結】ジャガーバルト家の義妹  作者: もにーる
第五章 『生誕』編

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13.葛藤


 桜華は葛藤していた。


 リュートにストレス発散の提案をし、初めは軽く体を動かさせる事にした。確かに最初は気が紛れはしたリュートだったが、組み手を続けるうちに別方向からストレスを溜め込んでしまった為、結局キラーアント相手に八つ当たりする事になった。


 桜華が実際にリュートの体の動かし方を見て、ステータスの数値を教わり、危険は無さそうだとゴーサインを出した。制限を受けている桜華よりリュートの方が圧倒的にステータスが上だったのだが、必要ないかもしれないと思いつつ…万が一に備えて見守りもしていた。

 いくらリュートが強くとも、キラーアントは数が多い。数は力だ。不測の事態があるかもしれないと注意も促した。


 いざ八つ当たりが始まってみれば、わらわら集まるキラーアント相手にリュートは無双状態だった。殴って吹き飛ばし、破壊し、叫びつつ、それでいて安全も確保していた。

 心の内を吐露しながら戦うとは思っていなかった桜華だったが、その叫びを聞くうちに桜華の目から涙が流れていた。

 自分を死に追いやった相手に、生まれ変わってしまった境遇に、無力だった自分自身に…。リュートに溜まっていた鬱憤は桜華の想像以上だったのだ。


 桜華はラクシスを死なせてしまった無力な自分をリュートに重ねていた。

 セーフエリアで見せていた姿がどれだけ気丈に振る舞っていたのかを思い知った。

 桜華に気を遣って話しかけてくるリュートの姿と、目の前で涙しながら感情をぶつける姿の差異は激しく、感情を揺さぶられていた。




 …それとは別に、リュートの服装は大きめのシャツ1枚だけであり、激しく動くと…かわいい桃が見えてしまう時がある。…今も見えてしまっている。

 桜華は積み重なっている消波ブロックを登り、リュートから少々距離は離れるが、上から見下ろす形で見守る事にした。

 バレなければセーフだったろうに…。さすが勇者、紳士である。



 状況が変わったのは突然だった。

 キラーアントがギチチギチチと仲間を笑っている様子を見たリュートが、突如静まり…体に魔力を纏わせ始めた。

 そんな事をせずともキラーアントを余裕を持って倒せていたのに。桜華はそう考えながらも、時間は進み、事態は動く。


 リュートが纏う魔力は密度を上げ、リュート自身が輝いて見えるようになった。戦っていた構えを変え、リュートがキラーアントに振り下ろした手は、異常な切れ味を見せた。攻撃が当たった時の抵抗ありきで手を振り下ろしたリュートは、あまりの手応えの無さに体のバランスを崩し、そこを1匹のキラーアントに狙われた。

 桜華が見た初めての…リュートに当たった攻撃。キラーアントの放った槍の一撃は確かにリュートの頭部に当たったが、刺さるどころか傷も作ってはいないだろう事は想像出来た。

 ヒヤリとはしたが、想像した通りの結果に胸を撫で下ろした…のも束の間、リュートから感じる圧と戦い方はそれ以降がらりと変わった。声を上げながらも突っ込み過ぎないように戦っていた時とは打って変わって、目に映る敵を猛烈なスピードで倒していく姿へと。


 バーサーカーという言葉が桜華の頭に浮かぶ。ジョブやスキルにそのようなものは無いが、桜華が勇者として活動していた頃、時たまモンスターを…敵を倒す事しか考えられなくなる者が現れ、そういった者達はバーサーカーと呼ばれていた。


 桜華から見るリュートの状態はそれに近いと感じたが、バーサーカー状態の者の特徴として、言葉にならない叫び声を上げたり、スキルを使わず動きが単調になりがちといったものがある。

 広場で戦うリュートは魔力を身に纏い、叫びもしていない。しかしキラーアントをひたすら倒していく姿はバーサーカーを思わせる。


 桜華は葛藤していた。


(この状態はマズいか…? 途中で止めるより、全部吐き出させた方が…。そもそも今の俺に止められるか? どうする…、倒したキラーアントの数から考えて残りは多くないだろう。このまま最後まで…ん?)


 最後まで発散さた方がいいだろうと考えていた桜華の目に、リュートの体は輝いて見えていた。その輝きは体を覆う密度を上げた魔力の膜によるものだが、それとは別にチラチラと金色の光も確認できるようになった。

 よく見てみると、リュートの左目が金色に輝いていたのだ。


(なんだアレは…魔眼? いや、あんな色…あんな輝きを持つ魔眼なんて見た事も聞いた事もない…。それに動きが…効率的になってきてる? 見てる方はヒヤヒヤするけど…まぁ、ステータスの数値を聞いた分には問題無いか)


 キラーアントを一撃確殺しつつ、迷う事無く次の標的に向かうリュート。

 敵を視界に収めて戦う事は基本中の基本である。侑人もミュリアルの授業で教わっていたし、侑人自身もそれは大事な事だと思っている。好き好んで背後から攻撃されたい者などいない。…だろう、…いないはずだ。Mっ気があれば分からないが…多分いないという事にしておこう。


 ともかく、集団に突っ込んで行けば当然背後を取られやすい。攻めはしても引かない今のリュートの行動は、本来なら桜華が止めに入っただろう。

 桜華が戦闘に介入しないのは、リュートに攻撃が当たってもダメージを受けないから…ではない。リュートに襲い掛かる側面や背後からの攻撃を、見もせずに全て避けているからだ。

 しかも避けた攻撃を利用して他のキラーアントを倒しもしている。突き出される槍に横から力を加えて、同士討ちさせてもいる。上位種らしき個体が広場へ入ってきたと同時に消されたりもしている。


(…未来予測? それか千里眼の…いや、千里眼の色じゃない。左目だけみたいだし…けど一番近いのはそれくらいしか…。未観測…新種の可能性もあるか、知られている魔眼が全てじゃないだろうし)


 遠目に見るリュートの左目の効果は定かではないが、キラーアントとの戦いに関してはプラスに働いていると考えた桜華は見守る事にした。




 …見守るとは言っても、リュートの動きは最初の頃と違い…蹴りも使って縦横無尽だ。戦い方が激しさを増していて、目のやり場にとても…とても困る。見守りたい、しかし直視するのを躊躇ってしまう。

 ラッキースケベが大フィーバー中の光景に、桜華は…葛藤していた。



『おそらく今入って来たのが最後の集団だよ! …聞こえてんのかな?』


 桜華の持つスキル、『気配察知』にモンスターが近付いてくる反応が無くなった。第四層のフロア全てをカバー出来ているわけではないが、少なくとも桜華の察知可能な範囲に、広場を目指してやってくるキラーアントは感じ取れない。

 戦闘に特化したスキルが多い勇者のジョブの他にも、桜華は()()()()()()のスキルを会得している。中でも『気配察知』はかなりお世話になっている。不意打ちを食らう事は減り、先制攻撃のチャンスにも繋がる。桜華が範囲の調整と加減を覚えるまでは察知し過ぎてしまい、寝不足になるなど苦労はしたが。


『………』


 リュートは相変わらずキラーアント相手に無双の真っ最中であり、桜華の言葉に反応しなかった事を考えると…聞こえていないのだろうと思えてしまう。


『…殲滅が終わった所で声をかければいいか。それにしても体力オバケだな。…魔力もだけど』


 宣戦布告からまだ1時間にも満たないが、倒したキラーアントは400匹以上。足元は魔石とキラーアントのドロップ品がゴロゴロしている。


 初陣であり、危険度ランク4のキラーアントとの戦闘。集団となり危険度ランクは7相当に上昇し、多対一の戦いを休憩も挟まず、『魔纏』を使ってからは更にペースを上げて戦い続けたリュート。強いて言えば『魔装』を使用した時が休憩と呼べるだろうか。

 疲れはあるのか頬に汗が見えはするが、その戦いも間もなく終わる。仲間が多かろうが少なかろうが関係なしに突っ込んでくるキラーアントは、最後の最後まで猪突…蟻突猛進だった。


 桜華は消波ブロックから下りながら、なんと声をかけようか迷っていた。「お疲れ様」「大丈夫?」「強かったね」。どれも微妙にしっくりこなかった。

 リュートが最後の1匹を倒してキラーアントはいなくなったのだが、まだ『魔纏』を解除していない。戦闘が終わった事は理解しているのか、構えは解いていて棒立ちになっている。


『どうだった?』

『………』


 ちゃんと声が届くか、下手したら自分が攻撃されないかと恐る恐る話しかけた桜華だったが、リュートは無言だった。後ろを向いているのでその表情も分からない。

 声が聞こえていないのかと思い、桜華がリュートの正面に回り込もうとした時、リュートが地面に両膝をついた。その途端、リュートの呼吸が大きく乱れ始めた。


『はぁっはぁっはぁっ、あぐっ』


 明らかに様子がおかしいと感じ取った桜華は、リュートの正面に回り、しゃがんでリュートの肩に手を置き、顔を覗き込んだ。

 リュートは何かに耐えるように歯を食いしばっている。右目は水色だが左目は金色に輝いたまま。目の前にいる桜華に焦点が合っていないどころか、瞳孔はガタガタと揺れている。

 戦っていた時よりも大量の汗が吹き出しており、『魔纏』による体を覆う膜はゆらゆらと密度を変え、不安定になっていた。目をギュッと瞑って横を向いたり上を向いたり、その行動は何かを見まいとしているようにも見える。


『もうキラーアントはいない、全部倒した。魔力を抑えていいんだ』

『はぁっはぁっ、ぐっ…』

(…制御出来ないのか? まさか魔力暴走…)


 荒い息のまま首を縦に一度振った後ブンブンと横に振ったリュート。その動きで額や頬にあった汗が飛ぶ。苦しそうな声の後には鼻血が流れ出た。

 声は聞こえていて言われた事も理解しているが、魔力を抑えきれないのだ。


 キラーアント相手に魔力を使い、キレて更に魔力を開放し、その状態で戦い続けたリュート。

 戦っているうちは問題無かった。倒すべき敵がいなくなり、頭は冷静になりはしたが、体の方は開放し過ぎた魔力がいう事を聞かなくなっていた。ぶん回し続けたアクセルが戻らないのだ。

 その一番の原因はリュートの金色に輝く左目のせいなのだが、2人はまだそれを知らない。


『はぁはぁっ…はぁはぁっ』

(今の俺に出来るか? この規模…いや、やらなきゃリュートが…)


 赤ん坊が魔力の暴走を起こした時の対処法として、『魔力譲渡』が有効だ。まだ魔力の扱い方を知らない赤ん坊、魔力の暴走でMPが枯渇して気絶すればまだいいが、気絶せずそのまま生命力・・・を削ってまで魔力を捻り出してしまえば、最悪命に関わってしまう。その為の対処法として知られている。枯渇による気絶を狙った対処療法ではあるが。

 しかしそれは周りが赤ん坊の異変に気付いた時の事。そして『魔力譲渡』を使える者が近くにいた時の場合だ。

 基本的には、目を離した隙だったり就寝中に大人が気付かないまま…という場合があるので、魔力を封じるアイテムを使用する。


 リュートの精神がいくら40歳のおっさんであっても、予備知識を持っていたとしても、まだ産まれたての赤子であり、魔力を扱うのは初心者も初心者。更にその強さと量は桁違いだ。仮に魔力封じのアイテムを使ったとしても、許容量を超えてしまい壊れていただろう。

 リュート自身は魔力を抑えようとはしているが、通常の抑え方では対処できない状態にある事など知る由も無い。


 今のリュートの魔力は膨らみ過ぎた風船のような状態であり、供給が止まっていないその風船はまだ膨らんでいる最中。それを無理矢理膨らまないように留めているのが現状である。形はそのままで、密度が上がっているのだ。


 だがそれも仕方ないだろう。まだ()()()()の抑え方を知らないリュートが魔力を止めようとすると、ステータスが連動してしまう。ステータスの開放率が下がってしまえば、ステータスの恩恵が弱まる事で…リュートの体が耐え切れず破裂してしまうだろう。

 魔力を外に放出すれば破裂はしないだろうが、リュートが出来るのは纏わせる事…放出の仕方が分からないのだ。無理矢理放出する事は可能かもしれないが、リュートは大怪我を負うだろう。…自爆という形で。


 魔力を放出出来そうな『咆哮』というスキルはあるが、それは新たに魔力を消費するだけ。もし使用しても解決しないどころか、ダンジョンの壁や天井を崩してしまう可能性が高く、そうなると桜華も無事では済まないかもしれない。


 何より、リュートは魔力を抑えようとする事と()()()()()()()()()()に対して精一杯になっており、落ち着いて解決方法を考える余裕が無かった。


『もうちょっと我慢してくれ、少しずつ抜いていくから』

『はぁっはぁっはぁっ』


 桜華が何をしようとしているのかは分からなかったが、リュートは頷いた。

 リュートの両肩に置かれていた桜華の手、その手が『魔纏』に使われている魔力を吸い取り始めた。

 魔術師系のジョブ、上級魔術師の上に当たる魔帝が使えるスキル、『魔力吸収』の効果だ。


『ちゃんと抜けてはいるけど、時間がかかりそう。耐えられそうかい?』

『はぁはぁっがん、ばるっはぁはぁっ』


 桜華が制限を受けている状態で使う『魔力吸収』は速度が遅かった。が、吸い取る事には成功していて、リュートにも頑張ると言える程度の余裕が出てきていた。

 リュートは魔力を抜かれた事で扱い方に勘が働き始め、ステータスと連動せずに魔力を抑えられるようになり始めた。抑えようとする副次効果で『魔力操作』の熟練度がガンガン上がってきてはいるが、まだ元栓の閉じ方が分かり始めただけで、膨らんだ魔力という風船はそのままだ。


 順調にいい方向に向かっているが、まだ時間がかかる。リュートが桜華に魔力を抜いてもらっている間に別の話をしよう。



 そもそも『魔力操作』を習得したリュートに魔力を抑えられないという事はあり得ない。なぜこんな事が起こったのかといえば、金色に輝く左目のせいである。


 『魔纏』に使用した魔力のみならば抑える事は難しくない。

 『魔装』や『魔纏』の使用は謂わばダッシュ状態。走ってゴールに辿り着いたので歩こう、そういう意識で魔力の放出を弱められる。

 キラーアントとの戦闘終了時、『魔装』『魔纏』の使用に消費したMPは全体の10%程度だった。しかし、リュートの残りMPは30%を切っている。60%以上が左目の使用に使われていたのだ。


 左目の扱いは『魔纏』のようにはいかない。『魔纏』を使用した状態をダッシュと例えたが、左目の状態を何かに例えるとするならば、戦闘機といったところだろうか。無我夢中でいつの間にか離陸させていた戦闘機の中で冷静になり、操縦方法が上昇下降程度しか分からない状態で燃料が3割を切り、無事に着陸させなければ積み荷の爆薬が爆発する…リュートはそういった状態にいたのだ。

 更に『魔纏』に使用した魔力も一緒に抑えようとした。戦闘機の操縦中に、同時進行でルームランナーの使用を………、例えが的を得ているか不安だ。簡単に言えば、超ヤバかった。そういう事だ。


 『魔纏』に割かれていた魔力に桜華の『魔力吸収』が干渉し、…先のよく分からない例えで言えば、ルームランナーが減速したので戦闘機の操縦方法の模索に専念出来始めたのだった。


 そんな超ヤバい金色に輝く左目は、ただ消費量が多いだけではない。その燃費に見合ったリターンが存在する。

 キラーアントの弱点らしき場所が見えていたのも、背後からの攻撃が見えていたのも、()()()()()が見えていたのも左目の効果だ。


 桜華は魔眼と思っていたが、実際には全く別のもの。目に発現しているので、名前を付けるとすれば神眼といったところになるだろう。

 その扱いは極めて難しい…が、扱い切れればとてつもない武器になる。


 それは神の落とし物。世界を調律、改変する宝珠。

 リュートの哀しみと怒りに呼応して発現した神眼は、やがて世界に大きな変革をもたらしてゆく。






 …かもしれない。

 ちなみに、なぜリュートがそんな宝珠…神眼を持っているかというと、…伝えずとも分かるかもしれないが、卵の栄養としてシルヴィアが与えたキンタ…黄金の珠が原因である。


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