12.キラーアント
ステータスというものは、マギカネリアに生きる者なら誰にでも存在する。人族や獣人種やエルフといった知恵を持つ生物、魔族や竜種といった強者、そしてモンスターにも。
「「「ギチチチチ!」」」
『んだらああぁ!』
中には知恵を持つモンスターも存在する。そういったモンスターは基本的に、冒険者ギルドにおける危険度ランクは高く設定されている。
「「ギチチチチ!」」
『もっと出て来いや!』
地竜や飛竜は大抵知恵を持っており、危険度ランク14に相当する上位竜のドラゴンともなれば、知恵どころか人との会話も可能。そのドラゴンの中にも、グルードとシルヴィアのように強さに差はあるのだが、人族が括る危険度レベルから見れば同危険度のランク14扱いだ。…単に人とドラゴンに力の差がありすぎて判別できないのだが。
「「ギチチチ!」」
『もうどいつがやったか分からんけど!』
「「「ギチチチ!」」」
『石落として音たてんけりゃ! 槍投げてこんけりゃ! こうはならんかった!』
そんなドラゴンからゴブリンまで、ステータスがある事によって危機感は鋭くなる。
相手の見た目の判断とは別に、「強そうかも?」「弱そうかも?」、最低でもその程度の感覚は覚える。
「「「ギチチチチ!」」」
『無事だったら今頃、もしかしたら3人で…これからどうしようとか話し合っとったかもしれん』
しかし、中にはそんな感覚を持っていないのか無視しているのか、突撃してくるモンスターが存在する。キラーアントもその内の一種だ。
戦闘能力は同ランクのモンスターより高い。だが、その分…なのかは定かではないが、おつむが残念なモンスターなのだ。
「「ギチチチ!」」
『お前らがおらんかったら、今頃…っ! 俺が強けりゃ…、今頃は…っ!』
既に80匹近くは倒されて魔石となっているが、キラーアントは怯む事無くリュートに襲い掛かっている。
胸の内に溜まっていた鬱憤を拳と言葉に乗せてキラーアントにぶつける。感情をぶちまけるリュートの目からは涙が流れていた。
「「ギチィ!」」
『くそったれがぁ!』
リュートの持っていた短剣は既に折れている。…強そうという見た目だけの武器だったのだ。それでもキラーアントを…宣戦布告後の最初の1匹を倒すという役割は果たした。
もし侑人が卵を抱えたままそんな武器で戦う事を選択していれば、逃げ延びる事も…リュートが産まれる事さえ叶わなかっただろう。
その後の結果は望んだものではなかったが、最悪を想定すれば多少は救われた…選択は間違ってはいなかったとも思えていた。
「「「「ギチィ!」」」」
『何をすれば正解だったんだ!』
それでも割り切れない想いは心の中で暗く重く渦巻き、涙を拭いながらひたすらに八つ当たりを続けた。向かってくるキラーアントを殴って吹き飛ばし、別の個体は殻が砕け、また別の個体には落ちていた槍を拾って力任せに叩きつけた。技術や体格差など関係ない、その差を埋めて余りあるステータスの暴力だった。
八つ当たりを続ける内にステータスを開放する割合は自然と増えていき、5割程度になっている。殲滅力が上昇している。
筋力や敏捷といった戦闘に関する能力の上昇もそうだが、戦う相手の動きがよく見えるようになっている事が大きい。
よく「動きが止まって見える」と表現されたりするが、それ程文字通りのものではない。受け止め方や避け方を学ぶ訓練を思わせる速度…といった感覚が一番近いだろうか。
『助けてくれて感謝してるよ…、こんなにも強いし…でもさ?』
「「「ギチチチチ!」」」
『素直にありがとうなんて言えないんだよ。…もう! リュートを撫でてやる事も出来ないんだよぉ!』
いくらキラーアントが数を増やそうと、一度に攻撃できる個体数には限界がある。4体~5体がいいところだろう。しかしキラーアントはそんな事は考えず、目の前にいる獲物に集中して襲ってくる。
連携など取る事も無く、我先にと突っ込んでいっては倒されていく。
猪突猛進…蟻だが。脳みそまで筋肉なのだろう。…ある意味強そうだ。
☆
戦いが始まってから200匹は倒しただろうか、それでもまだ狩り切れないようだ。
リュートは奪った槍で目の前のキラーアントの足を攻撃し、倒れたキラーアントの頭部を両手で掴んで…横に一回転してぶん投げた。
その先にいたキラーアントは回転しながら飛んでくる仲間を見て驚きの声をあげ、ぶつかって共に倒れた。消滅まではしなかったが。
それを見た周りのキラーアントがギチチギチチと声を上げて肩を揺らした。仲間の失態を笑うように。
『…何笑ってんだよ』
あれほど荒れていたリュートの心の中は、まるで台風の目に入ったかのように凪いだ。キラーアントの笑っている姿を見て、妙に落ち着いた中で…自分でも予想しないスピードで感情が高ぶり、キレた。
その結果…冷静になった。
(こんなやつらに俺はやられたのか? …それだけ俺が弱かったんだ。そのせいでリュートが…こんなにも強い子が犠牲になったんだ…)
(レベルなんてめちゃくちゃ高くて…スキルも沢山あって…。なのに俺とシルヴィアさんの事を大事にしてくれる優しさを持ってて…)
(こいつらのせいで…、グルードのせいで…、俺のせいで…)
(笑ってる余裕があるんならかかってこいや。来ないんなら…笑えなくさせてやるよ)
リュートは冷静に…ブチギレていた。
高ぶった感情によってステータスは更に開放され、8割に達した。5割開放の時点でキラーアントを圧倒していた事を思えば、力を増す事は無駄に思えるだろう。が、3割の差は攻撃力に限ったものではない。
動体視力は更に上がり、反応速度も移動速度も増し、殲滅力は格段に上昇する。
(『魔装』)
そこに竜帝のジョブにあったスキル、『魔装』を使用した。それと同時にリュートの周囲には、薄く白い霧のようなものが現れ、荒々しく立ち昇った。
自身の右手に視線をやり、深呼吸を一つ。心を少々落ち着けると、荒々しく立ち昇っていた霧はゆらゆらと形を定めず揺れ始めるようになった。
「「「ギ…」」」
「「ギチィ…」」
『魔装』
魔力を自身の体に纏わせ、身体能力の上昇や補助をするスキルだ。
リュートは本来、魔法攻撃力の方が高い。キラーアントを圧倒していた物理的な攻撃に、『魔装』による魔法攻撃が乗るのだ。その脅威は倍では済まない。
あれだけ何も考えず突っ込んできていたキラーアントも、様子の変わったリュートを見据えてはいるが、その場から踏み出せないでいる。それでも逃げるという選択肢は無い様子だった。
リュートが『魔装』を使用した事で発生した薄く白い霧。その霧は、シルヴィアが侑人の背中の傷を治した時の事を思い出させた。
(やっぱりこの白っぽいのは魔力だったのか。これをどう…教わってたな、ありがとうございますミュア師匠)
ジャガーバルトで勉強したミュリアルの授業の中に、魔力の扱い方についてのものもあった。無駄になるかもしれない知識を丁寧に、分かりやすく、魔力もステータスも無いたった一人の不遇な弟子の為に授けてくれていた。
魔力は力ではなく意思によって扱われる。右手に集中させようとすれば右手に薄霧が集まり、力を増そうと意識すれば薄霧は濃さを変えた。魔力を得て間もないリュートだったが、薄霧はその意思に応えてくれた。
シルヴィアが『生誕』を使った時の姿をイメージし、体の表面だけを覆う膜になるように意識したリュート。そのイメージは苦労したが成功し、薄霧は密度を上げ、リュートを覆う膜が輝いて見えるようになった。
本来、これほど早く『魔装』のコントロールは出来ない。それが可能なのは『生誕』が関係しているから。
リュートがシルヴィアの情報を受け継いでいたおかげだった。
リュートの視界の左上にあるMPゲージは少々減っている。『魔装』は発動するとMPを消費し続けるスキルなのだが、その上で薄霧…魔力を操作していたので消費は更に増えていた。ただ、リュートのMPが多い為、大した問題にはなっていなかった。
その時、リュートの頭の中にアナウンスが流れた。
【スキル『魔力操作』、『魔纏』、『竜爪術』を獲得しました】
(あぁ、気が散って危ないってこういう事か。ジョブのレベルアップの音より注意力削がれるし。確かに強敵相手の戦闘中だと危険…か? 今は問題無いけど)
リュートは早速取得したスキルの効果を確かめた。
『魔力操作』は文字通り、魔力の操作が先程よりスムーズに行えるようになった。
『魔纏』は『魔装』状態で密度を上げた姿の事。密度を上げるイメージをせずとも、スーパーリュートへすぐさま変身可能となった。
『竜爪術』は拳闘士ジョブの『格闘術』のように、こうすれば良さそうだという勘が働くようになった。
『…どうした? もう笑わないのか?』
「「「………」」」
鳴き声さえ上げなくなったキラーアントに対して、リュートはがらりと構えを変えた。
新しく得た『竜爪術』、勘が働くままに手の位置と足の位置を変える。
拳を握って空手家のようだった構えから、拳を開いて姿勢を落とした野性味溢れる構えへと。近いものを挙げるとしたらレスリングスタイル…といった感じだろうか。
構えや体の動かし方以外にも、魔力の扱いに対しても勘が働きかけてくる。勘に従って指に魔力を集め、魔力が伸びた爪の様な形を成す。
リュートは一番近くにいたキラーアントに向かって接近し、その爪で斜めに引っ掻くように振り下ろした。それは熱したナイフでバターを切るよりも容易く、まるで豆腐に包丁を入れる程度の手応えの無さだった。本来の爪のポテンシャルを出せていないにも関わらず。
イメージによって引っ掻く瞬間に伸びた魔力の爪はキラーアントを易々と両断しており、上半身と下半身、あとはいくつかの胴体の輪切りと脚だったモノを作ったが、そのパーツはすぐに消滅した。
リュートはこれまで、キラーアントに対して攻めたり引いたりを繰り返しながら戦っていた。危険だからという桜華のアドバイスから…もあるが、高い防御力で怪我の心配は一切なくとも、攻撃を受けたくなかったからだ。
八つ当たりはするが攻撃は受けたくない、我儘だと分かっていてもそう思いながら戦っていた。
怒りの中にあっても冷静な部分を残していた。優しい我が子に攻撃を受けさせたくなかったのだ。
心の内をキラーアントにぶつけながらも、そこだけは守って立ち回っていた。
だが、キレてステータスの開放率が上昇した上に『魔装』を使用し、『竜爪術』を取得して放った一撃の手応えは…軽すぎた。
その結果、目の前のモンスターを倒したにも関わらず、リュートは空振りしたかのように前のめりに体勢を崩してしまった。それをチャンスと見た1匹のキラーアントが槍を突き出した。その穂先はリュートの頭部を確かに捉えた。
危険度ランク4の中でも戦闘能力の高いキラーアントの一撃は、HPゲージを僅かに…よく見ないと全く分からない程度に減らしはしたが、リュートの頭に傷を付ける事は無く無事だった。しかし…精神面はそうではなかった。
『…今やったん誰なら? お前か?』
槍を突き出していたキラーアントは、次の瞬間には引っ掻き攻撃で縦に5つに割かれて消滅した。
リュート自身キレたと思っていたが、まだその先があったらしい。攻撃を受けた途端キラーアントに対する憎しみは更に増していき、目に映れば片っ端から消滅させていくようになった。
『魔纏』の輝きは強まり、右手だけだった魔力の爪は左手にも作り出され、キラーアントが広場に集まるよりも殲滅する速度の方が速くなった。
怒りが視野を狭めさせ、聴覚を麻痺させる。キーンという耳鳴りでキラーアントの鳴き声どころか物音も聞き分けられない、そんな世界で殺戮人形と化したリュート。相手の動きは更に遅く見えるようになり、どこを攻撃すればいいのか…キラーアントの体に弱点らしき光が見えるようになっていた。
いつの間にかリュートの左目は金色に輝いている。その左目がリュートの戦闘をサポートしており、殲滅の効率を上げていた。自身にそんな変化が起こっているとは気付かず、次のキラーアントの集団に突撃していった。
自身がどれだけ危険な状態にあるのかも知らずに…。




