11.宣戦布告
人化してすっぽんぽんを見られてしまったリュートの照れ笑いは破壊力が高かった。
桜華に対して効果は抜群だ。
『そうか~、最初から服を着てるわけないか。…ないのかな? 分かんないけど。女の子だったのは予想通りというか──』
侑人が使用したスキル『人化』は無事成功し、ありのままの姿を曝してしまった。服は付属ではなかったようだ。
身長は侑人であった時より40cm程度縮んでいる。…130cm台前半だろうか。真っ白な髪と青色の目は母親似で、髪は腰まで伸びている。
顔立ちもシルヴィアに似て美人であり、その中に幼さ…可愛らしさが融合している。桜華が天使と思ってしまうのも無理はないほどだ。
侑人も自身の…人化したリュートの姿を見れば同じ感想を抱くだろう。…が、鏡が無いのでそれは叶わなかった。
侑人から見える範囲…スネの毛が無い事や肌が綺麗でぷにぷにしている事に驚きながら、白くなったがツヤツヤになった長い髪に謎の感動をしながら、目線の低さと手足の小ささに和みながら、…同時にそれらに対して負い目に襲われながら、助けてくれたリュートへの感謝を忘れまいと誓った。
最初はたどたどしかった発音は少々喋っただけで上達し、すっかり聞き取りやすくなっている。
子竜の時の鳴き声の時点で大体感じていたが、人化した少女の声は可愛らしかった。思わず漏れた『くっ、俺の声が可愛い…』という呟きは桜華には聞こえていなかったが。
そんな美少女となった侑人は、すっぽんぽんからダボシャツ1枚にダウングレードする事で、やっと桜華と話をする態勢が整った。今は桜華の正面で正座している。
…人によってはダボシャツ1枚はアップグレードに分類されるかもしれないが、今は横に置いておく事にしよう。
『改めて、卵の世話から名付けまで…本当にありがとう』
『君は…あんたは、もしかして…』
『………、看取ってもらったのに死に損なっちゃったよ』
『そんな! 俺の方こそ、助けられずにすみません。でも生きてい…いえ、ごめんなさい…』
『………、うん』
桜華に悪気があったわけではないのはすぐに分かった。
普段の侑人であれば、桜華の謝罪に対してもっと気の利いた返事をしていただろう。「気にしてないよ」「まだ生きられるみたい」「運が良かったのかな」等と。しかし、今は軽々しくは言えなかった。
桜華も途中で気付いて謝罪はしたが、重くなってしまったその場の空気を元に戻すには少々の時間が必要だろう。
生きていてくれて良かったと思う気持ちはあっても、子竜の慟哭を間近で見ていたのだ。あれを産声や歓喜の叫びとは到底思えなかった。
『ごめん、怒ってるわけじゃないんだ。卵の事いきなりお願いしちゃったし、心配かけちゃったしさ。感謝してるんだよ? けど…まだ自分の中で整理しきれてなくて。リュートに生かされて、システムに救われて、そんな事あるのかって考えもしてさ』
『はい…』
『あ~…。そうだね…う~ん…』
桜華が反省モードに入ってしまい、侑人も言葉に詰まってしまった。どうしようかと右手で頭を触りながら辺りを見ると、話のタネになりそうな物を見つけた。
侑人は立ち上がって歩いてみた。…みたのだが、これがとても難しい。桜華に渡されたシャツを着る時もそうだったが、体の大きさや手足の長さがガラリと変わってしまったので、シャツを着るという何でもない動作でも難儀した。
歩き方を学習するように一歩一歩進み、切れてしまったミサンガと短剣を手に取った。侑人として持っていた時には短く思えた短剣も、少女の姿で持つとかなりの大きさだ。長さもグリップの太さも重さも。…重さはむしろ軽く感じていた。
侑人はミサンガと短剣を持って、桜華の対面ではなく、斜め隣に座って話し始めた。
『まずは改めて自己紹介するよ。中谷 侑人、この世界に来て3カ月ちょっとかな? こっちで40歳の誕生日を迎えたよ』
『………、えっと…』
対面で座っていた時よりも多少気持ちが落ち着いた桜華だったが、突然自己紹介をされて…反応するまでに時間がかかってしまった。
『赤城 桜華です。こっちにきて3年半…くらい経ちました。多分もう20歳になってます』
『ありがとう、改めてよろしく。…砕けた話し方でもいいよ?』
『いえ…それは…』
『…無理矢理は良くなかったね。話したいように話してくれたらいいよ。それで…このミサンガなんだけど、ミュア…ミュリアルって名前のエルフから貰った物なんだ。ミュリアルさんはミルファリアさんのお孫さんね』
『! 少しだけ聞きましたね』
『うん、突然こっちに来た時は周りに誰もいなくてさ。初めて遭遇したモンスター…ホーンラビットをなんとか倒して、にわか知識で火を熾して1日野宿して、水を汲みに森へ行った時に初めて会ったのが…』
『ミュリアルさんだったんですね…』
『違うよ?』
『…は!? 今の流れ絶対そうじゃん! てか、俺に言わせる間だったじゃん!』
『あはは、ちょっと意地悪しちゃったね』
『…侑人さん、いい性格してたんすね?』
侑人、性格がいいと褒められた。
もちろん侑人は意味を勘違いなどしておらず、分かった上で『いや~』と照れてみせた。…また褒められてしまいそうである。
桜華の口調を砕けさせる事には成功したので、味を占めて近い内に再び揶揄うかもしれない。
『まぁ、初めて会った人はミュリアルさんの…元パーティーメンバーの娘さんって言えばいいのかな? こっちにきて2日目に森で出会って、その時はほとんど言葉通じなくてさ』
『翻訳は最初からパッシブじゃなかったんすか?』
『翻訳やパッシブどころか、ステータスが無かったんだよ俺』
『…は? いや、ステータスが無い…あ、また揶揄ったっすね?』
『あはは…信用が無くなっちゃうから程々にしておくよ…。でもステータスが無かったのは本当だよ? 『ヒール』が効かなかったのも多分そのせいなんだ』
揶揄う頻度は2度目を待たずして下がったのだった。
『マジすか…、よく無事だったっすね』
『まぁ、平和な所だったしね。ホーンラビットも弱かったし。それで…そうそう、多少の言葉は通じたのと、あとは肉…体言語じゃないや、ボディーランゲージで自己紹介したんだ』
『…ステータス無しでの肉体言語じゃ侑人さん勝てないでしょ』
『あはは、絶対無理だね!』
桜華は合いの手を入れながら侑人の話を聞いていった。
侑人の目的は桜華とのコミュニケーション。話の腰を折られようと、それも目的の範囲内だ。桜華が気になった事を質問し、侑人が回答しつつ話を進めた。
『その娘さんがシェリルって名前なんだけど、彼女が持ってた手帳に簡単な日本語が載っててね。シェリルさんにそれを教えたのがミュリアルさんで、ミュリアルさんに日本語を教えたのがミルファリアさんって聞いたんだ。ミュリアルさんが日本語に熱心になる切っ掛けになったのは、桜華くんのノート』
『何と言うか…世間は狭いっすね』
『ここで俺と桜華くんが出会った事を思えば、更にそう思えるね。まぁ、そこから最小限のコミュニケーションを取る事が出来て、シェリルさんに連れられて行った森の先に街があったんだ。そのまま案内されて行った先が…領主様の家だったんだよね』
『…捕まったんすか?』
『客人として扱われただけだけどね! でも、最初はちょっとだけそれも考えたよ? 友好的に見えても言葉が通じないと不安だし…どころか地球じゃなかったわけだし』
『翻訳無しとか…ハードっすね』
『「おかげでこっちの言葉を覚える必要があったよ。」ミュリアルさんと出会ったのはその日のうちで、数日後には師匠になってもらったんだ。マギ語や戦闘に関する勉強を教えてもらったり、戦闘訓練やゴブリン相手に実戦もやったよ。ミュア師匠って呼んでて、俺も師匠に日本語や地球の事を教えててさ、ユート先生って呼ばれてたんだ』
『へぇ~、3カ月くらいで新しい言語覚えるって、侑人さんすごいっすね』
『ミュア師匠の教え方が上手かったと思うし、彼女には日本語の知識があったからね、そのお陰だよ。あとはまぁ…こういう状況に放り込まれたら覚えるしかないって必死だったしね。このミサンガは、そのミュア師匠から付けてもらった物なんだ』
『なるほど。祈りのミサンガを送られたって事は、恋人だったんすか?』
『…恋人。え、このミサンガってそういう物なの?』
『恋人とか家族とかの旅の無事を祈って結ぶんすよ。魔道具の1つで、死んだり切れたりしたら結んだ人に伝わるはず』
『…そっかぁ。どう思われてたかは分からないけど、死んだ事…切れた事は伝わっちゃっただろうね…』
『………っすね』
ミュリアルがどんな想いでミサンガを結んだのかは侑人にも分からない。それでも結んでもらった場面を思い出せば、いい加減なプレゼントではない事は分かる。
悲しんでいないだろうか、まだまだ教えたい事も教わりたい事もあったのに、そう考えつつ話を続けた。
『…俺さ、こっちに来てからすっごく恵まれてたんだよ。領主様の娘さんに出会って、領主様の家に住まわせてもらってさ? 領主様は気さくな人で、その街の人もみ~んないい人で、師匠がいて…。地球に帰れる目途は全然だったけど、地球での生活より不便と思う事はあったけど、こっちで生活するのも悪くないなって思ってたんだ』
『………』
『領主様には家族にならないかって誘われてさ、…返事はまだしてなかったんだけどね。大体半月…くらい前かな? 1人でクエストに行ってた時、誰かにいきなり襲われて大怪我してさ、そこを助けてくれたのが人の姿をしたドラゴンだったんだ。それからは街に戻って無かったんだよね…。助けてくれたドラゴンがちょっと変わってて、人族が好きみたいで、…そう言えば桜華くんと話した事があるって言ってたよ。知ってる? シルヴィアって名前の白いドラゴンなんだけど』
『あ~、知ってます。…薄々そうじゃないかと思ってました。リュートの時の鱗の色も瞳の色も同じだし…シルヴィアが母親なんすね?』
『おぉ、知ってるんだ…。リュートっていう切っ掛けもあって、こっちで生きていくんだって決意もしてたんだけどね…。寿命が違いすぎるから番は嫌ってフラれたけど』
『んぐっ…、侑人さんそんなにドラゴンとか…爬虫類系が好きなんすか?』
『俺ノーマルだし! …多少ケモナー属性はあるかもだけど。あ、シルヴィアさんの人化した姿見た事ない? めっちゃ美人よ?』
『ドラゴンの姿しか見た事ないっすね。でも侑人さんの今の姿見てたら、シルヴィアの人化した姿は美人なんだろうな~ってのはよく分かるっす』
『…マジ? 俺そんなに美人?』
『かなり。可愛いと美人が見事に融合した感じっすよ。…美人より可愛い寄りかな?』
『そっか~…、桜華くん鏡とか持ってない?』
『無いっす。…短剣の刃の部分を鏡として見れないっすか?』
『…天才か、採用! やってみよう』
意気消沈から天真爛漫といった姿を見せる少女にほっこりする桜華。中身はご存知アラ…ジャスフォーになったおっさんである。
桜華の提案した短剣の刃を鏡の代わりにする案は、採用してはみたものの…思った程綺麗には映らなかった。ぼんやり映っている肌と髪の色は確認出来る、その程度だ。
『ダメかぁ。あとは短剣を磨いてみるか鏡を見つけるか作るか…あ! ………ごめん、なんでもないかも』
『何か探してたんすか?』
『いや~、ポケットにスマホ入れてたんだけどさ? 電池は切れてたけど鏡代わりになるかな~って。卵に一緒に吸収されてたみたいだったよ。あ、水溜りで確認すればよくない? 出来るかな』
『まぁ…、スマホの画面なら剣の刃で見るよりはちゃんと映りそうっすよね。水溜りは…やるだけやってみましょうか『ウォーター』』
『おぉ、ありがと~! …うん、水溜りだね』
水溜り作戦も失敗に終わってしまった。
☆
『侑人さん、無理しなくていいんすよ?』
『うん? あ~…でもほら、俺の方が年上だしさ?』
『こっちの世界では俺の方が先輩っすよ。その先輩からのアドバイスとして、溜め込まずに発散させてしまう方がいいっす』
『まぁ分かるけど、発散…って言われてもなぁ。桜華くんは発散ってどうしてたの?』
『俺の場合はまぁ、ここのモンスター相手に八つ当たりっすね』
明るく振る舞う侑人に対して心配になり声を掛けた桜華。ぶつけようのない気持ちを押し隠しているように見えていたのだ。
ストレスを溜め込むメリットなど無い。溜まりに溜まった末に爆発して、それがいい結果をもたらす事はないだろう。
『なるほど…、日本にいた時はどうしてたの?』
『…ケンカっすかね。自分から売ったりはしなかったっすけど、ほら…桜華って名前がちょっと女っぽいからそれを揶揄ってくるやつがいて…』
『確かに女性っぽさはあるけど、素敵な名前じゃんね?』
『…ありがとうございます。侑人さんはストレス発散とかどうしてたんすか?』
『俺は…そうだねぇ、日本でならカラオケとかドライブとかしてたけど…一番は猫かな? 家で4匹飼っててさ、めっちゃ可愛いのよ。こて~んって転がって「撫でて?撫でるでしょ?」って目で見つめられると可愛くて可愛くて』
『めっちゃ分かる!』
『ね! …え?』
『あ!? いや…犬か猫かなら、俺も猫派っすかね』
なんとか取り繕った桜華だったが、侑人にはばっちり聞かれていた。が、あえてそこを拾わないように『どっちも可愛いけどね』と話を続ける事にした。下手にイジると縮んだ距離がまた開いてしまうので…。
ちなみに桜華が「私」モードの時によく癒されていたのが、動物の姿で冒険をするオンラインゲームや様々な動物の赤ん坊が載ったフォトブックである。お気に入りの動物は言うまでもないだろう。
『ここじゃ発散する方法なんて限られてるしねぇ、先輩のアドバイスを聞くにも…う~ん』
『…案外自分で思ってるよりも負担大きいんすよ。心のバランスってちょっとの刺激で爆発したりしますし。さっき開放したステータスの感じなら大丈夫と思うっすよ? 何がネックなんすか?』
『いや~、桜華くんの言う事は分かるけど、この子の体で戦闘するのが…。精神は俺でも体はリュートだしさ?』
『…あ~、複雑っすね…。いくら強さがあっても、精神的な問題ですもんね…。そうだ』
『うん?』
桜華は立ち上がり、侑人に向かって拳を突き出した。
『とりあえず体動かしてみましょう? 多少は気持ちが楽になるかもしれないっすよ』
『…そう、だね。お願いす…お願いします先輩』
『う…うっす。…体を思い通りに動かせないと、いざって時に何も出来ないっすから』
『そうだね、死ぬ前にやれる事がまだあったんじゃないかって反省したばっかりだったよ。リュートにまた悲しい思いをさせたくないしね』
『…優しくするだけが親の役割じゃないっすよ。優しく、厳しく、時には導いて、時には考えさせて…そうして子どもは成長するんす』
『…桜華くん子育てしたことあるの?』
『…子としての経験談っす』
『そっか…。そうだね…』
侑人は天井を見上げた後、目を瞑った。桜華の言葉を噛み締め、自分がどうしたいのか…リュートに対してどう思っているのかを考えた。
まだ侑人の中で割り切れてはいないが、リュートに助けられ、侑人に守られた命に対して、お互いの為に生きていこうと考えた。
リュートとして元気で明るく、侑人としてリュートの手本となるように。
『………改めて桜華さん、私と手合わせをお願いします』
『…う、うん。雰囲気がガラッと変わったっすね侑人さん』
『気の持ちようですかね? 私は侑人であり、リュートでもある…そう思い直しただけです。呼び方が俺から私になったのもその影響ですかね。…知人にすごい人がいるのでイメージしやすかったですし』
『…そっすか。それじゃ先輩としてお手合わせして…しようか。まずはステータスは引き出さずに』
『はい! お願いします!』
まずはリュートが拳を構え、(何か違う…)と若干違和感を覚えた。体や手足が縮んだ事とは別にしっくりこない感じ…と言えばいいだろうか。
こうした方がいいんじゃないか?という勘に従って構えを調整すると、しっくりきた気がした。拳や足の位置、腰の落とし方や脇の締め方、些細な違いではあったが、その些細な違いが次の動作や攻撃の威力に違いを生む。それが分かるというより、そういう気がするという確信に欠けるものだったが。
これは拳闘士のジョブにある『格闘術』のスキルによる効果である。『格闘術』以外にも、剣士や狩人のジョブに『剣術』や『弓術』などがあり、構える時点で働きかけてくるパッシブスキルだ。
相変わらず何故複数のジョブのスキルをリュートが持っているのかは謎だったが、今は有難い事だと受け入れた。
『…なるほど、スキルの恩恵ってすごいですね』
『だね、何度も助けられたよ。一番すごいのは生後間もないリュートが使ってるって事だけどね?』
『あはは、確かに』
『さぁ、いつでもどうぞ?』
『いきます!』
リュートは左足と左手を前に、右足は引いて半身の体勢、右手は腰の辺りで構えた。ボクシング…よりは空手の型の構えといった方が近い。
真剣な表情で桜華を見つめ、右足で踏ん張り、左手を体に引き付けると同時に腰を回転…右手を前に突き出した。
正拳突き。
『『………』』
そのヘロヘロな拳を受け止めた桜華は和み、繰り出したリュートは理想とは程遠い拳速に頬を赤くしていた。
☆
『………』
桜華がリュートの相手をして2時間が経った頃、最初の頃はヘロヘロだった正拳突きも、回数を重ねるごとに速度と威力が増していた。たどたどしい歩き方も既に卒業済みだ。
殴るバリエーションも増え、フックやアッパー、肘打ちや足運びまで様になっていた。足技はやっていない…と言うより、桜華に止められた。ズボンかパンツ、それに準ずる物がなければ見えてしまうので…。
リュートの装備は未だにダボシャツ1枚のみ、元々戦う恰好では無いのだ。
桜華もさすがに下を脱いで渡す事までは出来ない。
『………ふぅ~』
ある程度体の動かし方が良くなった所で、桜華相手にではなく、1人で宙に向かって拳を突き出した。…ステータスを開放した状態で。
突き出した拳は速く、ヒュッ!と風を裂く音がした。硬い岩壁を見れば「砕けそう」と思える程頼りなく映るようになった。ステータス開放による能力の上昇、その上昇による感覚の変化がリュートの中で起こっていた。(こういう感覚か…)とすんなり納得できたのは、ミュリアルの授業で予習済みだったからだ。
考えずにはいられない、あの時この力があれば…と。浮かんでくるその考えを押し殺す…のをやめた。
元々こういった考えから鬱屈してしまっているという話だった事を思い出したのだ。発散の最中に新たにストレスを溜めては意味が無い。
どうしたものかと考えた末、先輩を見習う事にした。
『すぅ~…』
マギカネリアで生きる以上、戦いはとても身近にある。いざ戦う場面に遭遇した時、それまで何もせずにいたら再び後悔するだろう。
桜華の見立てでもリュートが怪我をする心配は無さそうだった。
桜華の持っている情報を合わせても危険度は低かった。
桜華が見守っているので万に一つもない。
ここは谷底の先にあったダンジョン、その第四層。キラーアントばかりが生息する階層である。
侑人が脇腹を抉られ、卵を守り抜き、結局命を落とし…絶望を与えられた場所。その原因の一つ、絶好の八つ当たり相手のいる場所。
押し込んでいた感情を表に出し、押し殺していた怒気が高まる。
そして今…侑人が持っていた短剣をリュートが握りしめ、セーフエリアを出て傷を受けた因縁の広場に戻り、やりきれなかった気持ちを爆発させるように大声を張り上げた。
数が増える程に危険度が増すと言われるキラーアントへの八つ当たり…いや、
『俺の敵討ちに来たぞ! 一匹残らず出て来いや蟻どもおおお!!』
宣戦布告だった。




