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【一旦完結】ジャガーバルト家の義妹  作者: もにーる
第五章 『生誕』編

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1.死なせない

五章『生誕』編開始です。


時間は遡り、2章10話から…侑人が行方不明になってからのお話です。


「っ!? ぐっ!」


 侑人の背中を、右肩から斜めに…焼けるような痛みが走った。


 その傷はマギカネリアに生きる者からすれば浅い部類に入る。『ヒール』やポーションで完治可能な傷だ。

 それに、ステータスが痛みを多少和らげる効果を持っている。加えて、HPが0になるまでは基本的に死ぬ事は無い。

 ただ、HPが0になった後でも傷を放置し続ければその限りではないし、もちろんHPが一撃で全損して即死するケースもある。


(うあぁ…痛い…、モンスター? いや、物音もしてない…はず。違う…距離を取れ、それと武器)


 しかし、それが『ヒール』やポーションでの回復が叶わない侑人であれば、即座に傷が治る事も無く、血が止まらず…重傷となる。痛みの緩和も、HPという保険も無い。

 何が起きたかを把握する前に、数歩進みながら腰に差した鉄の剣を抜いて振り返った。


「ん? 浅かったか」

「ふぅ~ふぅ~…」

(あぁ…めっちゃ痛い…、肩から斜めに…斬られた? あかん、肩押さえて座り込みたい…)


 斬られた痛みのせいで、どこの誰がやったんだという考えが浮かぶよりも早く、ただただ痛いという感情が頭の中に溢れていた。


 手伝いによく行っていた食事処『森の恵み』の店主であるグランの所に赤ん坊が産まれた。その出産祝いにと果物を取りに森へやってきていた侑人。

 平和な街の近くにある危険性の低いはずの森で、人族の誰かに襲われる事など全く想像していなかった。

 もちろん周りには気を配っていたし、森に出没する低レベルのゴブリン程度であれば、いくらステータスを持っているモンスターとはいえ侑人でも倒す事は出来る。師匠であるミュリアルからそれなりの訓練を受けているのだから。

 人型をしているゴブリンに、武器を向けたり振るったりする事には抵抗はあるが、マギカネリアで生活する上で必要な事だとなんとか割り切っている。

 しかし、それが人型のモンスターではなく、人間そのものであったなら…そう割り切れるものではない。


「ユート…だな?」

「ふぅ~っふぅ~…」

「答える気は無しか。まぁ聞いている情報に照らし合わせてみても間違いでは無いだろうが」

(痛くて喋っとる場合じゃないし、てか誰なん? 俺が何したんなら…いけん、クラクラしてきよーる)


 肩から背中にかけて走る痛みを、深い呼吸を続ける事で紛らわせていた侑人。それが新たに酸欠と眩暈という危険な状況を作り出していた。

 侑人を斬り付けた男は、顔全体を見られない程度にフードをずらして短剣を構え直した。

 フードのせいで目測を誤り、浅い傷を負わせる程度になってしまったのか。…それとも、とぼけたふりをして遊ばれているのか。

 侑人からすれば運が良かった事となったが、まだピンチは続いている。


「お前が何をしたか知らないが死んでもらう、お貴族様を怒らせたお前が悪いんだぜ? 今度はちゃんと殺してやるから動くなよ?」

「はぁはぁ…っ!ふぅ~…」

(痛ぇ…。人を相手にするのは抵抗が物凄いあるし、怖い…。けど、このまま死ねれんし!)


 剣を握ってはいるが、力が入らない両手。それは怪我のせいか、人間を相手に戦おうとしているからか。


「はぁ…だんまり───」


 その時、喋っていた男の頭部が宙を舞った。短剣を構えていた手は時間差でだらんと下がり、頭部は男の近くに落下し、まだ立っていた男の首からは血が噴き出し、膝をつき…そのまま地面に倒れ込んだ。

 侑人は突然目の前で起こった出来事に脳の処理が追い付かず、()()()()()が倒れ込んでから数秒して、やっと思考が現実に追いついた。「ひっ!?」と声を出して尻もちをつくが、視線は死体に固定されたままだ。


「フゥ~! フゥ~!」


 くぐもった荒い息遣いが聞こえ、目線を上げた。そこには漆黒と呼ばれている冒険者…シルバが、片手を振りぬいた姿で立っていた。手刀で首を刎ねたようだ。

 その瞬間を目で追えてはいなかったが、侑人が助けられた事は状況から見ても明白。お礼を言わなければと思ったが、目の前で起こった出来事に対して身体全体がガタガタと震えてしまい、声も出せなかった。


「ゔぅ~!!」


 シルバが唸り声をあげながら頭部の無くなった男の体に手をかざし、魔術を発動させた。白い魔法陣が現れ輝きが強まると、男の体は何かに押し潰されるようにひしゃげていく。

 ゴキゴキボキボキッと骨の砕ける音が幾重にも重なり、首からは絞り出されるように大量の血が流れ出ていた。


「………、いっつ…」


 凄惨な光景から目を逸らした侑人は、横を向いたその行動によって斬られた痛みを思い出し、声が漏れ出た。そのまま左手で肩を押さえて、(痛みを忘れるってほんとにあるんだな…)などと考えていた。


「!!」


 シルバは言葉は発しなかったが、侑人から漏れ出た声に我に返り、圧縮作業を止めて侑人へと近付き魔術を使った。

 その魔法陣の色を見た侑人は、かけられているのが回復魔術であると分かった。


(複数適性? 回復魔術との…? それにあの攻撃力と速さ…いや、それより今は)

「ありがとうございますシルバさん。助けてもらって、回復魔術までかけてもらって…。でも俺、回復魔術効かないんですよ」

「!?」

「あはは、驚きますよね…いてて。ポーションも効果無くて、参っちゃいますよ…」

「………」


 務めて明るく話しかける侑人だったが、その顔色は悪く、脂汗を流していた。


「死なせない」


 侑人がシルバに名前を訪ねた時以来の声。耳にしたのは2度目だが、…唸り声を声とカウントすれば3度目だが、ヘルム越しの声は相変わらず男か女かの判別がつかなかった。

 死なせないという言葉に有難みを感じ、礼を言おうとしたところでシルバが背を向けて片膝をつく形でしゃがみ、侑人をおんぶする体勢になった。両手も後ろにピンと伸ばし万全の体勢だ。


(の、乗れって事だよな? …何から何までほんとに申し訳ない。街に帰ったら何かしらたっぷりお礼させてもらおう)

「ありがとうございます、失礼しますね?」

「~~~っ!?」


 侑人は剣を鞘に納め、シルバの背中に身を預けて首に腕を回すと、シルバはブルッ!と身震いをした。そして侑人の足を抱え、痛みを感じさせてしまわないよう気をつけながら立ち上がった。

 侑人を背負っていながら、立ち上がる為の振りなど付けず、ヨイショと掛け声を発する事も無く、スッと立ち上がったシルバ。(日頃行う動作や行動ほど、逆にステータスの凄さを感じるなぁ)と考える程度に余裕が出てきてはいるが、痛みは一切引いていない。痛いものは痛いのだ。


 シルバは立ち上がり、…そのまま5秒程が経ち、体積の小さくなった男の体と切り離されて転がっていた頭部に向けて魔術を発動した。男だったモノは白い炎に包まれて…消えた。絞り出されて血だまりとなっていたものも、焦げ跡という痕跡さえ残さず消えてしまった。

 侑人が驚く暇も無い程の…ほんの数秒の作業を終えたシルバは、1歩2歩と歩きだし、そのまま速度を上げて走り出した。しかし背負われている侑人は揺れをほとんど感じる事は無かった。


 その速さは侑人の全力ダッシュ並。人を背負って、しかも森の中で…足場がいいとは言えない中でだ。

 シルバが森を抜けるのにそう時間はかからず、平原に出てからは更に走る速度を上げた。…ジャガーバルトの街とは()()()に。


「…シルバさん、方向が逆じゃ…ないかな~って?」

「…ごめん、助けるから」

「………」

(実際助けられてるし、これ以上なんも言えねぇ…。でもどこ行くんこれ? てか速っ!?)


 徐々に上がり続ける速度は、体感で時速80kmを超えていた。その速度の割に風の抵抗はとても少なく、そよ風程度の心地よさがあった。そして相変わらず揺れはほとんど感じない。そう考えている間もシルバの走る速度は上がり続けている。

 10分程度走った辺りで速度が緩まり、川の側で止まる事となった。侑人が後ろを振り返ってみても、ジャガーバルトの街も…その近くにあった森も見当たらない。

 侑人はシルバの背中からゆっくりと降りて、その場に座り込んだ。


「ありがと、はぁ…ふぅ~…はぁ…」

(めっちゃズキズキする…。止血とか、しといた方が良かったかな。でもそんな布も持ってないし、てか…しんどい…)

「『解除』、じっとしてて」


 シルバが解除と口にし、その後に発せられた言葉は完全に女性のものだった。侑人が目を向けると、漆黒の由来でもある全身鎧は身に着けておらず、白を基調としたスカート姿の服装に胸当てという軽装の女性がいた。

 侑人を背負ったまま高速で走っていたとはとても思えない細い手足。それに加えて…恐ろしく整った顔立ち。

 鎧姿の時には全く見られなかったが、胸の膨らみも…かなりある。あの鎧にどうやって収まっていたのかと思う程ある。

 見た目の年齢は二十代前半頃。髪の色は輝くような白色をしていて、水色の瞳が宝石のように見えた。が、その女性は今、心配しているのがありありと分かるほど眉尻を下げて、侑人の傷に集中している。

 その女性…シルバは、川の水で濡らして絞った布を片手に侑人の後ろへ回ってしゃがみ、改めて傷口の様子を見ていた。


「…ポーションかけてみてもいい?」

「治らないと、思いますよ? 小さな傷に使ってもっ、治らなかったので…」

「そう…。汗凄いから、使って?」


 シルバから布を差し出され、侑人は礼を言いながら受け取り、その布を顔に当てた。ひんやりとした気持ち良さはあったが、傷の痛みは未だ消えず、布の上から両手で顔を覆って数回深呼吸をした。


「ポーション試してみてもいい?」

「…無駄になっちゃいますよ?」

「それは全然問題ない。怪我を治す事が一番」


 漆黒の姿ではくぐもった声をしていて男女の区別も付かなかったが、今の軽装の姿で聞く声はとても澄んでいて耳に心地いい。

 上着を脱ぐように言われ、極力傷に触れないように気をつけながら上半身裸になった侑人。…腹筋には若干力を入れている。こんな状況でも見栄を張ってしまうのは、悲しきかな男の性か。


「すぅ~はぁ~…、お願いします」

「かける…」

「~~~っ! ぐぅっ!」

「ごめんなさい…ごめん…」


 絶っ対に痛い! 絶っ対に沁みる! そう覚悟をしていた侑人だったが、その覚悟をしていても…やってきた痛みに声が漏れてしまった。

 シルバは痛みに耐える侑人の姿に、涙目になって謝りながらもポーションを傷口にかけ続ける。ポーションの入った瓶を逆さまにして最後の一滴までかけ終わったが、侑人の傷は変わらずそこにあり続けた。

 結局侑人に痛みを与えるだけになってしまった。そう思ったシルバは俯いてしまったが、すぐに意識を切り替えた。


「俺、ステータスが、無いんですよ。多分、それが原因で、魔術とかポーション、効かないのかなって」

「ステータス…魔術…魔力…。もう一つだけ、試してもいい?」


 痛みに息を切らしながら、自分の事情を少しだけ話した侑人に、シルバは諦めずに提案した。


「もし傷が治ったら、1つだけお願いを聞いて欲しい」

「さっき男から、助けてもらいましたしね。俺に出来る事なら、何でもしますよ、シルバさん」

「…シルヴィア」

「…あれ、名前間違えてましたか…。すみません、シルヴィアさん」

「~っ、大丈夫。それじゃ試すから、ちょっと待ってて」

(名前間違ってたかぁ、何回もシルバさんって呼んじゃってたな…訂正してくれればよかったのに。それにしっ!…いたた、それにしてもシル…ヴィアさんこんなに話す人だったんだな。すごい無口な人だと思ってた。…てか、お願いってなんだろ? あんな美人のお願いなんて…デート? 食事のお誘いかな? 頭の中でくらい自惚れてもいいよね。…そう言えば俺さっき、何でもしますとか言っちゃったな。…四十路男の何でもする発言とか需要無いけど。…本当にお誘)

「お待たせ」

「はい!?」

「?」

「あ~いや、何でもないです。それで、何をするんですか?」

「もう一回、回復魔術を試したい。それでダメだったら…街に戻って手当してもらう」

「分かりました。…そういえば、何でこんな遠くの河原に、来たんです? ジャガーバルトにも、川や湖があったのに」

「…他の人に、この姿を見られたくなかったから」

「(…俺なら見られてもよかったんだろうか?)そう…でしたか。教えてくれてありがとうございました。…俺はじっとしてればいいんです?」

「うん、手を握るから楽にして動かないでいて」


 そっと侑人と両手を繋ぎ、シルヴィアは目を閉じた。とんでも美人に正面から両手を握られる機会など今までに無かったおっさんは、傷を負っていなければ挙動不審になっていたかもしれない。


「………」


 集中しているシルヴィアの髪が、水中にいるかのようにふわっと浮き始める。遅れて侑人の髪もふわっと浮き、目に入る周辺の空気は歪みはじめ、その歪みは徐々に色を持ち、霧のような白っぽいそれが侑人とシルヴィアを包んでいた。

 霧…高濃度になった魔力の中は、多少圧迫される感じはするものの、熱くも寒くもなく、息苦しさも感じない。

 2人を包んでいた薄霧が範囲を狭め、その色を濃くしていく。


 集中しているシルヴィアの頬に汗が光る。侑人を背負って走った時でも、汗も息切れも見られなかった。これはそれほどの作業だった。


「………、『ハイヒール』」


 シルヴィアが『ハイヒール』と唱え、2人を包む濃霧が呼応するように光る。その光の中、侑人は自分の肩から背中にあった痛みが徐々に小さくなっていくのを確かに感じた。

 役目を終えた濃霧は辺りにぶわっと散り、白さを持っていた空間はあっという間に元に戻った。

 侑人が自分の肩を見ると…傷どころか傷跡も見当たらず、体を捻ってみても肩から背中にかけて感じていた痛みは一切無くなっていた。


「…治り、ました」

「! 良かったぁ…」

「ありがとうございましたシルヴィアさん。どうやったんですか?」


 侑人は握られていただけだった手をしっかりと握り返し、感謝を伝えた。

 回復魔術が効かず、魔力を使う事も感じる事も出来なかった侑人に、回復魔術をかけて傷を治した。何をどうすればそんな事が可能なのか、気になって当然だろう。


 シルヴィアの説明は簡単なものだった。

 例えるなら侑人は、底の抜けた樽であったとの事。本来水が入っているはずの樽の底が無く、そこにコップやジョッキで薬を入れた所で何も変わらないと言われた。樽を素通りして地面に染み込む薬、想像しやすい例えである。

 その樽に底を作って水を溜めればいい、普通はそう考えるだろう。しかしそれは侑人という樽にステータスという底を発生させ、魔力という水を満たす行為。ステータスを持たない者にステータスを与えるなど、シルヴィアにも出来なかった。


 ではどうするか。樽に底が無くて水が溜まらないのなら、大量の水の中に樽を入れればいいという、暴論とも言える力技だった。

 水の中に入れられた樽は結果的に水で満たされ、そこに『ハイヒール』という強めの薬を加える事で、無事に作用したのだった。


「確かに理論的に…、理論って言えるのかな? でも実際傷も治ってるし…」


 こんな方法が取れるのは、膨大な魔力を持つシルヴィアだから出来た事。仮にミュリアルがやろうとしても、すぐに魔力枯渇を起こすだろう。


「傷が治ったから、お願い…いい?」

「あ、はい。本当にありがとうございました。俺で叶えられるお願いなら何でも」

「それじゃ…えっと…」


 シルヴィアがモジモジしながら言葉を詰まらせる。


(な、なんだろ、こっちまでなんか緊張してくる…。ほんとにデートのお誘い…?)

「あ、あなたとの! …卵が欲しい!」

「………たま…ご?」


 卵が欲しい。侑人の妄想を遥かに超えるお願いだった。

 もし子どもが欲しいと言われていたなら、驚きや照れを見せたり、慌てていたかもしれない。しかし卵が欲しいとお願いされた侑人は、言葉の意味を理解しようとするので精一杯だった。


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