32.ワスラー
閑話でワスラーの話を投稿。
ざまぁ回。微グロ注意。
苦手な方は後半薄目でご覧ください。
side:ワスラー
「はぁ…はぁ…」
私の名はワスラー。ヘルオン二爵家お抱えの魔術師をしている。…表向きは。
裏では、非合法の奴隷契約師ダークスレイブとしてそこそこ名が知られている。
「くっ…はぁ…はぁ…」
盗賊や闇組織の連中相手に隷属魔術の契約を持ち掛け、もしも騎士団に捕まったりした時に情報を話させない様にしたり、潜在能力が上昇するという思い込みを施したりしてきた。
一部の貴族相手にも契約を行い、奴隷にしたい人物の記憶の封印や改竄をしたり、従順な奴隷に仕上げたりもしてきた。
何度も研究を重ねた私の隷属魔術は、一般的に使われる魔術とは一線を画すものになっている。…まぁ、多くの犠牲は出たが、それは当然の事。魔術とはそうして進化していくものなのだから。犠牲になった者も、私の力になれたのだから悔いなどないだろう。
私の隷属魔術は既に魔術ではない、魔法の域にあるのかもしれない。
「何故…この程度の距離で…」
隠れ蓑としては、二爵という地位はとても都合がいい。地位が高過ぎても低過ぎても、恐らく自由に動けなくなる。それに、この二爵家は待遇もいい。
私にとって有用でもあったからヘルオン家へ世話になっていたが、正直…あのガキの子守りには嫌気がさしていた。
あのガキは、私の事を自分の所有物だと思っている節がある。私の魔術を自分の力と勘違いしている。
最近はエルフの女を奴隷にしたいとか言っていたが、何度「勝手にしろ」と言いかけた事か…。
まだ私の半分程度しか生きていない事を考えれば、ギャバットは将来有望だ。生意気ではあるが、それは事実だ。
…いや、言い間違えた。将来有用と言った方がいいか。
ギャバットが年齢を重ねて当主として指名されれば、祝いとして隷属魔術による強化を施すつもりだ。…祝いと偽って、私の命令を聞く人形にするつもりだ。
ギャバットは、あんな年齢でありながら私の行いに理解を示し、時には私より過激な提案をしてくる事もあった。その点は評価している。
ある日には、獣人族の少女を奴隷にしてダンジョンに置き去りにするという計画を立てていた。あわよくば、恥をかかせられたとかいう男をついでに殺す計画も。…詰めが甘い気はするが。
その男は、とんだ貧乏くじを引いてしまったようだな。…顔も知らないから同情も然程湧かないが。
数日後には獣人族の少女が死亡した事が分かった。ギャバットのステータスにも私のステータスにも死亡と表示されていた。
あわよくばの計画が成功したのかどうかは分からない。見張りも行かせてなかったらしい。…やはり詰めが甘い。
後で確認すればいいと思っていたのかもしれない。それか…エルフの女とやらに夢中だったのだろう。
「一体…私の身体に…何が起こってるんだ…」
そうして過ごしていた私に、身体の不調が起こった。それはあのガキと…ギャバットとワインを飲んだ翌日の事だった。
その夜の事は…途中までは覚えている。
十何度目かになるエルフの女に対する愚痴を聞いていた。
いつものように弟子にしてくれと言いながら家に招待しようとしていたのに、どうやらその日は待ち疲れて眠ってしまっていた…らしい。
私はワインを飲みながら何度も何度も同じ愚痴を聞かされ、適当に返事をしながら隷属魔術の新たな可能性について考えていて…起きたら朝だった。
いつもの朝とは違う、異常な倦怠感。多少の頭痛もあり、立ち上がるという動作だけでも億劫だった。
ステータスを確認したのだが…いや、確認しようとしたのだが、ステータスが現れなかった。
私の身体に何が起きているのかは分からなかったが、ステータスが現れないなんて事が起こった例は聞いた事が無い。
マントの内ポケットに入れていたMPポーションを飲んでみたが、何も変化は起こらなかった。HPポーションも飲んでみたが、やはりというか…変化は起こらなかった。
次に浮かんだ行動は、教会へ行く事だった。…浮かびはしたが、行かなかった。
私でさえ聞いた事の無い現象を、教会が知っているとは思えなかった。そして、教会がこんな現象を治せるとは思えなかったからだ。
噂程度にでも聞いた事があれば教会を頼っただろう。教会が情報を秘匿している可能性も無くはない。無くはないが、…秘匿する意味が無い。
もし教会へ行ったとすれば、被験者として調べられる事になるかもしれない。そうならなかったとしても、居るか分からない女神とやらに祈りを捧げさせられるかもしれない。
調べられるくらいなら、自ら調べる。祈らされる事に意義を感じない。
どちらも無駄な時間だ。
そう思った私は今、王都を出て森の中を進んでいた。
「やっと…半分か…」
隠れ家としている建物がこの先にある。
数々のアイテムや研究資料を置いていて、魔道具によって人が建物に近付けない様にもしてある。
食料を持ち込み、数日間は隠れ家に籠ろうと思っている。自身の状態を調べるつもりだ。
☆
歩きながら、様々な可能性を考えた。
・レベルが1になってしまい、身体に力が入らないのかもしれない。…レベル1だった頃の事など覚えてもいないし、ステータスが現れない事には繋がらないが。
・レベルどころか、ステータスそのものが消えてしまったのかもしれない。…その確認が出来ないのでなんとも言えない。
・うっかり自分自身にかけている隷属魔術を、おかしな方向へ改変してしまったのかもしれない。…実験もせず自分に施したとは考えにくい。
・逆に…レベルやステータスといったものに縛られない、上位の存在となったのかもしれない。…これも確認出来ないのでなんとも言えない。
…いくら憶測でも思考が飛び過ぎたか。現実的に考えれば、ステータスそのものが消えたという説が濃厚だろう。…そう思いはするが、決めつけてはいけない。
こんな症状を教会が知っていれば、秘匿などせずに周知させ───、
「………」
教会が…秘匿していたとしたら…?
病気としての症状ではなく、憶測した…上位の存在へとなったのだとしたら…? その秘匿だったとしたら…?
怪我であればポーションを飲むが、体調を崩せば、普通なら教会を頼る。一番情報が集まる場所は教会だろう。
教会が情報を独占しているかもしれない…。その中に、病気ではなく、人から進化した者の情報があるかもしれない。
「…進化」
自らの考えに納得がいった気がした。
可能性としては…ある。上位の存在へと進化した事で、力の使い方を私が把握出来ていないのかもしれない。
今は力が身体に馴染んでいる最中で、それが体調不良に繋がっていたのかもしれない。
現に、力が馴染んできたのか、朝よりも身体の不調は和らいでいる気がする。
生まれ変わっている最中。そう考えれば納得出来る部分もある。
どこから調べていけばいいかは分からないが、まずは隠れ家へと急いだ。
そんな時、ゴブリンに遭遇した。
脅威は感じない。強さ…というか、弱さも感じない。感じるのは…ゴブリンの醜さだけ。
以前であれば、モンスターの力を感じ取れていたはずなのだが。…やはり、私が生物として進化した事で、ゴブリン程度の弱さは感じ取れなくなったのだろう。
「…『ダークボール』」
闇系統の初級攻撃魔術を撃ってみたが、発動しなかった。…私が力の使い方を把握出来ていないせいだろう。
恐らく今までの力は使えなくなったのか、…アプローチの方向が違うのかもしれない。
これも調べる項目の1つとしておかなければ。
とりあえず目の前のゴブリンを始末しようと思い、予備武器の剣を取り出し…、
「………?」
…取り出せなかった。マジックバッグが空…いや、反応しない? 意味が分からない。
「ギャギャッ!」
ふむ…。この現象も後で考えるか。
「魔術も剣も封じられた状態。その割に落ち着いているな。これも進化の影響か…」
仕方ないので、杖による物理攻撃で対応する事にした。
相手は最弱のゴブリン。武器はこん棒。この付近に出てくるゴブリンのレベルは、精々5がいいところだろう。
そのゴブリンが1匹だけ。
「もしかすると、戦いによって力の把握が可能となるかもしれない」
そう口にしながら杖を構え、ゴブリンに向かっていった。…いや、向かって行こうとした。
「!? ぐああぁぁ!」
その瞬間、右足に激痛が走った。
思わず倒れてしまい、右足を確認すると…太ももに怪我を負っていた。そして、地面に突き刺さっている矢があった。
「ギャギャギャッ!」
私の後方から、もう1匹のゴブリンが弓矢を放ったようだ。
今までに感じた事の無い激痛だった。パッと見ではかすり傷だが…この程度の傷で感じる痛みのレベルを超えている。
(…まさか、ゴブリンが毒矢を?)
「ゴッ!?───」
ゴブリン程度の相手に傷を負わされるなんて…。そんな事を考えていた間に、こん棒を持っていたゴブリンに近付かれ…殴られ…、私は意識を失った。
☆
意識を失っていた私は、
「っ!? があぁ!?」
痛みで目を覚ました。
(そうだ…。私はゴブリンに殴られて…ぐっ、頭が痛…ん?)
殴られた頭を押さえようとして違和感を持った。
(頭だけじゃなく…腕も痛い…軽い?)
左腕を持ち上げようとしたが上手く動かなかった。…力が入らなかった。視界も…焦点が合っていない。
なんとか持ち上げた腕には…肘から先が無かった。
(…あぁ!? 痛い痛い痛いいいぃぃ!?)
認識した途端、尋常じゃない痛みが襲ってきた。が、叫んだと思ったはずの言葉は、口からは出てこなかった。
(私の腕が!? あぁ!痛い! どうしてこん…)
肘から先の無い腕越しに、4匹のゴブリンの姿が見えた。
クチャクチャという音が…やけに大きく聞こえる。
音をさせながら…座って…何かを食べていた…。
人の手…。それと、人の足…。
恐る恐る自分の足を見た。…いや、見ようとした。力が入らず、頭が持ち上がらなかった。
それでもなんとか視線を足に向けると、…膝から下が無かった。
…何故こんな状態になるまで目を覚まさなかった?
そう考えはしたが、現実が思考を上塗りした。
(あぁ…、私は…、食われているんだ…)
大量の血が見えた事で、自身の状態を見てしまった事で、心にも致命的なダメージを受けたのだろう。痛みと共に強烈な寒気が襲ってきた。
体内の熱が傷口から抜けていく感覚…。
私の命がここで終わろうとしている。その事を理解してしまった。
(何故私は…、あんな楽観的な考えをしていたんだ…)
何故戦おうとした?
何故逃げなかった?
何故もっと準備しなかった?
何故考える事を止めていた?
遅すぎる「何故」が、頭の中にいくつも浮かんだ。
考えたはずだ。ステータスが消失した可能性を。
それなのに、私はいつの間にか、自分自身が人から進化した存在になったと決めつけていた。
…いや、ゴブリン相手に逃げる事がおかしい。
戦いもせずに逃げるなど、絶対にありえない。
アレは敵ではない。弱者の為の経験値なのだ。
…その結果はどうだ? 最弱とされるゴブリンの…エサになった。
思考が操作されていたのか?
操作されていたとしたら…一体誰に。
(………女神)
いきついた答えは、いるかどうかも分からない女神の存在。
多くの命を奪った私に対する、女神からの罰。
…罰? 馬鹿馬鹿しい。
もしも罰だとしたら、私の何が悪かったというのだ?
確かに犠牲は出したが、皆が私の魔術の糧となった。
魔術の進化を行っていた私が罰を受ける理由がない。
………ならば、何故こんな事になっている。
「ギャギャ」
霞んだ視界に入ってきたのは…こん棒を持ったゴブリン。
私は答えに辿り着けないまま、生を終えてしまった。
(「上辺だけの思想を騙った所で、俺は合格を出しはしない。それに、自分は特別だとも思っているだろう? 受からない訳が無い…と。その傲慢で楽観的な性格で、奴隷契約師が務まるものか。本気で受かりたいのであれば、その性格を叩き直してこい」)
私が最後に思い出したのは、奴隷契約師の面接で私を落とした試験官の声。
私が最後に認識したのは、視界いっぱいに迫り来るこん棒と、ゴブリンの声。
そして、
「あぁ、やっと来てくれるのね。これであなたを殺せるわ」
私の死を歓迎する、女性の声だった。
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念の為補足を。
ワスラーが矢の傷を痛がっていたのは、毒矢だったからではなく、ステータスの恩恵(痛みの緩和)が無くなったから。
最後の女性の声は、四章27話でリュートが語ったワスラーの記憶に登場した女性のものです。
次話から五章『生誕』編に入ります。




