3.クロ
リュートが姿を見せず盗賊を倒そうと思えばいくらでも手はある。
オークロードを地面に沈めたように盗賊の足元を液化する、座標を指定し『ファイア』で燃やす、風の操作で呼吸を封じる、『インベントリ』にストックしている魔術で打ち抜く。…挙げればキリがない程の手段を持っている。
ただ、混乱させる程度のつもりだったとしても、どれも盗賊を殺してしまう危険性がある。HPという保険があったとしてもだ。特にストックしている魔術は当たればパーンだろう。どこがとは言わないが、当たればどこでもパーンだろう。モザイクが必要になる。
それに、使われているだけで罪のない馬までも犠牲になりかねない。殺人も無駄な犠牲も避けたかった。
復讐や仇討ちといった場合まで殺さない事を守るつもりはリュートには無いが。
「ヒヒッ、金目のものが詰まってそうな馬車だぜ。俺たちが貰ってやるから大人しく殺されろや」
「そんな物はこの馬車には載っていない! 載せていたとしてもお前たちにやる理由などない! そちらこそ大人しく捕まれ!」
「この人数差で勝つつもりか?騎士様。ヒヒッ」
馬から降りた護衛4人に対し、包囲している盗賊は6人。そこへ走って追いかけていた盗賊が合流し20人を超える。盗賊は半円状に広がって馬車を囲んでいた。
守りながらの戦いは攻めるよりも難易度が高い。守る事に専念したとしても援軍が期待できるわけでもない。命に代えても馬車を…乗っている人物を守ろうとする騎士の剣を握る手に力が入る。
その時リュートは何をしていたかと言えば…、
(う~ん、馬の数から考えて大規模な盗賊か、それでも7頭は多いよなぁ…。誰か裏で糸を引いてるやつがいそう)
こっそり盗賊の集団の後ろに潜んでいた。お頭、後ろ後ろ。
☆
盗賊を乗せた馬がヒヒ~ンブルルルと鳴きながら足踏みをする。装備が他の盗賊たちより少しだけ立派な男が、馬上から騎士に向かってまだ語り掛けていた。
「あの馬車の中には女がいるんだろ? 俺たちに寄こしてくれりゃ、お前たちを見逃してやるのを考えてやってもいいぞ?」
(考えてやっぱり殺すって言うイメージしか沸かないんだよなぁ)
「誰がそんな要求に従うものか! シャーロット様には指一本触れさせん!」
(うん、冷静になれ、情報喋っちゃってるぞ。シャーロット…王女様かな? 馬車の中を『眼』で覗く限り怪我は無さそう。背丈的には私と同じくらい? 10歳前後ってところか。同乗してる兵士さんがちょっと怪我してるけど…ポーションで治る範囲かな)
「落ち着け、頭に血が上っては勝てるものも勝てんぞ」
「す、すみません隊長」
(隊長さんは流されないな、不利には変わりないけど)
隊長と呼ばれた騎士は冷静そうだったが、その顔には青筋を立てている。内心は激おこなのだろう。
騎士や上級騎士のジョブを持つ者は強い。剣士や槍士よりも戦闘能力が高く、斥候などを務める遊撃士並に足も速い。リュートの言っていた初期職…の良いとこ取りをしたジョブとも言える。
鑑定により騎士系のジョブを得ている者は、通っている学園からだったり王城から直接推薦状が出される。受ける受けないは個人の自由だが、殆どの者は見習い兵士として城で働き始める事になる。もちろん性格や経歴といった、人格を見る試験もあるが。
それほど優遇されるジョブであっても、対多の戦いで勝利が約束されるものではない。蹴散らそうと思えば、範囲魔術を使える魔術師が1人いる方が有利だ。それほど魔術師系のジョブを得る者は少なく、貴重であった。
その魔術師が盗賊側にいる事で、戦況は絶望的…。隊長と呼ばれた男の頭の中は(どうやってシャーロット様を逃がすか…)と考えると同時に、ここで命を燃やし尽くす覚悟をしていた。
馬車は横転中で、護衛対象を1人馬に乗せて逃がす事は悪手。護衛として1人付かせれば足止めをする騎士が突破されるのが早まる。盗賊側にも馬がいるので、全員で逃げたとしても魔術や弓矢が放たれるだろう。この場で戦うしかなかった。
「ヒヒッ、まだ勝てると思ってんのか? 隊長さんよぉ」
「そうだな、本来なら捕まえてしまいたいんだが…武器を捨てて捕まる気はないか?」
「ヒ~ッヒッヒッ! あるわけねぇだろぉ!」
「それじゃ、うっかり死んでも文句は言うなよ? おおおおぉぉ!」
盗賊と騎士の距離は約5m。
盗賊達は、左右に数人、前を固める者が8人、その後ろに魔術師が2人。その更に後ろに、馬に乗った盗賊達とリーダーがいる。
その集団に向かって、隊長と呼ばれた男が1歩前へ出て気合いの雄叫びをあげた。
それと同時に、
「「「ヒヒ~ン!」」」
盗賊の乗る馬たちが暴れだし、前足を高く上げて乗っていた者を振り落とした。
「ヒヒッ!?」
「うお!?」
「ぐぁ!」
「あべし!」
最後の盗賊は死んでいるかもしれない。…いや、生きていた。
馬を暴れさせたのは隊長と呼ばれた男の雄叫び…ではなく、リュートの仕業であった。
日本にいた頃使えていたお願いの力が戻った…わけではなく、『意思疎通』というスキルで馬に振り落とすよう相談したのだ。オーランドの相棒とのやり取りが出来たのも、このスキルのお陰である。
獲得できるジョブは上級調教師。調教師系のジョブは動物を愛でるだけでもジョブレベルが上がるという、ケモナーには夢のようなジョブである。
リュートは落馬した盗賊たちの間をスルスルと抜け、魔術師2人の肩に触れると、その途端2人は電池が切れた人形のように倒れた。後ろの異変に気付いて振り返った盗賊たちは守護隊の隊長にやられていた。
隊長からしてみれば、何が起こっているのかは分かっていない。ただ、チャンスは逃さなかった。さすが隊長。
変身したリュートはローブ姿でフードを被っているので、他人から見れば仲間割れにしか見えないだろう。
馬が暴れだした時も、雄叫びに合わせて合図を出したのでリュートの仕業だとは分からない。そもそも、馬に事情を聴くでもしない限り証拠が無い。
事情を聴く為に、…もし『意思疎通』を使ったとしても、リュート程のスキル熟練度がなければ、動物の喜怒哀楽が分かる程度の効果しか得られない。
後ろの異変に気を取られたせいで隊長にやられてしまった盗賊は2人。他の盗賊たちは前に向き直り、迫りくる隊長の剣を受け止め応戦しようとした。その瞬間、転んだ。
「は?へぶっ!」
「え?うぉ!」
盗賊全員が転んでいる。その足元を見れば、両足首に金属製の輪が付いていて、その輪同士がこれまた金属製の棒で繋がっている。先ほどまで開いていた足幅で。
見ていた騎士たちも隊長もさすがにポカーンである。
足を肩幅の倍開いている者もいれば、両足が揃った状態で固定されてしまった者もいる。逃げるにも攻撃するにも、まず立ち上がる事にも苦労しそうな形をした足錠。それを、
「「「「アッー!?」」」」
足錠を、輪と輪を繋いでいる棒を魔術で伸ばす者がいた。この原因を作った、魔術で足錠をかけた張本人のリュートである。
股関節と口から悲鳴を上げる者がいる中、まだ柔軟性に余裕のある者もいたが、
「「「「アッー!?」」」」
個別に魔術を調整して悲鳴を上げさせていた。盗賊が全員転んだ状態で大股開きをしている、魔術師の2人に至っては気絶したまま股を開かされている。大変シュールな光景だ。
護衛する騎士と盗賊のリーダーが会話をしている最中、心の中でツッコミをいれつつもしっかりと下準備をしていたリュートであった。
リュートはそこらに落ちていた…盗賊たちが手放していた武器を抱え、隊長と呼ばれていた男に近付き、自分の足元に武器を置いた。
「突然すみません。微力ながら勝手に助太刀させていただきました。盗賊の乗っていた馬の保護をお願いしてもいいですか?」
「…す、すまない、感謝する。馬の保護も約束しよう。私は隊長のケビン、君の名を聞いても?」
「いえ、名乗る…あ~そうですね…」
「名乗るほどの者では」と言おうと思っていたが、先に隊長…ケビンに名乗られてしまった。感謝の言葉まで言われては、名乗らないのは失礼だと思ってしまい乗り切れなくなってしまった。
適当な偽名を言おうと考えれば考えるほど出てこない。
出てきた名前は…クロだった。
「クロ、と言います」
「そうか、ありがとうクロ殿、助かった。初めて見る物だが、秘伝の魔術なのか?」
日本の侑人の家で飼っていた猫の名前を借りたのだった。黒猫のクロちゃんである。
礼を言うケビン隊長と向かい合うクロことリュート。会話を続けるそのリュートの後ろでは、盗賊たちの「痛たた!」「足攣った!」という声があちこちから聞こえていた。
☆
「ちょっと待て! それ以上近づくな!」
「盗賊を縛る物があるか」とリュートが聞き、「馬車に積んである」とケビンが答え、横転している馬車を見たリュートが「起こすの手伝おうか?」と問うと、護衛の1人に止められたのだった。
「失礼だぞジョニー、恩人に対して」
「しかし隊長! こいつが盗賊たちの仲間ではないとは言い切れません! 油断させて馬車を狙っている可能性が…」
「そうですね、用心するに越した事はないと思いますよ、えっと…ジョニーさん。手伝いが無くても馬車を起こせるなら、自分は手を出「ひぃっ!?」…出しませんし?」
馬車から可愛らしい悲鳴とゴトンガタンという物音がした。横倒しになっているので、扉が天井にある状態だ。おそらくそこから見たのだろうなと思いながら目線を馬車へ移していたリュートだったが、既に人影は引っ込んだ後だったので見えなかった。
悲鳴の主はおそらくシャーロットと呼ばれた王女様であろう。
(外を見れば、転んで大股開きの盗賊が大勢。そりゃ悲鳴も上げるわな…)
「乗っている方も知らない人間が近づくのは怖いでしょうしね?」
「…心遣い、感謝する」
「いえ。ケビンさんにはこの魔石を渡しておきます。魔道具を使用する感覚でアレに近付けて使えば、盗賊の足を繋いでいる棒が消えますので、縄で縛り終えたら使ってください。足首に付いている輪の方も同じやり方で消えます。あのままじゃ歩かせる事も出来ませんしね?」
「…はっはっはっ! そうだな。あのまま歩かせたら、王都に着くまで何日かかるか、ククッ、分かったものではないからな」
ちらりと盗賊たちを見て、歩く姿を想像して笑ってしまったケビン、無理もない。
…足錠をされて未だ大開脚をさせられている盗賊には笑い事では済まないが。
「何から何まで感謝するよクロ殿」
「いえ、ジョニーさん風に言うなら、その解除の魔道具としている魔石も警戒の対象でしょう。試しに自分が使いましょうか?」
「私はクロ殿の事を信用するし、そう提案してくれただけで十分さ。心配無用だ」
「そうですか。…自分で言うのもなんですけど、もうちょっと疑ってもいいと思いますよ?」
「はっはっはっ、考えておくよ」
危機を脱し時間が経つ事で、ケビンの緊張も解けてきていた。
助かるまでの過程は今後考えなければならないが、結果としては守るべき人を守れたのだから。
「それでは自分はこれで、その魔石は使い終わったら捨ててください」
「お、おい、もう行くのか? 礼をさせて欲しいのだが」
(お~、やっぱり言われた。『変化』にしたのは正解だったかな)
「気にしないでください、通りすがりに見かけただけなので。馬車も早く起こしてあげた方がいいでしょうしね、日が暮れますよ?」
「…本当に感謝する、困った事があれば王城へ訪ねてくれ、力になると約束する」
「ありがとうございます、では」
困った事があっても自力でなんとか出来てしまうであろうリュートは、
(お世話になる事はないだろうなぁ…この姿になる事ももうないだろうし)
振り返る事無く、森の方へ歩きながらそんな事を考えていた。
☆
side:ケビン
クロ殿の姿が森の方へ消えていった。ジョニーの言葉を借りるならば、何の見返りも求めずに去っていく事も怪しいとも思える…ってところか。
名前は恐らく偽名だったろうが、助けてもらったのは事実だ。何かしら事情のある御仁なのだろう。
馬車の中におられたシャーロット様が外へ出られ、馬車の中で護衛に付かせていた女性兵士のリタも外へ出てきた。リタには盗賊を縛る用に縄を持って出てもらった。
「隊長、本当に行かせて良かったんですか? あのクロってやつが来たのは盗賊の集団の後ろからですし、やっぱり油断させる為の罠では…」
「クロ殿自身も疑う事は咎めなかった。だが、罠だとするなら武器まで回収しないだろう。それに…あの痛がり方を見て罠だと思うか?」
「…いや~、なくはないですけど…」
なんとか足を繋ぐ棒をへし折ろうと掴んでいる者、近くにある石で輪を壊そうと叩いている者、体を捻ったりして痛くない体勢を探す者と様々。
棒を掴んだ者は力が入った分、股にダメージが。石を使った者は脛を叩いてしまい悶絶。体を捻った者はヒィヒィ言っている。改めて見ると、…なんだ…酷いな。
「…無いですね」
「だろう? では始めるか。盗賊たちよ! 足枷を外す手段がこちらにはある。捕縛が完了…してるっちゃしてるが、縄で縛り終えたら順に解いていく。足枷を外したい者から両手を突き出せ。縛られたくない者はずっとそのまま──」
寝転んだ状態だったり座った状態だったりするものの、バッ!という衣擦れの音と共に両手を突き出す盗賊たち。泣いてるやつもいる…よほど辛いんだろう。ヒヒッと笑っていたリーダー格の男でさえ無言だ。
…しまったな。クロ殿に後日王城へ寄ってくれと言うべきだった。
謝礼を抜きにしても、こいつらに懸賞がかかっていた場合、クロ殿へ懸賞金が渡せない。俺も気が動転していたか…、訪ねてきてくれる事を願っておこう。
ジョニーに盗賊たちの手を縛らせていき、その間にリタには伝言を頼み、シャーロット様を馬に乗せ、先に王都へ戻ってもらった。もちろん護衛も付けてだ。
シャーロット様はボーっとされていたが大丈夫だろうか。思わず悲鳴が出てしまうこの光景を見た後だし、仕方ないか。時間が経てば落ち着かれるだろう。
改めて…馬車を見た。
この数人で横倒しの馬車を起こそうとしても…出来なくはないだろうが、おそらく起こした衝撃で車輪がダメになる。
「クロ殿の厚意を受け取っておけば良かったか…? これほどの魔術を使える事を考えれば、無事に馬車を起こす手段があったのかもしれんし」
俺はそう呟くと、縛り終えられた盗賊の足かせを外しに向かった。




