2.安全に配慮された危険な魔術
夜番で何が起きるでもなく順調に旅が進んだリュート一行は、2日目には以前ラルフ達と王都へ向かった時に訪れた町の宿へ泊まり、3日目の早朝に王都へ向けて町を出た。
初日、2日目よりも馬車のスピードを上げて進んでいる。王都へ近づくにつれ、街道の凸凹が減っているのでダメージは少なくなるのだ。…主に尻への。
リュートはモンスターの警戒がてら馬車の屋根に上がり、パンッパンッと手を叩いている。
「気にしないでください」
屋根に上がる前に気軽にそう言われた皆だったが、何をしているのか気になってしょうがなかった。
昼食の為に馬車を停めたところで、ジャックが代表して聞いた。
「リュートさん、手を叩いていたのは何だったんです?」
「あ~。あれはですね、武器…じゃないか、魔術の強化みたいなものですかね?」
「「「「「…?」」」」」
説明になっていない説明に、銀の盾のメンバーは首を傾げるしかなかった。
その様子を見たリュートは、他に旅人や馬車がいない事を確認してから実演してみせる事にした。
前職が魔術師であったトールに、適性のある初級魔術を使ってくれないかとお願いし、地面から突き出た20cm程度の小さな岩に向かって魔術を放ってもらった。使われたのは『ストーンバレット』だ。
大きさは握り拳程度、速度は大体時速100キロ程である。ジョブが変わっても魔術の使用は可能だが、今はステータスの減少とジョブボーナスの差で魔力値が下がり、速度は変わらないが…火力と言う点ではかなり落ちている。
「私が使うのもトールさんと同じ『ストーンバレット』です」
そう言うと、リュートは先程の小さな岩に手を向けて『ストーンバレット』を放った。結果は…トールのものより威力があり、若干岩が削れた。威力に差が出たのは単純にステータスの魔力値の差である。
その事を説明した後、
「そしてこれが、『ストーンバレット』をさっき手を叩いていた事で強化したものです」
皆が見守る中、岩に手を向けて『ストーンバレット』が放たれた。…いや、撃ち砕いていた。
的にされていた岩は半分が粉々になっている。恐るべき威力の上昇だが、一番恐ろしいのはその速さだった。
「………、誰か、『ストーンバレット』が岩に向かっていくのが見えたか?」
「「「「(フルフル)」」」」
銀の盾の全員が目で追えなかった。もっと距離を取っていれば見えたかもしれないが、攻撃として使われれば避ける事は難しい。
その時速は初速から500キロを超え、予備動作があるとすれば手を向けられる事。更に言えば、通常の『ストーンバレット』と違って魔法陣が出ないので、戦闘相手として見ればより悪質である。
手を叩いていた行為は、実際には右手を動かし加速させ、加速させたその右手の『インベントリ』から『ストーンバレット』を放ち、迎えるように加速させた左手で発動した『インベントリ』に収納していたのだ。加速と迎え入れの結果、手を叩く行為になっていただけである。
両手をそれぞれ時速20キロで動かしたとして、1回で時速40キロの加速になる。10回手を叩けば『超速ストーンバレット』の完成だ。
作り方は簡単だが、一歩間違えば手が吹き飛ぶ程の威力がある。そう考えれば危険すぎる行為だ。
「あ…、もしかしてオークロードの頭を吹き飛ばしたのって」
「そうです、これを使いました。ちょっと魔術に手を加えてますけどね」
手を加えた事で、対象に当たるとすぐさま威力を無くして地面に落ち、ただの丸い石となる。
逆に貫通力を高めた『ストーンバレット』を作る事も可能だが、こちらは場所を選ばなければならない。そもそも通常の『ストーンバレット』を加速した時点でオーバーキルなので、貫通力を高める必要性もない。
『超速ストーンバレット』は、安全に配慮された危険な魔術なのである。
「なぜ、そのような事を? 威力が上がるのは実際に見たので分かりますが」
「そうですね、まずはその威力が上がる事。そして…、あ~問題にしましょう、理由に何があると思いますか?」
突然問題を出され、メンバーの方から…質問をしたリーダーのジャックに向けて若干非難を込めた視線が集まった。
☆
昼食を取り、銀の盾がそれぞれ思いついた答えを話した。戦闘時に有利、MPの節約、訓練になる。どれも正解である。
「威力だけを考えるなら初級の『ストーンバレット』に拘る必要はありません。中級、上級の魔術がありますから。ちなみに、手を叩かずあの速度で『ストーンバレット』を放つことは可能ですが…見ていて下さい」
先ほど砕いた残りの岩に向かって掌を向けるリュート。そこにはスタンピード時に見た小さな光…これがリュートの魔法陣である。…陣と呼んでいいものかは微妙だが。
魔法陣にアレンジを加え、先ほどの直立姿勢とは違い若干腰を落として踏ん張りを利かせ、『ストーンバレット』が放たれた。
皆の目には、体感では先ほどの『超速ストーンバレット』と同程度の速度に思えていた。威力も、岩の砕け方を見れば同程度はあると分かる。
違いがあるのは、踏ん張っていたリュートが後方に3m程度の場所に吹き飛ばされて着地していた事。
「ふぅ…とまぁ、ご存知でしょうけど、安易に魔術…魔法陣を弄るとこうなります。下手をすれば腕の骨が折れますから、真似はしない事をオススメします」
歩きながら元の場所まで戻るリュート。
魔法陣の改造は誰でも出来るようなものではないが、やれない事は無い。注意を促しながら、射出速度だけを上昇させた『ストーンバレット』のデメリットを話した。
MPの消費が多くなり、反動で後ろに飛ばされ、腕への衝撃も増す。そうすると当然怪我の危険性が出てくる。怪我を回避する為に反作用を抑えようとすると、更にMPの消費が多くなる。
「失敗作に見えるでしょうけど、こうした失敗の先に今使われている魔術があります。威力とMP消費のバランス、それに安全性、それはとても大事な事です。強化を考えて私が行きついたのが、あの手を叩くやつです。皆さんも今に満足せずに考えてみて下さい。ふとした考えから、理想や目標に繋がる事もあるでしょうから」
リュートのMPからすれば、節約は然程重要ではない。だからと言ってMPを無駄にしていいわけでもない。撃つ前の改造より、撃った後の工夫を行う事にしたのだった。
『インベントリ』に加速済みの魔術をストックしておけば、射出にMPは消費しないので緊急時の攻撃にもなる。普通に魔術を発動するよりも早い。スキルである『インベントリ』と魔術の熟練度稼ぎも兼ねていた。
攻撃系のスキルはそのスキルを使う事で熟練度が上昇し、威力や効果が上がる。魔術には適性…各属性の系統による熟練度が存在し、こちらも威力や効果に影響する。
…改良した『インベントリ』を使い続けて効果が上がるかはリュートにもまだ分からないが。
とまぁ、思いつく限りを詰め込んだ結果が魔術の『加速』と『ストック』であった。
ちなみに、ラノベ定番の『MPが幼少期に消費するほど伸びる』という現象は無いが、幼少期という年齢に限らず、MPを使い切ることで保有可能なMPの最大値が伸びるというのは知られている。
ただ、使い切るならば安全な場所で。そして酷い頭痛に耐えなければならない。
急激なMP消費をすれば気絶する場合もあり、そんな苦労をして増えるMPはほんの少し。大抵の人間は3日と続かない。
ミュリアルの授業でそれを教わった時の侑人の感想は、「MPって筋肉みたいですね」だった。酷使し続ける事で成長すると考えれば間違ってはいない…のだろうか?
更にちなみに、侑人がリュートとなってからは可能な時はMPを使い切るよう心掛けていた。
誰もが諦める原因である頭痛は『状態異常耐性』のスキルを持っているので問題はなく、安全性に関しては『インベントリ』にストックした魔術がある。魔術がなくとも大抵は物理攻撃で対処できるので何の心配もない。
「効率の良さと便利さと…。俺たちには参考にならないってことがよく分かりました」
「あはは、イ…マジックバッグが特別ですからね」
『インベントリ』と呼ばないのは念の為だ。…言ったところで伝わらないかもしれないが。
☆
急遽開催された実演を交えた授業が終わり、一行は王都へ向けて進んでいた。今はリュートも馬車の屋根から降りて大人しくしている。
馬車の中では、銀の盾の5人が先ほどの授業の内容を思い浮かべながら、自分の成長やこれからの事を考えて話し合いをしていた。
王都まではあと2時間もかからないだろう。…という所で、途中下車をする者が現れた。リュートである。
「………皆さん、私はここで別行動しようと思います」
「「「「え?」」」」
「一緒には、行かないんですか?」
「王都に入る前にダンジョンを見てしまおうと思いまして。出入りに時間を取られますしね。途中で抜けてすみませんが…今日中には王都へ行きますので」
オーランドにも抜ける事を話し、馬に『ヒール』をかけるリュート。
「予定より早く狭くなっちゃいますけど、護衛よろしくお願いします」
リュートはそう言うと、馬車の中へ『インベントリ』から取り出した魔石の詰まった袋を1つずつ置いた。計10袋、全てスタンピードでドロップした魔石である。
「(もしかして厄介事ですか?)」
「(さすがに分かりますか…。詳細はまだ掴めていませんが、一人で問題ありませんので皆さんはこのまま向かってください。後でまた会いましょう)」
「(了解です、お気をつけて)」
「(ありがとうございます、そちらも気をつけて。では)」
予定を変更して別行動…。ジャックが違和感を感じ、小声で聞いたのだった。
眼帯をしていてもリュートの『眼』の力は問題なく使える。多少の障害物などがあっても問題はない。
周囲を警戒していたリュートが捉えたのは、追われる馬車と追う集団だった。距離があって大雑把にしか分からなかったが、厄介事の気配はビンビン感じた。…感じつつも、助けないという選択肢は無かった。
リュートは走行する馬車からふわりと飛び降り、走る…というより跳ぶように北東へ…ダンジョンのある森の方へ向かって進んでいった。…軽々と馬車の速度を超えて。
「「………」」
「前の俺より速ぇ…」
「リュートさんだしな…」
「…俺たちもあぁなる可能性はあるからな?」
スキップとユートの会話にジャックが現実を告げた。ステータスの底上げをやっていけば、そう遠くないうちに告げた通りになるだろう。
ただ、リュートの移動速度が見た目以上に抑えられている…全力ではない事は本人以外知らない。
☆
リュートが別行動を取ってから10分、逃げていた馬車と推定盗賊を視認できる位置まで接近していた。
(やっぱり厄介事か? 馬車が豪華すぎる…。いつかのギャバットのやつより立派だし、王族かな…)
リュートの目に映ったのは、逃げる馬車に並走する…馬に乗った騎士が四人。そしてそれを追う盗賊、…そちらも馬を使っている。盗賊側は2人乗りをして追っている者もいるが、それよりも馬車の方が遅い。
(北の方の村に用事があったとか? …王族自らは行かないか。…慰安か旅行? 馬車の方が悪いってパターンだったりして)
色々なケースを考えつつ、リュートは馬車に向かって進む。
(とりあえず余計な面倒は避ける方向がいいか。テンプレなら「助けて頂いたお礼に~」とかありそうだし)
馬車に追いついた盗賊の一人が、馬車を引く馬の目の前に魔術を放った。変わった特徴もない『ファイアボール』だったが、馬が驚くには十分な効果があった。
護衛していた騎士は馬車に直接攻撃されると思っていた為に対応は遅れ、驚いた馬の急な動きに馬車が横に振られ、倒れて滑り、砂埃をあげた。
馬車を守るように護衛の騎士達が剣を抜く。騎士達は馬車を包囲しつつある盗賊への警戒をすると同時に、横転してしまった馬車を気にかけていた。
(…大きな怪我はしてないっぽいかな。行くか)
馬車の中では、1人の護衛らしき人物が小さな人影を守るように胸に抱いていた。見えないハズのその光景を『眼』で確認したリュートは行動を起こした。
スキルを使い姿を変える。侑人の姿を見られないようにと念を入れて、『CC』ではなく『変化』で。
変わったその姿は、25歳前後のローブ姿でフードを被った男。モデルとしたのは、侑人が行方不明になった日に襲ってきた男だった。
名前も素性も知らないその男はすでに死亡しているので、鉢合わせになる事はない。見た目だけが変わっているので、戦闘能力はリュートのままである。
盗賊達、逃げるなら今しか…いや、見つかった時点でチェックメイトだろう。…さらば盗賊達。




