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19.侍女と側妃の話。

 目の前の人がマリシア妃である、という事実に戸惑いを隠す事が出来なかった。なにしろ噂の渦中の人間……もとを辿るなら、この人の噂から始まった。表向きには。


 殿下たちの動きがなかったため、噂は更なるおひれを付けながら邁進中である。

 病弱で可憐、現国王寵愛の妃と名高いながら、露出の少なかったマリシアはその噂の中で様々な進化を遂げているため、実際にどんな人物かはリュシー自身、全く知れる事がなかった。


 マリシアが本当に襲われたのか。何故殿下がその加害者として名が上がったのか。どうしてこんな所にいるのか。


 調べると。真実を知ることを心に決めたのなら、彼女と会えたことを幸運としてどうにか探るべきだろう。本来ならば。


 だが、リュシーはマリシアが名乗る前と同じように、彼女の隣に腰かけていた。

 会話はやはりマリシアの言葉に相づちをするくらいで、リュシーが何かを尋ねる事もない。



 マリシア妃を探りたい気持ちはある。どこか疑う気持ちも。

 でもやはり覚悟は中途半端で、もし変な言葉を口走ったら、疑われたら。そんな保身に走る気持ちで動けない。


 もしかしたら彼女は殿下を貶めるために動いているのかもしれない。寵愛を受けている妃といえど、彼女にはまだ子がいない。だからといって殿下を貶める理由がないとはいえない。そんなもの、どうにでもなる。



 不安と緊張を少しでも解すためリュシーは無意識ながら悟られないように、ひどく小さく息をついた。


 ただ、マリシアが自慢する耳はリュシーの予想を遥かに上回るほどに良かったようで。

 気付かせるつもりのなかった音はマリシアに拾われた。


 マリシアは、その形のよい唇を少し前に出してとがらせる。

「私の前でため息をつくなんていい度胸ね。なにか悩み事かしら? いいわ、今ならお姉様が聞いてあげる。話してみなさい」


 マリシアは拗ねたような口調でリュシーにそう言った。ため息に気付かれた。リュシーはそれだけで心臓が大きく鳴るのを感じた。


 何を話しても、露見させられるような、心の奥底まで暴かれてしまうような。常々表情を変えないのはリュシーの心の鎧だ。リュシー自身はそう思っている。


 それなのにマリシアには態度で容易く心内を読みとられることに強く戸惑った。

 全て伝わってしまう。そんな錯覚を覚え、リュシーは心のなかでマリシアに怯える。


 悩みなんてないと簡単に流せれば良かったのに、なぜか話さなければならないような雰囲気だった。

 話せるわけのないのに、ただ動揺してしまう。


 そんなリュシーの心境がマリシアには伝わったのだろうか。一つ大きな息を吐いたマリシアはリュシーのいる隣ではなく、顔を前を向けた。


 マリシアと顔を会わせていても視線など合うはずもなかったが、顔を背けられてリュシーは安堵した。しかしそれと同時に、寂しいような苦しいような、苦い気持ちが走った。


 先程と同じような口がなぜか聞けない。

 何か、何かを言わなければ。焦った気持ちが先走る。気持ちは先走っても、心は話してはいけないと叫ぶ。


「私……」


 出た声はそれだけだった。


 マリシアは顔は前を向いたまま、まるで見えているような動作で迷いなくリュシーの頭に手をおいた。リュシーは急に置かれた手にびくりと震え、体を固くする。



 ただ、マリシアの手の感触に、またぐずぐずと警戒心が解かれていく。

 それだけで、動揺や、不安や焦燥がリュシーの心から消えていく。



 ……温かい。

 その温かさを、リュシーは疑うことができない。髪を優しく梳くような手つきで撫でられるだけで、リュシーは緊張から抜け出していく。

 力が入っていた膝から力が抜け、またそこにへたりこむように座った。


 この暖かい、手は――



(おかあ、さん)


 唐突に頭の中に浮かんだ言葉、それに鈍く思考が働きだした。



 母親に似ているのだ、この人は。もちろんリュシーの母はマリシアよりも余程歳上だ。けれど、あまりにも記憶にいる母親にマリシアは似ていた。


 どれだけ美化されていても、マリシアの美しさには到底及ばない。

 だけれど、ふわふわとした髪の毛や雰囲気が、記憶にしかいない母親に似ている気がした。本当に似ているのかどうかなど、解る術はないのだが。


 こんなにも若い、国王様のお妃様にそんなことを思うなんて失礼もいい所であるけれど。


 


「……最近、矛盾ばかりなんです。動きたいけど動きたくない。助かりたいけど助けたい。そんなことばかりで、」



 リュシーは静かに語り始めた。言葉は、掠れもせず、自然に口をついて出てきた。

 膝を抱えて小さくなるリュシーは、独り言のような大きさの声で語る。マリシアは何も言わない。彼女にはすべて聞こえているから。


 声は少しくぐもっていた。リュシーは少しだけ、少しだけいつもと違う表情を膝に埋めている。だからそのリュシーの表情を見る人はいなかった。



 マリシアはリュシーの頭を撫でる手を止めなかった。だからリュシーも言葉を続ける。


「決めたはずなのに、ずっとそこで足踏みしてるんです。どうしたいのかは解っていても、私には踏み出せなくて、決めきれなくて。そのくせ、辛いんです。でも、私は、私が大切だから。だけど自分でするって、決めたのに」


 何一つ具体的な事は言わず、だが事実を選んでたどたどしく話す。


 駄々をこねるように、自分の言葉を自分で否定してばかりで。声にしてみるとあまりに稚拙で、矛盾ばかりで、自分勝手だ。

 けれど話すことが得意ではない自分は、これ以上の言葉を選べない。


 こんな言葉が、ただ自分の本心だった。



 リュシーは心の乱雑なものを言葉にしていくことがこれほどに難しいのだと、初めて知った。心のうちを話せる人なんていなかったから。


「……抽象的ねぇ」

 マリシアはそんな感想をもらしたが、撫でる手は止めない。言葉だけ聞くと呆れているかのようだったが、声は驚くほど優しい。


 マリシア妃にしてみればこんなに意味の解らない話をされても困るだけだろう。

 だがマリシア妃は続きを促すように、それ以上何も言わない。


 それが何故か頭の上に置かれている掌と同じように温かくに感じて、先程とは違う意味で言葉に詰まった。理由は、解らないけれど。


「……ずっと、自分の意思で行動なんてしていなかったから、もう、自分の意思の貫き方がわからないんです。決意しても、直ぐ折れて、行動しても、後悔して。こんな自分がとても」


 口から溢れそうになる言葉を寸で止める。これは言ってはいけない。私はいつだって私の味方で居なければいけないのだから。



 自分を律すると、今何を喋ってしまったのか、何故話してしまったのかわからなくなった。


「……すいません! 妃様にこのようなことを言ってしまって、」


 急に我に返り、リュシーは焦りと羞恥で取り乱した。

 頭を撫でる手を避け、自分の行動を振り返りリュシーはまた後悔する。こんなことばかりだと、奥歯を噛みしめる。


 そもそも妃様の隣に座っていることからどうかしていた。そこまで考え、リュシーは立ち上がるために急いで膝をたてた。


「リュシー」

 綺麗な音で呼ばれた名前は、リュシーを絡めとって動けないようにしてくる。優しく右手を引かれ、立ち上がることができない。


「せっかく相談をしたのだから、私の話を聞いたっていいでしょう?」


 ……相談?


「い、今のは相談だったのですか!?」

「相談でしょ? 違うの!?」


 その考えはなかった。リュシーとしては、心に浮かんだあやふやな感情をただ、吐き出して、どうしたらいいのか、考えていただけで……

 相談とはなんだったか、もう解らなくなってきた。これは相談だったのか。いや違う気がする。


「聞いてもらいたかったといいますか……愚痴といいますか」

「それって相談じゃないの?」


 …………?


 首を傾げるリュシーに、マリシアも同じような行動をとった。


 二人して相談とはなんだったのか、その定義について考えていたが、マリシアに早い段階で限界がきた。

「ああもうめんどくさい! 良い?! リュシー! 今のは相談よ! そして相談だからあなたは私の意見を聞かなければならないの!」


「はっ、はいぃっ!」

 マリシアの勢いに飲まれてリュシーは咄嗟に非常に良い返事をしてしまった。


 相談ってこんなものだったっけ……? 相談っていったいなんだっただろう。

 口には出さず一人で考えてたが、今まで相談する相手が居なかったという事実に行き着いたため、リュシーは考える事をやめた。


「ねえ、リュシー。あなたはしたいことが決まっているのよね?」


 優しいマリシアの声が、リュシーの耳に入ってくる。それだけで心が落ち着いてしまう。


 したいこと……最初は何がしたいのかなんて自分でも解らなかった。だから、情報を集めて、真実を知ることが出来れば良いと思っていた。でも本当は、真実なんて知っている。殿下の潔白なんて、調べる前から解っていた。


 たとえあの日、殿下と会わなかったとしても、殿下が妃様を害するような事をするはずがないと、断言できただろう。だから、私がしたかったことは、


 殿下を、助けたい。もしかしたら杞憂かもしれない。殿下を助けるなんて大それたこと、私には力不足なのは確実だ。でも、殿下の潔白を証明したい。殿下の力になりたい。したいことは、それだ。


 リュシーはマリシアに真っ直ぐな肯定を伝えた。殿下の力になりたい。それは、嘘ではない。


 理由が不十分で、不明瞭、でも嘘偽りのない、本当だ。間違いのない気持ちがリュシーの心にストンと落ち着く。



「でも、突き進むには自分がかわいい。自分に不利益が被るかもしれないから。だから、したいことができない。……そういうことであってる?」


 長く長く、悩んで苦しんで。でも簡単な言葉にしてしまえばそれだけのこと。改めて人の声で聞くと、こんがらがってしまった紐が解けるように、簡単な言葉に代わってしまった。


 リュシーは深く頷き肯定の言葉を伝える。その簡単な言葉に踊らされてきて、何も出来ない自分に、なにかいい提案をしてくれるという期待が強くあったことは否定しない。


「そう。なら話は早いわ。私ね、何にもしない、無駄な時間が嫌いなの」


 リュシーの返答を聞き、マリシアはふわりと笑う。何故かその笑顔にリュシーは嫌な予感を感じた。なかなか外れない類いの。


 マリシアはリュシーの頭をもう一度撫でたかと思うと、リュシーを見下ろすようにして立った。



「私、マリシアに直ぐ礼をとらず警戒したことによる不敬罪、私に軽い口を利いた不敬罪、私の隣に腰をかけた不敬罪、私をたおやかじゃないといった失礼な言葉、不敬罪」


 最後の不敬罪については私怨が入っている気がする。

 リュシーはいきなりマリシアが連ねた言葉に顔を青くした。何をいきなり、という言葉は出なかった。


「合わせて、うーん……悪くて死罪、良くて免職、かしら?」


「な、ななな、なん」


 動揺しすぎたリュシーにはまともな言葉も言うことができない。そんなリュシーが面白くて仕方がないというように、マリシアは笑う。


「留まるのは、今のあなたが安全だから。なら、留まれない理由を作れば、あなたは動かなくてはいけなくなるでしょう?」


 その通りだ。でも、なんだろう、そのために留まれない理由を作るのも違うような気がするんですけど! いやな予感しかしないんですけど!

 ……言葉を挟めないのは、動揺が強すぎるからだろうか。


「留まる事は悪い事じゃないの。でも、そんな事にも罪悪感を抱いて、やらなきゃじゃなくて、やりたいと思ってるのなら、私背中を押したい」


 背中を押すと言って下さっているのに、なんで安心できないんでしょうか。こわい。笑顔が恐い。


「後悔ってね、人を殺すの。特に、何もしなかった、っていう後悔はね」


 重い笑顔。先ほどとは違う、なんだか過去を振り返ったような笑顔。

 それなのに、一緒にしんみり出来ない。なんでだろうか。先の展開が、ちょっと、見えるからだろうか。見たくないのに。


「リュシー。次会う時に、良い知らせを聞かせて。良い音を聞かせて。あなたが、前を向いている音を」


 心臓がばくばくと音をたてている。期待の乗った声音。

 リュシーでも解るような、楽しそうな声音。嫌な予感は益々膨れ上がる


「リュシー。次あなたに会った時断罪するわ。私の満足できる懺悔こたえを用意してくれなきゃ、嫌よ? 自分を捨てなくてもいいの。ただ、あなたの懺悔を聞かせて。さもなくば、」


 マリシアは無言で指を首の前で走らせた。それが何を意味するか、悟らなければ嘘だ。

 呼ばれる名前が心地よかったのに、今はなぜか辛い。辛すぎて体が震えそうだ。



 背中を押されるどころか、切りかかられたような気分だ。勢い良く逃げたい。


 優雅に笑うマリシアにリュシーは胸がどきどきする。ときめきと言うにはからすぎる。



「リュシー。私が満足できるような懺悔が用意できたなら、その時は――」




 話が終わり、リュシーとマリシアが別れた後。


 リュシーがマリシアを送ると言っていたのを、マリシアは断った。本来ならリュシーが見送るべきところを、無理を言いマリシアはその場に残り、リュシーの背を見送った。


 音ひとつたてない、無の湖。その前でマリシアはただ立っていた。

 風とともに近づいてきた、かすかな音。マリシアは振り返らず、その音に話しかけた。


「とても、良い子だったわ。彼女の言うとおりの、鈴の音がよく似合う、良い子。なんとなく思っていたのだけれど、あの子、彼女にそっくりだわ」

「それは良うございました。ですが、このような時にあまり勝手なことはしませぬよう。長も御身を気にかけておられます」


 聞こえる女性の高い声。マリシアはそのまま控えめに笑い声を上げる。

「心配性ね。怪我なんてないのに、ずっと部屋に居ろだなんて。体が腐ってしまうわ」


「油断は禁物でございます。それに、今は物騒な時期でございますから。勝手な行動をなさいませぬよう」

 たしなめるような言葉を聞き、口を尖らせるマリシア。彼女の表情はくるくると変わる。


「まったく……巻き込むのも程ほどにしてほしいわ。けど、鈴の音に誘われて彼女のお気に入りに会えたのは、幸運だったわ」

「良うございました。ですが朝方は冷えます。お部屋へお戻りになられますよう」

「……あなた達は、とっても執務に忠実で、会話に面白味がないわ」

「恐縮にございます」


 マリシアはやっと振り返る。そのまま差し出された腕をとり、促されるままに歩き出した。そうして、マリシアは湖を後にした。






 マリシアと別れ、部屋に戻ったリュシーは急いで仕事の用意をする。少し時間を使いすぎたため、大幅な遅刻だ。……咎められることはないだろう。残念ながら。



 動いても危なくて、動かなくても危ない。

 そんな状況なのに、なぜかリュシーの体は不思議と軽くなった。


 動く理由が出来たなら。動かなくてはいけないのなら、もうリュシーは迷わない。

 そんな理由がほしくてほしくて仕方なかったのだ。言い訳が、なんでも良いから必要だった。彼女が保身を乗り越えて動くには。


 自分を賭けてまで、保身を乗り越えてまで動きたいと思う理由。その答え。

 どこまで自分を賭せるかは解らない。なら、賭せる所まで。解る所まで。


 全ての答えを探して、マリシア妃に伝えたい。



『……マリシア様。最後にお怪我の原因を、お聞きしても?』


『怪我の原因? ……そうね、たぶんだけど、暗殺者じゃないかしら。誰が仕掛けたかは知らないけど。少なくとも噂のように、セル殿下のせいではないわ』


 どこで食い違っているのか、何が起きているのか。私の答えのように、もしかしたらとても単純で――絡まってしまっているのかもしれない。



 留まっていられないのなら、進むしかない。頑張るしかない。それに、




『その時は――私と、友達になりましょう?』




 それだけ頑張ったなら、身分が不相応でも、友人を作ることは許されるのではないだろうか。




 握り締めた瓶の重さは変わらない。けれど、こんなに体が軽いのなら、苦ではない。

 部屋に帰ると、この数日間で用意した保身グッズ。いつでも動けるように、準備だけはずっと万端だった。


 物が前よりも多く散らかる部屋。それに何故か安心する。


 ベッドの上には、かき集めてきた袋。買い物にもあまり出ないので、集めるのが地味に大変だった。


 ……いや、出来る事なら素性が解らない方が良いじゃないですか! どの方向でも!

 リュシーは誰とも解らないところに言い訳をして、自分を納得させた。


 人あらざる身フクロンヌとなることは、残念ながら決定している。


 あと、やっぱりあれはもともとは相談では無かったと思う。愚痴でしたよ、愚痴。





―――






 王宮・本館上階、御接室にて。


 リオンは頭を深く下げ、床を見つめていた。

 王は、上からリオンに言葉を投げかける。言葉を承ったリオンは、ゆっくりと頭を上げた。


「久しくお目にかかります。国王陛下王弟ライザーク・センシュが第一子、並びに王位継承第一位セル・ヴァーグ殿下側付き、リオン・センシュにございます。お忙しい中、御前を失礼し拝謁をお許し頂きまして、誠に感謝申し上げます」


 口上を述べ、リオンは王に真っ直ぐ視線を伸ばす。背の伸びたリオンとは対照的に、王は肘掛に体重を乗せ体を傾けている。


「ああ、堅苦しいのはいい。今日はお前と俺しかおらんようなもんだ。固くならんでいい」

「失礼致します」


 低く、威厳の伴っている、だがどこか軽い印象を受ける声がリオンに向けられた。リオンはそれを聞き、伸ばしていた背中を僅かながら緩めた。


 王はまだ若く、年のころは四十ほどだろう。髭を生やしていても、その体躯や髪は盛りを抜け切っていない。濃い緑で豊かな髪が、まだその若さを前面に印象付けてくる。執務ばかりを行っているわけでないと訴えくる鍛えられた体は大きく、それが風格を醸し出していた。


 釣りあがった目は細く、何事にも興味がないような気だるいような雰囲気を持っている。そしてそれがあながち間違いではない事を、リオンは知っていた。


「で、麗しきおじ様に久しぶりに挨拶ってわけでもなさそうだ。何しに来たーってのも無粋か」

 にやにやと笑う王に、あいかわらず食えない、とリオンは思う。何があろうと常々余裕綽々、という雰囲気の現王には、親しみやすさよりも警戒心を覚える。


「話が早くて助かります。あまり時間を頂けませんでしたので率直に」

「昔はあんなに可愛かったのに、こんなふてぶてしく成長するなんて、年月とは残酷だねえ」

 茶化すように言う国王(伯父)を、リオンは冷たく一瞥した。彼はこわいこわい、と軽く言いながら笑い、肩を竦めてそれ以上はなにも言わなかった。


「用件はお気づきのことと思いますが――セル殿下のことです」

 解っていないわけがないとばかりにリオンが切り出すと、王はただ意味深な笑みを続けるだけ。そこにリオンは更に切り込んでいく。


「王族後継子息問題不介入……とはいえ、ジョーカーが出てくる、というのは、いくらなんでもルール違反であると存じますが? 国王陛下」

「伯父さんって呼んでもいいんだぞ?」

「執務の時間を頂いておりますので」

 告げられた言葉に返す声は愛想も何もない。


 言葉を一切濁さず、ただ本題だけを口にするのは王と話している時間の一切が惜しいためだ。限られた時間しか与えられていないため、僅かな時間で尋ねたい事を聞くしかなく、回りくどく攻めていては埒があかない。

 そうでもしないとこのバカ王(伯父)はいつまでたっても話をはぐらかしていくだろうと、いらない信頼感も持っている。


 リオンの質問に王はただ意味深な笑みで、肩を揺らして笑う。

 リオンは思考が熱くならない様、冷静に頭を働かせる。禿げろくそ親父と心の中で思う程度は苛立っていたが、顔はいつものように平静を保っていた。


「ジョーカー、ジョーカーねえ……」

 くくっと、口の中で笑いを含んだ声がする。何がそんなに楽しいのか、リオンには解らないしどうでも良いと思っている。

「それは本当にジョーカーなのか? 疑いなく?」

「アズリが確認しております。それに、王宮内で起こった事。あなたが一番良く知ってらっしゃるでしょう」

 王の言葉にリオンは決まっていた言葉を言うように直ぐに返した。迷い無い目が王を捕らえると、王は益々その頬の笑みを吊り上げた。


「俺が王宮内で起こったことならなんでも知ってるって? そりゃあ買いかぶりだろうよ。王はそこまで万能じゃない」

「そうですね。万能ではありません。ですが、あなたが今回の事件に関して、知らぬわけが無い」

「……何か、勘付いてんのか?」

 リオンの返答に王は一瞬だけ笑みをやめたが、直ぐに表情は戻りリオンを見つめた。その一瞬を見逃さず、今度はリオンが笑みを返した。ある種、同属嫌悪的な性質が二人を渦巻いている。


「資料が少なすぎて、ある種解りやすいほどでした。ですがまだ、不可解な点は多い。まあそれは置いておくとして。今重要なのはセル殿下の身です」

「あー……優秀な甥を持つと伯父さんは大変だねえ」

 確信を持ったようなリオンの姿に、王はわかりやすくため息をついた。

「性格の悪い伯父を持つと、甥も大変なんですよ」

「言うなあ! 執務中だって言わなくて良いのか?」

 声を上げて笑う王とは対照的に、リオンは穏やかな笑顔を見せてみる。爽やかで、暗いところまるでないような綺麗な笑顔だ。

「伯父と甥という関係が無ければ、このタイミングでも個別の拝謁は許されませんでしたし」


「情と立場、両方使うってわけか。やっぱり可愛くないな。……まあ、情に免じてやろう」

 王はそう言って控えていた男を振り返る。指を一本動かすだけで、控えていた男は数枚の紙束を持ち、王を通り過ぎリオンに渡した。


 リオンは素直に紙束を受け取り、拝見します、とだけ伝えその場で紙を捲っていく。

 渡された紙束を黙々と読んでいくが、目が下に、次の紙に移っていくに従い、目を見開き驚きを露にしていく。

「まさか……」


 驚愕。リオンの反応はその一言だ。


「こんな事が有り得るはずがないっ!」

 有り得ない。そう叫ぶリオンが面白いように王は笑う。

「残念ながら、有り得るんだよな。何代前の王が無能だったのかは知らんが」

 リオンの反応を楽しんでいた王は、やはり余裕を保った声音だ。


 渡された紙に書かれていたのは、ジョーカーについての情報。国から与えられるジョーカーという特殊な立場、階級。


 それが――

「なぜ、どこの家かも知れぬこととなっているのですか!」


 国から全て与えられているにも関わらず、正体が王にすら、知られていないと?


「仕事が滞る事はない。そういう仕組みが出来ているから。それは、数代前からずっと、な」

「おかしいでしょう! ジョーカーの正体が解らない!? そんなもの、国の脅威でしかない!」

 そんなことは問題ではないとばかりに、リオンが王に詰問する。

 そうして冷静をかなぐり捨てたリオンに対しても王はからからと、やはり軽く笑う。


「おかしいだろう? でも、それを俺の親父は普通のことだと思っていたんじゃないか? 俺の爺さんも、その上も。まあ、それが本気なら平和で頭がおかしくなってたんじゃないかとすら思うよ」


 当たり前だ。国に認められた暗殺集団、処刑人。その狂気性は敵に向かえばいいが、味方に向けば、国など簡単に――


「平和になれた国は、どっかおかしいことを抱えてるもんだ。コレはその一つでしかない」

 この数百年、戦争をしていないこの国は、いつのまにか平和に慣れきっている。それが悪い事であるわけもないが、平和ボケは少々行き過ぎた。


「ジョーカーは国に忠実。そんな不確実なモンを信じる事ができて、危ういとも思わず。……いや、思ってはいたのかもな。だが、ジョーカーが敵になんのが恐かったんじゃないか? そんな愚図が数代は続いてる」

 先代やそれより先の王を愚図と迷わず呼ぶ目の前の現王が、冷たい光を目に宿しているのを、リオンは見た。

「……気持ち悪いですね、本当に」

「だろう? 王になりたくなったか?」


 何の前触れもなく出された話に、リオンはかすかに動きを止めた。そして一笑に付す。

「何を仰るのかと思えば」


 流そうとするリオンを無視し、王は話を続けた。

「出来ない話じゃないだろう? 簡単な事だ。俺とセルを含め数人さえ亡くせば、問題なく王位が次に回ってくるのはライザーク……お前の父だ。その長子であるお前は、十分に王位継承圏内だと思うが?」


 王や殿下数人を亡き者にしなければ回ってこない王位が現実的に圏内であるのかどうかは置いておき、今聞かれているのは、王になりたいかどうかなのか。珍しく真面目な顔をして、何を聞くのかと思えば。


「まったく、くだらない。私としましては、面倒な王位など絶対にお断りですね」

 言い切ったリオンに、王は噴出すようにして笑う。そんな王を冷たすぎる目で見てから、リオンは言葉を足していく。

「私が王になるのは、確かにそう難しいことではないかも知れません。……ああ、もちろん、貴方を引かせるのには大層な時間がかかりそうではありますが」

「光栄だ」

 リオンと王は目線を交わし、相手の挙動を確認する。


「ですが私は――自分が王になるよりも、セルに王を勤めさせるほうが、面白いと思っているんですよ」

「セルか……あいつは凡王にしかならんぞ。俺と同じくな」

 自分の子どもにも一切の容赦のない言葉を王が使う。ここで甘い言葉でも使えるものなら、きっと今も眠り続けているセルをもっと気に掛けていただろう。

「でしょうね」

 だがそんな容赦の無い言葉に頷き、なんの遠慮も無くリオンも断じた。それが面白くてたまらないというように、王はくつくつと口の中で笑っている。


「だからこそ、あれを賢王に仕立て上げる。――その方が、自分でやるよりも数倍、面白いでしょう?」

「ははっ! そりゃあ大層な忠誠心だ!」

 リオンの言葉にこらえきれず、笑う王は珍しくなんの嫌味もないように大口を開けていた。


 結局、王は別に本気でリオンが王になりたいと思っているとか、そんなものを計りたいわけではないのだ。ただ、リオンが国にとって、いや、王にとって敵か味方か。それを見抜きたかっただけだ。相手の思い通りに計られるのは気に食わないが。


「で、自称凡王。先代を愚図と言うには、ジョーカーは既に手中、とでも言って下さるのですか?」 

 話を即座に戻し、リオンは王に対して背を正す。

「まあそう逸るな。こっちにもいろいろ事情があるんだ」

 核心を急ぐリオンに、王は軽く諌めるような言葉を使う。

 そして一拍を置き、一言、リオンに伝えた。


「なあ、リオン。ジョーカーってのは、本当に必要か?」

 それは疑問ではなく、答えの決まった断定的な聞き方であった。


 リオン。一つ、交換条件を出そうか。



 そうして、静かに一つのゲームが始まった――


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