8:物欲センサー
※本作の主人公は一切無双しないどころか、どんどん状況が悪化していく泥沼サバイバルしかしませんので、合わない方は引き返して下さい。美少女もスキルも転生もありません。逆にそれが見たい特殊な方はどうぞご自由に。
台風が去って2日。島は塩水と腐った泥の臭いに包まれていた。
高熱で朦朧とする意識の中、陽翔が力を振り絞って顔を上げ、掠れた声で言った。
「……流石に脱出するぞ。このままじゃ、次の嵐で本当に死ぬ。」
しかし、彼らの頭には忌まわしいハイテクカメラが着いている。島から一定距離を離れれば茜のように処刑される。
悠介が首を傾げた。
「やっとやり方を思いついたの? 」
陽翔は泥だらけの指で自分の装置を弄りながら、脱出計画を綿密に話し始めた。
「そうだ。さっき寝て起きたら急に思いついた。ゴホッゴッウェッ............いいか..?
計画はこうだ。
1、まずはこの装置のバンドをどうにか外し、茜の二の舞になるのを防ぐ。
2、この島にある物を使ってイカダを作る。
3、それに乗ってシャバに帰る。
4、見つかって捕まる。帰りたいか?」
疑問を持った悠介がすぐに反論した。
「でも今からカメラなんて取っちゃったら、食料確保が難しくなるよ?」
確かにそうなのだ。今まで4人の食料は、釣りで手に入る小ぶりの魚と木の実以外は、全て視聴者からのプレゼントにまるまる依存していた。
ここでそれを外せばそれが無くなってしまうだろう。
「いや、もう良いんだ。最近は飽きられた
のか、もうほとんどロクな物が来てないしな。
最後に来たのはスライムだぞ。それも3週間前。あっても無くても一緒さ。」
全員納得したような表情で陽翔の方を向いて頷いた。
「でもよお、どうやってこいつを外すんだよ? そんなもん持ってんのか?」
涼の疑問にこう返ってきた。
「よく聞いてくれた。魚の骨を使うのさ。骨をいい感じに加工すれば、ロックが外れるかもしれない。」
「釣竿飛ばされてもうないけど、どうやって釣るねん?」
頬がこけて身体もさらに細くなった陽翔が
「土下座だ。また視聴者を頼るしかない。だから、そこで頭を下げろ。俺が映す。」と言う。
「いや、なんでお前はやらんねん。言い出したんお前やんけ。」
不服そうな顔をしながらも、じゃんけんをする事になった。
結果は、陽翔の一人勝ちだったが。
「クソが......」
「やるしかないよ、ほら。」
悠介が零士の手を取り、3人で地面に並んだ。
「釣竿を恵んで下さい!」
そう言うと、地獄の土下座大会が開会された。プライドと羞恥心を押し殺しながら、陽翔のカメラの向こうの視聴者に向かって頭をゆっくりと下げる。
35度を超える日差しの中、病み上がりの零士、涼、悠介の3人は、砂浜に額を擦り付け続けた。
「お願いします....なんでもするから....(なんでもするとは言ってない)」
カメラを回す陽翔の冷徹な指示に従い、3人は何度も、何度も土下座を繰り返す。
だが視聴者は随分と焦らすのが好きだったようだ。
1時間、2時間……5時間が経過した頃、ようやく空から釣竿一式が投下された。
「……ハッ、ハハ……。釣竿だ。これで……」
涼が歓喜の声をあげたその時だった。
ふと足元の波打ち際を見ると、そこには台風の余波で打ち上げられたばかりの、新鮮な小鯛が転がっていた。
「.....は?...え、は....?」
5時間の土下座。擦りむけた額。失った自尊心。
そんなものを差し出さなくても、目の前には最初から「答え」が落ちていたのだ。
5時間の土下座は、どうやら地面に落ちている鯛と同じ価値だったようだ。
「物欲センサーかよ……クソが」
涼が鯛を蹴り飛ばそうとしたが、陽翔がそれを止めた。
「いいんだ。方法はどうであれ、目的の物は手に入った。ついでに釣竿もな。寧ろラッキーとも言えるぞ?」
「テメエは映してニヤニヤしてただけだろ!それでよく言うわ。」
彼らはそれぞれ役割を分担し、分かれた。
陽翔が小鯛をナイフで捌き、涼が残り数本のマッチで火を起こし、零士が追加の食料確保のために釣りをし、悠介が無職になった。
零士の隣で座っている悠介が、ポケットから小さな骨を取り出した。
「なんそれ?」
「あの子の骨。多分指のね。ネックレスでも作ってみようと思って。」
「気持ちの悪い。ようやるわ。」
2人で中身の無い会話を楽しんだ。同じ犯罪者同士の会話は意外とはずむ。
少し黙ったあと、笑いながら陽翔の方へと歩いていった。
「なんなんやあいつ...?」
20分ぐらいして、小さな丸い穴の空いた骨を持ってきた。
「ごめん、悪いけど糸をちょっとくれない?」
零士が「まあええよ。」と言うと、釣り糸を30cmほど切って分け与えた。
小さな穴に目がけて、細い糸を器用に通して結んでいく。
「そんなもん作ってどうする気なん。」
「もちろん、着けるんだよ。」
と言って首にかけた。零士に要らないか一応聞いたが、お断りされた。
鯛の身を4人で貪り食った後、陽翔は残った小骨の中から、最も細く鋭い一本を選び出した。
岩の表面で丁寧に研ぎ、先端にわずかな取っ掛りを作る。
「……いくぞ。」
全員が息を呑む。
陽翔は自分のバンドの結合部分に、加工した骨を慎重に差し込んだ。
内部のシリンダーを探り、0.1ミリ単位で骨を動かす。カチ……、チッ、と小さな音が響く。
手が滑って中々思うようにはいかなかった。
そして、2時間後。
「カチャッ」
金属とプラスチックが噛み合う、乾いた解放音が響いた。
陽翔の頭から、3ヶ月間離れなかった重厚な装置が、砂の上に力なく落ちる。
「やったぜ。」
自由への片道切符は、たった一本の魚の骨だった。




