6:クリスマスの朝
※本作の主人公は一切無双しないどころか、どんどん状況が悪化していく泥沼サバイバルしかしませんので、合わない方は引き返して下さい。美少女もスキルも転生もありません。逆にそれが見たい特殊な方はどうぞご自由に。
茜が光の中に消えてから2週間が経とうとしていた。島に来て29日目。
もはや誰も彼女の名前を口にすることも、顔を思い出す事もなかった。
その朝、暇を持て余して散歩がてらに海岸線を歩いていた涼が足を止めた。
「……おい、あれ! あの女じゃねえか!?」
指さす先には、岩場に引っかかり、無残に膨れ上がった肉の塊があった。
零士は聞こえる音が心臓の鼓動だけになるのを感じた。
ライブ会場に行くとベースが聞こえるようになるというのは、きっとこんな感じである。
2日前に自分だけが見つけた消えたLEDの秘密。それを知られるわけにはいかない。
「やめとけ涼! 呪われるぞ。あんなもん見んとこや。」
「はあ? びびってんのかよテメエ。」
「虫も周り飛んでるし、近寄らん方がええって!」
零士は必死に涼の肩を掴んで引き留めようとしたが、所詮は生身の腕。涼の強化アームが軽々しく零士を薙ぎ払い、彼は砂浜に無様に投げ飛ばされた。
基本的なインプラントも入れない生身の人間はか弱い。
「……なんだこれ。光ってねえじゃん。」
涼は死体の頭部に手をかけ、強引にカメラを確認した。海水と砂に洗われ、カメラを傾ければ水が少し出てくる。
海水が内部に侵食して、基盤が壊れていると悟った。
涼はニヤリと笑い、拠点に残っていた陽翔と悠介を呼び寄せた。
「おい、朗報だ。海に浸かりっぱなしなら、このクソカメラは壊れるらしいぞ! 余程の安モンだな。」
その報告に、陽翔の目が鋭く光った。もしカメラを壊せば、自分たちの醜態を晒さずに済む。だが、彼はすぐに冷静な結論を出した。
「……いや、まだだ。カメラが死ねば、視聴者という名のサンタからのプレゼントも止まる。
今の俺たちに、自力で食料を確保する手段はこの前の釣竿と木の実ぐらいしかない。自力でクリスマスを終わらせたいんならやれば良いけど。」
誰も動かなかった。彼らは自分たちのプライドよりも、ドローンが運んでくるプレゼントを選んだ。
「だから、さっさと何か方法を見つけて抜け出そう。筏でもなんでも良い。」
それよりも、彼らの目を輝かせたのは、死体のすぐ近くの岩陰に茜が残していた遺産だった。
茜が独占し、溜め込んでいた物資の数々。
全部で4Lの水に、鯖缶3つ、日焼け止めスプレー、ぶどうグミ、寝袋1つ、虫除けスプレー2缶......
「あのクソアマ……こんなもん隠し持ってやがったのか」
横にいた零士は、傷だらけになった指でグミの袋を引きちぎった。人工的な甘みが口の中に広がり、1ヶ月分のストレスが少しだけ溶ける。
だが、その代償は食べ終わってすぐにやってきた。何かを思いついた陽翔が堂々とこう言ってきた。
「良い事を思いついた! ボクシングをやるんだ。今までプレゼントが送られてきたのは、大抵俺達が殴りあってる時だ。
最近はマトモなボクサーも減ってるしな.....」
動揺した零士が聞き返す。
「それ誰と誰がやる気なん? 涼は確定として、もう1人は....?」
全員が零士の方を向いた。
「待てや! 涼はアームが入っとるんやぞ! 死んでまうわ!」
「知るかよ。視聴者がボコられる零士を見たいんだとよ。そうすりゃ、また数日分の食料が貰える。」
砂浜に即席のリングが作られた。
お互いがクズを見下げる目で睨みあう。
審判を気取る陽翔の合図とともに、涼の右拳が空気を切り裂いた。
零士は必死に回避しようとしたが、足元の砂に足を取られた。
そこへ涼の容赦ない左のストレートが、よろめいた零士の顔面に突き刺さる。
「ウッ....!」
鈍い衝撃が走る。零士の口の中に血の味と確実に食料ではない異物の食感が広がった。
零例が吐き出した血混じりの唾液の中に、白く小さな塊が転がった。下顎のどこかの歯。20何年という月日を共にした身体の1部が、砂浜のゴミになった。
「……あ……ああ……」
痛みよりも先に、自分が壊れていく恐怖が座り込んだ零士を襲った。
「フェイスプレート入れて無かったら、どうなってたねん.....」
しかし、カメラの向こうのサンタクロースは大喜びだった。数分後、空から4つのからあげ弁当が投下された。しかもポカリ付。数週間ぶりの揚げ物の匂い。ジューシーな脂。
零士は欠けた歯の隙間から漏れる血を啜りながら、泣くように唐揚げを口に運んだ。
「美味い……美味いなぁ、これ……」
1本の歯を失い、尊厳を売り飛ばし、死体の横で食うからあげ弁当。
それが、彼らが手に入れたプレゼントだった。




