9話
私たちが湧いちゃうくん3号を研究している間に、孤児院には少しずつ変化が起きていた。
「聞いた?ここももう取り壊されるかもしれないって…」
男児の1人がそう囁く声が耳に入る。
孤児院の子供達の間で広がるそんな噂。近ごろ国から派遣される先生の数は減少していた。
前まで7〜8人ほど在籍していた先生は既に3〜4人と孤児院を維持するのにギリギリの数だけとなっている。以前まで私たちの宿舎を担当していたエバンズ先生も、もう居なくなってしまっていた。
ぶっきらぼうな先生ではあったが、最後は寂しそうな表情を浮かべて私たちに別れを告げていった。
「いよいよ、だな…」
立ち去る先生の背中を見つめながら、トニトがそう言っていたのが記憶に残る。
孤児院が無くなるのは、そう遠くない未来の話であると、私たちは感じ始めていた。
・・・
市場での魔道具販売が大盛況を収めてから数日後、
ある日の昼下がり。
私は王都中心の武具屋にトニト、セリーシャと赴き、装備の下見に来ていた。
「わかっちゃいたけど...冒険者装備ってホントたっかいな!」
トニトが購入予定の鎧を見ながら、正確にはその値札を見ながらぼやいている。
トニトの防具はいろいろ考えたが、安全最優先で全身を覆う頑強な鎧にした。
「魔法への耐性加工やサイズ調整魔法が付与されたものだとどうしてもねー...」
特に、成長期でまだまだ上背が伸びるであろうトニトのためにサイズ調整魔法は必須だ。
装備の補修などは専門の魔法修理屋にかかればそこまで高いものではないため、買い替えるよりは長く使えるものを買うのが将来的には正しい選択となるはずである。
「にしたってよぉ、もう少し子供に優しい値段にしてくれたっていいのにな...」
「おいおめーら、どーせ買わねぇくせに文句ばっか言ってんじゃねぇ!」
そうしてぶつくさ文句を言いながら下見を続けていると、店の奥から店主が怒鳴りつけてきた。いきなりの大声にトニトが縮み上がる。
「いやいや、いつか買いにきますんで...」
スキンヘッドの店主がぷんぷん怒っているのをどうにか宥めつつ、怯んだ私たちは店を後にした。
・・・
下見も終わり孤児院へと戻る途中。
日は沈みかけており、帰り道の細い路地は通りの向こうからの夕日で赤く照らされていた。
「ここまで長かったよな、ほんと。きゅーおーえる作戦始めたのって、去年の蛍祭りの頃だろ」
なんとなくで続いていた沈黙を破るように、トニトが言う。
私がこの世界に転生して、もう随分経った。日々のトレーニングに魔道具研究と、なかなかに濃い日々を思い出す。
「蛍祭りと言えば…ミリアが迷子になっちゃったあの日からもう一年半たつんだ!早いねえ」
「うっ…その節は本当に…」
セリーシャの何の気なしの一言が刺さる。
そういえば、蛍祭りというから蛍はこの時期にしか見られないのかと思っていたが、年中普通に見れた。
疑問に思い周囲に聞いてみたが、蛍とはそういうものだといわれた。まぁ正直青や水色、緑に光っている時点で、地球の蛍とは別物なのだろうと思っていたので割とすぐ腑に落ちた。
何でも国虫なんだそうで、この国では大変縁起の良いものとされているらしい。殺すとバチが当たるなんて言い伝えもあるくらいだ。
「いやでも、本当になんで迷子になってたのか自分でも分からなくて…」
「セリーシャ!!」
ーー不意に後ろでトニトが叫んだ。それと同時にどん、と大きな音が聞こえた。
とっさに振り返ると、セリーシャが尻もちをついている。
その奥に、セリーシャを突き飛ばし、両手を伸ばしたままの体勢でトニトが立っていた。
「み…」
トニトが口を開こうとしている。声が掠れている。
すると声の代わりにごぼり、と嫌な音がして、トニトの口からーー
大量の血が溢れ出た。
「なっ…」
「ミリ……ア…逃...げ...」
トニトは声にならぬ声で私の名前を呼ぶと、どしゃり、とそのまま前に体を投げ打つように地面に倒れた。
その背にはーー銀色に光る太いナイフが刺さっており、刺された箇所からは衣服越しにもわかるほど大量の血が染み出していた。
「ーーーっっっ!!!」
ほぼ反射的に、トニトの背後に鑑定を発動させる。
バチバチと目が痛む感覚。空中に浮き上がった文字は断片的で、まるで文章になっていない。
魔力波が捉えられない。これはーー
「魔量波妨害…!!」
見えないが、そこに誰かいる。
「ちっ…」
虚空から舌打ちが聞こえた。若い男の声。直後、トニトの背に突き刺されていたナイフがすっと宙に浮かぶと空気に溶け混むように見えなくなっていく。
不味い、不味い不味い不味い…!!!!ーー目的は分からないが、狙いはセリーシャだ。
混乱する頭で咄嗟にセリーシャに駆け寄る。
そのままかばうように前に立つと護身用の短剣を構え、ジャミングされた文字を纏った影を目で追う。
(速っ……!)
足音こそ聞こえないが、凄まじいスピードで動きながら、私の隙を伺っている。
「しまっ…!」
影が、私の死角を突く。
そして、セリーシャに迫ろうとしたその瞬間__
「い、いやああああああああああ!!!」
数舜遅れて状況を把握したセリーシャが、大きな叫び声をあげた。
ビリビリと空気が震える。
ーーそして、それだけではない。全身が身震いし、足が止まる。
私だけでなく、黒い人影もその叫びに圧倒されていた。動きが完全に停止している。
その間も、セリーシャの叫びは止まらない。
気づけばその長い金髪は風に煽られたように浮かび上がり、かすかに煌めき始めている。光は叫びに呼応するかのように周囲を照らし、辺り一帯を金色に染めていた。
「こ、これは…魔力……?」
時が止まったように感じる。緊迫した状況にもかかわらず、金色の光から感じる魔力の風が私をやけに冷静にさせていた。
黒い人影はまだ動きを止めている。
セリーシャは叫ぶだけ叫ぶと魔力を失ったのか、地面に座り込んだまま意識を失ったようだった。
すると、消えかけていた体の感覚が、不意に元に戻った。
やっと手足の自由を取り戻し、私が慌てて短剣を振るうと、人影もすんでのところで受け止める。
刃物同士が交錯し、金属と金属がぶつかり合う。そのまま、姿の見えぬ影と鍔迫り合いの格好になる。私程度の力でも抗えているということは、セリーシャの魔力が相当効いたようだ。
「なんだなんだ!」
「誰かケンカしてんのか?」
突然足音が聞こえ、周囲に人の気配がする。
セリーシャの叫び声を聞きつけて、通りに人が集まってきたようだ。
「ーーはぁ。」
黒い影がポツリと呟く。
押し返す力がグッと強くなる。
慌てて力を込め返すと、フッと抵抗が消えた。
「うわっ!」
前のめりになった私をひらりと交わすと、黒い影は一足飛びで私たちから距離を取った。
そしこちらを一瞥したあと、踵を返してそのままもの暗い路地へ走り出した。そうして、数秒もせずに影はその姿を消した。
「ーーお、おい!人が倒れてるぞ!」
影が立ち去るのとほぼ同時に、誰かが叫んだ。夕暮れの路地にざわざわと喧騒が響きだす。血まみれのトニトを中心に、ざわめきは留まることを知らず、人を介して波のように広がっていく。
黒い影が立ち去ったのを確認した私は、その声で慌ててトニトの方に駆け寄ると、周囲に助けを求めた。
「だ、誰か!トニトが...友人が、命の危機なんです!誰でもいい、運ぶのを手伝ってください!」
だがーー町民たちは答えない。彼らは若干の気まずさを孕んだ顔をし、視線を逸らした。薄汚い服を纏った私たちは、町民からすれば浮浪者同然だ。
大方浮浪者同士のトラブルとでも思っているのだろうか、周囲の反応は悪く、そそくさと立ち去る者もいた。
(クソっ、見て見ぬ振りかよ...!)
思わず落胆する。だがどうにかしないと。
私の低い筋力では、トニトを病院まで抱えて歩くのは難しい。
「あら、あの子達ポット売りの?」
「やあだ、やっぱりあれ、盗んだ商品だったんじゃ...」
助けを乞うても、聞こえてくるのはそんな他人事のような会話ばかり。この国の、弱者をいっそう低く見る価値観が、こんなところでも私たちに害を与えていた。このままではーー
「おい、そんなことどうだっていいだろう!子供が倒れてるんだぞ!?」
すると、人混みを掻き分けるようにして1人の男が顔を出した。昼間の武具屋にいた、スキンヘッドの店主だった。
「寄越せ、俺が担いで行く!おい、道を空けやがれ!!」
店主は血まみれのトニトを私から奪うようにして担ぎ上げ、人混みに向かって進んで行く。
気まずそうにしていた人々もそれでようやく動き出し、通りに一本の道ができた。
「おいチビ!お前は先に病院行って、事情を伝えてこい!」
店主に話しかけられ、ハッとする。
「ーーわ、わかった…!」
ヨタヨタともつれた足を奮い立たせ、空いた道を駆ける。トニトを救うのだ。こんなところで、絶対に死なせない。
孤児院を建て直すと誓ったのだ。トニトを、セリーシャを、孤児院のみんなを幸せにすると決めたのだ。
沈んでいく夕日の赤色を補うように、通りの頭上を蛍たちが青く照らし始める。暗がりが増え始めた街の通りを、唇を噛み締めながら、私は必死に駆けて行った。




