8話
魔方陣研究を始めた私は、近所の道具屋に顔を出していた。
ここには、比較的古い魔道具や冒険アイテムが雑多におかれている。
「お、響かせ石まで置いてるじゃん。てたっか!?」
響かせ石は、言ってしまえば使い切りの録音機器だ。魔力を込めると数秒程度その場の音声を振動として記録し、耳に当てるとその音声を聞くことができる。
通信手段に乏しいダンジョンでは重宝されるアイテムだ。
しかしここのものは相場の5~6倍の値段が付いている。
「そいつは貴族様の肉声入りだよ!」
不思議がっていると店の奥から店主の声が聞こえてくる。
なんでも王族の声には特別な力があるという言い伝えがあるそうで、値札の下には
”活力が漲る、睡眠不足解消、肩こり改善、冷え性、腰痛、胃痛、手先のしびれに…”
などつらつらと効用が挙げられていた。
「温泉じゃないんだから」
試しに耳に当ててみる。
『遥か昔、闇の時代……この地に光をもたらした一族がいた……』
聞こえてくるのは昔話。それもこの国に伝わる典型的なものだ。声の主は男性のようで、とても威厳のある貴族様の肉声とは思えない。
というか、店主の声と似てないか?
一応、スキルを使い年代測定を試みる。
「鑑定」は生き物や物質から自然と生じている魔力波を読み取って、文字に起こす能力だ。
と、最近王立図書館で読んだ本に書いてあった。
魔力が込められた痕跡を辿れば、大体の録音時期が把握できる。
魔力注入:7~9日前。
「わお、店主の肉声入りだ。」
ぽい、と積まれていた箱に投げ捨てる。こんなものを見に来たわけではない。今回のお目当ては、古くなって中古で積まれている魔道具たちだ。
店を隅々まで巡ると、比較的安めな魔道具を2,3個ほど選ぶ。
「ん…?あー、嬢ちゃん。悪いが、こいつらはジャンク品だ。触媒が何個かイカれちまってる。そのままじゃ使えねえが、それでもいいか?」
レジ代わりのカウンターの上に魔道具を持っていくと、先ほどの店主にそう伝えられた。
肉声入り響かせ石を売っている割には、その指摘は的を射るものだった。
やけに肩幅の広いのが特徴のその店主は、ポリポリと気まずそうに顎髭を触っている。
「わざわざありがと。でも大丈夫だよ、使う気はないから。」
不思議そうな顔をする店主を置いて、私は道具屋を後にした。
・・・
「さーて、やるかぁ」
その晩、空き部屋を利用した工房で、私はバラバラに分解した魔道具たちを見渡した。邪魔なパーツをどけ、魔方陣の描かれた触媒部分を机に並べる。
「うわ、触媒小っちゃ。えーと、こっちは呼び鈴の魔法と、受信の魔法の組み合わせかな。こっちは加熱の魔方陣…?」
スキルを発動し、鑑定Lv2で詳細になった情報をフルで活用しながら、その構造について調べていく。孤児院に置いてあった本はかなり古く、載っていた魔方陣のほとんどは非効率故に今では使われていないものだった。
近代の魔方陣は複数の魔法の組み合わせでより複雑で高度になっており、調べるには実際のものを見ながら学んでいくしかない。
「発動式は保温の魔法陣の応用…いや、そもそも保温の魔方陣が分からないんだけど。」
こういう時、独り言が増えるのは悪い癖だ。ぶつぶつとつぶやきながら、知らない知識を次々と頭に放り込む。
皆が寝静まった後の魔方陣の研究は、私の新しい日課となっていった。
・・・
そうして、半年の月日が立った。トニトは一足先に12歳となり、私の誕生日ももうすぐだ。
魔方陣研究には思った以上の時間を要したが、途中からは興味をもったエルクーツクも加わり二人で勉強をつづけた。
エルクーツクの発想は実に柔軟で、私が持たない視点や、独自の感性が光り、魔方陣の研究で大いに活躍した。とくに思い付きのアイデアは一見突飛ながら芯を食ったものが多く、鑑定スキル以外にろくな資料がないにも関わらず、私たちは魔方陣の理解をどんどんと深めていった。
まあ、今でもアイデアの半分以上はまともに動作すらしないが。
「さぁさ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!世にも珍しい魔法のポット!これ一台で、湯沸かしから保温まで思いのままだよ!」
この日、ついに私たちは完成した魔道具を売りに市場まで来ていた。
私含め子供たちはそれぞれ手に拡声の魔方陣を刻んだ筒を持つと、呼び込みを続けている。
長い研究の果て、やっとこさ出来上がったのがこの魔法のポット、名付けて「沸いちゃう君3号」だ。
命名はエルクーツク。うーん、流石。私が育てた甲斐あって、ネーミングセンスまで素晴らしい。
魔方陣は保温の術式と加熱の術式を組み合わせたものであった。魔方陣同士の組み合わせは大変難しく、これが実現するまでに何十回と失敗を重ねたものだ。
ミリアのお手製魔法粘土で形作られたこのポットは防水性ギリギリでややいびつな形ではあるが、魔力を少し込めるだけでお湯をわかし、そのまま保温をしてくれる優れものだ。
子供たちのでかい声になんだなんだと集まってきた人々を相手に、ポットの実演販売を行う。
「さっき井戸から汲んだばかりのこの冷水を、ポットに入れたら少し魔力を込めるだけ!10秒立てばあら不思議!水が、たちまちお湯に代わってるよ!ほらほら、そこのお姉さんもやってみて!」
私の元気いっぱいな説明を初めは微笑ましく見つめていた観衆も、ポットの効果が確かなものだとわかり始めるとざわめきだした。
「あらまぁ。これ、ほんとにすごいわ…」
「お、おい、そのポット一つくれ!」
「うちも!一つ!いや二つ!」
ポツポツと購入の声が聞こえてくる。
孤児たちの戯言だと初めは訝しげな視線を送っていた人たちも、周りが買い出せば慌ててその波に乗り始めた。
沸いちゃうくん3号はとんとん拍子に売れていき、連日市場を賑わした。セリーシャとエルクーツクは大忙しでポットを生産し、それを上回る勢いでポットは連日売り切れが続いた。
そうしてようやく、1年半かかった私たちの資金繰りは目標額に達したのだった。




