10話
それから。
無我夢中で病院に駆け込んだ私が事情を説明して、少し遅れて武具家の店主が到着した。トニトはなんとか医療室に運び込まれた。そして、何もできぬまま数時間が経過した。
最後に見たトニトはかすかに息をしているものの意識はなく、刺された箇所は真っ赤に染まっていて目も当てられない状態だった。
応急の止血は意味を成しているか怪しいもので、わたしとセリーシャは病院の前で、縋りつくように祈ることしかできなかった。
話を聞きつけた孤児院の大人たちは1時間ほど遅れて病院に到着した。立ち尽くしたままの私を見つけて駆け寄ってくる。
「ミリア、セリーシャ!無事ですか?ごめんなさい、私たちがついていながら……トニトは!トニトに一体、何があったんですか!?」
清掃係のライツ先生が、息を切らしながらそう言う。
「…分からない。ただ、トニトはセリーシャを庇って…」
あのとき、あいつの狙いは、確かにセリーシャだった。
なら、トニトが感づかなければ、今頃セリーシャは…
私は、まるで気づけなかった。情けない。情けない情けない情けない。何が、何が孤児院を救うだ。
まだ10歳と12歳の、目の前の子供2人の命を危険に晒して、私は...何もできなかった。そんなことを思うたび、視界がにじんだ。
・・・
トニトが何者かに刺され、一夜明けた次の日のお昼に、私とセリーシャはライツ先生に呼び出された。
先生はどうやら一睡もしていなかったようで、その目下には濃い隈が浮かび、瞳は赤く充血気味だった。
先生が意を決したようにして、私たちの方を正面から、まっすぐ向いて喋り出した時ーーー
あぁ、ダメだったんだと、心のどこかで悟った。
心臓のあたりがどうにも冷たくなって、聞き取ろうと思っても、先生から伝えられた言葉一つ一つが耳をすり抜けていくように感じた。
・・・
相部屋の粗末なベッドの上で、私は1人、何をするでもなく過ごしていた。
起きてしまった出来事に現実味を感じず、時折ベッドから起き上がっては、ぼうっと窓の外を眺め、またベッドに突っ伏した。
普段うるさい私が黙りこくっていること、そしていつもみんなの面倒を見ているトニトがいないことに、年下の子供たちも何か感じ取ったのか、孤児院全体が不思議な静けさに満ちていた。
(……どうして)
頭の中でぐるぐると、同じ言葉を繰り返す。
どうして。どうして。どうして。どうして…
気づけば言葉は口から漏れ出して、ぶつぶつ、ぶつぶつと私はそれを反芻していた。
その行為に意味はなく、部屋に響いているのはただの音の繋がりで、側から見れば気が触れたように見えただろう。
だがそれでよかった。気が触れたと思ってもらいたかった。
自分の身に余る浅ましさや愚鈍さを、少しでも外に見える形にして表したかったのだ。
「っ………どうしてっっ……………!」
ぎゅっとシーツを掴むと、喉の奥、胃の上あたりから、想定より大きな声がこぼれ落ちた。
窓の外は、生憎馬鹿馬鹿しいほどの晴天で、真夏の日差しがベッドシーツを焼き焦がした、どこか懐かしい匂いがした。
・・・
(ーーなぜ、セリーシャが狙われたのだろう。)
日も落ち始め、しばらく経った後。
何かから意識を逸らしたかったのか、頭の中にふと、そんな疑問が沸いた。
顧客を奪ってしまった他店からの恨みを買ったのだろうか。まさか。
ポットの実演販売は行っていたが、その製造者がセリーシャだと分かるわけもない。セリーシャが狙われる理由がないのだ。彼女はただの、「陶芸家」スキルを持った孤児だ。
(そういえば、セリーシャのあの魔力の放出はなんだったのだろう。)
私も全身から魔力を放出することはできるが、通常は少し風が吹いたように感じる程度だ。セリーシャにあそこまでの魔力があったことに驚いた。
(それにセリーシャが叫び出してから、あの黒い影を含め、私たちの動きは強制的に止められたように感じた。通常の魔力放出ではない。まるで、何か別のスキルのような...)
「—-いや、そうか。」
ベッドから、思わずバッと起き上がる。
なぜ、今の今まで私は、セリーシャのことを一度でもーーこの目で鑑定しなかったのだろうか。
そうだ。無意識にストッパーをかけていたのだ。
一年半前、トニトにいきなり鑑定をかけて嫌がられてから、自然と他者のステータスを見るのに抵抗を感じるようになっていた。
ステータスは、対象の目を見る事で知る事ができる。しかしそれはもちろん相手の個人情報で、言ってしまえばいきなり全裸を覗き見るようなものだ。
他人の瞳をまじまじ見つめながら鑑定を発動するのはかなり気が引けた。
……いや、そんなのは言い訳だ。現状の把握のため、見れる情報はいち早く確認すべきだった。
そんなことで、そんなことだけで私はーー、
「どうして、いまの今まで...!」
部屋から飛び出す。いつも同じ大部屋で寝ているセリーシャは、今日はまだベッドにいなかった。寝付けないのだろう。
孤児院中を探し回っていると、中庭にある小さな池の淵にひとり、ぽつんと腰掛けているセリーシャの姿を見つけた。
「セリーシャ!」
「ミリア……」
声をかけると、セリーシャはこちらを向いた。目が赤く腫れている。トニトのことで、1人で散々泣いたのだろう。
しかし、今はそれを気にしている余裕もない。
「いきなりごめん!」
一言だけ詫びを入れると、セリーシャの瞳を見つめたまま、「鑑定」を発動させる。
セリーシャは、特に抵抗する気力もないようで、力が抜けた様子のままこちらを見つめていた。
「鑑定」が発動し、文字が浮かび上がる。頭の中に、情報が流れ込んでくる。
「セリーシャ...いや、違う。君は、君は......?」
鑑定によって読み取られた情報。
そこには彼女のーー"本当の名前"があった。
名: アルシア・アセリス
スキル:『真理の炉』『覇響』
「...アルシア・アセリス.....?.」
セリーシャの、いや、目の前の少女の目がハッと見開く。
予想外の展開に、理解が追いつかない。
この世界では、一般市民に苗字は与えられない。あるとすればそれはーー
『鑑定』が進み、新たな情報が目の前に広がる。だが、いつもと様子が違った。
視界に映る文字の書体が、普段と違うものとなっているのだ。
それらは荒々しい筆記体で、まるで走り書きのメモのようでありーー
『リースにおいて、
裏切りにより滅びゆくアセリス家。
その、最後の生き残り。
ーー我々の希望を、彼女に託す。』
そう、記されていた。




