3話
孤児院で暮らし始めて二週間が経った。毎日薬草探しに勤しみながら、「鑑定」の研究を続ける日々だ。
それと並行して、この国の名前や民族、文化なども勉強中だ。
国の名前はリース。私たちの孤児院は、リースの王都、その端のスラム街に居を構えていた。
それなりに長い歴史のあるこの国では今、現王が病にかかり、次期王が誰になるかを決める混乱の真っ只中にあるらしい。
文化レベルは言ってしまえば中世程度であろうが、スキルの存在によって孤児院であっても多少はマシな生活を送っている。
例えば先生達の1人、雑務担当のライツ先生が持っているスキル「クリーニング」。
使用するだけで埃の除去や汚物の消毒、清掃が行えるこのスキルは、孤児院の衛生環境の底上げにとんでもない貢献をしている。
とは言え、ウォシュレットなどという世紀の大発明を生み出した日本生まれ、日本育ちの私からすればまだまだだ。
飯はまずい、服は粗末なボロ布。子供達はガリガリな身体を汚い布で隠し、日々の労働の疲れを狭いベッドで無理やり回復させている。
孤児院の経営のためとはいえ労働の分担によっては危険なものもある。年に数人は栄養失調や疫病、不慮の事故で命を落とす。こんな環境、とてもじゃないが見過ごせない。
しかし幸いなことに私には恵まれたスキルがある。
上手く使いこなせれば、暮らしを豊かにすること、この孤児院での生活を改善することなど容易い気がする。
そしてもっとも暮らしの豊かさに直結するもの、それはーー
「金稼ぎ、これに尽きる!」
世界が変わろうが魔法があろうが、そんなことは関係ない。当然、この世界にも通貨の概念がある。
そして、私は曲がりなりにも社会人として、ある程度の現代知識を持っている。
こんなクソ便利スキルがあって活かさない手は無い。
「ひとまず、王が交代するという一大イベントは見逃せないな。」
小さい頭でうんうん唸りながら頭の中の算盤を弾く。 別に投資の神様でもなければIQ200の天才というわけでもないので、天才的な作戦を立てようという気は無い。
ただ、手持ちのスキル持ち(チート)をどう扱うかということだけに焦点を置く。
(鷹の目、陶芸家、そして鑑定。これが今の全部。)
鷹の目は戦闘向きだからお金稼ぎには不向きか。陶芸家のスキルが現状1番可能性があるな。
それぞれのスキルでどこまでできるかを詳しく教えてもらう必要がある。
ひとまず金髪少女に相談してみよう。叱られて以来まともに会話していないので、若干気まずくはあるのだが...
・・・
労働の合間を縫ってセリーシャと喋る機会を見つけ、スキルの詳細を尋ねる。
「蛍祭りの日以降、なんか変な感じだと思ってたけど...記憶、本当に戻らないんだ。」
すると彼女は驚いた顔でこちらを見ながらそう返答した。
そのまましばしぼうっとしていたが、一つため息をつくと、セリーシャは切り替えるように顔をペチペチと叩いた。そのままこちらに向き直って口を開く。
「私のスキルはね、陶芸家って言って、土を自在に操ることができるの。」
言うとセリーシャは地面に手を触れる。
するとセリーシャが触れた周囲の土がうっすらと輝く。
そのままセリーシャが土に手を突っ込むと、とぷん、とまるで水のように地面が彼女の手を迎え入れた。
「おお、実際見ると凄いね。不思議な光景だ。」
地面から拳1個分ほどの土を掬ったセリーシャは、そのまま土を粘土のようにこね始める。
慣れた手つきで、土はみるみるうちに形を変えていき、最終的には小さなお皿が出来上がった。
「こんなところかな。と言っても少し土を柔らかくするだけでとんでもなく魔力を消費するから、日にお皿3つくらいが今の限界なんだ。」
(...土を粘土に変えているのか?まるで錬金術だ。魔力消費が大きいのも頷ける。)
土にはさまざまな成分が含まれており、粘土とは、土の中でも粒子の細かいものを指す。
しかしセリーシャはその辺の土を質量を減らすことなく粘土に変えている。
(これ、現状でも充分すぎる価値があるな。)
セリーシャがこのままスクスク育って魔力量が増えるだけで解決できる問題はかなり多そうだ。
「ありがとう、セリーシャ。まだ朧げだけど前の記憶も戻ってきてはいるんだ。また色々思い出したら伝えるね。」
全くの嘘だ。
だが、流石にこうも心配させていると申し訳なくなってくる。
(まぁそのうち何かの拍子で思い出すかもしれんしね。その時私の自我がどうなるかはわからんが。)
気休めの言葉を吐くと、別れを告げその場を後にした。より多くの情報が必要だ。次の休みは街に繰り出すことにしよう。
・・・
「作戦会議をします!」
とある晩。狭いベッドが立ち並ぶ寝室にセリーシャとトニトを呼び集めた私は、声高らかにそう宣言した。
2人は顔を見合わせると、困惑した表情のままこちらに向き直った。
「作戦名は、『異世界最高の孤児院をつくろう!〜手持ちのスキルが強力すぎて、気づいたら孤児院のQOLが最強になっちゃってるんですが〜』です!!」
「い、いせ...?」
「きゅー、おー?」
「作戦の概要を説明します!!」
ひとまずこのまま押し切ろう。
「まず、セリーシャのスキルでお皿を作って売ろう。
ある程度デザインが整ったら、染料を自前で調達して、安くてオシャレな皿を量産したい。
染料は鑑定スキルで簡単に見つかるから、後は量産のためにセリーシャは魔力量を伸ばしていって欲しい。
スキルが上達すればするだけここは楽になっていくから、初めのうちは大変でも頑張ろうね。」
ほとんど息継ぎなしでここまで言い切ると、流石に堪忍袋の尾が切れたのか、トニトからツッコミが入る。
「ちょ、ちょっと待てよ!孤児院での暮らしに不満があるのか?」
私が何を言いたいのかわからない、と言った様子だ。まだ目的も説明していないから無理もない。
「今までだってなんとか暮らしてこれてるだろ?
ただでさえ日々の労働で精一杯なのに...その上に皿作りなんて無茶だ。お前らぶっ倒れちまうよ。」
「...2人は、国王の容体が悪化してることは知ってる?」
セリーシャの顔がぴくりと動いた。トニトはまだ困惑した顔をしている。
「聞いたことはあるけど...それがどうしたの?私たちに何か関係が?」
恐る恐る、と言った様子でセリーシャが問いかける。
「次期王の候補で、最も王位継承の可能性が高いのがアリスター家の嫡子、マーゼナル・アリスター。
そのアリスター家は家族の中でも屈指の武闘派で、特に開戦意識が高いことで知られている。」
まだ、2人はピンときていないようだ。続きを促すように黙って話を聞いている。
「国の領土拡大に貢献してきた歴史ある家だ。アリスター家の治世では国の財政が軍備に傾くことが多く、福祉などの予算は縮小されることが多い。」
そこで私は一息ついて、最も重要な事実を述べる。
「ーーそしてここ、〈フォルノ孤児院〉の経営は、ほとんど国からの援助で成り立っているといっても過言じゃない。」
トニトが目を見開く。
「つまりーーアリスター家が王位を継げば、孤児院が潰れてしまうかもしれないってことか?」
「その可能性がある。というか、過去の歴史から見てもかなり高い確率でそうなる。」
トニトとセリーシャが息を呑む。早口でこの歳にしては難しい単語を使ってしまったと思ったが、2人とも孤児院年長組なだけあって話の流れから要点は理解できたようだった。
もともとフォルノ孤児院の経営は、現王の意向があるからこそ続けられていたものである。
基本的にろくなスキルを発現することが無い私たちのような孤児に人材としての価値は薄く、貴族間でも孤児院に支援を施すことに難色を示す者も多い。
まずは一般の平民、特にスキルを持つ才ある者たちへの支援を手厚くするべきという考えは、国家として予算が限られている中では合理的な考えだ。
あぶれる私たちの身からしたらたまったもんじゃないが。
「仮に現王の家とアリスター家を除いた他2つの王候補の家が王位を継承したとしても、少なからず孤児院への風当たりが強くなることは想像に難くない。」
セリーシャが不安そうな顔をした。傍で寝息を立てている、自分より小さな子供たちの顔を見つめている。
「そこで私たちだ。孤児院にスキル持ちが3人もいるなんて、こんな幸運なことはないよ。」
孤児院の先生たちもまた、国から派遣されている人間が多い。無精髭のエバンズ先生なども、あんなナリだがそのうちの1人だ。
だから、孤児院の経営について大人たちに頼るのは難しい。所詮彼らも雇われているだけなのだ。
この問題は、ここに残る人間だけで解決しなければいけない。
「うん...そうか。なら、俺たちがこの子達を守ってやらないといけないよな。」
トニトは責任感が強い。こんな話をいきなり聞かされて、不安もあるだろうに先に他人のことを思える優しさを持っている。
というかこの歳でそんなこと言えるなんて偉い、偉すぎる。褒めちぎってやりたい。
私も頑張ろう。
「ーーそれじゃ、作戦の続きを説明するね。」




