15話
ハートとシルキーが我が『輝晶会』に入って、ほぼ一年がたった。この間の迷宮攻略ではアイスヒュドラを一部隊で相手取った他、狼電龍にも冷静に対処して見せたという。2人とも実に素晴らしい成長だ。
初めは、ハートには事務作業専門としてギルドを支えてもらおうかと思っていた。下手に迷宮を攻略させて、何かの弾みに封印されし大魔王復活!なんてなったら目も当てられないからだ。
だが本人がシルキーと一緒に冒険者になることを強く望んでいたことと、そのステータスが人間とほとんど変わりなかったことから、ひとまず他の子と同じ対応を取る方向で落ち着いた。
一応いざというときのために、こっそり監視はつけてある。
ハートの出自…いつどこで、どう表れたかについて、様々な文献と鑑定スキルを合わせて調査を行った。その結果、大方の目星はついている。
・・・
結局、私は元孤児院のメンバーである数人のギルド幹部にだけ、彼の秘密を打ち明けることにした。
とある晩。ギルドの会議室には、狭い円卓を囲むようにして、セリーシャ含む幹部たち全員の姿があった。
「ハートが大魔王の心臓...?大魔王って、何百年も前のおとぎ話だよね?あんな小さい子が?」
セリーシャは絶賛大混乱中だ。ひとまず、ハートの正体と、調べてたどり着いたその出自について話すこととする。
「ーー今から約13年前、隣国アパルチアとリースの国境沿いにある迷宮で事件が起きたんだ。迷宮の名は『霧の大墳墓』」
「ああ、完全攻略されて、今はもう無い迷宮だよね。」
エルクーツクがそう相槌を打つ。
「そう。『霧の大墳墓』は昔から攻略が進められていたんだけど、その最深部に迷宮の核であるコアが発見されたんだ。知っての通り、通常迷宮とは我々人類に富をもたらすものだから、コアが発見されても直ちに取り壊されることはない。」
皆が頷く。すでにコアが発見されている迷宮は多い。だが、迷宮で生まれる魔獣や鉱石はそこでしか取れない貴重なものが多いため、迷宮とは人類にとって貴重な資源の一つなのだ。
「でも、多くの冒険者の魔力を吸い取り肥大を続けていたそのコアは、数年以内には暴走し、魔力災害を起こすような状態だった。…そして協議の結果、コアは破壊されるに至った。」
まあ、その結果迷宮によって瘴気に覆われていた土地が作物に最適な肥沃な大地だったということが発覚し、リースと隣国間での新たな衝突の火種となるのだが…
「ああ、そっか。ハートは今13歳。そして、ダンジョンコアが取り壊されたのが13年前。いやでも、そんなことが…」
勘のいいセリーシャは、混乱しながらも今の話だけで私が出した結論にたどり着いたようだった。
ダンジョンコアとはもともと膨大な魔力を含む物質が変化して出来上がるものである。
かつて「不死」のスキルを持ち、最後にはバラバラにされ各所に封印されたという大魔王の、その心臓。
ーー私は、それこそが霧の大墳墓のダンジョンコアだったという仮説を建てた。
ハートには幼い頃の記憶がない。住んでいたのはリースとアパルチアの国境沿いにある辺鄙な街だ。『霧の大墳墓』が近いその街では、魔王を恐れる人々も多く、青髪の人間への差別も根強かったという。
「そう。おそらくだが、破壊されたダンジョンコアの切れ端…それこそが、ハートの正体。」
驚くもの、頷くもの。幹部のみんなの反応はそれぞれだった。皆の表情を伺いながら、私は言葉を続ける。
「...でも、コアが破壊された後のハート自身にそれほどの力は残っていない。魔王が持っていたという「不死」のスキルも確認できなかった。つまり、ほとんど通常の人間と同じ状態というわけだ。」
伝承の魔王は、何年たってもずっと変わらず少年の姿のままだったそうだ。それと違い、ハートの肉体は年々成長を続けているが、それ自体に驚異的なスペックは備わっていない。ケガもするし、病気にもかかる。
(大魔王も、本当は普通の人間としていきたかったのだろうか。)
最後には世界の破壊をも目論んだという大魔王は、元は優しい人物だったそうだ。ただスキルによって与えられた永久の命と数多の別れが彼の精神をむしばみ、邪悪なものに変えてしまった。
(ハートの身柄は、誰にも明かされることなく、私の元にたどり着いた。そして、ハート自身に過去の記憶はない。)
そこに私は転生者として、奇妙な縁を感じていた。
(あの子の生まれ変わった二度目の人生を、せめて幸せなものにしてあげたい。)
それがいま私にできることのすべてだ。
「以上が、ハートについて調べた事の顛末だ。…そして我が輝晶会としてはーーハートにはこのまますくすく育ってもらい、楽しい人生を送ってもらおうと思っている。誰か、異論のある者は?」
一瞬、皆呆気に取られた顔をしていた。
が、私の言葉を理解すると、すぐにニヤリと笑い返してくれた。みな、悪巧みをしているような表情だ。
「こちとら元・リースのお姫様を匿ってるんだから、今更大魔王の一人くらいなによって感じだよー。」
いつものおっとりとした口調で、レオナがそう言った。
「そっか、皆ありがとう。じゃあ、この件はこれで決定!」
いつのまにか、みんな逞しくなったものだ。セリーシャの出自を打ち明け、ギルド設立のために全力で貢献してくれたのが、ここにいるギルド幹部たちだ。
魔獣飼いのレオナを筆頭に、薬剤師のグレイル、罠師のカロンなど、今では皆、このギルドに欠かせない存在となった。
「...それじゃ、次の議題なんだけど。昨今のウチのギルドの貢献を見て、遂に国が動き出した。」
途端、部屋にいた全員の表情が変わり、部屋の中を緊張が包んだ。
「今度の魔獣掃討戦、やっとこさお声が掛かってね。もちろん、ウチとしては参戦を表明するつもり。」
「…今度の掃討戦って、現王家も出陣するやつだよな。それじゃ、やっとこさご対面ってワケか。」
そう言ったのはカロンだった。長い紫色の髪を指先で弄っている。一見どうでもよさそうにしているが、その瞳は普段よりやや大きく開いており、視線は部屋の一点、セリーシャの方を見つめていた。
「…マーゼナル・アリスター。」
そう、セリーシャが呟く。
マーゼナル・アリスター。3年前、前王の崩御とともに開かれた王選によって選ばれた、この国の、現国王だ。
(そしてーー自分が王となるために、セリーシャの両親(エーテリス家)と、トニトの命を奪った可能性がある人物。)
私たちはギルドとしての成長を続けるとともに、マーゼナル・アリスターへの接触を目標としていた。「鑑定」スキルに記された、"裏切り"の真相に辿り着くためだ。
そこで目を付けたのが魔獣掃討戦。
掃討戦とは、国内の各所に出現した強力な魔獣たちを、王侯貴族直々に討伐する重要な戦だ。
国家としての権威を示し、一般庶民が貴族への忠義を高めるためのパフォーマンス的な側面を兼ね備えるこの戦には、王家、諸侯、そして国内でも有力なギルドの三つの勢力が一堂に会する唯一の場となる。
当然、仮に接触したとして、過去の悪事を赤裸々に話すとは思えない。私たちが真相に辿り着こうとすれば、向こうは妨害を行うだろう。最悪、国に認可されて成り立っているギルドの運営も怪しいものとなる。
そのために私たちはこの7年間、自分達を徹底的に鍛え上げた。力や権力に、簡単に屈しないで済むように。
「7年だ。ここまで来るのに、7年の月日が掛かった。」
今の輝晶会の総力があれば、国軍が束になっても一筋縄では行かないだろう。また市場への関わりも深く、国内外問わず懇意にしている商人の数も多い。かつてのフォルノ孤児院のように、消そうと思って軽く消せる存在ではないのだ。
私はおもむろに、会議室の円卓の前に掌を突き出した。
するといつものこと、とでも言うように、その上に孤児院の皆の掌が重ねられていく。最後に掌を重ねたセリーシャが口を開いた。
「皆ーーありがとう。私は、私がどう生まれ落ちたのか知りたい。お父さんとお母さんがどんな思いだったのか、その全てを。」
セリーシャの声が部屋に響く。
「私は知りたいんだ。もしそれが今の王様の思惑なんだとしたら、その思惑まで全部。戦ったり、殺し合ったりするんじゃなくて、お話がしたい。」
王侯貴族が持つという特有のスキル『覇響』が、セリーシャの言葉一つ一つにその想いを乗せ、私たちへ届ける。胸の奥にビリビリとした刺激を感じる。
「皆には…たっくさん、迷惑をかけちゃうことになるけど…」
ふと、不安そうにセリーシャがそう付け足す。
「今更だぜ」
すかさず挟まれたカロンの軽口に、くすくすと笑いが起きる。
「それと、何遍だって言うが、それはお前だけの思いじゃない。」
カロンが、軽い口ぶりのままそう続ける。
セリーシャは自分ごととして申し訳なさそうに謝るが、彼女の思いは昔から既に、皆の総意でもあった。
潰されかけの孤児院で干からびていた、幼い孤児たちが、それでもなお生に執着する理由。
『家族同然に過ごしていた仲間が、どうして殺されなくてはならなかったのか』
それは、自分たちの存在意義への問いかけにも繋がる。
孤児として、生きることそれ自体が罪だとでも言うのだろうか?
みんなの中に生まれた熱い想いが、数々の苦悩を乗り越える原動力となっていた。
カロンは魔術について学び始めると、いち早く罠魔術の有用性に気づき、鍛錬を重ねた。誰が来ても、皆が安全に暮らせるように。
グレイルは何もできなかった己の無力を悔やみ、他ギルドに押しかけ回復魔術師に指示を仰いだ。何度も突き返されながら、その心の炎が尽きることはなかった。
ここにいる誰しもが、それぞれの想いを秘めていまに至る。
そのまま私が、セリーシャの言葉を引き継ぐ。
「アセリス家とセリーシャの両親について、真相を解明するため…その全てを知るために、我々輝晶会は、掃討戦への参加を表明する。それが例え、この国に楯突く事になったとしても。ーー皆、ついてきてくれる?」
私の合図に続いて、おう、と全員の気合の入った掛け声が、狭い会議室に響いた。




