14話
そして、それから2週間後。
「無理無理無理!!無理だって!逃げようシルキー!こんなとこで生きていけないよ!」
元孤児院であるギルドの中庭で、僕は全力で弱音を吐いていた。
「オメーよー、最初はあんなに楽しそうにしてた癖によ…」
そう言い返すシルキーにも、いつもの威勢はない。走り込みのトレーニングが終わった直後で、見れば、今にも吐きそうだという顔をしていた。
「どうして、こんなことに…」
ぜーはーと息を切らしながら、僕は思わず空を仰いだ。
・・・
ギルドに入って一晩明けた次の日。
朝起きて、寝ぼけ眼で食堂に向かうとどうやらギルドメンバーはもうとっくに起床していたようで、皆それぞれでくつろいでいた。
僕が起きてきたことに気づいたのはミリアさんだった。こちらに近づいてくると、いつものニコニコ顔のままこちらに声をかけてくれた。
「おはよう!昨日はいろいろ大変だったよね、早起きできてえらいぞ~!」
そういうとミリアさんは頭をクシャクシャと撫でてくれた。そのうちシルキーが起きてきて、ミリアさんがシルキーにも同じく挨拶をした。頭を撫でられたシルキーは鬱陶しそうにしながらも、うっすら口角が緩んでいた。なんだか平和だなと思った。そこまでは良かった。
なんとなくおかしいなと感じ始めたのは朝9時ころだ。朝食を終えた後、ミリアさんが僕たちをギルドの冒険者にするため、講習を受けてもらいたいと告げられた。もちろん僕らも乗り気だった。
最初は冒険者としての基礎知識を教えられた。探索の際の心構えや気を付けること、どう自分の身を守るか。
次に日々の訓練についての説明が始まると、ミリアさんの様子が少しおかしくなった。
「…で、結論なんだけど、結局最初は体力を上げまくるのが一番効率がいいんだよね。」
先ほどまでより明らかに喋りの熱量が高いのだ。内容も、それに伴い高度なものへと変わっていく。結局ミリアさんの語る効率的訓練方法の概要説明が終わったのは昼の12時過ぎであった。
午後からのトレーニングに向け一度休憩となり、僕とシルキーは午前の講習について食堂にいた先輩方と喋った。
「あー、ミリアはね、効率とか、人の能力伸ばすみたいなことが、すごく好きなんだ。学者脳っていうのかな。まあ私たちに悪いことはないから、あんまり気にしないであげて。」
そう教えてくれたのは輝晶会の古株であるレオナさんだった。彼女は魔獣を使役し戦う魔獣飼い(テイカー)と呼ばれる希少な人材だ。
緑色の長髪に黒い髪飾り、どこか落ち着いた雰囲気を漂わせる彼女はその見た目とは裏腹に、輝晶会でも有数の実力者だそうだ。
先輩方とのお喋りも束の間、午後からミリアさん監修のトレーニングが始まった。
これがなんともまぁ、一言で表せば地獄だった。
ミリアさんは人の体の状態を読み取ることができるスキルを持っているらしい。
前は黒い眼鏡でわからなかったが、ミリアさんの瞳が金色に光るのがスキル発動の合図のようだった。
そしてそのスキルを活かし、各々にあったトレーニングを行うことで効率的に成長ができるらしいのだが、
「も、もう無理...限界...」
「ハート、ランニング後一周!大丈夫大丈夫、まだ死なないから!」
ミリアさんのスキルは体の疲労度もチェックできる。
少しでもトレーニングの手を抜こうものなら一瞬でバレるし、サボって休憩することなどできない。
その結果、毎日体を全力で酷使し、倒れる一歩手前まで魔力と体力を使い切らないと終わらないという地獄すぎるトレーニングが始まったのだった。
何より悔しいのは、トレーニングの調整が完璧なことだ。全てのトレーニングは自分で限界だと感じる一、二歩先にゴールを設定されており、いやでも自分の成長を感じさせる仕組みになっていた。
食事も徹底されていて、薬剤師のギルドメンバーと開発したらしい栄養食が配給される。
トレーニングは3日に一回休みが設定されているが、毎日変わらない地獄に流石に耐えかね、今に至るというわけだ。
・・・
弱音を吐く僕を見つめて、シルキーがため息を吐く。
「はぁ…オメーよー、完璧に掌の上だぜ、ったく。」
そういうと、シルキーは頭をポリポリと搔きながら、僕に一枚の紙を差し出した。
「今朝、団長サンに手渡されたんだ。そろそろだと思うから、だってよ。」
手渡された紙をみつめる。そこにはミリアさんからのメッセージとともに、箇条書きで数字が並べられていた。
『 ハートへ
2週間お疲れ様!よくがんばったね。2週間前と比較したステータスを記録しておいたので、伝えます。
名:ハート 歳:12
体力:2→5
筋力:3→4
魔力:2→2
敏捷:2→3
元々栄養失調気味だったことを加味しても、たった二週間でここまでステータスが上昇するなんてなかなかないよ!特に体力の伸び幅が凄い!これからも大変だろうけど、一緒にトレーニング頑張ろうね!』
思わず、天を仰いだ。ちょうど自分が本当に成長しているのか疑問に感じていたところだったのだ。
(…実になってるんだ。あの地獄みたいなトレーニングが、ちゃんと。)
自分の努力が形になっていることを実感し、気分が高揚するのを感じる。
「体調だのステータスが読めるってのはわかったけどよー…心まで読めてんじゃねーのか、これ」
分かりやすくテンションが上がってしまった僕に気づいたのだろうか、シルキーが呆れたようにそう呟いたのが聞こえた。
すべてが仕組まれているかのように、その後もミリアさんのモチベ維持と地獄の鍛錬は続いた。そうして一年経つ頃には、僕もシルキーもいっぱしの冒険者と呼べるほどに成長を遂げたのだった。
・・・
「僕とシルキーを、ここで働かせてください」
そう言ったのはまだ幼い、青い髪の少年だった。緊張しているのか、その声は震えていたが、確かに強い意志を感じる声色だった。
そっと、「鑑定」を発動させる。特注の鉱石で作った黒い眼鏡は目元から放たれる魔力光を吸収し、発動の痕跡はほとんど残らない。
(二人とも、ひどいステータスだ。栄養状態も悪い。で、これは…?)
隣国から荷馬車に忍び込みやってきたという彼らは、青色と銀色というリースでは珍しい髪色をしていた。そして少年の方のステータス欄には、彼の髪色について鑑定スキルから補足が付け足されていた。
(『大陸西部で突然変異的に現れる青い髪色。隣国アパルチアでは伝承にある大魔王と同じ髪色であり、差別の対象となる。』ね…)
なんとも頭を抱えたくなるような補足説明である。この少年が今まで受けてきた不条理を想像するだけで、ミリアの胸は痛んだ。
ーーが、重要なのはそこではない。
(なるほど。ーー今回ばかりは、その伝承が正しかったってわけか。)
ハートのステータス欄。そこにはその貧相なステータスには似つかわしくない、仰々しい情報が記載されていた。
名:大魔王の心臓の欠片 歳:12
(さ、さーて…どうしたもんかなぁ、これ。)
正直、今も平静を装うので精一杯だ。ギルドマスターとして、一商売人としてこれまで数多の交渉や修羅場を潜り抜けたミリアをしても、その内心を表に出さないよう努めるのにやっとであった。
(滅んだ貴族の生き残りの次は古の大魔王の欠片かあ。あはは、なんだか楽しくなってきたぞ。)
と、虚勢を張ってみる。誰にも言えない秘密をまた一つ増やしたミリアは、今後この子たちをどう匿っていくかについて思考を巡らせ始めるのだった。




