13話
人に近づくのはいけないことだと、小さい頃に世間から教わった。
周りの人たちは僕の青い髪色を見ると視線を逸らすか、石を投げつけるかの二択だった。世界の全部がそうだから、それが普通だと思っていた。
シルキーに、出会うまでは。
「...君は、逃げないの?」
「舐めてんのか、オメー。」
その少女は汚い身なりの僕のことを蔑むでも見下すでもなく、ただ横にどかっと腰を下ろした。
「お前、家族は?」
「いないよ、気づいたらひとりぼっちだった。」
「ウチもだ。」
嘘だと思った。
少女は少なくともスラムの子供とは思えない身なりをしていたし、その雰囲気からは貧しいもの特有の、この世を呪うような陰が感じられなかったからだ。
「お前さ、自分が特別だって思ってるだろ。」
僕は黙って首を振った。そんなわけがないと思った。
「思ってんだよ、しょぼくれたツラしやがって。」
そういうと、少女はバッと上着を上げた。
いきなり何を、と驚く前に、その小さな体に無数の赤いアザを見た。黒くなっているものや、切られたような跡もある。いくつかはまだ新しく、生々しい。
「ちょうどこの間家出してやったんだ。…親がいねーならラッキーだったな、お前」
まるで笑えない軽口を叩いた後、なんでもないことのように少女はニカッと笑った。
「なぁ、私たちリースに行かないか?」
唐突な誘いに驚く。リース。聞いたことがある。この国から東に行くとある隣国の名前だ。
「なんでも向こうじゃ今成長してるギルドがあって、私たちみたいなガキでも拾ってくれるらしいんだ。...お前、その髪色で、この国じゃ一生そのままだぜ。」
少女が、僕の髪を指差しながらそう言った。
なぜだか分からないが、どうしても今行くべきだと感じた。リースに行くというより、目の前の少女についていくことが大切なんだと。
「...リースに行ったら、僕にも、友達出来るかな。」
「あー、んなことかよ。楽勝だ、そんなの。」
「...僕はハート...君は?」
「シルキーだ。よろしくなハート。」
シルキーはそう言うと、笑いながらこちらに手を差し伸べた。
人に笑顔を向けられながら喋るのは初めてだった。
嫌なことなど一つもないかのように屈託ない笑顔を浮かべる彼女を見て、あぁ、眩しいなと思った。
・・・
「歓迎するよ、ハート、シルキー。今日からここが、君たちの家になる。」
黒髪の、僕らとそう歳に差が無さそうな少女にそう言われ、僕たちはあっさりとリース国のギルド輝晶会に入った。
入団審査といわれた時は緊張したが、その黒い丸眼鏡越しに数秒こちらを見つめられただけだった。
黒に水色が混じった髪のその少女はそうか、と呟くと、僕たちの頭をポンと叩き、「大変だったね、お疲れ様」と声をかけてくれた。
戸籍も身寄りもない僕らでも簡単に受け入れてくれる場所。そんな都合の良すぎる場所の存在を疑い、初めはいつ売り飛ばされるかとビクビクしていたのを覚えている。
そうして簡単に入れてしまったが、そのギルドの活躍は目覚ましいものだった。もともと王都にあった孤児院の子供たちが中心となり作られたらしい『輝晶会』は、ここ数年で急成長を遂げており、高難度の迷宮探索や魔獣の討伐を次々とこなし注目を集めていた。
主要メンバーの年齢の若さもさることながら、何より注目を集めているのはその独自の魔道具技術だ。
彼女らは自分たちで魔法陣の研究を進めており、既存の魔道具の改良、また新たな魔道具の発明により迷宮探索は効率化されていた。それらの構造は複雑で、使いこなすことこそ難しいものの、その効力は絶大だった。
特に発展しているのは安全装置などの魔道具類で、呪いの自動検知システムや転移魔法を駆使した脱出装置など、その複雑怪奇な魔法陣の構造にはもはや執念のようなものを感じた。
現在それらは市井にも広く普及し、近年のリースの冒険者の死亡率を大幅に低下させているという。
主要メンバーたちは皆まだ10代であるが、ギルドマスターである少女ーーミリアさんを中心に冒険者としては一流の域に到達しているものばかりだった。
魔道具開発の若き天才に長剣を自在に操る魔法剣士、魔獣飼い(テイカー)に薬剤師、仕掛け罠のプロなど様々な道のプロフェッショナル達が集まっており、とても元孤児院の子供たちとは思えないほど皆光り輝いていた。
僕とシルキーはそんなギルドに温かく迎えられ、新たに冒険者の一員として下積みを始めることになった。
最初の晩、僕は生まれて初めて温かいお風呂に入り、おいしい食事を食べ、きれいなベッドで眠りについた。ギルドの人たちは普通そうな顔をしていたけど、僕にとってはどれも新鮮な体験で、一つ一つに驚き、興奮してしまった。
そんな僕を見てギルドの人たちは馬鹿にするでもなく、ただ懐かしそうにこちらを見つめて、それからたくさんお喋りをしてくれた。
途中からはシルキーも加わって、僕らは自分たちが出てきた国の話や髪色で受けた差別の話をし、逆にリースの暮らしについてもたくさん話を聞いた。
最近王様が変わったこの国では近年孤児や浮浪者に対しての風当たりが一層厳しくなり、輝晶会はそういった恵まれない人々に働き口を与えたり、教育を施してその規模を広げてきたらしい。
4,5歳しか僕たちと変わらないのに、皆なんて立派なんだと思った。ミリアさんは設立当時まだ16歳だったが、それらの活動を中心にギルドを作り上げてきたすごい人だそうだ。
入団審査の時、ミリアさんはずっとニコニコと笑みを浮かべて楽しそうにしていた。きっとこちらが緊張しないようにしてくれていたんだろう。でも、その笑みがどこか寂しそうで、遠くを見つめているように感じる眼差しが、なんだかとても気になってしまった。
いつか、このギルドの役に立てるようになったら。こんなに良くしてくれた人たちに、恩返しができるような人間になりたいと思った。そしていつかは、ミリアさんが抱えているであろう悩みや苦しみも、僕が支えてあげられるようになりたいと思った。
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