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南条翔は其の狐の如く  作者: つゆのあめ/梅野歩
【参章】其の狐の如く
58/166

<十三>静の夜に惜別を(参)


 

 ◆◆◆

 

 

 静かに夜が更けていく新月の下。

 日輪の社、憩殿(いこいどの)一間(ひとま)に運ばれた翔は呼吸も苦しく、気も失えない壮絶な腹の痛みに悶えていたが、ふと口に広がる、冷めた味噌汁によって地獄から解放されることになる。異界に戻って半刻が過ぎた頃のことだった。


「あれ」


 布団に寝かされていた翔はぱちくりと瞬きをする。

 ゆっくりと上体を起こして、優しく腹をさすった。


「さっきよりも痛くねえ。呼吸も楽になった」


 ついでに口の中がおいしい。味噌汁の味がする。少し苦味はあるけど。なんだか腹が減ってきた。味噌汁といっしょに白飯が食いたくなってきたな……いや違う。そうじゃない。なんで味噌汁の味がするのだ?

 目を白黒させていると、「効いてきたようですな」と声を掛けられた。


 視線を右に流すとお椀を持つ、ヒトのかたちをした四ツ目の化け物が一匹。

 身なりからして性別は男だろうか。

 味噌汁が入ったお椀と匙を持っている妖は、きょろっと四ツ目をこちらに向けて翔の容態を尋ねてきた。その手は聴診器のつくりをしていた。


「えっと、あんたは……?」

「お初にお目にかかります、三尾の妖狐、白狐の南条翔さま。私の妖名は聴診器の付喪神(つくもがみ)一聴(いっちょう)と申しまする。聴診器から生まれた、しがない医者の妖ですよ」

 

「医者?」


「はい。南北の地にいる妖らの健康を守る一方、神職に仕える五方医(ごほうい)を賜っております。僭越ながら神職の健康を管理させていただいておりまする」


 小難しいことを言っているが所謂、一聴は神職のお抱え医のようだ。

 当たり前のように翔に様付けの敬称をつけるのは、お抱え医としての立場がそうさせているのだろう。依り代にしか過ぎない小僧狐にも丁寧な口調で話し掛けてくれた。

 いや、それよりも気になることがある。


「えーっと、その味噌汁は何?」

「薬を混ぜたものにございます」

「味噌汁に薬ぃ?」

「ずいぶん薄めましたゆえ物足りぬ味でしょうが、しかと味噌の味はしたでしょう?」

「……いや、聞きたいのはそこじゃなくて」


「味噌汁と薬を合わせた理由でございますか? 簡単なこと、舌に馴染む味ほど嚥下しやすいもの。一聴めはこの手法で、多くの手負いに薬を飲ませることに成功しておりまする」


 それこそ重い傷を負った手負いにだって、容易に呑ませたと一聴。


「翔さまはすでに三口分、薬を混ぜた味噌汁を嚥下しているのですよ」

「え、全然気づかなかった」

「ふふっ。一聴が名医である証拠ですな。腹痛は落ち着きましたかな?」


 おどけてくる四ツ目の付喪神は翔を助けてくれたようだ。

 翔は大きく頷くと「すごく楽になった」と笑顔を作って一聴に何度もありがとうを伝えた。本当に涙が出るほど、いっそ狂ってしまいたいほど、つらく苦しい腹痛だったのだ。

 痛みからの解放に喜んでいると一聴が翔をふたたび布団に寝かせ、「失礼しますね」と言って聴診器で出来た手を腹部に添える。


「薬が効いたとはいえ、体内の音は非常に不安定ですな。今宵は安静にしてくだされ。翔さまは重い(りき)ぶくれは起こしているのですから」


(りき)ぶくれ?」

 

「端的に言えば、成長する肉体と妖力のずれによる不調。持ち前の妖力に対して体が拒絶反応を起こす症状にございまする。主に半妖に見受けられる症状で、翔さまの腹痛は(りき)ぶくれによるものでした」


 いまの翔は妖の器期であり未熟な妖狐の卵。一人前の妖狐に成熟するため、持ち前の妖力を受け止めようと日々体が変化と成長を繰り返している。

 元々ヒトの子だった翔にとって、それはとても大事なことだ。

 生まれながら体に妖力が宿っていたわけではないので、ある日突然、妖力を身に宿したところで五感が鋭くなったり、意図しないところで狐になったり、本能だけで動く化け物になったり等など様々な問題が生じてしまう。

 そうならないために体が変化と成長をしている時期だと一聴は語った。


「翔さまはヒトの血を宿しておりますゆえ、妖狐に成熟するため、まず体がヒトの血を消そうと変化と成長を繰り返します。そうして器となる体が出来上がるにつれて、持ち前の妖狐も少しずつ大きくなるのですが……現状、翔さまは妖力だけが強大になっているのです。妖力の成長と言うべきでしょうか」


「それって悪いことなの?」

「では年端もいかぬ五十路(いそじ)の幼子をご想像ください」

「へ? 年端もいかない五十歳の子どもぉ?」


 なんだそれは。謎かけか?


「おや人間の年齢だと年端ではないのですか。九十九(つくも)の月日を経て物から生まれた私めには、五十路なんぞ年端もいかぬ幼子なのですが……」


 いくつなのだろうか。この医者。

 翔は一聴の年齢が大変気になった。

 

「では五つくらいの幼子をご想像ください。幼子は翔さまと同じ食事の量を食べられましょうか?」

「え、あ、五歳? ……五歳だろ? それは無理じゃね?」

「理由をお伺いしても?」

 

「だって体が小さいし、胃袋も小さいわけだし、俺と同じ食事の量を食べたら吐くんじゃ……あ、もしかして(りき)ぶくれもそうなのか?」


 体が出来上がっていないのに大量に妖力を受け止めようとした。そのせいで死ぬほどつらい腹痛が起きた。つまり消化不良に近いような症状に襲われていたのでは?

 翔が己の考えを意見すると「ご明察のとおり」と一聴は頷く。


「翔さまは持ち前の妖力が受け止めきれず、体が悲鳴を上げていたのです。特に今宵の翔さまは静の夜を迎えられております。人間の身では到底、妖力が受け止めきれず、かといって人間の身では妖力を放出することもできず苦しみ悶えていた。これが腹痛の真相です」


 もう少しで体中に変異が起こり、妖にもなれぬまま、いびつな人間として終わりを迎えていた。黄泉の道を歩いていただろう。

 一聴は恐ろしいことを口にする。

 それはつまりなんだ。翔は妖狐になれないまま、受け止めきれない妖力に蝕まれて変異人間となり、そのまま人生の終わりを迎えていた、ということだろうか。


(いびつな人間ってなんだよ……ゾンビにでもなっちまってたのかな?)


 想像するだけでも恐ろしい。


「翔さま。腹痛以外にも、何か体に異変はございましたか?」


 聴診器の手を翔の腹部に添えたまま、一聴が問診を始める。

 翔は正直に答えた。


「妖祓の下で幽閉されている間、何回か腹が熱くなることがあった。汗が止まらなくなるくらい熱くなってさ。その時はいつも妖力が上手く制御できなくなって……理性が食われそうな感覚もあったかな」


「その際の対処法は?」

「妖祓が薬を呑ませてくれた」

「なるほど。それは比良利さまが伝手で渡した丸薬かと存じまする」

「すぐ落ち着いたよ」

「妖側の用意した薬ゆえ効いたのでしょう。熱帯びた時、腹痛はありましたかな?」

「腹痛はなかったなぁ」

「半妖の身は些少ながら妖力を受け止められるため、痛みは生じなかったのでしょう。他には?」

「他はべつに何もなかったかな。狐のかたちからヒトのかたちに変化できなくて困ったことはあったけど、それも薬を呑んだら解決したし。あ」

「何かございましたか?」

「三回目の薬を呑んだ後、腹が熱くなって妖力が制御できないことがあった。お昼に薬を呑んだんだけど、その日の夜に症状が出て大変だった」


 結局、妖祓に懇願して法術を使ってもらい、気絶させてもらった。

 気を失った先でまさか封印されるような事態になると思っていなかったが、あの時は本当に困ってしまった。どうして薬を吞んだのに腹が熱くなってしまったのか、妖力が制御できなくなってしまったのか、翔はもちろん妖祓も焦っていた様子だった。


 一聴は相づちを打つと、翔に大きく呼吸をするように指示した。

 言われた通りに大きく息を吸い、息を止めて、ゆっくり息を吐いたところで医者は口を開く。


「私の憶測になりますが、おおよそ丸薬の効力よりも翔さまの妖力が上回り、薬の効力が無効化されたように思えまする」

「俺が依り代だから?」


「確かに翔さまは依り代であり、南北の地で二番目に強い妖力を身に宿していますが、それは宝珠の御魂があってこそ。強大な妖力の大半は宝珠の御魂が器となっているはずです。あくまで(りき)ぶくれはご自身の妖力から起きているものにございます」


「俺自身の妖力ってどんくらい?」

 

「平均より少し高いくらいでしょうか。妖狐となった経緯が少々特殊ゆえ、他者より妖力が多いように思えますが、指三本に入るほどの妖力ではございませぬ。妖狐に成熟してもそれは変わらないことでしょう」


「だったら薬が効いてくれそうだけど」


「翔さまがご自身の妖力に宝珠の御魂のチカラを引き出して、表に出していたのであれば話は別です。二つの力が合わされば、薬も効力が通らなくなるかと」


「ええっ? そんなこと言われても俺、やり方なんて分からないぜ?」


「翔さまはいま、宝珠の御魂に生かされているとお聞きしているので、そこも要因になるやもしれませんね」

「うーん。宝珠の御魂のチカラを引き出せるなら、俺はすげえ妖術を使えていそうだしな。もっと早く妖祓や幽閉から逃げ出せていたと思うし」


 一聴の言うとおり、翔の心臓の代わりを果たしていることが、何かしらの要因になって翔の妖力と合わさり、表に出ていたのだろう。

 そのように考えた方が自然だ。

 ああでも。


「チカラを引き出せないけど、宝珠の御魂を感じたことはあったぜ」

「宝珠の御魂を感じる?」

「薬が効かなくて訳が分からなくなった時にさ、腹に鼓動は感じたんだ。強い鼓動だった。たぶんあれは宝珠の御魂だったんだと思う」


 妖力を制御できず、混乱する翔を救おうとしてくれたのだろうか。

 それとも偶然に宝珠の御魂が表に出たのか。


 どのような理由があるにせよ、翔は宝珠の御魂の鼓動を腹に感じた。今まで宝珠の御魂が宿っているだの、この身を生かしてくれているだの、口では何とでも説明されていたが、イマイチ実感が湧かなかったが……確かに宝珠の御魂は身に宿っている。確信を得た。


「翔さまは妖術を使えますかな?」


 一聴が布団を胸の上まで引き上げてくる。

 突然の質問に戸惑ったが、翔は「変化(へんげ)かな」と返事した。


「変化って言っても大したことはできないぜ? ヒトから狐になったり、狐からヒトになったり……何かに化けるってことは全然だよ。変化も失敗ばっかりしてたしな」


 もっと格好良い術を使ってみたい。

 翔は心中でぶつくさと文句垂れる。炎を操れたり、大風を呼んだり、雨を降らしたり、とにかくすごい術が使ってみたい! 何ぞと思ってしまうには、翔に厨二病の心が芽生えているせいだからだろうか。


「今も失敗されていますかな?」

「んー……たぶん今の俺だと失敗しそう。妖力を上手く使えないわけだし。だけど幽閉される直前は、変化の失敗がなかったんだぜ」


「ほう。まったく失敗されなかったと?」

「うん、失敗はなかった。春休み中、ずっと練習していたおかげだと思う」


 あれ? これが(りき)ぶくれの原因か? 練習のやり過ぎ?

 翔はハタっと気づき、唸り声をもらす。

 そんな翔に一聴が微笑み、軽く首を横に振った。


「今のところ何も申し上げることはできませぬ。(りき)ぶくれの原因については、これからゆっくりと探しましょう。また(りき)ぶくれにつきましては今後、比良利さまと一聴が担当しますゆえご安心くだされ」


「一聴さんはともかく比良利さんも担当すんの? 医者じゃないのに」


 思わず目を丸くする。

 体の不調ついては北の神主でもどうにもならないのでは?


「依り代の不調は同じ立場にいる者も診た方が良いのです。一聴は大半の妖を診ることができますが、宝珠の御魂に関する知識はあまりございませぬ。同じようにヒトの生体や病にあまり知識が無い。半妖となった人間を診ることはできますが、重点に置くのは妖の部分です。妖祓が翔さまをお救いできなかったのも妖の知識がなかったゆえ。(りき)ぶくれなんぞヒトにはない症状でしょう」


 何が言いたいかというと病や怪我は同じ立場、境遇、種族が診た方が良い。

 一聴は語気を強めると、翔にしかと告げた。


「翔さま。貴殿は半妖にございます。今宵人間であろうと、決して生粋な人間には戻れませぬ。やはり半妖である以上、どうか妖を頼ってくだされ。無知が原因で命を落とすこともありますゆえ」


 真剣に進言する一聴の言葉に重みがある。

 本当に翔は危ないところだったのだろう。

 医者として翔の体と命を重んじた発言をする一聴に、「助けてありがとう」と、もう一度感謝を伝える。

 

 そして、さっそく言葉を返した。


「一聴さん。俺は早く(りき)ぶくれが治したい。そして一日でも早く妖狐に成熟したい。だから俺に力を貸してほしい。無知な狐にたくさんのことを教えてほしい」


 翔はこの先、ここ異界で生きていくことになるのだから。

 そのように伝えると、満足げに笑みを浮かべる一聴が恭しく頭を下げてきた。


「そのために五方医(ごほうい)がおりまする。どうか一聴めにお申し付けくださいませ」


 付喪神の医者は十七の小僧に対しても敬意を払ってきた。お役を担う者として相手が半妖狐でも相応の振る舞いをしてきた。翔はその姿が非常に印象的であった。

 これに対する上手い返しは思いつかないが、翔なりに笑顔を向けることで気持ちを返した。

 

「さて、と」


 一聴がゆるりと立ち上がり、そっと障子に手をかける。


「そろそろ、私の独り占めも仕舞いにしましょう――オツネさま、お待たせいたしました」


 半開きとなった障子の向こうに、右往左往する銀狐が一匹。

 一聴の姿を見るや否やぴんと耳と尾っぽを立てるギンコに、「峠は越えましたよ」と言って一聴がギンコに中へ入るよう招き入れる。

 本当に入っても良いのか、ギンコは辺りをきょろきょろしていたが、布団に寝ている翔と目が合った瞬間、なりふり構わず部屋へ飛び込んできた。


「わっ! ギンコ。くすぐってえよ」


 クンクーン。

 鳴きながら翔の顔をこすりつけ、大きく尾っぽを振るギンコが、何度も顔を舐めてくる。

 わしゃわしゃと頭を撫でてやると、ギンコは嬉しそうに甘嚙みして、その場でごろんと寝転んだ。と思ったら大はしゃぎしながら布団にもぐり込み、翔の懐に入って甘えてくる。

 体いっぱいで大喜びする銀狐に翔もついつい嬉しくなった。


「ギンコ、久しぶりだな。迎えに来てくれてありがとうな」


 うんうん、うんうん。

 翔を見上げるギンコが、当たり前だと言わんばかりに頷いたところで一聴が声を掛けた。


「オツネさま。別室で待機している神職狐さま達に、峠が越えたことをお伝えできますかな。また事前に伝えていたお食事の準備をお願いできればと。翔さまの体力を回復させるためには『食』が一番ですゆえ」


 翔を助けるために、ぜひお願いしたい。

 一聴が丁寧に頼むと、ギンコは素直に頷き、颯爽と布団から飛び出した。

 

「オツネさまは翔さまが大好きなのですね。貴殿が倒れている間、別室で待機せず、ずっと障子の向こうで治療が終わるのを待っていましたよ」


「俺もギンコが大好きだよ。心配かけたことを後で謝らなきゃ」

「その前に、その、なんと申し上げますか」

「ん?」


「許婚のツネキさまにもお声掛けしていただければと」


 苦笑いする一聴に、翔は恐る恐る障子の向こうを確認する。

 じーっと翔を忌々しく睨む金狐が一匹、障子の陰に隠れている。唸っている。瘴気にも負けないおどろおどろしい空気を醸し出して、翔に牙を剥き出している。

 それでも体当たりしてこないのは、ツネキなりの配慮なのだろう。たぶん。おそらく。きっと。


(嫉妬するくらいならギンコを大事にしてくれよ……ギンコと上手くいかないのは、お前の女癖の悪さも原因なんだぞ)

 

 ツネキの嫉妬に冷や汗を掻いていると、誰よりも早く猫又のおばばが顔を出す。

 

『坊や』

「おばば!」

『良かった。落ち着いたようだねえ』

「んっ、腹はもう痛くないぜ……あのさ、おばば」


 翔に静の夜の計画を教えてくれた猫又に言いたい。

 自分は人里ではなく異界を選んだ、自分の意思で選んだよ、と。

 けれども、おばばは翔に真摯な挨拶をするのだ。ここで生きる覚悟を決めただとか、人里を捨てただとか、そんな厳かな言葉よりも子どもの挨拶を聞きたいがために。


『おかえり、翔の坊や』


 お前さんの帰りをずっと待っていた。

 無事とまではいかないけれど、ちゃんと帰って来てくれた。

 それが嬉しい、と。

 少しだけ顔がくしゃりと歪みそうになったが、翔は振り切って笑顔を作る。


「ただいま、おばば」

 

 ずっと、ずっとずっと異界に帰りたかった。

 妖のみんなに会いたかった。

 まぎれもなく翔の本音であった。

 



 ところかわり。

 (りき)ぶくれの峠を越えて、和気あいあいと再会を噛み締める翔たちを確認した後、付喪神の一聴は隣に並んだ狐に視線を送ると、素早く狐の浄衣の(たもと)に書状を手渡す。

 相手が表情ひとつ変えず、書状を受け取ったところで一聴は進言した。


「私めの憶測も綴っておりますゆえ、鵜呑みせぬようにお願い申し上げまする」


 比良利はひとつ頷いた。

 何も言葉を発しないのは、周りに聞かれぬ配慮だろう。特に獣の化け物は耳が良い。慎重になっているのであれば、下手なことは言わない方が吉だ。

 ゆえに一聴も余計なことは言わず、目の前の事実だけを述べる。


「後ほど翔さまを診てくだされ。依り代の不調は同じ立場にいる貴殿も診た方が良い」

「承知した」

「翔さまの(りき)ぶくれは非常に重くなっていまする」

「ぼんの妖力が急成長しているのじゃな」

「はい」

「体は未熟な妖狐の器じゃろうに」

「さりとて、身に宿す宝珠の御魂の鼓動は感じたそうで」


 糸目を見開き、比良利がゆるりと見てくる。

 一聴は事実を述べ続ける。


「翔さまは一日でも早く妖狐に成熟したいそうです。それは翔さまご自身の気持ちからくる願いであり強い欲なのでしょう」

「あのぼんがそのようなことを」

「見栄でもうそでもない、真っ直ぐな眼光が瞳に宿っておりましたぞ」

「左様か」

「南北の地は大きく動きますな」


 やれ楽しみだと笑い、一聴は言葉を重ねた。

 

「肩書きがある以上、私めは五方医の名において一日でも早く(りき)ぶくれを完治させまする。頼ってほしいと言った手前、何もできず手をこまねく医者なんぞ格好悪いですからな」

 

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