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南条翔は其の狐の如く  作者: つゆのあめ/梅野歩
【参章】其の狐の如く
57/165

<十二>静の夜に惜別を(弐)


 

 翔は反射的に腰を下ろして身を屈める。

 頭を狙う化け物がいたようで、呪符だらけの赤黒い手が切り落とれた。

 悲鳴を吞み込んだところで翔を引きずり出そうとする三つ目のトカゲの舌が数珠によって千切られ、その身が呪符によって浄化される。


 急いで顔を上げると、注連縄の結界に朔夜が滑り込んできた。遅れて飛鳥も結界の中に入ってくる。

 二人に会えた嬉しさは、彼らの怪我を目にして萎んでしまった。


「朔夜、飛鳥っ。その怪我に火傷は……」

「おはようショウくん。起きていたんだね」

「だったら携帯に連絡してくれよ。走らせるなって」

「ばか、冗談言っている場合かよ。なんだよ、その怪我に火傷っ」


 右腕が焼け爛れている朔夜の火傷も酷ければ、飛鳥の左太ももから流れる出血も酷い。

 はたして火の妖術にやられたのか、鋭利ある爪を持つ獣にやられたのか、それとも牙のある化け物に噛まれたのか。

 この際、怪我や火傷の原因などどうでも良い。彼らは重傷だった。なのに、誰よりも早く翔の危機に駆けつけてきたのだ。

 動揺する翔をよそに、二人の視線は百鬼夜行に向けられていた。


「私の後ろにいて。結界から出ちゃだめだよ」

「飛鳥、でも」

「ショウくん。妖気を感じないね」

「いまの俺は人間だからな」

「そういえば、半妖にも人間になる周期があるっておばあちゃん言ってたっけ。ショウくんは人間になる周期に入ったんだね。元通りになって良かった」


「一晩でまた半妖に戻るよ」

「それでもショウくんは人間に戻れる日がある。それが嬉しいよ」


 真摯に気持ちを伝えられても、素直に受け止められない。

 だって翔はもう人間ではないのだ。そう人間ではなくなったのだ。


「おい朔夜っ!」


 肩で息をする朔夜がよろめいた。

 慌てて朔夜の体を支えるが、彼は飛鳥よりも重傷を負っているようだった。右腕の焼け爛れた痕が痛々しい。

 しかし朔夜はずれた眼鏡を押し上げると翔に苦言を呈した。


「ここで何をしていたか知らないけど、百鬼夜行を呼び寄せたのはショウの仕業だろう? まったくこんなに百鬼夜行を呼び寄せてどうするつもりだったんだい。あいつらに食われたら笑い話にもならないよ」


「朔夜あんま喋るなって」


「今まで妖の『あ』も知らない奴がさ。霊視もできなかった奴がさ。浮遊霊にもビビる奴がさ。下手に化け物と関わっちゃいけないんだ。ショウ、普通の生活を捨てるなよ」


 普通に学校に通えて、友人と遊べて、勉強ができて。それがどれだけ幸せなことか、きっと今まで普通の人間だった翔には分からないだろうと朔夜は苦笑いした。


「だけどね、分からなくても良いんだ」


 命を賭してまで化け物と関わっても良いことは無い。

 依り代だとか首魁だとか、妖に何やら吹き込まれているようだったが、翔はこれからも人間の振りをしてでも、いつもの日常に戻るべきだ。

 それが翔の幸せだと朔夜は知っているのだから。


「ショウ。おばさんやおじさんを悲しませるなよ。お前の両親は目覚めない息子を、すごく心配しているんだ。形代にお前の代わりをさせていたようだけど、ちゃんとご両親の下に戻れ」


 翔を幽閉してしまったのは妖祓なので、それについては謝罪せねばならない。

 それを差し引いても、やはり翔はいつもの日常に戻るべきだ。大丈夫、翔なら人間として生きられる。妖狐の本能が出るやもしれないが、それは周りが支えれば良い。

 依り代も首魁も捨ててしまえ、と朔夜は言った。

 翔の身の安全と未来を思って。


(こんなところで話すことじゃねえだろ)


 翔は力なく笑ってしまう。

 いまの自分たちの状況を見てみろ。妖と妖祓は宝珠の御魂をめぐって衝突しているわ。霊能者と百鬼夜行が乱入しているわ、自分たちは百鬼夜行に迫られているわ。

 まったくもって最悪の状況でしかないのに、この男は翔の身を心配する。情に訴えるような話を持ってくる。勘弁してほしい。


「ショウくん。朔夜くん。百鬼夜行が来るよ」


 飛鳥の一声で現実に返った翔は、片思いをしている彼女と、数珠を構える親友を交互に見やった。

 彼らはチカラのない人間を守るために法具を手に取っていた。


「朔夜くん。法術いけそう?」


「大丈夫と言いたいところだけど、調伏は二回が限度かもしれない。悲しいことに右手が死んでてね。ちっとも動かないし、上手く霊力が練れない。飛鳥は?」


「呪符の数が少ない。左足を怪我していなければ、取りに走れたんだけどね」


 妖祓の子どもらは、ただの幼馴染を守るために命を賭していた。

 そうやって今までずっと人間を守っていたのだろう。翔が遊んでいる間も、寝ている間も、約束をキャンセルさせて不貞腐れている間も――彼らがこれからも、そうして人間を守って生きていくのかどうか、それは翔にも分からない。


 ただこれだけは言える。


「ごめん飛鳥。お前の呪符をもらう」

「え? ちょっとショウくん」


 翔は飛鳥の手から呪符を二枚奪うと、それを燭台の先端に素早く貼り付けて真横で結界を断ち切ろうとする長首鼠(ながくびねずみ)を力のかぎり薙いだ。

 呪符を貼っておくことで少しでも化け物に痛みが与えられると思ったのだが、読みは当たったようだ。


 長首鼠(ながくびねずみ)を薙いだ後、翔は二人の前に立って結界を破ろうとする化け物に燭台を振り下ろして、百鬼夜行に声音を張る。


「聞け、南の地を手にしようと目論む化け物たち。宝珠の御魂が欲しけりゃ人間臭い半妖狐の俺を食らってみろ」


 けれど簡単に食われる気も、宝珠の御魂を渡す気もない。


 なぜなら翔は宝珠の御魂に選ばれた半妖狐。

 いずれ南の地を統べやもしれない狐。


 宝珠に選ばれた理由なんぞ分からない。知る由もない。天命を授けるなんぞ厳かなことを言われても訳が分からない。それでも選ばれた以上、翔は知らねばならない。本当に宝珠の御魂に選ばれた先の道を歩むべきなのか、その未来のことを。


 否、知りたいと翔自身が思った。親しい者たちが衝突し合う光景を見たくないと願った。負の連鎖を断ちたいと望んだ――だから選ぶ、翔の行くべき道を。


 たとえ宝珠の御魂に選ばれた先の道を進まぬ未来を選択しようとも、きっと翔の生きたい道はヒトの中にはない。


「朔夜、飛鳥。悪いな……俺はもう人間に戻れない」


 支えてもらっても、慰めをもらっても、喧嘩をしても。

 心は人間ままでいられると言われても翔はもう戻れない。人間を騙ることができない。心身化け狐に染まってしまっている。


「俺はヒトの価値感が分からなくなっている」


 明るい世界が死ぬほど眩しく、暗い世界が恋しくて堪らない。喧噪な世界で生きることが苦痛になっている。静寂で薄暗く、月夜のある世界で生きたいと願っている。


「俺は狐として生きたい気持ちが強い」


 スズメを見ると涎を垂らすこともあるし、狩りをしたい気持ちも出てくるし、巣穴を掘ってみたいという気持ちもある。

 ヒトだった頃に抱いていた気持ちが薄れている。


「俺はもうお前たちの知る幼馴染じゃいられなくなっちまった」


 変わってしまったのだ。

 消えてしまったのだ。

 死んでしまったのだ。


 いつも幼馴染といっしょにいたいと駄々を捏ねて、約束を破られるとすぐに拗ねて。子ども染みたように『何でも言える仲でいよう』『隠し事はなしだ』と言い張っていた人間の南条翔は。


 少なくとも、ここにいる半妖狐はあの頃の南条翔には戻れない。

 翔は怒りと絶句しているであろう幼馴染らを一瞥すると、彼らが動くその前に振り返って、片膝をつくと二人を抱擁した。


「俺のために走ってくれてありがとな」


 それは妖狐の南条翔でも伝えたい、素直な感謝の言葉だ。


「隠し事をしてごめん。言い出しっぺは俺なのに」


 身勝手なことばかりしている自覚はある。恨んでもらっても構わない。


「お前たちに言えなかったのは単純だった。化け狐になった俺を嫌ってほしくない。距離を置いてほしくない。今までの関係を壊したくない。それだけだったんだ」


 相手は妖祓だとか、自分は調伏対象だとか、信頼していなかっただとか、そんなまどろっこしい理由よりも先立つ気持ちは一つ。

 幼馴染の二人に妖狐の真実を告げて嫌われたくなかった。ただそれだけ。


「ふざけんなよショウ!」


 右腕に重度の火傷を負っている朔夜が、左手で胸倉を掴もうとする。

 翔はそれを強く払いのけた。


「なんでっ、ショウくん! どうして自分から化け物になろうとするの!」


 未だ左太ももから鮮血を流している飛鳥が縋ってくるも、「やっぱりおかしいかな?」と笑い、翔は強く体を押しのけて立ち上がる。


「朔夜や飛鳥の目から見た今の俺は、何もかもを諦めて化け物になろうとしているように見えてんだろうな。おかしいと言われてもしょうがないかもな」


 でも、そうではない。違うのだ。単純にもうむりなのだ。

 妖に成熟していく体、妖祓に正体がばれた後の幽閉生活の日々、ヒトと妖の価値観の違い、それらを経て気づいた。人間を騙り続けて生きていくことは、翔にはもう難しいのだと。


「自分にうそつけねえや」


 人間でも妖狐でも変わらないよ。南条翔は南条翔だ。体は変化していこうとも、心は人間の頃のままでいられるよ。朔夜や飛鳥の知る幼馴染のままだよ。

 そう励ましてくれたけれど。

 変わりゆく翔にとって、それがさみしくて、苦しくて、どうにも遣る瀬無い。


「俺はさ、化け物になろうとしているんじゃない」


 翔を引き戻そうとする幼馴染らの手を素早く振り払い、燭台の柄を握りなおして百鬼夜行と向き合う。


「人間を失った夜から俺は化け狐(・・・)だった。ずっと化け物だったんだ。最初から変わっちまってんだよ。今ならはっきり言える」


 もう妖狐の自分を否定も拒絶もしない、それがいまの南条翔なのだから。


「ここまで騒動を起こしちまった責任は取る。俺がこの騒動を終わらせる。百鬼夜行も、鬼門の祠も、瘴気もちゃんと終わらせるから」

 

 だから。


 

「朔夜、飛鳥。さよならだ。俺はお前たちのこと、すげえ好きだった。人間の南条翔にとって大好きな奴らだった」

 

 

 精一杯の満面の笑みを浮かべた後、翔は注連縄の結界を飛び出した。


「ばかっ、戻れショウ!」

「ショウくんに百鬼夜行の相手は無茶だよ!」


 幼馴染らの声が聞こえた。注連縄の結界を破ろうとしていた化け物らの群れが、一斉に翔を追って来るので呪符や数珠の法術で助けてくれる。

 それに感謝しつつも、翔は幼馴染を顧みることなく一直線上に走った。


 いまの翔はただの人間であり、ただの少年であり、ただの高校生。

 百鬼夜行を相手にできないことくらい分かっている。

 つよい夜目を持たず小屋内を走ることも、鉄製の燭台で化け物なんぞ一匹も倒せないことも分かっている。


 なおも翔は鉄製の燭台を持って翔け抜ける。

 重傷を負った幼馴染らにこれ以上、百鬼夜行や妖の相手をさせないために。騒動の始末は自分がつけるために。化け狐と化した幼馴染を守らなくて良いと態度で伝えるために。


(狙うはひとつ)


 翔は百鬼夜行にいる八つ口僧を見つけると、それに向かって走る。

 周囲の妖が大口を開けて食らおうとすると大きく飛躍し、伸びてくる赤黒い長手は燭台で叩き落とした。

 力負けを感じたところで踵を返して、己を食らおうとする妖らから逃げる。なおも翔の狙いは八つ口僧ただ一匹に絞っていた。


 突然、小屋に銀色の風が吹き込む。

 それは翔を食らおうとする百鬼夜行を遠ざけるためにつむじ風を起こした。

 銀色の風は巨体な狐であった。黄色の双眸を持つ銀狐は、ああ間違えるはずもない。ギンコだ。ヒト二人分は余裕で乗せられる体躯をしている。


 そしてギンコの背中に乗っているのは緑の黒髪を持つ巫女狐。


「翔殿っ! 急いでこちらへ」


 青葉が華奢な手を翔に伸ばしてくるが、八つ口僧が真っ青な提灯のともし火を強めて、『向コウ向コウ』と命じることで、百鬼夜行が双方の間に飛び込んで来る。

 これでは近づくこともできない。


「くそっ、やっぱあいつが指示出してやがる」


 おかげで確信を得ることができた。

 翔は宙を翔るギンコに向かって指笛を吹くと、向かって来る百鬼夜行に敢えて身を投げた。噛みつかれそうになる。毒液をかけられる。腕や足、頬の皮膚を切られる。息が切れる。うまく息が吸えない。腹痛が激しさを増す。


 それでも足を止めずに、怯まずに、翔は化け物の群れを突っ切り、壁にあいた穴から外へ飛び出した。


 翔の目に映ったのは岡止々支(おかととき)屋敷に、燃え盛る狐火に、妖祓らに、霊能者に、神職狐に――迷わず双子と称された狐に向かって大声で叫ぶ。


「比良利さんっ、俺は百鬼夜行を崩す! ここで天命を果たしたいっ!」


 それをどう受け止めたのか、想いを受け止めた赤き狐が二つ巴を開示して翔の下へ駆け出す。

 百鬼夜行から飛び出した翔は身を捻ると、化け物の群れにいる八つ口僧にふたたび狙いを定めて、それに向かって足を動かした。

 

 自ら食われに来たのかと八つ口僧は、顔と手足にある口端を持ち上げて嘲笑してくるが、翔は迷わず八つ口僧の真っ青提灯に向かって燭台を突き刺した。

 八つ口僧の前に妖鳥が現れたが、それは比良利の狐火によって瞬く間に燃やされ塵芥(ちりあくた)となった。


 それによって燭台の先端は真っ青な提灯を貫く。

 口のある提灯が金切り声のような悲鳴を上げ、見る見るそれは燃え上がった。八つ口僧も声なき声で焦る。百鬼夜行は統制が取れなくなり、思い思いに動き始める。

 

 それらを目にしながら翔はここ一番に声音を張った。

 


「南の地を統べるのはお前らじゃねえ。この白狐、南条翔だ!」

 

 

 提灯を失い、怒り狂った八つ口僧が翔を食らうために大口で襲う。

 群れの形態を崩してゆく化け物らも続く。

 それらを燭台で迎え撃つ間もなく、翔の前に比良利が立ち塞がった。


「ぼん、お主の天命に対する想いはこの比良利が継ぐ。見ておれ」

 

 そう言って比良利は大麻(おおぬさ)紙垂(しで)を前方に向けて唱え詞を紡ぐ。


「南に我が対を、北に我が身を置き、東に生まれし命を見守り、西に沈む命を弔う。我等は宝珠に選ばれし者。禍因、即ち五方に悪しき者ありけり――修祓解放(しゅばつかいほう)


 比良利の額に開示された黒の二つ巴が眩く輝き、紙垂(しで)から月明りのような柔らかな光が放たれる。

 法術のような光であったが、それは夜の色に染まり、やがて暗闇に染まって百鬼夜行を呑み込んだ。化け物らは断末魔を上げて、みながみな塵芥(ちりあくた)となった。

 文字通り、百鬼夜行の一掃であった。


「すげえ」

 

 翔は恍惚にその光景を見つめる。すごい。それしか言えない。

 大麻(おおぬさ)を下すと比良利は言うのだ。


「祓う行為はヒトのみにあらず」

 

 神主を名乗る比良利もまた、祓う行為ができるのだとひとつ笑い、いつもの糸目を翔に向けてきた。

 翔は両手に持つ燭台と比良利を見比べた後、「俺の出番が台無し」と軽く肩を竦めた。

 それにまたひとつ狐は笑い、「わしより目立とうなんぞ二百年早い」と言って、さっさと翔を置いて歩き出す。


 その際、狐は妖祓と自分たちの間につよい狐火を放って問うた。


「ぼん、お主はこれからどうしたい?」

 

 選択肢を与えてくる比良利の意地悪なこと。意地悪なこと。

 翔が選択する行為を苦手にしていることは知っているはずなのに。


 だけど、うん、これは自分で選ばなければいけない。

 翔は燃え盛る狐火を見つめた後、小さく笑う。

 

「百鬼夜行が消えたいま、俺は比良利さんと、みんなと、いっしょに異界に帰りたい。封じられていた白狐も、宝珠の御魂も、ちゃんと目覚めて双子の下に帰って来たんだ。このまま戦を続ける意味はないんじゃないかな」


 満足する答えだったのだろう。


「ぼん、帰るぞ」


 翔は燭台をその場に落とす。比良利の背中を追い駆けようとしたが、すぐに足を止めると、狐火を貫いて赤狐に向かう呪符を片手で掴む。見知らぬ霊能者の呪符だったようで、視線を向けるとひどく怯えられた。

 怖いなら投げなければ良かったのに。

 翔は苦笑いをこぼして霊能者に言った。


「いまの俺に呪符は効かないよ。ただの人間だからな」


 だけど生きる道はここじゃない。

 翔は狐火の向こうにいるであろう、世界で一番怖いと思っている人間にいつかの返事をする。

 

 

「妖祓に宝珠の御魂は渡さない。俺はいびつな化け物として妖の中で生きる――だって俺の妖名は三尾の妖狐、白狐の南条翔。化け狐なんだからさ」

 


 赤き狐が大麻(おおぬさ)を和傘にかえて夜空に飛ぶ。

 翔の身も差し出された青葉の手を取って、同じく銀狐の背中に乗って新月の夜空へ。

 他の妖狐らやカラスの群れ、烏天狗らも夜空に戻る中、比良利は地上にいる妖祓や人間に向かって宣言した。


「三尾の妖狐、白狐の南条翔と、白の宝珠の御魂は確かに返してもらった。同胞は我らの手中にあり」


 本来であれば宝珠の御魂を狙った行い、同胞を封じた行為、鬼門の祠付近に結界を張った愚行、それらに激しい怒りをもって戦を継続するところだが、百鬼夜行沙汰は妖側に非がある。

 鬼門の祠の管理が行き届いていないせいで、瘴気が漏れているのは事実なのだから。


 ひとまず今宵は低俗な百鬼夜行を滅したので、妖側の非はこれで手打ちにしてもらうと比良利。


「白狐は我らと共に妖として生きることを決意した。いびつな化け物はいびつな社会で生きるのが世の常。なんびとも文句は言わせぬ」


 ああ思い出しただけでも、宝珠の御魂と白狐を狙い、封じた行いは許しがたいもの。

 さりとて最低限の目的は達したので、今宵は帰るとしよう。

 ここにても火種が生まれるだけ。少しのことでも許せぬ思いを抱き、新たな火種を撒くだけ。同じ空気を吸うだけでも戦になるだけ。


 それだけヒトと妖は相容れぬ関係なのだから。


「瘴気による被害ついては真摯に受け止めよう。そちらも鬼門の祠近くに張った下手な結界は解くことじゃのう人間。我等に食われたくなければのう」


 比良利は妖しくも狡猾に、首魁らしい笑みを浮かべて蛇の目模様の和傘で風を起こす。

 その風に乗って狐らは、烏天狗は、カラスの群れは闇夜の空を翔け出した。いびつな者たちが生きる異界に帰るために。

 翔が地上を見下ろしていると、体を引きずって霊屋(たまや)から出てくる幼馴染らを見つける。本当に重傷なのだろう。玄人の妖祓が駆け寄っていた。


 それに心を痛めながら、強まる腹部の痛みに脂汗を滲ませながら、翔はしかと心中で別れを告げる。


(さよなら。ずっといっしょにいたかった、大好きな人間たち)


 さようなら。

 人間の南条翔と半生を共にした、幼馴染の和泉朔夜。楢崎飛鳥。

 確かに人間の南条翔にとって大切な、大好きな、人間たちだった。


 


 

 岡止々支(おかととき)屋敷を奇襲したいびつな化け物らは、闇夜の向こうにある異界に帰って行く。

 そこは月を好み、星を好み、夜を好む異界の所。

 妖として生きると決めた翔は、これから異界でいびつな化け物として生きるわけだが――帰りたいと願っていた異界に到着するや限界を迎えてしまう。


 ギンコが日輪の社の参道に下り立つと同時に、腹の痛みに耐えかねた翔はギンコの背中から落ちてしまった。


「翔殿っ!」


 慌てて翔に駆け寄る青葉にも、心配そうに顔を寄せてくる顔を舐めてくるギンコにも返事ができない。

 ただひたすら腹部を押さえ、小刻みに体を震わせる。息を吸うのも吐くのも痛い。よく堪えていたと褒めたいほど、翔の腹痛は頂点に達していた。内臓を刃物で切り裂かれているような痛みであった。


 ああ、いっそ殺してくれと叫びたい。


 遅れて比良利もやって来る。

 翔の体を起こすと、痛みで痙攣している翔の腹部に、優しく右手を添えて眉根を寄せた。


「よくこれで動けたのう。あまりにひどい」

 

 こんな有り様でよく走るわ、百鬼夜行に立ち向かうわ、八つ口僧の提灯を貫くわ、感心するしかないと比良利。

 険しい顔のまま近くにいる紀緒に命じた。

 

「すぐに医者の手配を。このままではぼんが危ない」

 

 

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