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南条翔は其の狐の如く  作者: つゆのあめ/梅野歩
【肆章】九代目南の神主代行
56/158

<四>北の神主、問う(壱)



 ※ ※



 日輪の社憩殿にて。


 第四代目北の神主、赤狐の比良利は珍しくもいきり立っていた。


 その性格は常に飄々としており、ふざけが大好き。皆におどけては、雰囲気を和ませることを得意としているのだが、今の彼にはその欠片すら垣間見えない。煙管の吸口を齧って宙を睨んでいる。


 見かねた六代目巫女の紀緒が酒でも持ってこようか、と尋ねるが彼は左の手で振り、彼女の厚意を拒んだ。


 酔いたい気持ちではないのだと比良利。糸目をつり上げ、ただただ憤りを醸し出す。

 対向側の座布団の上では、猫叉婆が憂慮を含んだ双眸を向けてくるも、それすら煩わしいと言わんばかりに脇息に肘つき、不機嫌に唸る。


 六尾の毛を逆立てる比良利の怒りに、傍らで丸くなっていたツネキが顔を上げ、居心地悪そうに場所を移動。紀緒の隣で体を丸くする。


『比良利』


 ついに堪えかねた猫叉が声を掛けると、


「わしの目を誤魔化せると思っているか」


 だとしたら北の神主も、随分舐められたものだと舌を鳴らす。

 妖の頭領らしからぬ、子供染みた態度だが、誰も咎めることはしない。それどころか紀緒は顔を俯かせ、おばばはひげを垂らして、耳を横に下げる。


「これが許されようことか」


 低く唸った比良利が、体を起して荒々しく頭部を掻く。


「まことに遺憾な話じゃ。まことに」


 今の今まで翳りある気持ちに気付けど、同胞であるからと思いを寄せて目を瞑ってきた。が、今回ばかりは見逃すことができない。

 煙管を強く握る。へし折らんばかりの握力をどうにか制御し、比良利は“祝の夜”前日のことを思い出した。


 あの夜から七日経った。本来一人前になるべき子供は、依然半人前のまま日々を過ごしている。

 異変の知らせを聞き、急いで月輪の社に赴いた比良利は、自我を失いかけていた子供の体を助け、その体を診察した。


 そして芳しくない容態に目を剥いてしまった。薬で落ち着かせていたはずの妖力が大きく乱れ、それは自我を蝕む値まで昂ぶっていたのだ。


 腹が熱いとうわ言を漏らす子供のため、薬を投与したものの一向に効き目は無く。

 仕方がなしに劇薬と称される“鬼火草”と呼ばれた薬草を湯につけ、煎じて飲ませたのだが、代償は大きかった。

 彼の体内に宿る妖力が、極端に下がってしまったのだ。回復するまで時間を要するため、これでは“祝の夜”を迎えても一人前の妖になることはできない。


 事を落ち着いた子供に話すと、それはそれは落胆していた。


 覚悟を決めて妖の世界に飛び込んだ彼は、比良利の脅しにも屈せず、稽古に弱音も吐かず、短期間で神主の修行を二つも乗り越えた。

 死に物狂いで、ずっと稽古に励んでいたのだ。その姿を目の当たりにしていた比良利は、自分の甘さが招いた事態だと密かに自責する。


 彼の覚悟を買ったのは誰でもない、北の神主の己である。代行になりたいと頼んできた彼は本当に弱音一つ吐かず、逃げることもせず、食い下がるように自分の課題をこなしていたというのに。

 比良利としても彼の熱意に報いるため、一人前の妖になった翌日から、鬼門の祠のことを事細かく教える予定だった。


(次の“祝の夜”まで、また二週間……その間に妖力が回復するかどうか、正直分からぬ)


 子供は、二度と一人前の妖にはなれないのか、と不安を抱いていた。妖力が回復すれば必ず一人前になれると慰めたものの、彼の落胆を消すことはできなかった。

 ヒトと妖の世界の平穏を願う子供は、今も妖の器として、歯がゆい刻を過ごしているに違いない。


 何故、このようなことに。

 嗚呼、犯人の目星はついている。それが余計に、比良利を苛ませた。


「ぼんに盛られた薬はおそらく“妖仙薬(ようせんやく)”。神主が半人前の妖に施す薬で、これを呑んだ者は一人前の妖となる」


 それは神主しか調合を許されぬ劇薬であった。素人が調合すれば、此度の翔のように自我を失いかねない。


「これを作るには、先代から伝授してもらう必要性がある。ゆえに、いま作れるのは、わしと南の神主だけじゃ」 


 しかし南の神主は九十九年不在。代行を目指す子供は基本的に薬の調合などできず、自分の薬を調合する際は必ず比良利と共に作っていた。


 なによりも、あの薬を作るにはそれを記した【和書】が必要である。南北の地に二冊しかないそれは、一冊は比良利が、一冊は亡き惣七が持っていた。それは今、月輪の社を切り盛りしている者の手に委ねられていることだろう――犯人は一人しかいない。


 比良利は苦虫を噛み潰したような表情を作る。


「青葉には失望せざるを得ぬ。なぜこのようなことを」


 七代目南の巫女には、間接的に釘を刺している。神職の立場を説き、いざとなれば自分が天誅を下すと告げたというのに。

 目論見からして、薬で一人前の妖にする予定だったのだろうが、彼女も所詮調合の素人。事態は思わぬ方向に流れた。


 一度目の事件で懲りたと思っていたのに、まさか二度も事件を起こすとは。目を瞑った結果がこれだ。認識が甘かった。


 これでも、あの若い巫女とは百年以上の付き合いだ。

 予想するに。宝珠の力で妖にさせたくなかったのだろう。宝珠の力がいずれ、新たな南の神主を誕生させると彼女は知っていた。巫女は今も、南の神主は惣七しかいないと思い焦がれている。その節を何度、垣間見たか。それゆえの行為。なんと罪深い行為だろう。


 青葉の行為が、妖の器である子供の正体を暴かせ、妖祓達に同胞を捕縛させたと言っても過言ではない。


 子供を妖にしようとした巫女の心は、何処(いずこ)にあるのか。

 なにゆえ妖になるよう催促させたのか。

 同胞の自我を崩壊させた責任は、どうつもりだったのか。


 比良利は、百年以上も巫女をしている身の上とは思えない行為だと毒を吐く。


 すると先輩である、紀緒が意見した。

 あの巫女の心は、まだ幼く、先代を亡くした傷心も癒えていない。だからこのような子供染みた真似を起こしたのだ、と。

 彼女の起こした行動は、決して許されることではない。もし白狐の自我を崩壊させてしまえば、それこそどうなっていたか、紀緒は容易に想像がつくと哀れむ。


 だが、罪を軽くしてやることはできないだろうか。青葉の方も今度の一件は、さすがに誤魔化せるとは思えないだろう。遅かれ早かれ罪を告白してくる後輩を思い、紀緒が比良利に許しを乞う。


「では紀緒。お主に問おう。もし白狐が自我を失い、その命のともし火を消してしまったとしても、同じ許しが乞えるか?」


 比良利は、鋭利ある言葉で物申す。


「そ、れは」


 戸惑う紀緒に、それだけ罪は重いのだと神主は煙管を吸い、ゆっくりと紫煙を吐き出す。たゆたう紫煙に目を眇め、自分とてこのような役回りはしたくないと吐露した。

 しかし、あの若い巫女も、物が分からないほどの子供ではない。罪の重さは身を持って知るべきだと唸る。


『わたしの責任だねぇ。青葉をちゃんと面倒看ていなかったから。これは、祖母のおばばに責任があるよ、比良利』


 天誅を下すのならば、まず保護者である自分を裁いて欲しいと猫又。


「申すと思った」


 比良利はますます苦い顔をする。


「コタマ。お主の優しさは、青葉のためにはならぬ。申し出は断る」


『比良利、頼むよ。あの子は孤独なんだ。惣七だけが寄り添える唯一の人だったんだ。女郎屋から死に物狂いで逃げて、怪我したところを惣七に救われて、家族のように可愛がられて。ようやく自分を愛してくれる人に会えたのに、結局惣七を失って』


「それで筋が通るのならば、危機に曝された翔の命は容易いものよのう」


『比良利』


 猫又が悲願するが、皮肉を漏らす比良利は聞く耳を持たない。


「分からぬかコタマ。それは青葉の過去であり、青葉の私情に当たるもの。それで命を奪えるのならば、ぼんの命の価値とはなんぞ?」


 どのような理由であろうと、神職に携わっている妖は、民達を優先する。神主であろうが、巫女であろうが、守護獣であろうがそれは同じことだ。


「私利私欲に動き、同胞の身を危機に曝すなど言語道断。それが神に仕えている身の上であろうか!」


 喝破する北の神主の怒りは強く、おばばも、紀緒も、ツネキも身を萎縮してしまう。


 比良利はどのような妖にも慈悲を向ける一方、誰よりも神職に対する心構えは厳しい。神職として授かった天命と、選ばれた意味、選んだ道に強い責任を持っているため、その怒りの丈は計り知れない。


「我等は選ばれ、神に仕えると自身で決めた」


 拒否することもできた道を蹴り、覚悟を決めてこの道を選んだ。

 ならば己の意志を貫くのが筋。神に仕える自分達を迎え、慕ってくれている妖達ためにも精進していかなければならない。


 例え同情する過去があろうと、やって良いこととそうでないことがあるのだ。

 それを何故分からない。比良利は、この場にいない巫女に辛辣を零す。


「高い位を持つことがどういうことか、青葉も分からぬわけではなかろう。仮にも百年以上巫女を務め、社を守ってきたのじゃ。神主が不在の中、よくやってくれていると思っておるし、わしもそこは高く評価したい」


 ゆえに一件はあまりに遺憾。青葉に何故巫女の証が出ないか、言わずもだろう。己の目的のため、他者を傷付けることを厭わない。そのような巫女を神が認めようか。

 たとえ、それが“妖の社”を守るための行為だったとしても、その心に邪があれば勾玉の証は永遠に表れないだろう。


 コタマや紀緒が庇おうと、比良利は北の神主である以上、彼女を容疑にかけ、証拠を集める姿勢でいる。決定的な証拠が出次第、青葉に腹に潜めた目論見を尋問すると告げた。


「青葉は、今どこに?」


 比良利が紀緒を流し目にする。


「話を聞かれたら不味いので、仕事を与え、付添い人と社を出てもらっています」


 彼女は短く答えた。


「左様か」


 比良利は肩を竦め、皿に灰を捨てる。

 静まり返る空気は沈鬱し、誰もが口を閉ざしてしまう。その一室が息苦しさのあまり、ツネキが身を丸めなおした、そんな時だった。



「比良利さん! 結界の張り方を教えてくれよっ!」



 空気を一掃する大きな声と、それに比例する障子の開音。比良利は驚き危うく煙管を落としそうになる。

 何事だと障子に目を向けると、話題にのぼっている白張姿の少年が飛び込んできた。

 畳を滑るように比良利の前に膝をつき、修行用の大麻を見せると、紙垂を揺らし、早く次の段階に入ろうと催促してくる。


「次は結界の張り方だろ? それとも本物の大麻で稽古か? なんでも来いだぜ」


 自我を失いかけていたとは思えない活きの良さである。


「お主という狐は……」


 袴に落とした微量の灰を手で払いながら、思わず子供の態度に苦笑い。


「妖力が落ちているというのに、まだ稽古をするつもりなのか」


 比良利が問うと、なくなったわけではないじゃないかと翔は物申す。一人前の妖になれず、今日(こんにち)も半人前の妖の器である子供は、なれなかったものはしょうがないと、自己完結し、手首を回して大麻で弧を描く。


 折角の機会を逃し、それはそれは落ち込んだものの、そうしていても始まらない。

 子供は次の機会が訪れるまで、ちゃんと準備しておきたいのだと大麻を放り、手中におさめる。


「比良利さん、俺に言ったじゃん。甘えや泣き言は許さないって。だったら、妖力が下がったってのも、言い訳にしかなんねーじゃん」


 いま、できることをしなければ、あの時決めた覚悟もおじゃんだと翔。精一杯のことをやりたいのだと、おどけてみせる。


 意表を突かれたのは比良利の方である。歯茎を見せて笑う翔は一本取ったと言わんばかりに笑声を漏らし、妖力が下がろうとも神主舞は衰えていないことを報告してくる。


 後で日月の神主舞をやってみたい。上手くやれると思うから。意気揚々に言う翔は、時間が出来たら行集殿に来て欲しいと頼み込んだ。


「結界が無理なら、神主舞! なあ、後で一緒に踊ってくれよ。今すぐなんて言わないから。それまでツネキ、お前に神主舞を見てもらうよ」


 翔はツネキを呼び、暇なら自分の相手をしてくれと声を掛ける。行集殿にはギンコもいると付け加えて。


「変なところがあったら助言してくれ。やっぱり舞は誰かに見てもらわないと、上達しねぇから」


 すると、身を丸めていたツネキがむくりと立ち上がる。表向きはやれやれと言わんばかりに気障ぶっているが、尾っぽは嬉しそうに揺れている。座敷の空気に耐えられなかったのだろう。

 早く行こうぜと鳴き、金狐が翔の白張の袖を銜えて引く。


「比良利さん。待ってるからな」


 翔はツネキに引かれるがまま、障子を通り、大麻を持つ手を翳した。出る際、小指を障子の枠にぶつけたのか間の抜けた悲鳴を残し、嵐のように翔は座敷から去って行く。

 一丁前なことを吐いた子供に、比良利はついつい大きな笑声を上げる。


「わしはぼんの覚悟を見くびっておったようじゃ。そうじゃのう、確かに妖力の話など単なる言い訳じゃな。何が遭っても屈せぬとは、まことに強い男となったのう」


 あれほど素直で単純な性格なら、どんなに楽か。くつくつと喉で笑ってしまう。


『坊やは随分傷付いたからねぇ』


 並行して、前進する力を学んだのだとおばば。

 比良利は思い出す。以前、自分は子に弱き心を受け止め、それを前進するために己の道を探せと諭した。子供は成長するようで、ちゃんと己の道を掴み、それを信じて進んでいるようだ。微笑ましい限りだと肩を竦める。


 一方で、現実を受け止めることが出来ず、前にも後ろにも動けない少女を思い、彼女にも前進して欲しいと比良利は心の片隅で願った。


(無論、わしは頭領。私情は挟みたくないものの……やはり、やり切れぬのう)


 残酷な罰だけは与えたくないのだが。




 ところかわり、行集殿に向かっていた翔は小さな溜息をついていた。


 頭の後ろで腕を組み、どうしたものかと唸り声を上げる。疎ましそうに見上げてくるツネキに肩を竦め、意味深長に苦笑する。


「神職って。ずいぶん厳しいんだな」


 実は話を立ち聞きしてしまったのだ。決まり悪く視線を泳がせる。しょうがないではないか、廊下にまで比良利の怒声が響いていたのだから。驚くツネキに声を窄める。


「……俺だって信じたくないんだけど」


 ツネキは気まずそうに鳴き、尾っぽで翔のふくらはぎを軽く叩いた。薬を盛った犯人を知ってしまった翔を、狐なりに慰めてくれているのかもしれない。

 しかし既に、翔は犯人を知っていた。そのため自分は大丈夫だと笑い、このことは内緒だとツネキに釘を刺す。

 分かったといわんばかりに鳴く金狐の体を持ち上げ、足を止めて視線を合わせる。


「ツネキ。お前はさ、犯人があいつだって知ってどう思った? やっぱ悲しい、よな?」


 だってこの狐は、自分以上に犯人と付き合いが長いのだから。

 相手に問うと金狐は複雑そうに鳴き、ゆるりと視線を中庭に流す。翔もつられて視線を流す。


 そこには月光を浴びて、体を揺らしている赤いヒガンバナ畑。独創的な容姿をしている花は、鮮やかな紅をして美しい。見蕩れてしまいそうだ。


 心奪われていると、ツネキがスンと鳴き、力なくかぶりを振った。悲しいけれど、行為としては許されないと言わんばかりの態度である。

 それは翔だって同じだ。危うく自我のない妖と化してしまうところだったのだから。


 ただ許す許さないよりも先に、翔の心は純粋な疑問で満たされていた。青葉の行為が、未だに信じられずにいるのだから。


 今も青葉とは、表向き親しく接している。介抱してくれた彼女に、何度も感謝もした。彼女はそれを受け止めてくれたし、やさしい微笑みを向けてくれた。

 翔が真相を知らないから、と安心して微笑んできてくれているのかもしれない。また別の意図があって、作り上げた表情かもしれない。内心は助かったことを残念に思っているかもしれない。


 けれど、接してくれる態度は本物に思えた。憂慮ある表情も本物に見えた。そして、あの夜、土間で涙していた表情も本物に見えた。


 青葉の心は、まるで曇り硝子のようだ。ある程度の心は見せるけれど、肝心な心は見せてくれない。翔は青葉を憎むことすらできないでいる。


「俺が代行になるの、そんなに嫌だったのかな」


 南の神主は惣七しかいない。彼女の独り言を思い出し、翔は自分の覚悟は間違いだったのかと口を曲げる。


「なあツネキ。先代ってどんな奴だった?」


 腕の中にいる金狐に尋ねる。


 凄い奴だったか? 問い掛けに小さくうん。

 優しい奴だったか? 問い掛けに二度うんうん。

 自分は足元にも及ばないか? 問い掛けに大きくうんうんうん。


 大変、素晴らしい答えをくれた。


「少しは俺に遠慮しろよな」


 相手を睨むと、ツネキはおかしそうにクックックッと鳴いて、べろんと赤い舌を出した。可愛くない狐である。


 不機嫌にツネキの頭を小突いて、再びヒガンバナに目を向ける。夜風に体を揺らし続けている花々は、何処となく儚い。あんなにも鮮やかな色を放っているというのに。


 ツネキが見上げ鳴いてくる。そろそろ行集殿へ行こうと言っているようだ。

 此処で佇んで悩んでも仕方がないと言わんばかりに鳴く金狐に同意し、翔はツネキを抱えたままギンコの待つ行集殿と向かった。心は霞がかったまま、晴れる事を知らない。




 行集殿では、ギンコが懸命に妖術の稽古をしていた。


 銀狐の努力は実を結び始めており、道具なしでも青い炎を尾に宿せるようになっている。後はそれを形にするだけだ。


 言葉にすると簡単であるが、銀狐はここまで辿り着くのに並々ならぬ努力をしており、翔もツネキもそれを知っている。

 ゆえにギンコの成長は、自分のことのように嬉しく思えた。


 室内に入るや否やツネキが翔の腕から飛び出し、許婚の下に向かう。甘く鳴く金狐に苦笑いを浮かべ、翔は邪魔をしないように中央へ。

 大麻を振るうために構えを取るのだが、何度振っても、まったく反応してくれず落胆してしまう。


 前まで妖力が溢れんばかりに込み上げ、制御すら難しかったのに、今度は妖力を引き出すことが難しくなるなんて。必死にかき集めて大麻を振るっても、虚しく宙を切るだけに終わり、翔はどうしたものかと頬を掻く。これでは稽古にならない。


 幸い、神主舞は衰えていない。


 これは翔にとって救いだった。比良利には一丁前なことを言ったが、舞まで踊れなくなってしまっては、それこそ自分の努力は何だったのかと、べこべこに落ち込んでしまっていたことだろう。

 大麻よりも神主舞に力を入れていた手前、翔は現状に少なからず胸を撫で下ろしている。


 いつまで経っても反応してくれない大麻の稽古を諦め、神主舞の稽古に移ることにした。



 これは場所を取るため、狐達に声を掛けて隅に寄ってもらう。

 ついでに自分の舞を見てもらいたいことを告げ、二匹に何か思うことがあったら意見して欲しいと頼んだ。


 了解だとばかりに鳴く二匹によろしく頼むよ、と頬を崩すと、翔は懐から白い扇子を二本取り出した。両手でそれを広げることも、もうお手の物である。


 高く飛躍。長い三尾を靡かせ、爪先で着地すると、再び床を蹴って宙を舞った。

 大きな弧を描き、陰陽勾玉巴を召喚するため扇子を流す。

 粗さを少しでも無くそうと配慮しながらも、派手な動きは維持したまま。比良利とは対照的な動きだが、相手を魅せる気持ち。神に愉しんでもらいたい気持ち。そして自分が楽しむ気持ちは同じだ。


 何度も陰陽勾玉巴を召喚しては、神主舞を磨いていく。五度目の舞を終えると、顎まで滴る汗を手の甲で拭って休憩を取る。


 その間、狐達に意見を求めることにする。小さな気付きが神主舞をより良くするかもしれないため、辛口な意見でも受け付けると翔。


 すると二匹は、もっと尾を靡かせて欲しいと言わんばかりに、揃って尾を立てる。


 どうやら手足ばかりに集中し過ぎて、尾っぽを疎かにしているらしい。靡かせた方が綺麗だと狐達が鳴くため、翔はなるほど、と頷いて自分の尾っぽに目を向ける。


「動きの粗さは勿論だけど、尻尾の魅せ方もこれからの課題になるな。んーっ、やっぱ舞は難しい。全部を魅せないといけないんだもんな」


 真剣に踊るなど、これが初めてだと翔は溜息をつく。


 比良利曰く、綺麗に舞うほど、自分の士気が昂ぶるそうだ。そのために神主は皆、何十年も舞に磨きをかけるという。

 南の神主の分まで神事を務める比良利も、あまり舞を踊らなくなったとはいえ、今も時々稽古をするそうだ。完璧に習得できるのは一年、それからより自分の神主舞を習得まで何十年何百年も磨きをかけるとは、舞とは奥が深い。


「先代の舞はどんなんだったんだろう」


 翔はふと疑問を抱く。比良利の舞しか知らないため、双子の対となっていた先代の舞が気になった。


 二匹に見たことあるかと尋ねると、うんとツネキが頷き、ギンコがつーんとそっぽを向いてしまった。


 そういえば、ギンコは先代と不仲だった。見たことはあるようだが、あまり思い出したくないらしく不機嫌に鳴いて伝えてくる。


 ごめんごめん。片手を出して詫びを口にしつつ、参考までに教えてくれないかと翔。態度を変えないギンコに代わって、ツネキが翔の疑問に答えると態度で示した。


 とはいえ、相手は人語が喋れない狐である。翔も獣語を理解できないため、相手がイエス・ノーで答えられる疑問を投げかけなければ、と思案をめぐらせる。


「じゃあさ。比良利さんと先代、どっちが上手かったんだ? 稽古当初は先代が上手かったみたいだけど」


 これには先代だとツネキ。尾で数字の3を描き、翔に何かを伝えてくる。

 三日で習得したのは知っている。そう答えると、かぶりを振り、ツネキが再び数字の3を描く。


「もしかして完璧な舞を三ヶ月で習得したんじゃ……」


 おずおず相手に尋ねると、ツネキがうんっと頷いてくる。更にまた数字の3を描くため、まさか自分の舞を三年で習得したんじゃ、と質問。うんうんとツネキが頷いたため、翔は頓狂な声を上げて舌を巻いた。


 言葉も出ない。もはや鬼才は化け物レベルだ。


「稽古で三日、習得に三ヶ月、自分の舞を三年……どんだけ凄い人だったんだよ。そらぁ比良利さんも大変だったろうなぁ」


 鬼才の前で、何度も挫折したに違いない。それに比例して並々ならぬ努力をしたのだろう。翔も比良利と同じ凡才ゆえ、どちらかといえば彼に親近感を覚え、鬼才の話には一々絶句してしまう次第である。

 身近にそういう人がいるなんて、心がぽっきりと折れてしまいそうだ。


 そんな人の後継ならぬ、代行を務めようとしている自分は無謀なことをしているのでは? 腕を組む翔だが、自分の覚悟と鬼才の功績を天秤にかけ、それはそれ、これはこれだと結論付けた。


 自分は鬼才の足元にも及ばないかもしれない。劣っているどころか、代行などぺいぺい。一昨日きやがれ。寝言は寝て言えの話かもしれない。


 けれど、腹に据えた覚悟だけは、誰にも負けないつもりなのだ。


 家族、友人、住み慣れた町から背を向け、幼馴染達の手を振り払い、ヒトの己を捨てて妖の世界に飛び込んだ覚悟は、誰にも嘲笑うことができないもの。

先代を想う青葉のことが気掛かりではあるが、翔にも譲れないものがあった。薬を盛られ、不安と迷いが生まれるものの、簡単に代行の話を捨てるつもりもない。


 だからこそ、青葉の心が知りたい。翔は先日、彼女から盗んだ壷の存在を思い出し、あれを確認せねばと手を叩く。


(青葉がいない時に確認しよう。多分、まだ見つかっていないだろうし)


 休憩を終え、翔は再び神主舞の稽古に戻る。


 狐達に指摘されたことを意識しながら幾度も舞っていると、比良利が行集殿にやって来た。動きを止め、笑顔で北の神主を迎えたものの、彼はうへへと笑いながらギンコの尾を触り撫でていたため一変して引き攣り笑い。


 当然、ギンコから盛大に尾で叩かれ、ツネキから怒りを買っていた。思わず溜息である。あれさえなければ、本当に尊敬できるのに。


「どうじゃぼん。稽古の方は」


 赤く腫れた頬を撫でながら、比良利が調子を尋ねてくる。

 翔は冷たい目で相手を見やりながらも、神主舞は調子がいいと伝え、一方で大麻がてんで駄目だと頭部を掻く。まずは妖力を引き出すことから、始めないといけないようだ。


 しかし、どうしても大麻の稽古を諦めきれない翔は、どうしたら低下した妖力を引き出せるかと相手に尋ねた。


 ただただ妖力の回復を待つ、では気が遠くなりそうだと物申し、練習ができる程度に妖力を引き出せるようになりたいと強く主張。でなければ、結界の練習にも入れない。

 何か手はないか。ないのならば、せめて結界の張り方を見せて欲しい。翔は修行用の大麻を激しく振った。


「そうじゃのう」


 比良利は唸り声を上げ、確かにそれは問題だと顎に指を当てる。熱意があっても、妖力が伴わないならば無意味であろうと同情を示した。


「ないこともないがのう……」


 声を窄める北の神主の独り言を拾い、なにか方法があるのかと翔は目を輝かせた。

しかし比良利は乗り気ではないようで、糸目は宙を彷徨っている。結局、彼の出した結論が結界の張り方を見せる、だった。


 不満の声を上げるものの、見ることも学びだと比良利。体を酷使すると後で痛い目に遭うと鼻を抓んできたため、翔は渋々と従った。


 部屋の四隅に移動するよう指示されたため、ギンコとツネキを腕に抱えて場所を移す。


「教えてくれてもいいじゃんか。ケチ」


 こっそりと脹れ面を作って腰を下ろす翔に、ガキかとツネキが呆れ鳴く。


「俺は十七年しか生きていないガキですよぉ」


 なんのその。翔は開き直って舌を出した。ますます、ツネキは呆れる。これにはギンコも苦笑いのようだ。


 素知らぬ振りをする比良利は、己の大麻を手中に召喚すると、歩幅十歩分先に狐火を放った。


 紅蓮の炎は天井まで伸び、不貞腐れていた翔を圧倒させる。

 まるで火の柱だ。青葉やツネキが放つ狐火とは規模が違う。轟々とうねる火柱に、ごくりと唾を呑み込んだ。これが北の神主の狐火。相手は軽く放ったようだが、その貫禄ある炎に畏怖の念すら感じる。


「ぼん、よく見ておれ。わしはこの火に結界を張って見せようぞ。これは鬼門の祠に張られている結界。ただの結界ではない。名は“五方結界(ごほうけっかい)の術”」


 比良利が大麻を斜めに下げ、なおも炎に焦点を定める。

 既に術は始まっているようで、白い紙垂が見る見る紅く染まっていく。風通りの悪い部屋に風が吹き込み、一室を荒らしていく。否、神主を中心に螺旋に風が吹きすさんだ。


 額に白の二つ巴を浮かべた比良利は、ゆるりと大麻を左、右、左に振り始める。


「我等は宝珠を中に廻る者。御魂に導かれた者。五方を(つかさど)る者」


 腕を持ち上げ、大きく左に、右に、左に振られる紅く染まった紙垂が乾いた音を奏でる。


 うねり燃え盛る炎を囲うように紅い弧が現れた。それは炎を確実に捉えている。


「南に我が対を、北に我が身を置き、東に生まれし命を見守り、西に沈む命を弔う。我等は宝珠に選ばれし者。禍因、即ち悪しき五方を封ずる――五方解放」


 神主が縦に大麻を振り下ろした刹那、紙垂から紅の一閃が迸り、新たな風が生まれる。

 むせ返るような灼熱の風に翔は思わず狐達を庇うように抱き締めた。


 しかし瞳は依然、術を映している。眩い一閃と風は天に昇り、炎を纏うように渦巻きながら床に下っていく。

 一方、呼応した紅の弧から光の筋が放たれ、それは天に向かって炎を纏うように渦巻きながら昇っていく。風は相手の動きを縛るように、揺れる炎を拘束していき、紅の光はまるで連なる鎖のように炎を雁字搦めにした。


「五方封印」


 比良利が左、右、左に大麻を切ると、拘束された炎は瞬く間に霧散する。細かな粒子となり、一室にぱらぱらと降り注いだ。


 術の凄さに呼吸すら忘れてしまった。狐達が腕の力を緩めろと尾で叩いてくるが、それすら気付かず、腰を上げて大麻を肩に置く比良利を見つめる。


「これが大麻を使った、五方結界の術。鬼門の祠の結界を張る術……」


 苦しいと暴れる狐達を床に落とし、翔は北の神主の下に走る。

 彼の前に立つと、頃合を見計らったかのように、比良利は炎のあった場所を指差した。流し目にした翔は瞠目。足先をそちらに向け、床に転がっている石を拾った。


「これ勾玉だ」


 手の平に載せ、石をまじまじと観察する。天に翳して透かしてみると、石の中に炎が揺らいでいる。あの炎は消えたのではなく、勾玉に封じられたようだ。

 恍惚に勾玉を見つめていると、比良利が隣に立ち勾玉を翔の手から取った。


「鬼門の祠には三重結界が張っておる」


 一つ目は入り口に張っている注連縄の結界。三重にもして、注連縄で入り口を封鎖していると。


 二つ目は祠を囲うもう一つの注連縄の結界。祠を囲い、それに宿る妖力を外界に漏れないよう施している。


 そして三つ目は祠そのものにかけられた、この五方結界。祠の中に祀られている五方の勾玉が妖力を抑えている。


 比良利は石を握り、この勾玉が破損しているのだと顔を顰めた。


 祠に祀られる五方の勾玉は、宝珠によって生み出され、宝珠によって管理される。また南北に祀られる五方の勾玉は役割があり、比良利の持つ紅の宝珠では、修復ができないとのこと。


 そう、南の鬼門の祠に祀られた五方の勾玉は、南の神主しか成し得ないのだ。先代が死に九十九年、ずさんな管理体制が祟って、このようなことになっていると比良利。

 自分が管理できるところは率先して管理してきたが、北にも鬼門の祠があるため、すべてに手が回らず、結界は解けていく一方だと苦い顔を作る。


 それだけではなく、実は元々五方の勾玉は破損しかけていたのだと、彼は言葉を重ねた。


「どういう意味?」


 翔が事情を尋ねると、北の神主は哀愁を纏わせた。


「悪しき妖が人間と手を組み、鬼門の祠の結界を解こうとしたのじゃ。その人間は元名のある霊媒師じゃった。祠の結界を解く知識を得ておったのじゃよ」


 先代がそれに気付き、命を懸けて止めたものの祠の結界は緩み、徐々に“瘴気”が外界に溢れてしまう。また惣七自身も輩の罠に落ち、命を落とす深手を負った。


「人間は九代目南の神主の宝珠を狙い、妖は諸刃となる瘴気を狙って、惣七を手に掛けた」


 霊媒師だった人間と悪しき妖は比良利によって討ち取られたものの、深手を負った先代はもう助からないところまできていた。


 最期の望みとして結界を張りなおそうとしたが、その力すらなく、彼は外界に満ち溢れた瘴気のみを封じ、己の宝珠を銀狐の中に宿して、次の神主に託すよう比良利に頼んだ。


「わしは最期まで、自分で渡すよう言ったのじゃがのう。あやつはまったく耳を貸そうとはしなかった」


 一方的な願いを託されたものだ、毒づく語り部の表情は憂い帯びている。


「まさか同胞と、人間の両方の手に落ちてしまうとは……惣七らしくもない。まことにらしくなかった」


 また常に不仲だった自分に願いを託すとは、鬼才の名も廃れたものだと比良利は肩を竦める。


 翔は北の神主を見つめ、それだけ彼は比良利を信用していたのではないかと意見した。


 自分は先代のことを何一つ知らないが、すごい妖狐だということは分かった。それこそ、化け物並の才能を持ちっていたことも。

 そんな人物が、比良利に願いを託したのだから、きっと信用していたのだろう。


「鬼才の先代ですら、宝珠のせいで命を落としたんだね」


 宝珠の御魂とは、本当に恐ろしい重宝である。


「怖いかのう?」


 比良利が問う。素直に頷き、命を狙われるのは怖いと腹部を触った。


「代行であろうと重役には変わらないしさ。宝珠を持っている限り、俺は命を狙われるんだから、やっぱり怖いよ。でも、おんなじくらい俺の大好きな人達が傷付け合うことも怖い。ヒトも妖も大好きだしさ」


 だから自分は、神主代行を目指すのだと頬を崩す。比良利はそうか、と同じ表を浮かべる。


「ぼん、お主に問おう。いつかヒトと対峙することになったとしたら、お主はどうする?」


 まさしく鬼門の祠をめぐる問題がそうだと比良利。対峙してしまったら最後、代行は戦から逃れられないだろうと告げる。

 翔は一思案した後、「怖いけど戦うしかないだろうなぁ」と、返事した。


「例えば、いつか幼馴染達と対峙するかもしれない。あいつ等は妖祓で俺は代行を目指す妖。お互いに譲れなくて一戦を交えるかも」


 その時、自分は内心ビクビクで、情けなく泣いているかもしれない。いやきっとそうだ。自分は、幼馴染達のことが大好きなのだから。それでも。


「俺は戦うよ。ヒトと妖が諍いを起こさない答えを探しながら」


 過程で傷付け合っても、その先に共存できる世界があるのならば、戦った意味もあるのではないだろうか。

 なによりも、自分は大好きな人達が傷付け合うことが怖い。それならば自分で動いた方がマシだと翔。頭で考えることは苦手だと手を振った。


「ヒトと妖は相容れない……だけど共存できないわけじゃないよ」


 妥協するところは妥協して、お互いをもっと尊重していけば、より良い世界があるのではないかと比良利に尋ねた。

 すると彼は大声で笑い、ハナタレが一丁前なことを言うと揶揄してくる。


「な、なんだよ。笑うことないじゃん」


 真剣に答えたのに、あんまりな仕打ちである。相手をじろりと睨む。


「されど、良い理想であろう。わしはぼんのような、青臭い考えは嫌いではないのう」


 寧ろ必要な考えだろう、比良利は翔の考えに同意してくれた。


「だから、宝珠はお主を選んだのじゃろう。はてさて、二百年後も同じことが言えるか、じつに楽しみじゃのう」


 彼はくつくつと喉で笑った。


「二百年後の俺ぇ?」


 さっそく想像しようとした翔だが、途方にもない年月に、まったく想像力が追いつかないと腕を組んだ。青葉を見る限り、百年経ってもあまり成長しないようだが。

 ということは百年後もこのままだろうか? それは嫌だ。少しは成長しておきたい。


 百面相になっていると、比良利がそれにまた一笑、気前良く結界の張り方を口頭で伝授すると告げた。まずは体ではなく頭で覚えろ、らしい。


「その前に休憩しようかのう。五方結界は多くの妖力を使うゆえ、わしも疲労してしまう」


 先ほど、参道の出店で菓子を買ってきたため、それを食べようと比良利。

 気配りの利く彼に感謝するものの、腰を下ろした翔は彼の出した包みの中身に絶句。一つは塩がきいた花つぶみ。そしてもう一つは……芋虫?


 砂糖で固められた太い芋虫に翔は青褪めた。

 勿論、比良利に悪意はなく、当然善意で菓子を購入してくれたのだが、もはやこれは苦行である。

 言葉を失う翔を余所に、ギンコやツネキは嬉しそうに砂糖で固められた芋虫を齧り、比良利も美味そうに頬張っている。躊躇いはないようだ。


(嗚呼、そうだった。みんなは狐から妖狐になったんだっけ)


 昆虫を食べることに躊躇いがない筈だ。


(……虫はちょっと)


 例え日本の食文化にハチの子やイナゴを食べる風習があったとしても、その地で育っていない翔にとって、昆虫を食べることに拒絶反応を示してしまう。こればっかりは受け入れるのに時間を要するだろう。昆虫を食べる価値観に悩まされそうだ。

 取り敢えず、菜の花香る花つぶみを口に放り、大きく咀嚼。どう切り抜けるか必死に考えた。


 そして辿り着いた結論は。


「比良利さん。俺、茶を持ってきます! ツネキとギンコは冷水でいいよな?」


 この場から逃げる、だった。


「気が利くのう。安心せえ、菓子は取っておく」


 比良利の善意に全力で泣きながら、翔は脱兎の如く行集殿から飛び出した。

 結局、芋虫の砂糖固めは後で食べるという名目で有難く菓子の包みを受け取り、後ほどギンコに食べてもらおうと決心する翔だった。



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