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南条翔は其の狐の如く  作者: つゆのあめ/梅野歩
【肆章】九代目南の神主代行
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<三>巫女の表裏

 




 神主舞の成功は、翔にとって大きな前進となる。


 雪之介が撮影してくれた携帯の映像を何度も見返し、翌日再び神主舞に挑戦。無事に舞い切ることができた翔は、大麻の修行に力を入れることにした。


 不思議なことに、大麻が以前よりも上手く使えた。術の膨張も少なくなり、生傷を負う数も極端に減る。課題である木・火・土・金・水の五行を素とした、五つの術の解放にも成功し、残す問題は操るのみ。


 あまりの出来に、翔も疑心を抱き、比良利に相談を持ちかける。


「もしかして俺の体、おかしいんじゃ」


 青褪めながら状況を説明すると、北の神主から大笑いされた。

 曰く、成功の要因は、翔が神主舞を成し遂げたことにあるという。何度も言うように神主舞は宝珠の力を高める。舞を成功させたことによって、宝珠の力が高まり、体内に流れるヒトの血が薄まったと比良利は言うのだ。


「ヒトの血が薄まれば、より上手く術も出せる。だから怖がらなくとも良い」


 成功の要因を教えてくれた北の神主になるほど、と頷き、翔は芽生えた疑心を摘んだ。



 このような調子で大麻を練習していた翔は、見事に二つ目の課題をクリアした。


 ただ、それでもヒトの血を体内に宿しているためか、使いこなすまでに四日を要してしまう。最後の課題である、大麻を使った結界の張り方の段階に入る頃には、満月の夜前日に迫っていた。


 しかも、修行用の大麻で課題をクリアしているため、本当にクリアといえるか分からない。

 一人前の妖になる前に、ぜひ本物の大麻の使い方と、結界の張り方を教えてもらいたい。

 比良利に頼み込むも、彼から頂戴した返事は、『明日の夜に備え、今宵は休息を取れ』というものであった。


 不満を抱いたが、おばばから、大麻を扱えるようになっただけでも上出来だと言われる。


 残りの課題は、一人前の妖になってからでも大丈夫だろう。早く代行を務めたい翔の気持ちは分かるが、気を焦らせても体が無理するだけだとおばば。

 それよりも、妖になるための心構えや、体調を整えることが先決だとお小言を零す。


 こう言われてしまっては仕方がない。

 反論の言葉も見つからず、翔は大人しく明日に備えて体を休めることにした。

 久しぶりに月輪の社でのらりくらりとゆっくりと時間を過ごし、暇を弄ばせる。ギンコと戯れたいが、生憎ツネキと中庭で妖術の稽古中ゆえ邪魔はできない。少しだけ、おばばの目を盗んで神主舞を練習したが、それもすぐに見つかり、祖母のカミナリが落ちた。


 そのため、仕方がなしにその汗を流すために風呂に浸かる。


「いよいよ明日の夜は、半妖の卒業か。一人前の妖狐になったら、もっと頑張らないとな」


 長風呂を有意義に楽しみ、着替えを済ませた翔は、早めに寝ようと自室へ向かった。

 棚から薬の入った巾着袋を取り出し、丸薬を口に放ると水差しで流し込もうとそれを手に取る。中身が一口分になっていることに気付き、翔はしまったと頭部を掻いた。


 取り敢えず、薬を丸呑みにすると、水差しを持って土間に向かう。 


「後で、ギンコ達にも水を持ってやろうかな」


 鼻歌を歌いながらぺたり、ぺたりと足音を鳴らし、翔は土間に入る。

 手洗い場である手押しポンプの前に、ゆらゆらと人影が揺らいだ。夜目が利く翔は、その影が青葉だと、すぐに分かる。家事が残っているのだろうか? であれば、手伝うのだが。


 声を掛けようと手を挙げるが、彼女の横顔を目の当たりにした翔は、反射的に身を壁際に寄せて隠す。

 おずおずと手洗い場を覗き込めば鼻を啜り、手の甲で何度も涙を拭う彼女の姿。


 青葉は泣いているようだ。とんでもない場面に遭遇してしまったようだ。声を掛けて、どうしたのだと問いたいが、醸し出す彼女の空気がなんびとも寄せつけない。


 これは一旦、自室に戻るべきだろう。放っておくのもひとつの優しさだ。

 踵返したその時、青葉の独り言が聞こえた。


「惣七さましかおりませぬ」


 思わず動きを止める。


「南の神主は昔も今も、惣七さまお一人。青葉は貴方様を今も、深く想っております。だから、私は社を守るために鬼となりましょう」


 スンと鼻を啜ると、彼女は手の甲で涙を拭い、場所を移動してかまどへ。

 煤だらけになることも覚悟して、華奢な腕を突っ込む彼女は、そこからなにやら厳かな壷を取り出していた。


(何をしているんだ?)


 彼女の体が壁になって、まったく手元が見えない。

 一変して能面を作る青葉は、再びかまどに壷を押し込み、周囲を見回して水の張った桶に何かを捨てた。

 駆け足で外へ飛び出した青葉を見送ると、翔は罪悪感を抱きながらも、気持ちを抑えられず、土間に入った。


「何を捨てたんだ。青葉」


 まずは桶の中を拝見する。


「これは」


 翔は桶の中に両手を突っ込み、溶け始めている小さな粒を取り出した。


「丸薬じゃないか。多分……俺の薬、だろ?」


 歪な形をした丸い薬の粒には見覚えがある。翔は我が目を疑いながら、桶の中を観察。真ん丸お月さんの形をした薬と、楕円の薬が数粒、水底に沈んでいた。


 間違いであって欲しい。再び桶の中に両手を突っ込むと、それらを掬い上げ、おもむろに歯で割って中身を確認する。

 三重層になっている断面を見つめ、ぺろっとそこを舐めた。


「――青葉、なんでこんなことを」


 言葉を失ってしまう。


(じゃあ、さっき俺が呑んだ薬は……)


 血の気が引いていく。

 比良利と調合した丸薬は、一日三回一錠としており、それらの数はちゃんと把握している。桶に沈んでいた丸薬の数と。自分の薬の数は一致した。


 では、自分の呑んだ薬は?


 得体の知れない薬に手足の末端を冷やしたが、翔は心の中で頑なに否定した。青葉がそんなことをする筈がない、する筈ないのだと、かぶりを振る。

 何度も脳裏に先方の事件。そして、何者かが己に薬を盛ったのだと推測する、比良利の言葉が過ぎる。


 翔は思い悩む。自分は仲良くしてくれる青葉を心から信じていたし、信じていたかった。彼女が自分に害をもたらすようなことをするわけがない。彼女は初対面の頃から自分を、この命を救い、妖から助けてくれた恩人だ。


 だが、今見た青葉はどうだ。翔の薬を桶に放り、中身をすり替えた。

 嗚呼、既に呑んでしまったが、今からでも薬は吐き出せることは可能だろうか。


(……無理だな)


 薬は体内で溶けてしまっていることだろう。

 その証拠に、腹部に鈍い熱を感じる。気のせいではない。これはあの夜と同じ現象と似ている。

 力強く脈打つ体を抑えるため、翔は一か八かの賭けに出た。溶けかけている薬の一つを口に入れると、それを無理やり呑み込む。

 他の薬は落とすように水底に沈め、急いでかまどへ向かった。火の焚いていないかまどには、吸い込まれそうな闇が広がっている。躊躇いなく両の腕を突っ込み、手探りで壷を探り当てると、自分の方へ手繰り寄せた。


 彼女が別の場所に隠さないとも限らない。今が絶好のチャンスだ。


 上がる熱を無視すると、中身を確認せず、物をすべて出してしまう。棚から新しい壷を取り出し、それを中に突っ込むと、空っぽになった壷はかまどに戻した。両腕で壷を抱え、青葉に遭遇しないよう、駆け足で自室に割り当てられている部屋へ。

 途中、良い隠し場所を見つけたため、翔はそちらへ足先を向けた。此処なら絶対に見つからないだろう。


(中身は今度、ゆっくりと確認しよう)


 今は体の熱をどうにかすることが先決だ。そう、先――いや先決するべきことは鬼門の祠。分からない。何を優先すべきかが、分からなくなっている。自分が何者かが分からなくなっている。またあの時と同じだ。


「頭が割れそうにっ……いてぇ」


 爆ぜそうで爆ぜない熱を体内に宿した翔は、助けを求めるために、裸足で参道の方へ。かすむ目と、見失いそうになる己を保つため、懸命にかぶりを振る。向かうは日輪の社だ。


 中庭で妖術の稽古をしていた狐達が翔に気付き、ギンコが可愛らしく鳴いてくる。申し訳ないが、反応を返す余裕がない。おかしいと思ったのか、ギンコがひょこひょこと後をついて来るも、翔は振り返ることができなかった。


(ぎ、んこ。離れてくれ、俺から……おれから)


 寂れている広い参道に出ると、ついに力尽き、その場に崩れてしまう。驚いたギンコが、駆け寄って来るが、翔は天高く咆哮し、誰も近寄ってくれるなと態度で示した。


 内側からこみ上げてくる。

 禍々しい妖力が、己の自我を食らおうとする、妖の血が。


 気付けば、溢れんばかりの力が表に出た。額に二つ巴が開示され、巨大な妖力が翔を圧し潰してくる。内なるところで聞こえる、果たすべき天命を。果たすべきお役を。果たすべき使命をまっとうしろと。


――そんなこと、もう分かっているのに。体が言うことを聞いてくれない。行かなければ、ああ、自分は行かなければ。


 体と自我がぶつかり合い、翔は頭を抱え、悲鳴に近い鳴き声を発する。もはや、そこに言葉はなく、狐の声だけが境内にこだました。

 やがて体が押さえつけられる。顔を上げると、見覚えのある狐が息を弾ませていた。


「翔殿!」


 それは青葉であった。彼女は血相を変え、乱心する翔を助けようと手を伸ばした。どうやら、己は暴れているようだ。体を押さえるように、身に縋ってくる。


「お願いです。落ち着いて。翔殿、お願いですから」


 原因は彼女にあるというのに、どうしてそんなに青い顔をしているのだろう。翔は朦朧とする意識の中で、巫女の行為に何故、と仄暗い疑問を抱いた。

 どうして、彼女は自分の薬をすり替えたのか。あの独り言を聞く限り、宝珠欲しさではないだろう。だったら彼女の目的は?

 知りたい、彼女の起こした行動の理由を。悲しみよりも、憎たらしさよりも、純粋に『なぜ』という疑問が胸を占める。


 玉のような汗を額に滲ませながら翔は、獣のように鳴き続けた。

 異変に気づいた者達が、助けを呼んでくれるまで、必死に妖力を抑え、自我を保とうと鳴き続けた。



 こうして翔は、かろうじて自我を保ったまま、知らせを受けた比良利に助けられる。

 しかし翔は待ち望んだ“祝の夜”を迎えても、一人前の妖になることができず、折角この日のために積み重ねていた努力も泡沫と消えてしまうのだった。



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