第7話:『私は芸者じゃない!』――エルフの将軍殿に拳で殴られた一等兵と、煙管を取り出す人斬り
私が怒りのボルテージを最大限に爆発させて放った物理パンチを顔面に喰らい、四一式山砲の車輪の横まで無様に吹っ飛んで泥の中に転がっていた佐藤一等兵が、這うようにして立ち上がった。
『エルフの将軍殿! 大変不適切な発言でありましたッ! 皇軍兵士としてあるまじき妄言、深くお詫び申し上げますッ!』
佐藤一等兵は、21世紀の女子高生の拳の威力に驚愕したのか、湧き出る鼻血を手の甲で必死に押さえながら、カーキ色の九八式軍衣を泥だらけにしてカチコチの直立不動の姿勢をとった。額からは滝のような冷や汗を流し、文字通り汗だくになって猛省している。
そこへ、隣にいた班長の山田軍曹が、血管をブチ切れさせんばかりの強面で凄まじい怒号を浴びせた。
『馬鹿者ッ! 佐藤一等兵ッ! 敵前であるぞ! そのようなハレンチな発言で皇軍の軍紀を乱すとは何事かッ! 大東亜の不正規戦において恥を知れ、恥をッ!』
「……本当に、信じられないデリカシーの無さですわね。殿方というのは、どこの世界でもこれだから呆れてしまいますわ」
金髪ドレス姿のイザベルお姫様も、足元の大盾「カイトシールド」の横で軽蔑の眼差しを隠そうともせず、深いため息を漏らしていた。
すると、その叱責の嵐を見つめていた人斬り以蔵が、頭の髷を不器用にボリボリと掻きながら、諭すような渋い声で私に向かって言った。
『……いや、山田殿の言う通り、佐藤殿の無作法は万死に値する。佐藤殿、京の街で芸者を褒める際はだな、まずは乳を褒めるのではなく、身にまとっておる雅な着物の柄から褒めるべきであろう。それが色街における大人の作法というものだ』
「うるさいッ!! 私は芸者じゃないし、着物じゃなくて黒のスウェット上下だってさっき言ったでしょバカ!!」
私が烈火の如く睨みつけると、幕末の暗殺者であるはずの以蔵は「お、おう……そうなのか」と言わんばかりに、きょとんとしたマヌケな表情で固まっていた。
「っていうか、みんな聞いてよ! さっきの巨大なドラゴンの怪物が、またいつ襲ってくるかわからないんだよ!? ここは世界の果ての危険な島なんだから、少しは真面目に今後の戦術を考えてよ!」
中身は通信制高校に通う18歳の女子高生・如月紬だ。中学時代のいじめのトラウマを刺激するあのドラゴンの咆哮(大きな爆音)への恐怖心が、未だに私の胸をキリキリと締め付けていた。人前に出るのすら怖い私が、このポンコツな面々を率いて生き残らなければならないという不条理。
私の必死の訴えの後に、孤島の冷たい雨の音だけが響く、しばしの沈黙が流れた。
一同が神妙な顔で行く末を考えているのかと思いきや、鼻血を拭い終えた佐藤一等兵が、再びカチコチに姿勢を正して、とんでもなくズレきった提案を口にした。
『……では、エルフの将軍殿。皆で我が隊の「恩賜のタバコ」でも吸いながら、落ち着いて次の作戦会議でも始めましょうか?』
佐藤一等兵はそう言うと、当然のように九八式軍衣のポケットからタバコの箱を取り出そうとした。さらに隣では、人斬り以蔵が我が意を得たりとばかりに、渋い着物の懐から一本の古びた金属製の煙管を取り出し、中に刻みタバコの葉を詰め始めようとしていた。
「………………………………」
私は、21世紀の禁煙推奨の現役高校生として、あまりにも前時代的で緊迫感のない不条理な「補給」の光景を前に、再び両手で頭を抱え込むしかなかった。
弾薬が1発もない四一式山砲を抱えて軍紀を叫ぶ山田軍曹、セクハラで殴られてもタバコを勧める佐藤一等兵、大盾を持てないイザベル、そしてジャンボジェット並みの怪物を前にキセルを燻らせようとする人斬り以蔵。
世界の果ての孤島において、如月紬の異世界サバイバル戦線は、巨大な捕食者の影が迫る中、噛み合わない歴史の不条理な煙に巻かれるという、前途多難すぎる泥沼戦へと突入していくのだった。
(第7話・了)




