第6話:21世紀の部屋着(黒スウェット)に戻ったら、マツエクを無線機と勘違いされて拳を振るった
泥だらけの孤島で飯盒の炊きたてのご飯を呆然と口に運び、国も時代もバラバラな奇妙な仲間たちと、とりあえずの腹ごしらえを終えた時のことだ。
私の耳元へ、手のひらサイズの小さな妖精がふわりと飛来し、相変わらず透き通った声で不条理なシステムのアナウンスを告げてきた。
『仲間と少し打ち解けたため、システムより「召喚ポイント」が微量ながら加算されましたが、どういたしましょう?』
「――っ! ポイントが戻ったの!?」
私は泥に汚れた西洋の鉄籠手を握り締め、即座に妖精に向かって言い放った。
「この全身プレートアーマー、信じられないくらい熱いし重くて限界! ポイントを全部使っていいから、私がさっきまで着ていたお気に入りの、あの部屋着の黒のスウェット上下とスリッパを私に着せてよ!」
『承知いたしました。ポイントを消費し、現代の衣類を具現化します』
妖精の言葉が終わった次の瞬間、私の身体を締め付けていた重厚な鉄の質量が、一瞬にして消え去った。
激しい雨風が吹き抜ける世界の果ての島で、私はいつの間にか、21世紀の自分の部屋にいた時とまったく同じ、ルーズなシルエットの黒の上下スウェットと、柔らかいスリッパ姿に切り替わっていた。ずっしりと重かった鉄の鎧や兜は、すべて足元の泥の上にゴトゴトと無造作に転がっている。
「……ふぅ。やっぱり、これが一番楽ちんだわ」
他人の視線から身を守るための鉄の防壁を脱ぎ捨て、本来のリラックスした姿に戻った私を見て、周囲にいた異色すぎる仲間たちは一斉に目を見張った。
全身を覆っていた鉄の兜が外れたことで、少し明るめに染めた茶髪のショートヘアが雨風に揺れる。長く尖ったエルフの耳の根元には、軟骨ピアスとイヤーカフが21世紀の光を反射してきらりと輝いていた。
金髪のドレス姿のお姫様、イザベルがその美しい青い瞳を輝かせ、私の顔をじっと覗き込んできた。
「まあ! エルフの将軍殿、お化粧ももの凄く上手なのね! その長くて艶やかなまつ毛、とっても素敵だわ!」
イザベルは、私がプチプラの化粧品で丁寧に施したナチュラルメイクや、カラーコンタクトレンズ(カラコン)、そして目元を強調するために21世紀のサロンで整えたまつ毛エクステ(マツエク)のディテールに気づき、女の子同士のノリでニコニコと褒めちぎってきたのだ。
中学時代のいじめのトラウマのせいで、人前で自分の容姿を真正面から褒められることに慣れていない私は、急に耳の先までカッと赤面して俯くしかなかった。
しかし、その女の子同士の華やかな会話の横から、カーキ色の九八式軍衣を着た班長の山田軍曹が、カチコチに強面を強張らせながら、大真面目な顔をして私の目元を凝視した。
『……うむ。確かに異常なほどに長いまつ毛だな。エルフの将軍殿、それはもしや、21世紀の新型「無線機」の受信装置か何かなのか……?』
「……は? 無線機って何ですか。ただのマツエクですけど」
軍隊脳すぎる不条理な勘違いに、私は頭から再び嫌な冷や汗が流れるのを感じた。さらに、日本刀の柄に手をかけた髷姿の浪人――人斬り以蔵が、鋭い眼光をまるで昆虫を見るかのように私の顔に向けて、渋い声でこう付け足した。
『なるほど。確かに、珍妙な虫の触角のようにも見えるな。それに、その着物も上下ともに隙のない真っ黒だ。……さては伊賀か甲賀の「忍者」の類か……?』
「はぁ!? 忍者なわけないでしょ! これはおしゃれなスウェットなの! 触角って失礼すぎるし、マジで何なのこいつら!」
国も時代も八十年以上ズレまくっているカチコチな男たちの言動に、私はだんだんと頭にイラッとした怒りのボルテージが溜まっていくのを感じていた。
だが、トドメを刺したのは、四一式山砲の弾運びである、若い方の佐藤一等兵だった。
佐藤一等兵は、黒のスウェットに包まれた私の体型をまじまじと見つめ、純朴すぎるカチコチな表情のまま、どストレートにこう言い放ったのだ。
『しかし……エルフの将軍殿は、こんなに身体も細くて可愛らしい顔をしておられるのに、意外におっぱいが大きくて凄いでありますね! 陸軍の宿営地でも、これほどの逸材は見たことが――』
ピキッ、と私の中で、21世紀の女子高生としての堪忍袋の緒が、音を立てて最大出力でブチ切れた。
「この……ド変態カチコチ二等兵があァァァァァァァァァッッッ!!!!!(※一等兵だけど)」
――ドガッッッ!!!!!
私は怒りのボルテージを最大限に爆発させ、右手の拳を固めると、渾身のストレート――怒りの拳を佐藤一等兵の顔面めがけてド直球にぶち込んでやった。
私の質量を持った物理パンチは、再び霊的なパワーを伴って佐藤一等兵の鼻面にクリーンヒットする。
『ぶふぉっ!? 敵の奇襲かッ!!』
佐藤一等兵は21世紀の女子高生の拳の衝撃で、四一式山砲の車輪の横まで無様に吹っ飛んで泥の中に転がった。
世界の果ての孤島に、一瞬にして刺さるような不穏な空気がドロリと流れ始める。
足元に転がる西洋鉄鎧、黒スウェット姿で拳を握り締めて激怒する私、そして鼻を押さえて悶絶する佐藤一等兵。
その凄まじい修羅場の光景を前に、お姫様のイザベルも、山田軍曹も、日本刀を握った人斬り以蔵も、全員が完全に「目が点」になって呆然と立ち尽くすしかなかった。
通信制高校のぼっち女子高生・如月紬の異世界サバイバル戦線は、巨大なドラゴンの脅威を余所に、セクハラ一等兵を物理的な拳で殴り倒すという、前途多難すぎる組織内(?)大乱闘戦の火蓋を切って落とすのだった。
(第6話・了)




