第5話:巨大ドラゴンの防衛前線で、飯盒の白米と乾パンを囲む不条理なピクニック
「……やれやれ。腹が減っては、戦はできぬな」
世界の果てに浮かぶ荒涼とした孤島に、冷たい雨風が容赦なく降り頻る中、日本刀を着物の帯に差した髷姿の浪人――人斬り以蔵が、おもむろに首を振ってそう呟いた。
ジャンボジェット機並みの巨大なドラゴンを前に、血の気が引いて「助けてくれー!」と心の中で悲鳴を上げていた私の横で、四一式山砲の防盾の横に直立不動の姿勢で突っ立っていたカーキ色の九八式軍衣の兵隊2人が、ガタガタと三十年式弾薬盒の革ベルトを軋ませて動き出した。
弾運びの任務を負っているらしい、若い方の佐藤一等兵が、カチコチに張り詰めた姿勢のまま鋭く声を張り上げる。
『報告ッ! 班長殿、確かまだ我らの飯盒の中に、炊きたての飯が残っておりますッ!』
『……うむ、そうだったな』
もう1人の、年配の班長である山田軍曹が深く頷き、腰に下げたキャンバス地の雑嚢から、塗料が剥げかけた楕円形の金属製飯盒を引っ張り出してきた。
『よし、敵の巨大目標が再来する前に、まずは皆で腹ごしらえだ。雑嚢の中に乾パンも少しだけ残っている。副菜になるような粮秣はないが、今はこれで我慢してくれ』
すると、さっきまで「重たい大盾なんて持てないわ」と上品に戦力外通告をしてきた金髪ドレス姿のイザベルお姫様が、その美しい青い瞳を爛々と輝かせ、私の西洋鉄鎧のすぐ横でパッと両手を合わせた。
「まあ! これが噂に聞く、ジャポンでいう『ライス』と『ジャパニーズビスケット』ね! 嬉しいわ、わたくしお腹がペコペコでしたの!」
イザベルはドレスの裾が泥で汚れるのも気にせずに、山田軍曹が飯盒のアルミの蓋を開けて差し出したほかほかの白いご飯と、四角い乾パンの山を興味津々に覗き込んでいる。
日本兵の2人は、腰の革ベルトからアルミニウム製の昭5式水筒を取り出し、以蔵は自分の荷物から節のついた渋い竹の水筒を取り出して、それぞれ「どうぞ」と全員で仲良く喉を潤し始めた。
私は、全身を締め付ける重厚なプレートアーマーに這いつくばった姿勢のまま、その光景をただただ呆然と見つめることしかできなかった。
(……ちょっと待って。私、まだ何にもしてないんだけど。なんでいきなりピクニックが始まっちゃってるわけ……!?)
上空にはさっきまで、島を丸焼きにしようとする圧倒的な捕食者が飛び交っていたのだ。いつ戻ってくるかも分からない過酷な前線のド真ん中なのに、国も時代もバラバラなこの仲間たちの、一体どこにそんな精神的な余裕があるというのか。
21世紀の通信制高校生としての私の脳内は、「こいつら全員、バカなのかな……っ!?」という強烈なツッコミで完全に埋め尽くされていく。
私が鉄の兜の下で顔を引きつらせていると、弾運びの佐藤一等兵が、お茶碗代わりに飯盒の蓋に白米を山盛りに乗せて、私の目の前までカチコチに歩み寄ってきた。
『エルフの将軍殿、何を呆けておられるのです。せっかくの飯が冷めますよ。戦を生き抜くためには、食える時に食うのが鉄則でありますッ!』
「あ……うん。ありが、とう……」
他人に話しかけられるのが人一倍苦手なメンタル弱めの私は、そのガチな軍隊式の気圧され、思わず白く細いエルフの指先で飯盒の蓋を受け取ってしまった。ずっしりと重い西洋鉄鎧の籠手に伝わる、炊きたての白米の、優しくて圧倒的にあたたかい温度。
私は冷たい雨が降る孤島の泥の上で、ただただ呆然としながら、21世紀の自宅の部屋を思い出させるその香ばしい白米の塊を、18歳の女子高生の口元へと、ゆっくりと運んでいくのだった。
(第5話・了)




