第2話:世界の果ての捕食者と、不条理な召喚ポイント
オォォォォォォォォォォンッッッ!!!!!
上空の分厚い雨雲を内側から爆破するような咆哮が、21世紀の都内の自宅から世界の果ての孤島へと強制墜落させられた私の鼓膜を激しく震わせた。地鳴りのようなその衝撃は、私の身体を包む西洋の頑丈な鉄鎧「全身プレートアーマー」をビリビリと共振させ、関節の真鍮バックルを悲鳴のように軋ませる。
私が恐怖で過呼吸になりながら絶望の眼差しで見上げた空には、雲を切り裂いて現れた『巨大なドラゴン』の、神の如き巨影が君臨していた。
その体長は、大型の旅客機を思わせるほどに巨大だった。身体を覆う漆黒の鱗は、中世西洋の鍛冶職人が鍛え上げた防弾鋼板よりも遥かに厚く、雨に濡れてギラりと鈍い金属光沢を放っている。その巨体が羽ばたくたびに、太平洋の暴風雨をも押し返すほどの凄まじい風圧が巻き起こり、世界の果ての孤島の荒涼とした土壌を容赦なくえぐり取っていく。
ドラゴンは、地上で錆びついたロングソードを握り締め、ガタガタと震えているエルフの私を見下ろした。その爬虫類特有の、感情を一切排した獰猛な黄金色の眼光が私を捉えた瞬間、中学時代のいじめの記憶――他人の悪意に満ちた視線に晒されたあの恐怖が、最悪な形でフラッシュバックする。
直後、ドラゴンは大きな口を開け、島そのものを圧潰せんばかりの猛烈な風圧を伴う『威嚇』を放った。喉の奥で明滅する、すべてを焼き尽くすような超高温の爆炎の赤。そこから吐き出される熱風が、西洋鉄鎧の隙間をすり抜けて私の肌を焼き、ライトブラウンのショートヘアを激しく吹き飛ばす。
「いや……っ、無理、無理、無理ぃぃぃ……っ!!」
圧倒的な質量と生物としての格の違いに、私は勇気を振り絞ることもできず、ずっしりと重い鉄の具足の感覚すら忘れて、泥だらけの地面に無様に尻餅をついた。全身の鉄鎧がガシャァンと鋭い音を立てて泥に沈み、私は恐怖のあまり両耳のピアスを震わせ、ただただ小さくなって硬直することしかできなかった。
しかし、その絶対的な捕食者は、あまりにも華奢で無力なエルフの私を「戦う価値すらない羽虫」だと判断したのだろうか。ドラゴンは私を侮蔑するように一瞥すると、興味を失ったかのようにそっぽを向き、巨大な翼を大きく一振して、そのまま暗い海の方へと猛烈な速度で飛んでいってしまった。
「はぁ……っ、はぁ、はぁ……っ」
上空を支配していた化け物の影が水平線の彼方へ消え去り、静寂が戻ってきた島で、私は鉄の兜の下から滝のような冷や汗を流していた。脇や背中を伝う嫌な汗の感触が、21世紀のスウェットの快適さを思い出させて胸がキリキリと痛む。
その時だった。私の目の前に、手のひらサイズの小さな妖精が光の粒とともにふわりと飛来し、頭に響くような透き通った声で話しかけてきた。
『あなたの「召喚ポイント」はまだ残っていますが、どうしますか?』
「――っ! ポイント!?」
私は泥だらけの西洋の鉄籠手を振り回し、その不条理なシステムを司る妖精に向かってありったけの声で叫んだ。
「ポイントなんて全部、全部使っていいから!! 今すぐ私を元の世界に戻してよ!! 東京の部屋に帰して!!」
『不可能です。元の世界へ帰還するためのポイントが足りません』
冷酷な、機械的な拒絶。明日からの現実への恐怖から逃げるためにゲームの世界を望んだのに、戻ることも許されない。その絶望と、いつまたあの巨大な捕食者が戻ってくるか分からない恐怖に、私のメンタルは完全に限界を迎えた。
「じゃあ……! じゃああの怪物を倒すために、そのポイントを全部使って、私の【仲間】をありったけここに連れて来てよッ!!」
私は、18歳の女子高生の悲痛な叫びを乗せて、世界の果ての空に絶叫した。
『分かりました。残されたポイントの範囲内で、召喚可能な仲間を呼びます』
妖精の言葉が終わった瞬間、濃密で不気味な『白い煙』が、私の身にまとう西洋鉄鎧の足元から爆発的に湧き上がり、世界の果ての孤島を完全に包み込んでいった。
煙の向こうから聞こえてくる、未知の地獄を生き抜いた者の足音。ポイントを全て失った如月紬の前に現れる、私の「ありったけの仲間」とは一体何なのか。あまりにも過酷で不条理な異世界サバイバルの第2戦線が、いま静かに動き出そうとしていた。
(第2話・了)




