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「お待たせして、すみません。」
約束の金曜日、予約時間から10分遅れで私は店に到着した。案内された個室に、松川さんは既に入っていて、ビールを飲んでいた。
「たいして待ってないですよ、お疲れ様です。飲み物、何にします?」
「じゃあ、ハイボールでお願いします。」
そう言うと、松川さんはタブレットからハイボールを注文してくれた。
「本当にすみません。定時で上がる気満々だったんですけど、最後バタバタしちゃって。ちょっと遅くなりました。」
仕事先から定時間際に問い合わせのメールが届き、明日から土日かつ、まだ就業時間内なので、スルーすることもできず、大急ぎで各所に確認してから、返信することになり、手間取ってしまったのだ。
「気にしないでください。10分くらいなら誤差ですよ。今回は橘さんへのお礼なので、とにかく食べて飲んでください。メニューどうぞ。」
そう言って、タブレットを私の手元に渡してくれた。
「松川さん、アレルギーとか食べられないものあります?」
「特にないです。なんでもいけますよ。」
「じゃあ、とりあえず枝豆食べたいです。」
松川さんと話しながら気になったメニューを5つほど選んでタブレットから頼んでいると、先ほど注文していたハイボールが届いた。
「では、乾杯。」
乾杯してからハイボールを飲むと、喉が一気に潤った。
「あー、美味しい。早く飲みたくて、定時で上がることしか考えてなかったので、幸せです。」
「本当に幸せそうな顔しますね。」
「機嫌良く生きるがモットーなんで。」
こうして飲み会が始まった。
「松川さんって、今おいくつですか?」
まだお互いの情報をほとんど知らないので、手始めに質問した。
「俺は今年で28歳です。橘さんは?」
「私は先月誕生日に27歳になりました。早生まれなので、学年的には松川さんと一緒ですね。」
「へー、じゃあ、タメ口で大丈夫ですか?」
「うん、問題ないよ。」
「呼び方は?苗字?下の名前?」
「うーん、どっちでも良いけど…じゃあ下の名前で。」
「美耶ね。俺のことも優斗で。」
「了解。優斗。」
そこからお互いの自己紹介のような話をした。私は大手の食品メーカー勤務で、温泉好き、広く浅く緩くアニメやアイドルを追っている。優斗は、出版社の新書部門勤務で、趣味は筋トレとサウナと読書。前に住んでいたアパートには学生時代から住んでいたけれど、持ち主の事情で建て壊しになることが決まり、今のマンションに引っ越してきたらしい。
「筋トレとサウナが好きそうだなっていうのは、すごい見た目通り。こうやって聞くと、読書だけ意外そうに見えるけど、幹弥さんとの話を聞いたら納得。」
「好きな人の趣味は真似したくなるもんだよね。俺の見た目で、読書してるって意外みたいで、良い印象を持たれるから、ラッキーだったなって思ってる。」
「確かに、良いギャップ。ガタイ良くて、体育会系っぽい雰囲気があるのに、読書が趣味は意外性あるわ。全方向にモテそう。」
「まあねー。俺イケメンらしいし。」
優斗は左手で顎を掴んで、少しふざけたように言った。
「そうだよね。すごい造形がキレイだと思う。」
私がそう返すと、少し、驚いた様子を見せた。
「え?そんなに全肯定してくれるの?」
彼はニコニコと人なつっこい笑顔を見せた。
「うん。初めて2人を見たとき、タイプの違う綺麗な顔の人達だなーって思ったの。優斗は顔がホームベース型でいわゆる男らしい骨格だと思う。幹弥さんが中性的だったから、対照的に男らしさが増して見えた。そして、目が大きいうえに二重幅も広いじゃない?だから、目力が強くて、すごいキレイな目だなって印象。なんていうか吸い込まれそうな目ってやつかなって。それに鼻筋も通ってるし。大きめな口も併せて、ちょっと日本人離れしてるって言うか、あと人中も短いし…」
私が冷静に彼の顔の造形について分析していると、
「ちょっと、さすがに褒めすぎ!そんなに言われると照れるから!しかも真顔だし。」
さっきのおどけた様子とは打って変わって、真っ赤になって、両手で顔を押さえていた。
「あ、ごめん。自分でイケメンって話してたから、言っても大丈夫かなって思っちゃって。」
「自分で言うな!とか、ナルシストか!とかつっこまれるかと思ったら、真面目に返されて、びっくりしたよ。」
「ごめん、ずっとキレイな顔だと思ってから、つい勝手に分析しちゃった。嫌だったならごめんね。もう、言わない。」
私が頭を下げると、
「別に嫌じゃないよ。自分のことイケメンって言い出したの俺だし。今のご時世難しいラインの話かもしれないけど、俺は見た目褒められるの普通に嬉しい。ただ、ここまで冷静に色々言われたのが初めてで、恥ずかしくなっちゃっただけだから。」
彼は照れたように笑いながら話していた。
「それなら良かった。あ、ちなみに、この前聞いた話の内容と、今日話している感じを込みで、中身もいい人なんだなって思ってるから。」
あんなに一途に誰かを思い続けられていたことと、話していて話しやすいし、わざとふざけて場を盛り上げようとする辺りも、周囲の人から好かれるんだろうなと感じた。
「おぉ、それは嬉しい。」
優斗は満足そうに笑いながら、ビールを飲み干していた。
「それだけ顔キレイだと無闇にモテそうで大変そう。」
「無闇にってなんだよ。さっきから言葉選びちょっとおかしいよ。」
優斗は笑いながらツッコミを入れていた。
「まぁ、確かに、黙ってたらモテちゃうから、あえてふざけてるところはある。正直。まぁ、元々ふざけたい人間ではあるんだけど。特に女の人から好かれても困るからねー。気を持たせるだけ悪いから。」
おそらく、今まで、女性から思いを寄せられて困った経験が少なくないのだろう。イケメンであるだけでも大変そうなのに、ゲイという要素がプラスされると、さらに困ることも多そうだと思った。
「優斗なら女の子に告白されることも多そうだもんね。」
「うん。俺、小さい頃から好きになる相手は男だったんだけど、一回、仲良かった女友達に告白されて...人として好きだから、いけるかなって思って付き合ってみたことあったんだけど、やっぱりダメだった。なんか、自分の中で違和感がすごくて、結局彼女のこと傷つけちゃったんだよね。気まずくなって別れちゃった。もし付き合わなかったら今も良い友達でいいられたのかなとか思ったし、向こうに申し訳なくてさ。そこからは、自分に正直に男を恋愛対象として見てます。」
「そっか...。大変だったねそれは。」
「その時は、やっぱり同性愛者って生きづらそうかなとか思ったから、異性も大丈夫になりたかったんだけど、無理しちゃダメだね。もう、俺は男が好きなんだって開き直ってるからいいけど。」
ふと、優斗のかつての彼女の気持ちを想像してしまった。好きな相手が自分を恋愛対象として見られなかったことを突きつけられた時、きっと、悲しくて、辛かったんだろうな。
「...なんか、自分語りしちゃった。前もそうだけど、俺の話ばっかりするの良くないな。」
優斗は苦い顔をした。
「そう?私は楽しいよ、優斗の話聞くの。」
今まで人生でゲイだと公言している人と話したことがなかったので、新鮮だった。こんなことを思うこと自体が、珍しがっているようで、失礼なのかもしれないけど。
「いや、美耶の話も聞きたいし。ていうか、話題戻るけど、俺は、美耶のほうこそ、キレイな顔してると思うよ。」
まっすぐに見つめて言われてちょっとドキッとしてしまった。
「おぉ、ありがとう。嬉しい。私の顔って、一つ一つのパーツはあまり特徴が無いと思ってて、目も大きくないし、二重幅も控えめだし、鼻も特別高いわけじゃないけど、たぶん配置のバランスが良いから、それで得してる気がする。万人に絶賛されるわけではないけど、嫌われにくいというか。ただ、今の流行の顔ではないとは思う。やっぱり二重幅の大きな瞳に、高い鼻に、小さい顎が人気だから、」
「ちょっとちょっと、自分の顔までそんな風に分析してるの?流行りじゃないって言い切るのすごいな。」
優斗は笑いながらツッコミを入れていた。
「あぁ、ごめん。まぁ、ごちゃごちゃ言ったけど、自分の顔を結構気に入っているという、良い結論の話だから。まずは、自分のこと好きでいなきゃねー。」
「自分のことを好きでいるのは大事なのは同感。」
「LOVE MYSELFですよ。」
「なんで英語で言い直すの。やたら発音良いし。」
そんなことを言い合いながら笑っていた。
「美耶、普通にモテるでしょ?」
「うーん。モテるかどうかは分からないけど、彼氏があんまり途切れたことはないから、そうなのかもしれない。私みたいなタイプを好きな人って一定数いるんだよね。そして私も自分を好きになってくれた人を好きになるので、成立しやすいという。裏を返すと、私に興味持たなそうな人を好きにならない。便利な性質してるわ。無理めな恋愛はしない。」
私のことを好きにならなそうな人を好きにならないので、苦しい恋愛をすることがないのはラッキーだと思う。
「なるほどねー。じゃあ今も彼氏持ち?」
「うん。もう付き合って4年だから、キャピキャピしてないけど。」
頭の中で涼太のことを思い浮かべながら答えた。
「長いねー、羨ましい。いいなー。俺も彼氏欲しい。」
優斗が天を仰ぎながらしみじみ話していた。
「...出会いとかないの?最近は。」
「うーん。無いよね。自分からガツガツいけば、あるだろうけど、幹弥さんのことがあってからは、もうね。色々疲れちゃったから。」
やはり、優斗にとって幹弥さんの存在がそれだけ大きかったのだろう。
「なんか、イケメンに触れたい。接したい。拝みたい。」
あまりに率直すぎる物言いに笑ってしまった。
「...じゃあ、思い切ってイケメン見に行く?」
私がそう言うと、優斗はキョトンとしていた。




