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次の火曜日、いつものように部室に向かうと、幹弥さんがいた。俺を見た彼が少し気まずそうな表情をしたので、俺は敢えて笑顔で挨拶した。
「幹弥さん、お疲れ様です。今日もカッコいいですねー。」
「お疲れ様、松川君。今日も元気だね。」
「はい、今日も幹弥さんに会えたので。」
俺がそう言うと、幹弥さんは、俯いたまま、黙ってしまった。
「どうしました?」
「…松川君、今日、俺の家に来ない?」
そう言って、幹弥さんは俺のことを見つめていた。その目は切実だった。
「お家誘ってもらえて嬉しいです。本、見るの楽しみだなー。」
「…そうだね。」
2人で、幹弥さんの家まで歩いている間、幹弥さんはあまり話さず、俺の話に相づちを打つ程度だった。俺は、なんとなく無言の時間が流れるのが嫌で、会話が途切れないようにひたすら話し続けていた。
幹弥さんの自宅に到着し、彼の後について中に入ると、1階の一番奥の部屋に案内された。
「ほら、ここだよ。」
中に入ると10畳ほどのスペースに、天上までの高さの本棚が並べられ、ほぼ全ての棚に本が並んでいた。その姿は圧巻だった。
「…すごい。図書館みたい。」
「でしょう?自分の部屋があるけど、ここが一番落ち着くんだよね。…松川君、こっちに来て。」
幹弥さんが手招きをするので着いていくと、部屋の奥に小さなソファーと、ローテーブルが置いてあった。
「本が読みたいときは、ここで読むんだ。奥、座って良いよ。」
彼の言うとおり、ソファーに座ると、幹弥さんが隣に座った。ソファーは小さいので、お互いの肩が軽く触れた。俺は、幹弥さんの家で2人きりという状況に、緊張していたけど、それを悟られないように、敢えて明るく話し始めた。
「本当にすごいですねー。なんか本の森って感じ。秘密基地みたいでテンション上がります。」
「…松川君。この前、俺の家の前で言ってたの…どういう意味?」
幹弥さんは俺のことを真っ直ぐに見つめながら質問してきた。
たぶん、今日、俺と幹弥さんの関係は変わるだろう。良い方と悪い方どちらに転ぶか分からないけど。それを覚悟の上でここに来たのだ。
俺は深呼吸をして、口を開いた。
「そのままの意味です。幹弥さんが今思っている通りの。俺は幹弥さんのことが好きです。」
幹弥さんを正面に見据えて伝えた。その瞬間、彼が顔を赤らめて、目を伏せた。
「...一目惚れでした。部誌で幹弥さんの”愛している”についての文章を何度も読んで、こんな風に、俺のことを思ってくれたら、どんなに良いだろうって考えていました。会ったこともない幹弥さんの彼女にものすごい嫉妬しました。別れたって聞いて、絶対にこのチャンスを逃したくないって思ったんです。」
俺が話している間、彼は俺から目を逸らしていた。
「…松川君は…ゲイなの?」
幹弥さんが俺の様子を窺うように質問してきた。
「はい。そうです。」
誤魔化しても意味はないから、ありのままに答えた。
「幹弥さんが、女の人を好きなのは分かっています。でも、俺は、幹弥さんに告白してきた、どの元カノよりも幹弥さんのことが大好きです。絶対に。俺と付き合ってもらえませんか?」
話しながら、緊張で心臓の音がうるさくなっていった。幹弥さんは俯いたまま、黙っていて、混乱しているようだった。
しばらく沈黙が流れた後、幹弥さんは、ゆっくりと話し始めた。
「…この前から、俺、変なんだよ。…気付いたら、松川君のことが頭に浮かんで、松川君に会いたいなって思って…早く部活の日にならないかなって思って、部活の時も、部室の扉を開く前に、松川君がいなかったらどうしようって不安になって、扉を開けて松川君がいると、本当に嬉しくて…。」
そこまで言うと、幹弥さんは顔を上げて、俺の目を見つめた。その瞳は潤んでいて、自分の中に生まれた感情に困っているようだった。
「…こんな風に思うの…初めてなんだ。」
そう言われた瞬間、幹弥さんのことを抱きしめたい衝動に駆られたけど、理性で抑えた。抱きしめてしまったら、それ以上のことをしてしまう気がしたのだ。俺は彼を傷つけたくなかった。
「…幹弥さん、多分、俺のこと好きなんですよ。両思いですね。」
俺がそう言って笑うと、幹弥さんは真っ赤になって両手で顔を押さえた。
「…やっぱりそうか…。」
反応がいちいち可愛すぎる。襲わずにいる俺の我慢強さに感謝して欲しい。幹弥さんはしばらく、そのまま動かずにいたけど。しばらくしてから顔を上げて俺のことを見た。
「…付き合うって、男同士の場合、何をするの?」
「男女の場合とあまり変わらないですよ。たぶん。連絡取り合って、一緒の時間を過ごして、関係を深め合う。」
俺がそう言って、彼の顔をのぞき込むと、あらぬ妄想をしたのか、幹弥さんが頭を抱えて唸っていた。
「…ごめん。俺、同性と付き合うの初めてだから、迷惑かけるかもしれないけど…。」
「…俺も初めてですよ。だから安心してください。」
そう言って俺は幹弥さんの手を握った。すると、幹弥さんは繋ぎ方を恋人繋ぎにしてきた。
「…煽ってますか?」
俺がニヤニヤしながら聞くと、
「い、いやっ、そんなつもりじゃっ」
そう言って慌てて手を離そうとしたので、逃がさないようにがっちりと握った。
「ダメです。逃げないでください。」
俺がそう言うと、また真っ赤な顔をしてうなだれていた。やっぱりこの人可愛すぎる。
「…1つお願いがあります。」
「何?」
「俺のこと、下の名前で呼んで欲しいです。」
そう言うと、幹弥さんは深呼吸をした後に、
「ゆ…優斗。」
そう言って俺のことを上目遣いで見てきた。あまりにも可愛い。抱きしめたい衝動を抑えて、俺は幹弥さんの頭を撫でた。
「はい。よくできました。」
こうして俺たちは恋人同士になった。
幹弥さんと一緒に過ごせる日々は、本当に幸せだった。幹弥さんという大好きな恋人がいることを全世界に大声で伝えたいくらいの気持ちだったけど、彼は注目を浴びるのは嫌がったし、外野に色々と言われるのが嫌だったので、俺たちが恋人同士であることは2人だけの秘密にした。
俺の家は、母さんが専業主婦で基本家にいるので、両親共働きで、放課後は基本的に無人の幹弥さんの家で会うことがほとんどだった。
皆の目にはあくまでとても仲の良い先輩後輩同士にみえるように、部活の時は今までと同じ呼び方で過ごしていたけど、幹弥さんの家で2人きりで過ごすときは、”優斗”と呼んでもらった。
幹弥さんに呼んでもらえるだけで、今までなんとも思っていなかった自分の名前が、世界一素晴らしい名前になったように感じた。
「幹弥さんは、世界一可愛いです。」
俺は2人でいるときは常に幹弥さんのことを褒めていた。自分に自信の無い彼に自信を持って欲しかったし、一緒にいるだけで胸がいっぱいになって、自然と口から出てしまっていた。その日も、書庫から持ってきた本を、座りながら読む幹弥さんを後ろから抱きしめながら話していた。
「…そんな風に言うの優斗だけだよ。」
俺が褒めると、幹弥さんは耳まで真っ赤になる。それが可愛くて、俺はしつこいくらいに彼を褒めちぎった。
「じゃあ、幹弥さんの可愛いところ言っていきますね。まず、色白で可愛い。抱きしめたら折れちゃうんじゃないかって思うくらい華奢で可愛い。話し方が可愛い。みんなに優しく接するところも可愛い。褒めるとすぐ照れて顔が赤くなるところが可愛い。本を読んでいるときに夢中になっているところも可愛い。あと、」
「も、もう、分かったから!恥ずかしいよ...」
幹弥さんはそう言って真っ赤になって項垂れた。
「...幹弥さん?ちょっとこっち向いて。」
「...何?」
そう言って、振り向いた幹弥さんに俺はキスをした。
「っちょっと...」
「不意打ちでキスした時の驚いた顔が可愛い。あと向き合ってキスしたあとは、目がとろんとするのが可愛い。」
俺がそう言うと、幹弥さんは声にならない悲鳴を上げた後、撃沈していた。
「そして、可愛いと思っているところは全て、好きなところに言い換えることができます。幹弥さん。大好きです。どんどん気持ちが大きくなってます。もう、いつも、幹弥さんのことばっかり考えてます。どうしてくれるんですか?全く。可愛い後輩を困らせて。」
俺が彼を見ながら言うと、項垂れていた幹弥さんがゆっくりと上目遣いで俺のことを見てきた。
「...俺もだよ。いつも優斗のこと考えてる...好き。」
そう言って目を閉じたので、俺は彼に長く、深いキスをした。唇を離すと、お互い息が荒くて、身体に熱を帯びていた。幹弥さんの頬は上気していて、俺を見つめる目は潤んでいた。
「...あと、このエロい表情も可愛くて、大好きです。」
そう言って俺は彼を抱きしめてから、ベットに連れて行った。
お互い初めてだったので、最初のうちはうまくいかないことも多かったけど、話しながら、どうすればお互いに気持ち良いかを探っていった。
「あと、敏感に反応して、気持ちよさそうにしている時の顔も可愛い。」
「...まだ、続いてたの?それ。」
「もちろんです。日に日に更新されてますから。」
まだ服を着ていないまま、お互いベッドの中にいて、幹弥さんを腕枕していた。
「幹弥さんは俺のどこが好きですか?」
「え?...うーん...」
しばらく幹弥さんは考え込んでいた。
「...すぐに出てこないんですか?寂しいなぁ。」
「いや、そんなことなくて...俺、お姉ちゃんがいるんだけどさ、絵に描いたような優等生なのね。文武両道で、周囲の期待に全部答えちゃうような。しかも美人。それで、俺のお母さんって、結構ヒステリーで、自分の思い通りにならないと、癇癪を起こすタイプなんだけど...いつも、お母さんにとってはお姉ちゃんは自慢の娘で、俺は期待に応えない情けない息子なの。だから...お母さんから褒められたことないんだよね。いつもがっかりされてるから、自分に全く自信が持てなくて。
...でもさ、優斗はどんな些細なことでも、俺のことを褒めてくれて、好きだって言ってくれて...おかげで、少しだけ自分に自信が持てたと言うか。だから、優斗のおかげで、俺は前向きになれてるから、感謝してる。
いつもありがとう。優斗の優しいところと、俺にとんでもない量の愛情をくれるところ、大好きだよ。」
言われながら少しだけ泣きそうになってしまった。
お母さんから否定されて、お姉さんと自分を比べて1人で落ち込んでいる幹弥さんを思い浮かべて、胸が痛くなった。
俺は幹弥さんをぎゅっと抱きしめた。
「幹弥さんは、そのままで最高です。良いところがまだまだ、たくさんあります。俺が言ったことで、幹弥さんがポジティブになれるなら、いくらでも言います。大好きです。」
「ありがとう...人生でこんなに誰かに好きになってもらえる日が来るって思わなかった。」
そう言って幹弥さんは俺の腕を抱きしめていた。
初めての部誌で、俺は詩を書いた。タイトルは悩んだ挙句"宝物"にした。
"ずっと、何かが足りなかった。
毎日楽しく過ごしてて、幸せなはずなのに、何かを求めていた
でも、ある日、目の前に現れた
一目、見た瞬間に分かった
俺が探していたのは、君だったんだ
こんなに素敵なのに
なぜかいつも自信がなくて
自分を卑下して
本の森で1人でいた君
その森から出ておいでとは言わないから
俺もその森に入れて欲しい
これからもずっと"
俺が作品を書くなら、幹弥さんのことを書くと決めていた。俺が書いた原稿を読んだ彼は、
「...あからさますぎるよ。」
そう言って泣きそうな表情をしながら笑っていた。
「俺、作品を作るなら、幹弥さんへのラブレターにするって決めてたんです。」
幹弥さんは愛おしそうに原稿を触っていた。
「...ありがとう。」
そう言って、今までで1番嬉しそうに笑ってくれた。
部誌製作が終わると、幹弥さん達3年生は引退したけど、俺たちの関係は変わらず、時間ができたら幹弥さんの家で会っていた。
「幹弥さん進路どうするんですか?文系ですよね?」
部活も引退し、本格的に受験生になった幹弥さんは、いつも一生懸命勉強していて、俺はその邪魔をしない程度に、横で一緒に勉強したり、幹弥さんの家の本を読んでいた。
「俺...哲学科に行きたいんだよね。ものごとを色々な考え方で検討するのが好きと言うか...。自分の中の疑問とかを自分なりに理論立てて考えたいなって思ってるから、大学で一回しっかり勉強したくて。
でも、お母さんは、将来に役に立つか分からないし、良い会社に就職できるか分からないような学部を選ぶなって言ってたんだけど...どうしても行きたいから、お母さん的に偏差値の高さに納得できる大学の哲学科を受験するってことで、許可をもらえたんだ。だから、結構、必死で頑張らなきゃなんだよね。」
確かに就職には直結しなそうではあるけど、部誌に書いてある文章を読む限り、幹弥さんにはぴったりな気がした。
「すごい素敵だと思います。勉強頑張ってください。応援してます...勉強の邪魔にならない程度に、会いにきても良いですか?...襲わないように気をつけるので。」
俺が少しふざけながら言うと、幹弥さんは笑っていた。
「...襲わないなら良いよ。俺も応援してくれる人が近くにいると頑張れるから。」
俺はこれからもずっと幹弥さんと一緒にいられると思っていた。でもそんな日々の終わりは突然やってきた。
「...あんた達、何してるの?」
その日は勉強を始める前に、どうしても我慢できなくて、幹弥さんとベッドの上でキスをしていた。そこへ幹弥さんのお母さんが急にドアを開けた。幹弥さんが一瞬で青ざめたのが分かった。
「幹弥、どういうこと?説明しなさい。」
初めて見る幹弥さんのお母さんは、顔立ちは幹弥さんに似ているけど、とても威圧感があり怖かった。俺たちを見て明らかに怒っているのが分かった。
「...すみませんが、あなた、帰ってもらえますか?親子で大切な話し合いをしますんで。」
幹弥さんのお母さんは、怒りに満ちた眼差しで俺を見ていた。
「...ごめん。あとで連絡するから。」
幹弥さんは動揺していたけど、泣きそうな笑顔を見せながら言った。俺は後ろ髪を引かれつつ、その場から退散するしかなかった。
その日の夜遅く、幹弥さんから電話がかかってきた。
「優斗、今日は、ごめんなさい。本当に申し訳なかった。ごめん。」
「いえ。...幹弥さんこそ大丈夫でしたか?」
「...人生で1番お母さんに罵倒されたよ。普段は滅多にないんだけど、たまたま今日仕事が早上がりだったみたいで、家に帰るタイミングが俺たちと被ったらしい。そこで、俺と優斗が家に入るところを見たんだって。直感で、単なる友達とか先輩後輩関係じゃないって思ったらしくて、俺たちが部屋に入った後に、こっそり聞き耳を立てて、それで...あの時部屋に入って来たらしい。」
外では誰が見ているか分からないので、手を繋がないようにしていたけど、もうすぐ家に入れると言う安心感で油断して、距離感が近かったかもしれない。
「...お母さん、なんて言ってましたか?」
「...なんであんたはまともな行動ができないんだって言われた。男と付き合っている息子が、許せないみたい。頼むから世間に顔向けできないことはやめてくれ、噂になったらどうするんだって...。」
幹弥さんのお母さんを聞いていた段階で、許容範囲の狭そうな人だとは思っていたので、俺たちの仲を反対するかもしれないとは思ったけど、はっきりとそれを知らされると、胸が痛んだ。
「...別れなさいって言われて、俺、絶対嫌だって言った。そしたら、彼と付き合い続けるなら出て行きなさいって言われて...。」
この先の話の流れが読めた気がして、俺は思わず唇を噛み締めた。
「優斗、本当にごめん。優斗のこと、本当に大好きだし、離れるなんて考えたくない...でも...今この家を追い出されたら、俺、多分生きていけない。本当にごめん。だから、」
「幹弥さんさえ良ければ、俺は家出でも駆け落ちでもなんでもします。だから、その先は言わないで...。」
俺は話しながら自分の喉の奥が熱くなるのが分かった。お願いだから、俺とずっと一緒にいて欲しい。
「...優斗ならそう言うと思った。でも、俺のせいで、優斗の人生めちゃくちゃにしたくない。優斗はまだ16歳で、まだ人生を決めるには早すぎるよ。」
「勝手に俺の人生決めないでください。俺は、幹弥さんのためだったらなんだってできます。どんなことがあっても幹弥さんさえいれば良いんです。お願いです。幹弥さん1人で結論を出さないで。」
話しながら泣いてしまっていた。幹弥さんと、もう一緒にいられないなんて、俺にとっては死んでいるのと一緒だ。
「優斗...。大好きだよ。今まで本当にありがとう。優斗のおかげで、俺は、前向きになれた。自信をもらえた。優斗が思っている以上に、俺はものすごくたくさんのものをもらった。本当にありがとう。
...何も返せてなくてごめん。本当にごめん。優斗、別れよう。」
「嫌だ...絶対に嫌です。俺、別れたくないです。」
涙が止まらなくて、しゃくりあげながら、俺は抵抗した。
「優斗、ごめん。本当にごめん。もう付き合えない。親に反抗もできない、情けないやつでごめん。」
「嫌だ...嫌だよ...。」
「優斗、俺、優斗には、ずっと、幸せを感じていてほしい。」
このタイミングで、その言葉を言うのは、あまりに酷だ。
「幹弥さん...今、それを言うのは、ずるいよ...。」
「優斗、ごめん。優斗のこと大好きだから、これで終わりにしよう。本当にありがとう。...さようなら。」
「幹弥さんっ」
そのまま、電話は切れて、2度と繋がることはなかった。
涙が溢れて、止まらなくて、俺は、何時間も泣き続けた。このまま脱水になるかもしれないと思ったけど、幹弥さんの側にいられないなら、干からびて死んでしまっても良いと思った。




