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「松川君、好きです。付き合ってもらえませんか?」
「ありがとう。でも、ごめん。俺、好きな人いるから。」
文芸部に行こうとした放課後、同じクラスの女子に声をかけられ、昇降口の前で告白された。彼女は入学してすぐに連絡先を交換して欲しいと声をかけてきた相手で、なんとなく気を持たれているのには気づいていたけど、俺的には、思わせぶりな言動はしていないつもりだった。
ただ、俺はそもそも人懐こいらしいので、向こうが脈アリだと思ったのかもしれない。いつだったか、友達に、お前は思わせぶりだと言われたのを思い出した。
告白を断った後、部室に向かうと、幹弥さんがすでに部室にいた。
「お疲れ様です。もう来てたんですね。」
「うん。ちょっと部室で確認したいことがあって。」
俺が荷物を置いていつもの席に座ると、幹弥さんがこちらをじっと見ていた。
「なんですかー?俺がイケメンだから見惚れてます?」
ふざけて言うと、
「違うよー。確かにイケメンだとは思うけど...。さっき、告白されてたでしょ?」
幹弥さんがそう言って、ニコッと笑った。
「あー...見られちゃいましたか。」
俺は苦笑いしながら答えた。
「うん。あ、たまたまだよ。後をつけたとかじゃないからね。昇降口って、渡り廊下から見えるし。びっくりしちゃって、すぐにその場から退散したから。野次馬は良くないと思って。」
幹弥さんは弁解するように話した。
「付き合うことになったの?」
「あー...断りました。同じクラスなので多少気まずいですけど、悪い子じゃないので、うまく対応してくれると思います。」
「そうなんだ。」
俺が付き合ったと思ったのであろう幹弥さんは、驚いていた。
「...悪い子じゃないなら、どうして?今はそうでもなくても、付き合ってみたら、好きになることもあるんじゃない?」
幹弥さんの恋愛パターンはいつも相手から押されて付き合うのだろう。俺が断ったのが理解できなかったのかもしれない。
「...俺、好きな人いるんで。」
「...そっか...なら仕方ないか。好きな人ってどんな人なの?松川君なら、カッコいいし、明るくて優しいし、向こうもすぐ好きになりそうだけど。」
「俺の好きな人...今、恋人いるんで、すぐには行動できなくて。」
そう言って、幹弥さんを見た。あなたのことですよという気持ちを込めて。
「そっか...なかなか恋愛って難しいねー。」
その言葉には俺が片思いであることへの慰めと、自分の恋愛が上手くいっていないことへの嘆きを感じた。
「幹弥さんはどうなんですか?...彼女さんと。」
「うーん。松川君の恋愛話ばっかり聞いてたら不公平だから、俺の話もすると、たぶん、最近彼女が俺への興味を失っているのが分かる。」
そう言って苦笑いをしていた。
「まぁ、俺が悪いんだけどね。なんていうか、おじいちゃんみたいな会話しかできないから、つまらないんだと思う。もっと恋人らしいことをしたいって言われても、ちょっと照れちゃって、できなくて、がっかりさせちゃうし。」
「...恋人らしいことって、どんなことですか?手を繋ぐとか?抱き合うとか?」
「うーん...まぁ、そんな感じかな?」
俺は咄嗟に幹弥さんの手を握った。彼は驚いて、俺の方を見た。
「...こんな風に?」
彼が呆気に取られているのを良いことに、俺は繋ぎ方を恋人繋ぎにした。
「付き合ってるなら、こっちですよね。」
そう言うと、彼が顔を赤らめているのが分かった。とてつもなく可愛い。
「...俺で練習してみます?幹弥さんなら、抱き合うの全然OKです。俺。むしろしてみたいかも。」
俺が手を繋いでない方の腕を広げて、そう言うと、幹弥さんの顔が真っ赤になった。
「...まっ松川君、俺のこと、からかい過ぎだよ。ね、自分でなんとかするから。」
そう言って、俺の手を離して、距離を取った。急に距離を縮める過ぎたかとも思ったけど、顔を赤くしている様子から見ても、可能性はありそうだと思った。
「そうですか?俺はいつでもウェルカムなんで...練習したくなったら言ってください。」
そう言って笑顔を向けると、幹弥さんは恥ずかしそうに目を伏せていた。
その次の活動日、部室に入ると、幹弥さんと1年生の女子が話していた。どうやら彼女は幹弥さんに作品についてのアドバイスをもらっているようだった。
「松川君、お疲れ様。」
彼は、俺にそう声を掛けた後、すぐに、彼女との会話に戻っていた。
「ストーリーは良いと思う。充分面白いけど、しいて言うなら、もう少し主人公に感情移入できる要素があると良いかもね。どうしてこういう行動を取るのか、説得力のある理由があった方が、読者が入り込みやすいかも。」
アドバイスする幹弥さんの真剣な姿は、凜として、素敵だった。助言を受けた女子生徒は、幹弥さんにお礼を言いながら、部室を出て行った。
「さすがですね。部長。」
俺が笑顔で声を掛けると、幹弥さんは恥ずかしそうに笑っていた。
「たいしたことしてないから。彼女の作品、文句の付けようがなかったから、なんて言おうか迷ったもん。でも何か言わないと、部長としての威厳がなくなるかなとか、色々迷いながらやってるんだよ。」
「でも、良いアドバイスだったと思いますよ。何を直せば良いか分かりやすく教えてて。あんな風に優しくアドバイスされたら…彼女、幹弥さんのこと、好きになっちゃうかもですね。」
「もう、松川君、また俺のことからかってるでしょ。俺なんか全然ダメなんだよ…。」
そう言って幹弥さんは悲しそうに笑っていた。
「…彼女さんと何かあったんですか?」
「あぁ、うん…振られちゃった。」
彼は、そう言って目を伏せた。
「なんか、会話も盛り上がらないし、向こうにしてみたら、俺から好かれている感じがしないんだって。もう、彼女の中で決心は固そうだったから、あっさりね。…俺さ、誰かから好きって言われると嬉しいから、付き合うんだけど、変なことして、嫌われたくないなって思って、本音を隠して当たり障りのない会話しかできないんだよね。自分に自信が無いから。関係を進めるのも、本当に進めて嫌がられないかなって思っちゃって。なんか、俺って恋愛向いてないんだなーって思ったよ。」
部誌の幹弥さんの文章を見たときに、この人はエゴを出すのが苦手なのだと感じた。
彼の”愛している”である“ずっと、幸せを感じていてほしい”は、本当に無償の愛で、彼自身の感情は全く無視している。でも好きな相手のそばにいたいと思うのをエゴと切り捨てることには完全には賛同できない。好きな相手の近くにいたい、触れたいと思うのも、相手のことを愛しているからだと、俺は思う。
「…幹弥さんが素の自分を出しても、不安にならないくらい、幹弥さんのことが好きでたまらない相手なら、きっと安心できるんじゃないですか?」
「…確かにそうかも知れないけど、そこまで俺のことを好きになってくれる人なんているかな。」
「いますよ。絶対。」
俺はそう言って、幹弥さんの隣の席に座った。
「幹弥さんが気付いていないだけで、近くにいると思います。」
俺は真っ直ぐに彼を見つめた。すると、彼は顔を赤らめて、恥ずかしそうに俯いた。
「…そうかな。…まぁ、松川君がそう言うなら、自信持とうかな。ありがとう。」
そう言って恥ずかしそうに笑った。どうしよう。あまりにも可愛くて抱きしめたい。
「…松川君はどうなの?最近、好きな人と。」
俺から目を逸らしたまま、幹弥さんが聞いてきた。
「…最近、恋人と別れたみたいです。」
俺がそう言うと、
「え、じゃあチャンスだね。」
幹弥さんは笑顔を見せた。
「これからどうするの?」
「そうですねー。まずデートにでも誘いますかね?」
「おぉ、さすが、行動力あるね。」
俺は身を乗り出して、幹弥さんに顔を近づけた。彼と俺の顔の距離は10cmもなくて、彼は驚いた表情を浮かべていた。
「…幹弥さん。今日一緒にご飯食べに行きませんか?今日、両親とも仕事遅くてご飯食べてくるように言われてて。」
「え?今日?」
幹弥さんは戸惑っていたけど、ここは押すしかない。
「はい。ダメですか?可愛い後輩からのお願いで。俺から誘ったので、おごってほしいなんて言いませんし、ただただ、幹弥さんとご飯食べたいなーと思って。」
俺がそう言って両手を合わせると。
「うーん…分かったよ。行こうか。」
「やった!俺すごい嬉しいです。」
俺がそう言ってガッツポーズをすると幹弥さんは笑っていた。
2人で近所のファストフード店に行き、一緒にハンバーガーを食べた。俺は幹弥さんと一緒にいられる喜びで、終始テンション高く話していた。幹弥さんはそんな俺を微笑ましそうに見てくれていた。
「幹弥さん、どうして文芸部に入部したんですか?」
「うーん。運動神経が皆無っていうのもあるけど…うちさ、父親がすごい読書家で、毎月10冊くらい本を買ってるんだけど、そのおかげで図書室なんじゃないかってレベルで家に本があるんだ。身近に本があるもんだから、小さい頃から、本ばっかり読んでてさ。それで、自分でも色々書いてみたいなって思ったから、入部した感じ。」
小さな幹弥さんが、本に囲まれながら静かに読書する姿が頭に浮かんだ。
「へー。図書室並みってすごいですね。」
「うん。おかげで、学校の図書室とか図書館ほとんど行ったことない。家にだいたいあるから。でも、本って重いから、その部屋だけ床が沈んじゃって、斜めになってるの。お母さんは本をそんなに読まない人だから呆れてるよ。」
そう言って幹弥さんは笑っていた。
「…俺、あんまり普段、本読まないんで、幹弥さんのお家の本が置いてある部屋行ってみたいです。そこで読めば、部誌で何書けば良いか思いつくかも知れない。」
俺がそう言うと、幹弥さんは少し驚いた表情をした後に、少し考えてから口を開いた。
「…分かった。今度ね。」
その返事を聞いて俺は満面の笑みになっていたと思う。
「やった!俺すごい嬉しいです。約束ですよ。」
俺が右手の小指を出すと、幹弥さんは少し恥ずかしそうに指切りをしてくれた。
「ところで、松川君は、どうして文芸部に入ったの?あんまり本読まないんでしょ。普段。なんとなく雰囲気的に運動部っぽい感じするし。」
「あー。俺、中学校ではバスケ部だったんですけど、友達とわいわいやりたくて入っていたような感じで。うちの高校、どの運動部も本気で練習するから、大変そうだなーって思って。活動が緩そうな部活を探してて、文芸部にたどり着きました。すみません、不純な理由で。」
俺が正直に白状すると、幹弥さんは笑っていた。
「ははは、松川君って正直だねー。まぁ、同じような理由で入ってくる人も多いから、気にしなくて大丈夫だよ。でも、その割に、毎回活動に参加してくれるから、びっくり。文学に目覚めたの?」
俺は、幹弥さんに俺のことを意識して欲しかった。
「…俺、幹弥さんに会いたいんで。」
そう言うと、幹弥さんは目を丸くしていた。
「…え?」
「部室に行けば、幹弥さんに会えるんで。大好きな先輩に。…これも不純ですか?」
俺がそう言って見つめると、彼は一瞬、目を伏せた。
「…後輩に、慕ってもらえるのは嬉しいから。ありがとう。でも、作品も作っていこうね。」
そう言って、少し戸惑いながら笑顔を見せてくれた。
ファストフード店から出ると、外はすっかり暗くなっていた。
「今日は、付き合ってくれてありがとうございました。幹弥さんのおかげで、いつもよりハンバーガーが5割増しで美味しかった気がします。」
「もう、大げさだなー。でも俺も楽しかったよ。ありがとう。」
そのまま2人で歩きながら話していると、幹弥さんの家の前に先に着いてしまった。
「送ってくれてありがとう。じゃあ、松川君、気をつけてね。」
俺はとても名残惜しくて、このまま、2人の時間が終わってしまうのがたまらなく寂しかった。思わず、俺は口を開いた。
「幹弥さん。」
「ん?どうした?」
幹弥さんは不思議そうな顔で俺を見ていた。
「…月が綺麗ですね。」
俺が真剣な表情で、そう言うと、彼が息を呑んだのが分かった。
「それに、俺、幹弥さんに、”ずっと、幸せを感じていてほしい”です。」
そのまま、俺と幹弥さんはしばらく見つめ合っていた。
「…じゃあ、俺、帰りますね。また部室で。」
そう言ってその場を立ち去った。少し性急すぎる気もしたけれど、幹弥さんの気持ちが揺れている気がしたので、思わず伝えてしまった。一度振り返ると、幹弥さんは立ち去る俺の姿を見つめていた。




