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 俺は中学時代バスケ部に所属していたけど、元々友達に誘われてノリで入部しただけで、たいしたやる気はなく、部活帰りに買い食いすることだけが楽しみだったので、高校で、バスケを続ける気はなかった。

しかし、俺が入学した高校は、全校生徒が部活に入らなければいけないというルールがあったので、仕方なく入学式後に配布された、部活紹介の冊子を見ながら、活動が緩そうな文化部はないかと探していると、文芸部の紹介が目に入った。夏と冬の年に2回、部活で発行する部誌に、1つでも作品を出せば、在籍していることになり、週に2回の部活は自由参加と書いてあった。作品と言っても、エッセイ、小説、短歌と何でもありで、これなら俺でもできそうだと思った。

 翌日の放課後、文芸部の入部説明会が行われる予定の部室に向かうと、文芸部に興味があって参加したのであろう真面目そうな生徒と、俺のように、活動の緩さに惹かれて来たと思われる、やる気の無さそうな生徒が併せて10名ほどいた。クラスメートの津川尚人もいたので、2人で雑談していると、部室のドアが開き、一人の学生が入ってきた。彼は皆の前に立つと口を開いた

「1年生の皆さん。今日は説明会に参加してくれてありがとうございます。部長で3年の保坂です。よろしくお願いします。」

これが、俺と保坂幹弥の出会いだった。

彼は色白で線が細く、眼鏡をかけていて、切れ長の瞳をしていた。話す言葉はとても丁寧で、どこか中性的な雰囲気を醸し出していた。

俺は彼から目が離せなかった。

「部活紹介の冊子に書いてあった通り、文芸部は年に2回の部誌製作が主な活動です。火曜日と金曜日は活動日になっていますが、強制ではありません。部誌に出す作品を年に2つ作ってもらえれば、あとは自由に過ごしてもらって大丈夫です。もちろん、熱心に活動したい人は、部室に置いてある本を読みに来たり、ここで創作活動をしてもらってかまいません。基本的に僕は部室にいることが多いので、質問があれば、なんでもどうぞ。」

保坂幹弥はそう言って穏やかな笑みを浮かべた。

「なんか、部長、優しそう。緩そうだし。俺、文芸部にしようかな。優斗も入るでしょ?」

尚人に聞かれ、

「…うん。入るよ。」

幹弥さんを見つめながら、俺はそう答えた。

活動の緩さと、部長の優しそうな雰囲気も相まって、その日の説明会に来た全ての1年生が入部届けを提出した。


「松川君、今日も来てくれたんだ。熱心だね。」

部室の扉を開けた幹弥さんが笑顔で声を掛けてくれた。

「お疲れ様です。幹弥さん。今日も来ちゃいました。」

俺も笑顔で返した。説明会以降、3回目の活動日だったけど、参加している生徒は俺一人だった。真面目に作品を書いている生徒もいるようだけど、皆、一人で書いている方が集中できるらしく、部室に来る生徒はほとんどいなくて、毎回来ているのは俺くらいだった。もちろん俺は、作品を作るためではなく、幹弥さんに会うために参加していた。

「…今日も幹弥さんカッコいいですねー。俺、地黒なんで、色白なの羨ましいです。」

「何言ってんの。松川君の方が全然カッコいいでしょ。ガタイ良いし。俺の方が羨ましいよ。」

俺は毎回幹弥さんに合う度、彼のことをカッコいいと言っていた。幹弥さんは軽口と捉えていたけれど、俺は本気だった。彼の容姿はもちろん、物腰柔らかく、紳士な姿勢も全てが大好きだった。

「なんか、松川君って大型犬みたいだよね。イケメンでガタイも良いから、イケイケでちょっと怖いのかと思ったけど、こんな風に人なつっこく話しかけてくれるし。ザ・後輩みたいな人、今までなかなかいなかったから、嬉しいよ。いつも参加してくれてありがとうね。」

「それは、俺が幹弥さんのこと尊敬しているからですよ。俺、チャラいってよく言われるから、幹弥さんみたいに落ち着いた雰囲気のある人、憧れるんです。それに、毎回部活に参加して、責任感あってすごいなーって。」

現時点で好きだと言ったら、戸惑われて終わってしまう。まずは、一番仲の良い後輩のポジションになりたかった。

「そんな風に言われたら、調子に乗っちゃうなー。俺、ただの陰キャだよ。本ばっかり呼んでるし、つまんない奴扱いしかされたことないから、松川君くらいだよそんな風に言ってくれるの。部長も、他にまともに参加してる人間がいないからやってるだけだし。」

そう言って笑う幹弥さんはやっぱりすごく魅力的だった。

「全然そんなことないです。俺は幹弥さんすごいと思います。それに、幹弥さんのこと好きって言う人、絶対いると思うし、」

今まで聞けなかったことを聞くタイミングは今だ。

「恋人、いないんですか?」

緊張しながら質問すると、幹弥さんが、頬を赤らめたのが分かった。

「あー…一応。彼女はいる。」

やっぱりそうか。いるよな。素敵な人だし。それにノンケか。俺は落ち込む気持ちを押し殺して、笑顔で続けた。

「えー!どんな人ですか?教えてくださいよー。」

「恥ずかしいな...。他校の人なんだけど、声かけられて...先月から付き合ってる。」

先月ならまだ日も浅い。きっと気持ちが高まっていて、今は一番楽しい時期なのだろう。見たこともない幹也さんの彼女に嫉妬した。

「えー、付き合いたてですね!ラブラブですかー?」

「うーん...どうだろうね?俺、付き合っても、話も面白くないし、つまらないって言われて振られるパターンだから。」

なんて贅沢な元カノ達よ。幹弥さんと付き合えるという幸せを自ら手放すとは、愚かすぎる。

「へー。パターンってことは、さては幹弥さん、恋愛経験豊富ですね。」

「いや全然だよ。付き合ったのが3人目ってだけで。2-3ヶ月で毎回振られてるし。俺って面白くないんだろうね。」

「そんなことないですよ。幹弥さん振るなんて、見る目なさすぎです。」

これは本心だった。

「あはは、松川君、俺のこと買い被りすぎだよ。大したことないよ、俺なんて...。ていうか、松川君こそどうなの?モテるでしょ?」

幹弥さんが悪そうな笑みを浮かべながら聞いてきた。

「正直、モテることは否定しません。」

「おぉ、さすが。」

「でも、好きな相手にモテないと意味ないですよ。」

そう言って、俺は幹弥さんを見つめた。意味ありげな視線を送っているつもりだけど、彼はピンと来てなさそうだった。

「うーん。なるほど。モテる人は言うセリフが違うね。」

そう言って笑っていた。


 その日の夜、俺は家で去年の冬に製作された部誌を読んでいた。この冊子を、もう何度読んだか分からないほど読み込んでいる。

説明会の日に、幹弥さんに、部誌ではどんな作品を作るのか質問したら、サンプルとしてくれたのだ。幹弥さんは、短編小説、詩、エッセイを書いていて、どれも素敵だったけど、その中でも、俺は

エッセイに一気に心を掴まれてしまった。


”愛している”についての考察

 “愛している”と言う言葉を、普段からよく使う日本人はどれほどいるのだろう。正直、なかなか口にすることができない、大きな意味合いを持つ言葉だと思う。

似たような意味合いの”好き”と比べても、使いやすさも、その言葉の重さも段違いだ。

調べたところによると、明治時代、英語のI LOVE YOUを和訳するためにできた言葉とのことだ。欧米の言葉を訳したものだからこそ、日本には元々ない情熱的な印象を受ける言葉だと思う。

かつて、夏目漱石がI LOVE YOUを日本語に訳すなら、”月が綺麗ですね”ではないかと言っていたらしい。自分が美しいと思った景色を自分の愛する人にも見て欲しいと思う気持ち。これこそが愛しているということだという解釈はとても素敵だと思う。ただ、私はこの考えに、少しばかりのエゴを感じてしまう。

もし、自分が美しいと思った景色を見た相手が、自分と同じような感想を持たなかったら、おそらくがっかりしてしまうのではないだろうか。相手も感動するに決まってる、そう思い込んでいるように私は思えてしまう。相手が何を見てどう感じるかは、人それぞれなのに、それを制限してしまっている気がするのだ。これは私が捻くれているだけの可能性も大いにあるけれど。

だからこそ、私は、今一度”愛している”に変わる言葉を考えてみたい。

まず自分の中での”愛している”の定義をしっかりさせておきたい。

私の中での”愛している”と言う言葉は、相手に対する無償の愛に相当すると考えている。

相手のことを第一に思い、相手のために見返りを求めずに、行動ができることこそ”愛している”だと思う。

まず、候補1「あなたのそばにいたい」

これは、自分がそばにいることこそ、相手によって最善だと思い込んでいる気がする。自分の気持ちの押し付けに過ぎないだろう。

候補2「あなたのためなら死ねる」

これは、重い上に、相手の気持ちを考えていない。もし、相手が自分の死を望むのなら、その愛は迷惑なのだろう。それに、命を賭けるくらい、自分は相手を思っているのだから、その気持ちに答えて当然だ。という傲慢さを感じてしまう。

候補3「健やかにいてほしい。」

かなり無償の愛に近づいてきていると思う。正直思いついた時は、これだと思ったけど、捻くれ者の私は、もし余命わずかの末期の患者を愛していた場合、”健やかにいて欲しい”と言う言葉はとても残酷だし、たとえ相手の身体が健康でなくても、”愛している”は伝えられる言葉であることを加味すると、分が悪いと考え直した。”心健やかにいてほしい”なら良さそうだけど、パッと言われてすぐ、相手が何を言おうとしているか分かりづらい言葉である気がする。

ここに載せていない候補を含めると、私は本当に色々な言葉を用いて”愛している”に変わる言葉はないかを考えた。

そして一つの答えを出した。これはあくまで私の中の答えだ。異論反論は大いにあるだろうけど、最後まで読んでもらえると嬉しい。

私にとっての”愛している”は


“ずっと、幸せを感じていてほしい”である。


まず、自分がどんな状態であるかは関係なく、相手には、良い精神状態でいてほしい。

”幸せでいて欲しい”でも良いかと考えたけれど、この文言だと、そもそも、その幸せとは誰からみたものかが分かりにくい。本人的にはそんなに幸せではなくても、周りから見れば幸せな状態であれば良しとされてしまうのではないかと思ってしまうのだ。何度も言うように、私は捻くれているし、人の揚げ足を取るような人間なのだ。

しかし、そんな私でも、自分の中で異論、反論が出なかったのが

“ずっと、幸せを感じていてほしい”

だった。幸せの定義は人それぞれだけど、誰しも「今、自分は幸せだな」と思う瞬間があり、その感覚が分かると思う。私はその状態がずっと続くことを祈ることこそ、”愛している”だと思うのだ。

問題は”愛している”よりも圧倒的に文字数が多く、言いづらいことだ。

でも、”愛している”よりも重くないと思うので、私は“ずっと、幸せを感じていてほしい”を推したい。

最後までこの文章を読んでくれた読者の皆さんに、ぜひ、ずっと、幸せを感じていてほしい。


 この文章を読んだ時、少し捻くれているけど、純粋な幹弥さんの人柄に触れた気がした。愛する人に無償の愛を与えたいと思う彼の、愛する人に自分がなりたいと心から思ったのだ。

たぶん、一目惚れだったのだけれど、完全に恋に落ちてしまった。


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