19
並木君とお店の前で別れた後、家までの帰り道を歩きながら、私は考えを巡らせていた。
並木君は、良い子だ。私へのダメ出しが割と辛辣でびっくりしたけど、思っていることを隠さずに伝えてくれるということは、少なくとも涼太とのときのように本音を言われなくて苦しいと思うことはないだろう。
なにより、私が、日々機嫌良く過ごすために心がけている、ふざけがちな言動を面白がって、そこが良いと言ってくれる。
…普通に可愛いし、カッコいい。
迷う必要は無いと思う。むしろ、ここまで条件が良くて、私のことを好きでいてくれる人に、マッチングアプリをしたところで出会えるだろうか。
...それなのに、彼を選んで良いのか迷ってしまっている。
彼と付き合うことを躊躇っているのは…結局、私が優斗への思いを拭いされていないからだ。
報われることはない片思いをしている証拠。
私は思わずため息をついてしまった。
いっそのこと、優斗に気持ちを伝えて、思いっ切り振られてしまった方が、諦めがつくのかもしれない。でも断られたら100%今まで通りではいられない。きっとお互い気まずくなって、今のような距離感ではいられなくなってしまう。
…それは嫌だ。私は彼のそばにいたい。
でも、そばにいられるだけでいいのか?
…本当は、私を恋愛対象としてみて欲しい。私を恋人にして欲しい。
ゲイの優斗に望むには、あまりにも無理な願望だ。
バカだな、私。
思わず自嘲するように笑ってしまった。
するとそのタイミングでポケットの中のスマホが鳴った。画面を見ると、優斗から電話がかかってきていた。
彼のことを考えているときに電話が来るなんて、まるでお互いを思い合ってるみたい。
なんて、そんなわけないのに。
私は深呼吸をしてから電話に出た。
「もしもし?」
「もしもし、美耶?俺、今、帰ってるところなんだけど、どこにいる?」
「私も今、家まで帰ってるところ。ちょうど3丁目のコンビニ辺り。」
「あー、じゃあ追いつけるわ。コンビニで待ってて。一緒に帰ろう。」
「…うん。分かった。待ってるね。なんかおつまみ見てる。」
電話でやりとりをしてからコンビニに入り、商品を見ていると、
「美耶、待たせてごめん。お疲れ様。」
後ろから優斗に声を掛けられた。振り返ると、彼は、幹弥さんの結婚式のために購入したスーツを着て立っていた。
「あ、今日これ着てたんだ。やっぱりカッコいいね。よく似合ってる。」
「ありがとう。おかげさまで今日もいろんな人から褒めてもらえました。」
彼はそう言って笑顔を見せた。そのままコンビニで何個かおつまみを購入してから、家までの帰り道を2人で歩いた。
「見てよ、これ。今日のパーティーで残ってたウイスキーもらった。高いやつだよ。一緒に飲もう。」
優斗が手にしていたウイスキーは、値段が張る分美味しいことで有名な代物だった。
「うわ!すごいね。初めて本物見たかも。こんな良いものくれるなんて太っ腹だね。」
「俺が今日のために駆けずり回ってたのを見てた先輩がくれたんだよ。頑張って良かった。」
「うー、飲めるの楽しみ。でも、いいの?私、優斗の仕事の役に全然立ててないけど。美味しい思いだけしちゃって。」
彼が忙しかった間、私は彼を応援するくらいしかできていない。そんな私が美味しいところをいただいてしまって良いのかと思った。
「良いんだよ。応援してもらえたから頑張れたし…昨日も、美耶に元気もらえたから。」
昨日、玄関で抱きしめられたことが脳裏に浮かんだ。
「そっか…そう言ってもらえるなら、お言葉に甘えて。」
一旦お互い家に帰り、シャワーを浴びてから優斗の家に集合することにした。
「乾杯。仕事、本当にお疲れ様。」
そう言ってから、優斗がもらってきたウイスキーで作ったハイボールを1口飲むと、口の中いっぱいにスモーキーな香りが広がった。
「何これ、すごい。美味しい。」
思わず、そのままグビグビ飲んでしまった。
「これが本物のウイスキーなんだとしたら、私が今まで飲んでたウイスキーってなんだったんだろうって思っちゃう。これは知らなければ良かった世界の可能性があるな。」
私が笑いながら言うと、
「本当にすごいね、これ。匂いが全然違う。」
優斗も同意しながら勢いよく飲んでいた。
「いやー、本当にありがとう。こんなに美味しいお酒飲めるなんてありがたすぎる。」
私が興奮しながらハイボールを飲む姿を、優斗は優しく見守っていた。
そこからしばらく優斗のパーティーの準備での苦労話を聞いた。会社の創立記念パーティーということで、全ての部署に配慮しながらの準備は、板挟みになることも多く大変だったようだ。
「もうさ、中途半端な役職の人ほど、こだわりが多くて大変だったからさ、いっそのこと会長に全部決めて欲しかったわ。皆、一番偉い人の意見だったら、聞く耳持ってくれそうだし。」
「うわー、しんどかったね。本当にお疲れ様過ぎる。」
「すごい疲れたし、全方位に気を遣ってたから、ずっと胃が痛かった。肉体労働もしてたし、心身共に疲労が半端なかったよ。5年刻みでパーティーするらしいけど、もっと間隔開けて欲しい。10年に一回で充分だよ。」
苦笑いしながら話す優斗を見ていると、いかに大変な業務だったかが想像できる。
「もうね、今日はたくさん飲みな。お疲れ様会ってことで。」
「ありがとう。そうする。」
そのままお互いに3杯目のハイボールを作って飲み始めると、
「それでさ、今日、そのパーティーに…幹弥さんもいたんだ。」
私は思わず飲んでいたハイボールをテーブルの上に置いた。
「…そっか...大丈夫だった?」
今までの2人の話を知っている分、今日、優斗がまた落ち込んでいないか心配になった。
「…うん。来るのは分かってたから、心構えはしてたんだ。奥さんと一緒に来ててさ、会う前は、2人の姿見たらモヤモヤするかなーってちょっとだけ不安だったんだけど、実際に会ったら、夫婦仲よさそうで、幸せそうで、その様子を見て…あー良かったなって思ったんだ。本当に。そう思えて自分でもびっくりした。たぶん吹っ切れたんだろうね。」
そう話す優斗の表情は穏やかで、無理している様子はなかった。彼の言う通り、幹弥さんへの気持ちにしっかりと整理がついたのだろう。
「そうなんだ…良かったね。本当に。」
「うん。…良かった。美耶のおかげだよ。何回も助けられた。本当にありがとう。」
優斗はそう言って優しく私を見つめてきて、その目線がなんとなく、くすぐったかった。
「そんな、たいしたことしてないよ。私の方こそ、しんどいときたくさん支えてもらって感謝してる。ありがとうね。」
そう返すと、優斗は笑顔を見せてくれた後に、少し考え込んでいるような表情を見せて、黙ってしまった。
「…どうかした?」
少し心配になって私が尋ねると、優斗はゆっくりと口を開いた。
「…美耶、例の後輩君とどうなったの?」
そういえば、まだ優斗には何も話していなかった。
「うーん…。告白の返事は待ってもらってる状態なんだけど…。たぶん、断るかな。色々考えて。」
私は並木君とは付き合えない。
…好きな人がいるから。
「…そっか。」
私の言葉を聞いて、優斗がほっとしたような表情を見せたのが分かった。
そして、深呼吸をしてから私を正面に見据えて話し始めた。
「美耶。良かったら…俺と一緒に暮らさない?」
全く想定していなかった提案をされ、心の底から驚いた。きっと私は間抜けな表情をしていたに違いない。
「…どういうこと?」
彼の発言の意図が、全く分からなかった。
一緒に住む?同棲?シェアハウス?
「…仕事でしんどいときに、美耶に会えたら、本当に元気が出たから、一緒にいる時間が増えれば…これから、しんどいことも乗り切れそうで、ありがたいなって。」
私と一緒にいれば、元気が出る。
それは仲の良い友達と、楽しく過ごしたいということなのか?
「…俺と、もっと一緒にいない?」
優斗がまっすぐに私の方を見ながら聞いてきた。
それはもちろん、私は優斗と一緒にいたい。
だって、好きだから。
でも…それは恋愛対象としてだ。友人として一緒に暮らすのは…絶対苦しくなってしまって耐えられない。
「…それはシェアハウスってこと?」
私が、優斗の様子を窺いながら尋ねると、彼は少し黙った後に、
「…うん。」
と答えた。
シェアハウスか。これは…友人としてってことだな。
そっか、そうだよね。一瞬期待しちゃった。
もしかして優斗も私のこと同じように好きなんじゃないかって。
そんなわけないのに、バカだな。
「…もし、美耶に新しい彼氏ができたら….解消してもらって良いからさ、それまでの間だけでも、どうかな?」
…なんて残酷な提案だろう。
私に新しい彼氏ができる日はきっと来ないよ。
だって、私が好きなのは優斗なんだもん。
好きな人に恋愛対象として見てもらえないのに、一緒に過ごすなんて、絶対無理だ。
ねぇ、どうして、私のこと、友達としてしか見ていないはずなのに、いつもそんなに優しい目で見てくるの?
そんなの…苦しくなる。
「…美耶、どうしたの?」
優斗に声を掛けられて、自分が泣いていることに気付いた。
まるでダムが決壊したように涙が溢れて止まらなかった。
「大丈夫?…ごめん、俺、」
ダメだ、このままだと余計なことを言ってしまう。
「…ごめん、今日は、帰るね。本当にごめん。」
私は椅子から立ち上がって、急ぎ足で優斗の部屋から出た。
自分の部屋に戻り、ベッドに飛び込んで、枕に顔を押しつけながら泣いた。




