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 並木君との3回目のデートは金曜日の夜に飲みに行くことになった。あそこまで熱心に口説かれている状態だけど、職場ではお互い普通に接している。なんだか不思議な感覚だったけど、一度エレベーターで2人っきりになった時、彼が急に、

「金曜日楽しみです。」

と笑顔で言ってきた。不意打ちだったので、正直ドキッとしてしまった。

社内恋愛する人って心臓が強いと思う。


その週、優斗は仕事が忙しいので、会わない予定だった。いつもなら会うことになっている木曜日の夜、お風呂上がりにYouTubeを見ながらダラダラ過ごして、そろそろ寝ようかと思っていると、優斗からメッセージが届いた。

“美耶、まだ起きてる?ちょっとだけ会いに行ってもいい?23:00には行くから”

時計を確認すると22:20だった。

ベッドに入ってスマホをいじっていればいつもそれくらいの時間までは起きてるし、ちょっとくらいなら別に良いだろう。

“起きてるよ。大丈夫。気をつけて来てね。”

そう返信して、私はまたYouTubeを見始めた。

優斗の宣言通りの23:00部屋のチャイムが鳴り、インターホンに出ると優斗だった。

玄関の扉を開き、

「お疲れ様、」

と言って彼を迎え入れようとした瞬間、抱きしめられた。急だったので驚いてしまった。

「...どうかした?」

「...疲れた。」

私はとりあえず、彼の背中をさすった。

「仕事忙しいんだね。」

「うん。明日、うちの出版社の創立記念パーティがあって、その準備がすごい大変で、毎日駆けずり回ってる。明日やっと終わる。」

「じゃあ、明日が終われば、楽になるんだね。本当お疲れ様。偉いね。あとひと頑張りだ。」

「...うん。」

そう言うと、しばらく優斗は私のことを抱きしめていた。今まで何度か抱き合っているけど、それはどれも抱きしめなければいけない理由があったからだと思う。

今日は、どうして抱きしめられているんだろう。

「...なんで、抱きしめてるの?」

「...色々疲れてるから、元気欲しくて。」

「...なるほど。...なんか、私のこと、ぬいぐるみだと思ってる?」

私が笑いながら言うと、

「...3回目のデート、もうしたの?」

急に話題が変わった。

「えーっと、明日の夜飲みに行く。」

「何時から?」

「仕事終わりにまっすぐ行くから、18:00-19:00くらいかな?」

「...終わったら会おう。パーティーが終わるのが20:00だから21:00には会えるはず。」

「二次会とかないの?」

「抜けてくる。後輩に任せるから大丈夫。だから会おう。うち来れる?」

「...分かった。終わったら、連絡するね。」

そう言うと、優斗は私の背中に回していた左手を私の右頬に添えて、私のことを見つめてきた。

ホテルに泊まった時と同じだ。

でもあの時と違って、私を見つめる目はどこか切ない。

優斗は私のことを大切に思ってくれているんだろうなとは思う。

でも、それは友人としてだろう。

仲の良い友達に恋人ができると、恋人の方が優先順位は高くなって、寂しく感じることはよくあることだ。

私も昔、ほぼ毎日一緒にいた友達に彼氏ができて、遊べる時間が少なくなって、寂しさのあまり友達の彼氏に嫉妬したことがある。

きっと、そういう気持ちなのだろうか。

...でも、それだけで説明できるのだろうか。

優斗の目は、寂しそうで、悲しそうだった。

そう思ってると、彼が私の右頬をつねってきた。

「...ちょっと、5000円。お金取るよって、前に言ったでしょ。」

私がそう言うと、彼が少し笑った。

「ごめん。やっぱりつねりたくなるほっぺしてるよ。」

「何それ?」

私も思わず吹き出してしまった。少しすると、彼は私の背中に回していた手を解いた。

「...夜遅くにごめん。元気出たよ。ありがとう。」

「それならよかった。じゃあまた明日。」

そう言うと、彼は玄関から出て行った。


 金曜日の夜、私は並木君と予約していたイタリアンのお店で会っていた。

「今日は、お酒飲みます。」

「本当?無理しないでね。」

下戸の並木君の宣言に驚いていると、

「...今日で、橘さんと2人で会えるの最後になるかもしれないけど、それは嫌なので、願掛けで飲みます。」

思いがけないことを言われて、驚いた。

「お酒を飲むのって、願掛けになるの?」

「俺にとって、飲酒は苦手なことなので、苦手なことにあえて取り組むことで、願いを叶えようかと。次会う時は、橘さんの彼氏になれていますようにって言うお願いを。」

そう言うと私のことを見つめてきた。

健気だとは思うけど、実際問題、体調でも悪くなったら心配だ。

「お酒って無理して飲むものじゃないよ。体質的に難しい場合もあるし、好きな飲み物頼んだ方が良いんじゃない?」

「…橘さんが好きなもの、俺も好きになりたいんで。ダメですか?」

そう言って口を尖らせながら上目遣いをしてきた。

これは、表情も、話している内容もあまりにも可愛い。

「…わかった。じゃあ、同じお酒頼もう。厳しいなって思ったら、私が残り飲むから。」

私がそう言うと、彼は嬉しそうに笑った。

結局、一緒に頼んだレモンサワーを一口飲んで彼は、真っ赤になったので、ウーロン茶を追加で注文した。

「…やっぱり急に飲めるようにはならないですね。願掛け失敗です。」

彼は真っ赤な顔で苦笑いをしていた。

「まぁ、お酒を飲むかどうかよりも、楽しい時間を過ごせるかの方が大事だと思うからさ、元気出してよ。」

「…そうですね。せっかく橘さんと一緒にいられるのに、変な意地を張って楽しめないのは嫌なので、大人しくノンアルコールにします。」

そう言うと、彼は届いたウーロン茶を飲み始めた。

「あの、まだ聞いてなかったこと、1つ聞いても良いですか?」

「うん。何?」

「…前の彼氏さんと別れた理由、教えてほしいです。…反面教師にしたいので。」

そう聞かれた瞬間、涼太と別れたときのことが脳裏に浮かんだ。そしてその後すぐ優斗に会いに行き、慰めてもらったことも。

落ち込んだけれど、優斗のおかげで、立ち直ることができた。

そんなことを思い出していて、少し黙ったままでいると、

「…すみません。話したくなかったら、またいつかでいいんですけど…。」

並木君は、まだ私が引きずって落ち込んでいると思ったのかもしれない。

「あぁ、大丈夫。話せるよ。…ただ、向こうのこと悪く言っちゃうかもしれないけど。」

私が苦笑いしながら応えると、

「大丈夫です。揉めたから別れたんだと思いますし、別れてからも元彼のことを良く話してたら…嫉妬するんで。」

そう言って真っ直ぐに私を見つめてきた。

私は、かいつまんで彼に湧かれた経緯を話した。

元彼は、私がなんでも上手くこなせると思い込んでいて、嫉妬していたこと。

嫉妬心から、私に本心を話せず、ストレスを溜めていたこと。

そんなときに出会った女性と本音で話ができて嬉しかったので、その人に乗り換えられたこと。

「まぁ、ざっくり言うとこんな感じ。」

「…橘さんが一度は好きだった人のことを悪く言うのは気が引けますけど、最低ですね。彼女に嫉妬するとか器小さすぎません?」

並木君はため息をつきながら呆れていた。

「バッサリ切ってくれるね。気持ちが良いくらい。まぁ、私って別にそんなに何でも上手くこなせるわけじゃないのにね。日々悩んだり、もがいたりしてるんだけど。完璧超人みたいに思い込まれて、心を閉ざされるのは悲しかったよ。」

そう言うと、並木君は少し考えた様子を見せた後に、口を開いた。

「俺、橘さんのこと、尊敬してますし、たくさん好きなところもありますけど、別に完璧だとは思ってないです。アイドルの推しの話をしている姿は、面白いですけど、あまりにも熱心で、たまにしつこいなって思いますし、部署に置かれたお土産のお菓子を毎回一番に取りに行くのは食い意地が張ってると思いますし、ご飯食べるときの1口が大きいなって思ってます。」

真顔で、彼が思う私の欠点を言われ、思わず呆気に取られてしまった。

「…なんか急にものすごい悪口言われている。前まですごい褒めてくれたのに。でも全部事実だから言い返せない。」

笑いながら言うと、

「傷つけたならすみません。つまり何が言いたいかと言うと、俺は、橘さんのことを尊敬できるからっていうだけで好きなんじゃなくて、人間らしいところも含めて、可愛くて、好きだって言いたいんです。」

彼はそう答えて、私の目をじっと見つめてきた。

「橘さんの前の彼氏みたいなことは絶対しません。俺は橘さんになら何でも話せるし、橘さんが思ってることも知りたいです。橘さんのことを誰よりも大切にする自信があります。

昨日、転職の最終選考の結果の連絡が来て…無事に採用してもらえることになりました。橘さん、俺と付き合って欲しいです。」

彼の目は真剣だった。

前までの私なら、悪く思っていない相手にこんな風に言われたら、きっとすぐにOKしていたと思う。

でも、私は即答することができなかった。

「…ありがとう。そう言ってもらえて本当に嬉しい。でも…自分から3回のデートで決めようって言っておいて申し訳ないけど、まだ結論を出せてなくて。」

今日、この場に来るまでも迷っていて、彼からこんなに熱い気持ちを伝えてもらえているのに、私は決断を下せていなかった。

なぜ決め切れていないのか、本当は自分でも分かっていた。

「…もしかして、他に気になる人がいるんですか?」

まさか、そう言われるとは思わず、驚いて並木君の顔を見ると、彼は複雑そうな表情をしていた。

「…どうして?」

「…なんとなく、分かります。橘さんのことずっと見てたので。」

「…そっか。」

そのまま、しばらく、沈黙が流れた。

「…まだ迷ってもらっても大丈夫です。俺、待ちますんで。」

彼はそう言って、私に優しく微笑んだ。

「でも、俺が一番、橘さんのことが好きな自信があるんで。それは覚えておいてください。」









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