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結局この日は、終始アピールを欠かさない並木君に翻弄されつつも、楽しい時間を過ごした。
「美味しかったねー、パエリア。大満足。」
魚介の旨みが詰まったパエリアは絶品で、ペロリと平らげてしまった。
「すごい美味しかったです。そもそも美味しいのに、好きな人と食べてると、美味しさが倍増する気がします。」
ぽんぽんと甘い台詞が出てくるのは本当にすごいと思う。
「それはそれは…。」
どうリアクションするのが正解か分からず、もごもご話していると、
「じゃあ、2回目のデートいつにするか決めましょう。どこに行きたいですか?」
並木君に聞かれたので、2人の予定をすり合わせて、翌週の土曜の夜に一緒に飲みに行くことにした。
駅までの帰り道、話しながら歩いていると、並木君の口数がさっきより少ない気がした。
「並木君、なんかちょっと静かだね。どうかした?」
「うーん。さっきも話した通り、俺としては、今はまだ後輩としてしか認識してもらえていないだろうから、まずは恋愛対象として意識をしてもらうために、押して押して押しまくるつもりだったんですけど、もしかしたら、橘さんがちょっと引いちゃってるのかなって思って、脳内で反省会をしていました。」
正直、彼からのアピールに戸惑う気持ちもゼロではなかったので、見抜かれていることに驚きつつ、思っていることを素直に話す姿が少し面白かった。
「...反省会してたんだ。」
「はい。なんか、チャラいのかなって思われたかなとか。」
「うーん。正直、こういうやりとりというか、口説くのが慣れてるのかなとは思った。」
「あの、それは否定したくて、」
そう言うと、彼は私を正面に見据えた。
「俺、今まで、相手から告白されて付き合ったことしかなくて、自分から初めて告白したのが橘さんなんです。それくらい、橘さんじゃなきゃダメだって思ってて…逃したくないと思うあまり、ちょっとしつこくなってしまったかもしれません。」
並木君はそう話しながら、まるで叱られた子犬のように俯いていた。彼の頭に犬の耳が見える気がした。
一体、私のどこが、彼にそこまで刺さったのだろうか。見た目が好みだとは言っていたけれど、正直、彼に対しては、他の後輩と同じような接し方しかしていないし、そこまで好きになってもらえる理由が思い当たらなかった。
「そうなんだ。そこまで思ってもらえるのは嬉しい。ありがとう。…でも正直に言うと、なんで私のことをそこまで好きになってもらえたのかが分からなくて、戸惑っちゃったのもあるかも。」
私がそう言うと、並木君は目を丸くしていた。
「確かに。あれだけ話してて、橘さんのどこが好きか言ってなかったですね、俺。良くないな。反省。」
そう言うと、眉間に皺を寄せて唸っていた。目の前で彼の言う反省会が繰り広げられていて、正直面白かった。
やっぱり悪い子じゃないな。
私は思わず笑ってしまった。そんな私の様子を見ていた並木君は、嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
「俺が、橘さんのことを好きになった経緯は、ちゃんと全部伝えたいので、次のデートの時に話をさせてください。立ち話じゃ、収まりきらないです。」
「そっか。分かりました。次回また色々話そう。」
私がそう返事して、その日は解散になった。
その週の火曜日は優斗が遅くまで仕事だったので会えず、木曜日に1週間ぶりに彼の部屋を訪れた。メッセージのやりとりはしていたけれど、1週間顔を合わせていないのは、仲良くなってから初めてだった。
「お疲れ様。仕事忙しいの?」
「お疲れ。担当の作家さんの締め切り前で立て込んでるのと、別件で来週のパーティーの手配とかもしなきゃいけなくて、バタバタしてた。」
「なるほど。忙しいのに時間作ってもらって大丈夫だった?疲れてない?眠くない?」
彼が体調を崩していないか心配で、質問を重ねると、
「ちゃんと寝てるし、ご飯も食べてるから安心して。それに、美耶に会わない時間が長くなりすぎると、精神的に疲れるから。」
彼はそう言うと私の目をまっすぐに見つめてきた。
「会いたかったよ。美耶。」
そんな目で見られるといつも勘違いしそうになる。
ダメだ。彼は友達で、私のことは、将来喪主を任せても良いと思ってくれるくらい親しい友人だって考えてくれているから、大事にしてくれているのだ。落ち着け。
私は一度深呼吸をした。
「そんなこと言ってくれるなんて嬉しいねー。私も会いたかったよ。」
私が笑顔でそう言うと、彼も笑顔を返してくれたけど、少しだけ寂しそうだった。
筋トレが終わり、シャワーを浴びた後、いつものようにご飯を食べながら、お酒を飲み始めた。
「…例の後輩君とのデート、どうだった?」
優斗が私の様子を窺うように切り出した。
「うーんとね。スペイン料理屋さんに行ったんだけど、とりあえずパエリアがものすごい美味しかった。」
「最初の感想が食べ物なの?相手が可哀想だな。」
優斗は笑いながらツッコミを入れていた。
「まぁ、楽しかったよ。お互いのことを良く知るために、学生時代の話とか、色々話して。あと、優斗以外の人に初めて身体が引き締まったって言われた。筋トレの効果が出てるみたいで嬉しいよね。」
「ふーん…。その後輩君の写真、あれば見てみたい。」
私は自分のスマホを取り出し、カメラロールを確認した。確か、転職した同僚の送別会の集合写真があったはずだ。しばらく探していると目的の写真が見つかった。
「この写真の2列目の一番左の子だよ。目がくりくりの子。」
私がそう言ってスマホを差し出すと、優斗は写真をじっと見ていた。
「…かわいい系だね。」
「そうそう。アイドルっぽいよね。かわいい系の振り付けとかやりそう。」
私がそう言って笑ってると、
「イケメンだけど、美耶のタイプじゃないでしょ。」
思いがけず、手厳しい意見を言われて驚いた。
でも、彼の言うとおり、並木君は私のタイプとはズレている。
「…おぉ、そうだよ。私のこと分かってるね。」
「美耶、ガタイ良い人好きだからさ。」
「うわ、ばれてる。」
図星だったので笑っていると、
「…正直どうなの?付き合いそう?」
優斗が真剣な表情で尋ねてきた。
「うーん…。なんか想像以上にものすごい熱心に口説かれていまして。ありがたいけど、なんで彼がそこまで私のことが好きなのかピンときてないというか。本人にもそれは伝えたんだけど。」
「向こうはなんて答えたの?」
「長くなるから次のデートで全部話しますって言われた。」
「へー。…いつ会うの?」
「明後日。飲みに行くことになってる。」
「そうなんだ。…なんで好かれてるか分からないって、ちょっと怖いね。」
優斗が少し苦笑いをしながら言ったので、
「とりあえず、私の顔がタイプだとは言われた。」
そう伝えると、優斗の動きが止まった。どうしたんだろう。
「…俺も、美耶の顔好きだけどね。キレイだと思う。」
そう言って私のことを見つめてきた。心臓が大きく跳ねたのが分かった。
落ち着いて、私。初めて一緒に飲んだときに、お互いの顔の造形を褒め合ってたじゃないか。あれと同じこと。大きな意味は無い。
「…ありがとう。複数人にそう言われたら調子に乗っちゃいそうだなー。」
私がふざけて自分の頬に両手を添えながら言うと、優斗は笑っていたけど、やっぱり少し寂しそうだった。
「じゃあ、乾杯。」
約束の土曜日、私と並木君は、個室の中華料理店で2回目のデートをしていた。
「あの、早速ですけど、俺が橘さんを好きになった経緯を話して良いですか?」
すぐに本題に入ると思っていなかったので、少し驚いたけれど、気になっていたことなので、知りたかった。
「うん。教えてほしい。」
「まず、最初に、今の部署に配属されて、橘さんを見たとき、率直に顔がタイプだなって思いました。それで話してみると、後輩にも、きさくに話しかけてくれるし、質問しに行っても、丁寧に教えてくれるから良い先輩なんだなって印象を持ってて。いつも機嫌が良くて、なんか楽しそうに過ごしてるのも良いなって。
覚えてるか分からないですけど、一度、橘さんがエクセルを1行ズレたまま作業してて、結構な時間をかけて作ってたデータをやり直ししなきゃいけなくなったことあったじゃないですか。」
「もちろん覚えてる。気づいた時に絶望したから。」
あの時はしばらくミスを信じたくなかったけれど、どう見ても間違えていて、しばらく呆然としていた気がする。
「分かったときは一瞬落ち込んでて、皆、心配そうに見てましたけど、すぐに立ち上がって、"給湯室でお茶入れてくる"って宣言して、"やっちゃったよー、後輩達、私みたいなミスしないでねー、私の屍を越えていけー"って歌って、スキップしながら給湯室に向かってて。なんか面白いなって思ったんです。」
まさか、周りに心配をかけずに、自分のミスから立ち直るため、あえてふざけていた行動が評価されていたとは。
「…まさか、あれで良いなって思ってくれたの?割と奇行だと思うけど。」
思わず苦笑いしながら言うと、
「橘さん。何か大変なことがあるとあえてふざけて場の空気を和ませながら、乗り切ろうとしてくれるじゃないですか。それが面白いし、ポジティブで良いなって。何か愚痴を言うときも、面白おかしく話してくれるから、聞いてて笑っちゃって。楽しくて良いなって思ったんです。」
自分で自分の機嫌を取るために意識している行動を褒められるのは嬉しい。
私のことちゃんと見てくれてるんだな。
「それに、橘さんが部長から理不尽に責められたときも、叱られている間は粛々と聞いてて、終わった後に心配で声を掛けたら、
"大丈夫。反省すべきことは反省するけど、基本的に年上は自分より先に死ぬからさ。私よりも早く死ぬのに可哀想だなって思って聞き流してる"って言ってて。そうかもしれないけど、あの深刻そうな表情をしながら、内心そんな風に考えてるんだって思うと、おかしくて。本当に面白い人だなって。」
「冷静に考えると、私、口悪いね。ごめん。」
「…あと、俺がミスして、部長に怒られたときに、橘さんが新人の頃、部長からの叱責を逃れるために、裏工作をした挙げ句、ばれてめちゃくちゃ叱られた話をしてくれて。
"誤魔化してないぶん、並木君は立派だよ。安心して、下には下がいるから"って言って笑わせてくれて。橘さんといると本当に楽しいなって思ったんです。」
「…なんか、面白さ重視なんだね。並木君って。」
彼が私を良いと思ったどのエピソードも私が相手を笑わせようとしている行動な気がした。
「それもありますけど...橘さんって彼氏さんのこと絶対悪く言わなかったじゃないですか。どんなに周りが旦那さんとか彼氏の悪口言ってても。もし、付き合ったら、大事にしてくれるんだろうなって思って。」
まさか、そこまで見られていたとは。彼氏の笑えるエピソードは話していたけど、悪口は言わないようにしていた。私から聞いた話で、彼のことを悪く思われるのが嫌だったのだ。
「それに、真剣に仕事してる姿も、かっこよくて、きれいで、素敵だなって思って、実はずっと見つめてました。...気づいてましたか?」
並木君は私のことを上目遣いで見ながら質問してきた。
「ごめん。気づいてなかった。」
正直言われるまで全く分からなかった。
「そんな気はしてたんで大丈夫です。...だから、今こうやって、向き合って話ができてるのがすごい嬉しいんです。俺のこと、意識して欲しいです。」
そう言って彼はまっすぐに私を見つめてきた。ここまでストレートに気持ちをぶつけられると、正直グッときてしまう。
「...ありがとう。そこまで私のことを見ててくれてたの、純粋に嬉しい。」
彼と付き合えば、きっと私のことを大事にしてくれるのだろう。
それは分かった。
でも、こうやって楽しく過ごしている間も、私の脳裏にはチラチラと優斗の顔が浮かんでいた。




