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「…7、8、9、10。はい、終わり。お疲れ様。」
「あーー、腹筋が痛い。」
その日も、いつものように、優斗の部屋で彼が組んでくれた今日の分のメニューの筋トレを無事終えていた。
「筋トレし始めてから3ヶ月くらい経つから、結構引き締まってきたと思うよ。」
「本当?やった。コツコツ続けるのって大事だねー。」
「うん…。良い身体になってる。…別に前から悪くはなかったけどね。より良くなってる。」
優斗はそう言うと、しばらく私の全身をまじまじと見ていたので、徐々に恥ずかしくなってきてしまった。
「えーっと、ありがとう。シャワー浴びてくるね。」
私は彼の視線から逃れるように、自分の部屋に向かい、シャワーを浴びた。
優斗の部屋に戻り、いつものようにご飯を食べながら、お酒を飲み始めた。
「あーー、今日も運動の後のお酒が美味しい。それに、引き締まったって褒められて嬉しいし。いつもよりおいしさが増している気がする。自分で鏡見ながら、もしかして鍛えられてきたかなーって思ってたけど、第三者から言われると、実感が湧くね。」
私が機嫌良く話していると。
「うん。明らかに良くなってるよ。会社とかで言われない?」
「うーん。まだ言われたことはないかも。私割とゆったりとしたシルエットの服着てるし。」
「たぶんそのうち言われるようになるんじゃない?…モテるかもよ?」
優斗がニヤニヤしながら言ってきた。この話の流れなら、報告できるかもしれない。
「うーん…。実はさ、後輩の男の子に告白されたんだよね。この前。」
私がそう打ち明けると、優斗は一瞬驚いていたけれど、すぐに普段通りの表情に戻った。
「…そうなんだ。すごいじゃん。」
「いやー、普通に先輩として頼りにされてるのかと思ってたから、びっくりしたんだけどね。」
「へー…。付き合うの?」
そう話す優斗の表情をよく見ていたけど、やっぱり彼の感情は読み取れなかった。
「うーん。正直、今までそういう目で見たことなかったから、即答はできなかったんだけど…悪い子じゃないのは知ってるから、とりあえず、お互いを知るために3回デートしましょうって話になった。そこから考えようかなって。」
「ふーん。」
優斗はそのまま黙ってつまみを食べ続けていた。なんだか少し不機嫌になったようにも感じるけれど、疲れているときはこんな感じだし、私が誰かと付き合うかもしれないことに対して、大きく感情は動いていないようにも見える。
「優斗はどうよ?最近誰かと上手くいきそうな感じとかあるの?」
「…別に何もないかな。出会いを求めて、頑張ってもないし。」
「ふーん。そっか。」
「美耶といる方が楽しいから。」
優斗はサラリと言った。
だから、そんな風に言われたら、自分が特別なのかもしれないって勘違いするでしょうが。
「おー、嬉しいこと言ってくれるね。ありがとう。ていうか、優斗が今日作ってくれたキュウリの漬物、すごい味染みてて美味しい。いつもと味付け変えた?」
なんとなく、気恥ずかしくて、私は話題を変えた。
優斗は私からの質問を受けて、漬物の味付けの説明をしてくれていた。
「橘さん。お疲れ様です。今日はありがとうございます。」
「お疲れ様。ごめんね、待たせて。」
その週の土曜日、私は並木君と駅で待ち合わせをしていた。メッセージでやりとりした結果、まずはランチに行ってお互いのことを話そうという結論になった。行きたい店の希望を聞かれた私が、以前から気になっていた、スペイン料理屋さんを挙げると、彼が予約を取ってくれたのだった。
「いいえ。まだ待ち合わせ時間よりは前だし、気にしないでください。…橘さんに会社以外で会えるのが嬉しくて、早起きしちゃったんで。」
そう言うと、私の顔を見てにっこりと笑った。
これは…可愛い。本当に子犬みたいだ。
「そんな風に言ってもらえるのは嬉しい。お腹空いてるし、たくさん食べようね。」
歩いて5分ほどで、予約していたお店に到着すると、すぐに案内してもらえた。
「お酒あるんで頼みますか?」
ドリンクメニューを見ながら並木君が提案してくれた。彼は下戸で会社の飲み会でもノンアルコールしか飲まないので、お酒好きの私に気を遣ってくれているのが分かった。
「ありがとう。でも昼間だし、今日は、並木君と色々話したくてきたから、アルコールはやめておこうかな。酔っ払って変なこと話したら嫌だし。」
「そうですか?俺、酔っ払ってる橘さん、陽気で楽しいと思いますけどね。」
「会社の飲み会は、セーブしてるからね。一応、社会人だからTPOをわきまえてるんです。」
「へー。…それに、酔っ払ってると、顔が赤くなるんで、可愛いなって思ってました。それが見られないのは残念です。」
そう言って、またニコッと笑って見せた。サラリとこういうことを言う人だと知らなかったので、私は驚いてしまった。意外と相手を翻弄するタイプなのかもしれない。
「うーん。じゃあ、そのうちね。アルコールありで、夜ご飯行こう。」
私がそう答えると、彼は満足そうに頷いていた。
ブラッドオレンジジュースと、休日限定のランチメニューを頼んでから、お互いの話をし始めた。
「並木君って、確かサッカー部だったよね。」
「はい。小中高9年間やってました。大学ではさすがに疲れて、フットサルサークルでしたけど。今も社会人サークルでやってますよ。」
「へーすごい。サッカー一筋だ。」
小柄で足も速そうなので、おそらく活躍していたのだろう。今も続けているとはよっぽどサッカーが好きなんだな。
「並木君の見た目で、サッカー部なら、普通にモテそう。」
「いやー、それがですね…。確かに橘さんの言うとおり、中学校までは割とモテてたんです。バレンタインも結構もらえてて。でも、高校に入ってしばらくしたら、ぱったりと声を掛けられなくなって…なんでだと思います?」
まさか、質問されるとは思わず、ぱっと答えが思いつかなかった。
「えーー…。イケメンでサッカーが天才的に上手い転校生が来て、そっちに女の子達を持って行かれたからとか?」
「なんか漫画みたいですね。」
私の答えを聞いた彼は、笑っていた。
「正解はですね、後から聞いた話になるんですけど、俺が入学してすぐに、なんと俺のファンクラブができてたらしいんです。」
「え、すごいね。大人気じゃん。」
「ところが、そのファンクラブのリーダーだった女子が、これ以上、俺のファンが増えないように、俺がゲイだって嘘をついたんです。」
思ってもいなかった展開に私は目を丸くした。
「俺は、女性が恋愛対象ですけど、その噂が一気に広まったせいで、ファンが減って、ファンクラブは自然解散になって、俺がゲイだって噂を広めたそのリーダーも、人気が無くなった俺を見て冷めちゃったみたいで、全くモテなくなりました。なんか、一部の女子達は俺がサッカー部員と絡んでいる姿をみて、色々と妄想を膨らませていたみたいで、そういう人達からの変な人気はあったみたいですけど。」
「それは、ひどい…。」
まるでフィクションのような話に驚きつつ、何も悪くないのに、モテなくなってしまった、高校生の並木君を思い浮かべて、不憫だとは思いながらも、少し笑ってしまった。
「そんなことあるんだねー。大変だったね。」
「本当ですよ。今でもトラウマです。」
彼は苦笑いしながら話していた。
「橘さんは、部活やってました?」
「ううん。私は中高帰宅部で、大学では写真部だったけど、幽霊部員で、バイトしたり、友達と遊んでばっかりいたから、部活にまつわる思い出はあんまり無いんだよね。」
「そうなんですね。じゃあ運動あんまりしないんですか?」
「うん。でも、さすがに運動しなさすぎるなって危機感持ったから、ここ3ヶ月くらい筋トレしてるよ。ちょっとずつ体力付いてきた気がする。」
「あぁ、どおりで。なんか会社で橘さん見てて、前より体型引き締まってきてるなって思ってたんです。気持ち悪く思われたら、申し訳ないんですけど。」
優斗以外に筋トレの成果を褒められたのは初めてだったので、純粋に嬉しかった。
「え、本当?やった。嬉しい。結果が出てるって感じる。」
テンションが上がった私が笑顔で話していると、並木君が少しだけ考えているような表情をした後に、口を開いた。
「…ずっと見てたんで、すぐ気付きました。…それに、ただでさえ橘さんキレイなのに、これ以上キレイになったら、ライバル増えそうで嫌だなと思ってました。」
そう言って私の顔を見て微笑んできた。
なんか、すごいな。ここまでアピールされることもなかなかない気がする。
「…すごい褒めてくれるね。びっくりしちゃうよ。」
「…まぁ、もう俺の気持ちは知ってもらっているわけですし、あとはひたすら押すしかないかなって思ってるんで。」
そう言うと、並木君は身を乗り出して私に顔を近づけた。
「俺は、橘さんの外見、タイプなんですけど、橘さんはどうですか?俺の見た目。」
これは、自分の容姿に自信がない人じゃないとできない手法だ。
改めて彼の顔を見る。黒目がちで大きな瞳に目が行きがちだけど、鼻筋は通っているし、少し厚いの唇に、きゅっと上がった口角。とても可愛らしい。
「並木君って、なんかアイドルみたいな顔してるよね。可愛い系。K-POPなら半ズボンにベレー帽被されそうな感じ。猫耳とかうさぎの耳が付いた帽子とかも。」
「うーん。その言い方だと、造形は悪くないと思っていてくれても、好みでは無さそうですね。」
並木君の意見が図星だったのでドキッとしてしまった。確かに各グループに1人入るであろう可愛い担当を、一番の推しにしたことはなかった。
私の好みはガタイの良い人がタイプなのだ。動物で例えるなら大型犬のような。
「まぁ、でも好きになってさえもらえれば、タイプかどうかは関係ないと思うので、引き続きよろしくお願いします。押せ押せでいくので覚悟してください。」
彼はそう言うとまるでアイドルのようにニコッと笑った。




