15
目が覚めると、私はベッドの上にいた。昨日はあのままYouTubeを観ながら、優斗と2人でお酒を飲み続けて...自力でベッドに入った記憶はない。ふと、隣のベッドを見ると、優斗がいなかった。
どこにいるんだろう。
部屋の中を見渡すと、ソファーの上で彼が眠っていた。
あのままソファーで寝ちゃったのか。
時計を見ると、7:30だった。確か朝食は9:00までに会場に行けば食べられたはずだ。まだ時間もあるし、しっかり目も覚めてしまったので、せっかくなら大浴場に行こうと思い、優斗に声をかけた。
「優斗、おはよう。大丈夫?水、いる?」
彼が薄く目を開けた。
「...いる。」
「じゃあ、テーブルの上に置いておくね。私、大浴場行くけど、優斗はどうする?」
「...寝る。」
そう宣言すると、彼はまた目を閉じた。私はベッドから布団を持ってきて彼に掛けてから、大浴場に向かった。
1時間ほどして戻ると、優斗はベッドに移動してとても気持ち良さそうに眠っていた。起こしたら申し訳ないので、洗面所で化粧してると、優斗が起きてきた。
「おはよう。洗面所使う?すぐ終わらせるからちょっと待ってて。」
「おはよう。別に急いでないから良いよ。ゆっくりで。」
彼はそう言ってからあくびをしていた。
「昨日は眠れた?」
「あんまり。だから寝不足。」
彼の目の下にはクマがあり、明らかに眠そうだった。
「ソファーで寝てたんだもんね。身体痛くない?あそこじゃ熟睡できなさそう。」
「正直痛い。」
「...私、昨日、自分がどうやってベッドに行ったか覚えてないんだけど、どんな感じだった?やらかしてない?」
記憶しているだけでも、自分でも驚くほどの量のお酒を飲んだのは確かなので、何かまずいことはしていないかが気になった。
「…すごい飲んでるなって思ってたら"寝る!"って宣言して、ベッドにダイブしてたよ。」
酔っ払った挙げ句、ベッドに飛び込む自分を想像して笑ってしまった。
「なんか、すごいな私。自力で寝たなら良かった。優斗は、ベッドまで行く体力無かったの?」
「うーん…なんかソファーに座ってるのが気持ちよくなっちゃって、そのまま横になっちゃった。ダメだね。ベッドで寝なきゃ。」
そう言って優斗は苦笑いをしていた。
「お互い飲み過ぎたね。でもすごい楽しかった。朝ご飯食べられそう?」
「正直、全然お腹空いてないけど、目の前に来たらなんだかんだ食べられる気がする。美耶は?」
「ゆっくり温泉に浸かったら、不思議とお腹空いてきたんだよね。ご飯おかわりするかも。」
私がふざけて言うと、優斗が想像していたよりも優しい笑顔で私のことを見ていて、ドキッとしてしまった。
「あー、美味しい。たくさん飲んだ次の日の味噌汁ほど染みるものはないね。」
朝食は和食で、鮭の塩焼きを中心に、たくさんの小鉢のおかずが並んでいてどれも美味しかった。
「おかずどれも美味しいけど、種類が多いから、ご飯が一杯じゃ足りない。やっぱりおかわりしなきゃダメだな。優斗食べきれそう?」
「うーん。やっぱり目の前にあると、結構食べられるな。美味しいし。俺もおかわりするかも。」
そう言って、勢いよく食べ進める優斗を見て、思わず笑みが溢れた。
「...なんか、幸せ。」
私がそう呟くと、
「うん。俺も。」
優斗も同意してくれたので、お互い顔を見合わせて笑ってしまった。
優斗との旅行はとても楽しかったし、一緒に行けて本当に良かったと思う。
けれど、旅行の前後で、優斗の私に対する目線が、少し変わった気がした。
勘違いかもしれないけれど、なんというか、私を見る目がとても優しくて、甘い感じがするのだ。今までと同じようなやりとりをしていても、ふとした拍子に目が合うと、まるで愛おしいものを見るかのように私を見ているように感じた。その度に私の心臓は大きく跳ねて、あの夜、頬に手を添えられながら、見つめられたことが脳裏に思い浮かんだ。
もう、自分では気づいている。
私は、優斗のことを、友達としてではなく、異性として好きになってきてしまっていることに。
彼はゲイだから、私が恋愛対象になることはないのに。
自分でも報われないことは分かっているから、一緒にいると、無性に胸が苦しくなってしまう。
それでも彼のそばにいられることが嬉しくて、自分の気持ちを隠して彼と今まで通りの関係を保っているのだ。
今まで、ずっと、自分を好きになってくれた人を好きになってきた。
もしかしたら、それは、自分から誰かを好きになって、相手から好きになってもらえなくて、傷つくのが嫌だったから、安全な道を選んでいたのかもしれない。
片思いってこんなに苦しいのか。
このままでは、いつか優斗に自分の気持ちを打ち明けて、彼を困らせてしまう未来が見えた。
「佐々木さん、ちょっと質問して良いですか?」
職場のお昼休み、同じ部署の女子4人でいつものように昼食を食べている時に、佐々木さんに話しかけた。
「うん。いいよ。どうした?」
佐々木さんは5個上の先輩で、2児の母だけど、近居の両親とシッターさんの協力を得て、バリバリ働いており、困った時に相談すると、客観性のある的確なアドバイスをくれるので、とても頼りになる人だった。
「佐々木さんって、どのマッチングアプリ使ってたんでしたっけ?おすすめがあれば教えて欲しくて。」
佐々木さんは今の旦那さんとはマッチングアプリで出会ったと公言していた。本人曰く、婚活のために、アプリや結婚相談所など、ありとあらゆる方法を試したそうで、もし婚活したい場合は一度相談してみてほしいと、以前から言っていたのだ。
「あれ?橘さん、長いこと付き合ってた彼氏いなかったっけ?」
「最近別れたんですよねー。だから、新しい出会いを求めようかと。」
「えー、そうなんだ。なるほど。ちなみに、どういうモチベーションで出会いたい感じ?彼氏が欲しいのか、結婚相手が欲しいのか。それによって戦略が変わる。」
佐々木さんはまるで、仕事のようにテキパキと分析し始めた。
「うーん...。今すぐ結婚したいのかと言われると、正直微妙で。甘いこと言ってる年齢じゃないのは分かるんですけど。」
「確かに、婚活市場では年齢が若ければ若いほど、有利だけど、正直、婚活ってしんどいことの方が多いから、絶対に結婚するんだって強い意志がないと、病んじゃう気がする。」
かつて、佐々木さんが
”婚活とは修羅の道、一度間違うと婚活無間地獄に飲み込まれる。”
という言葉を残していたことを思い出した。
やっぱり、好きな人を忘れるために、別の人に出会おうというのは甘い考えなのかもしれない。
私がそのまま黙り込んでいると、
「まぁ、若さが武器になるのは確かだけど、婚活ってそれだけで決まるほど単純なものではないし、私から見ても、橘さんってそもそもキレイだし、いつも機嫌良くて、仕事も趣味も楽しんでて魅力的だから、そこまで悲観しなくて良いと思うよ。」
そう言って優しくフォローしてくれた。
「あー、優しい言葉に涙が出そうです。ありがとうございます。」
泣き真似をしながらお礼を言うと、彼女は笑っていた。
「まぁ、まず出会いを求めるなら、ここら辺のアプリかな?」
私は佐々木さんにオススメされたアプリを一通りダウンロードした。
そして、その様子を見ていた佐々木さんは最後にこう付け加えた。
「あと、これも大事なポイントだと思うけど、彼氏が欲しかったら、周りに彼氏募集中ですって公言したほうが良いと思う。意外と身近に出会いが転がってたり、そこからご縁が広がることもあるから。」
仕事が終わったので、家に着いたらでアプリのプロフィール設定をしようと思いながら、帰る準備をしていると、後ろから声をかけられた。
「橘さん、お疲れ様です。」
振り返ると、並木隼人君が立っていた。彼は、3個下の後輩で、黒目がちで大きな瞳が特徴的で、身長が167cmと比較的小柄なこともあって、女性社員から可愛がられる存在だった。でも本人は面と向かって可愛いと言われると、笑いながらもどこか不服そうな雰囲気を醸し出していたので、私自身は言わないようにしていた。
心の中では、小犬みたいで目がきゅるきゅるだなと思っていたけれど。
「お疲れ様。どうかした?」
「今日、この後、時間あったりしますか?橘さんに相談したいことがあって。」
彼は最近の若者にしてはガッツがあり、周りからのアドバイスにも耳を傾け、仕事に打ち込むタイプなので、先輩の立場としては頼られると嬉しい後輩だった。
「良いけど、私だけで良いの?他の先輩にも声かけようか?」
私よりも年次が上で、しっかりとしたアドバイスができそうな先輩何人かを思い浮かべながら言うと、
「いや、橘さんにどうしても相談したくて。2人でも良いですか?」
そう言って私を見る彼の目は、いつもよりも、きゅるきゅるしている感じがした。
「分かった。じゃあ、どこかでご飯食べながら話そうか。」
私が提案すると、彼は満面の笑みを見せてくれた。
可愛いな。本当に子犬みたい。
2人で職場から歩いて15分ほどの個室居酒屋に入ると、平日ど真ん中の水曜日なこともあり、店内は空いていて、スムーズに個室に案内してもらえた。私はハイボール、お酒が弱い並木君はウーロン茶を頼み、何を食べようか相談していると、想像以上に早く、飲み物が運ばれてきた。
「じゃあ、乾杯。早速だけど、相談って何?」
乾杯してから質問すると、
「実は...転職しようと思っていて。」
話を聞くと、元々製菓メーカー志望で就活していたものの、より大手のうちの会社から内定をもらったので、就職を決めたけど、どうしても製菓メーカーに関わりたい気持ちが消えなかったらしい。
「今の会社の方が大手だし、安定してるのは分かってるんですけど...。俺、昔からずっと好きなお菓子があって、そのメーカーの最終選考まで残れたんです。やっぱりこのチャンスを逃したくないなって思って。」
「並木君、お菓子好きなんだね。知らなかった。」
「俺の見た目でお菓子好きだと、100%周りから可愛いって言われるので、それが嫌で、あんまり公言してないんです。」
やっぱり思っていた通り、彼は可愛いと言われることが苦手なようだ。でもそう言われないために、好きなお菓子をこっそり食べている彼の姿を想像すると、やっぱり可愛かった。
「なるほどね。並木君が行きたい会社で、最終選考まで残ってるなら、迷う必要ないと思うけどね。」
「でも、俺まだ今の会社で働いて2年ちょっとだし、やっぱりもう少しこのまま頑張った方がいいのかなとかも思って...。」
彼の瞳が少し不安で揺れている気がした。
「ある程度、一つの職場で年数重ねてから転職すべきって考え方もあるけど...私個人としては、こういのはご縁だと思うから、飛び込んでいいと思うよ。まぁ、並木君みたいに、優秀な人がいなくなっちゃうのは寂しいけど、自分が選びたい道を選ぶべきだよ。」
私がそう言うと、褒められたのが嬉しかったのか、彼は顔を赤らめていた。
「ありがとうございます...。俺、最終選考通ったら、転職します。」
最終的には、笑顔で、そう宣言していた。
2時間ほど話してから、お店を出て、最寄り駅まで話しながら、並んで歩いた。あと少しで駅に着くと言うタイミングで、
「あの...実はもう一つ話したいことがあって。」
並木君が話題を変えてきた。
「うん。どうしたの?」
「…橘さん、彼氏さんと別れたんですよね?すみません。お昼休みのとき話してたって同期の女子から聞いて。」
あの時同席していた後輩女子のうち、1人が並木君の同期だったことを思い出した。
「あー、そうなんだよねー。だから、マッチングアプリ始めようと思って、佐々木さんに色々聞いてたんだ。」
「...アプリもう始めたんですか?」
「ううん。まだプロフィール入力できてなくて、今日帰ったらやろうと思ってた。」
私がそう言うと、並木君は少し俯いて、そのまま黙っていた。どうしたのかと思い、様子を見ていると、
「...アプリ始めないでください。橘さんがマッチングアプリするの、嫌です。」
思ってもいなかったことを言われて驚いた。
これはもしかして...
「俺、橘さんのこと好きです。」
なんと、佐々木さんの言っていた通り、身近に出会いが転がっていたようだ。
「...でも、橘さん付き合ってる彼氏がいたし、社内恋愛は反対派だって、飲み会の時に話してたんで、ずっと言わないでいようと思ってたんです。でも、俺が転職できそうなタイミングで、橘さんがフリーになったって聞いて...もう、今日声をかけるしかないって思いました。」
そこまで言うと、意を決したように私のことをまっすぐに見つめてきた。
「俺みたいな年下じゃだめですか?」
なんと言う殺し文句。
まるで乙女ゲームだ。
きゅるきゅるの瞳はいつも以上に潤んでいて、直視するのが恥ずかしくなるほど、彼の姿は可愛かった。
正直、今まで恋愛対象として彼を見たことがなかったので、想像したことはなかったけれど、普通に一生懸命な良い子だし、見た目だって良い。それに私のことを好きだと言ってくれる時点で、かなりアリだとは思った。
ただ、相手から好きになられて、私も好きになるという、今までの、上手くいっていない恋愛パターンと同じなのと、私の心の中に優斗がいることが、引っかかっていた。
「...ありがとう。そう言ってもらえて嬉しい。...ただ、急だからすぐには答えが出せないのと...もう少し、並木君のことをちゃんと知ってから答えを出したいから、まずは3回デートしない?それで、お互いのことを知ってから考えたい。...それでも良いかな?」
私が提案すると、並木君はにっこりと笑った。
「分かりました。嬉しいです。デートしたいです。いつ時間ありますか?」
こうして、私は並木君とデートをすることになった。




