↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/20

14

 「...熱すぎる。あと何分?」

「2分半。もうちょいだから頑張るよ。」

その日、私と優斗は、とある高級ホテルにあるバレルサウナに入っていた。

まだ涼太と付き合っていた頃に、一緒に行くつもりで、ある温泉地の高級ホテルのペア宿泊キャンペーンに応募していて、涼太と別れて3日後に当選の知らせが届いた。当たったのは嬉しいけれど、一緒に行く予定だった彼氏がもういない。どうしたものかと思い、改めてホテルのホームページを見てみると、グループで貸切利用できるバレルサウナがあることに気づいた。サウナ好きの優斗なら喜ぶかもしれないと思い、声をかけたところ、

「絶対行く!」

と即答してくれた。こうして晴れて週末に2人で訪れることになったのだ。チェックイン後、部屋に荷物を置き、ホテルのサウナウェアとサウナハットを身につけて、バレルサウナの前に向かうと、優斗が入り方を説明してくれた。

「10分間サウナに入った後に、水風呂に1分浸かって、10分間外気浴しながら水分を補給するまでの流れを1セットとして、3セットはやろう。

”ととのう”にはこれくらいやらないとダメだから。」

彼の言う通りに、サウナに入り始めると、慣れていない私は、早速バテた。

「...気持ち良くなるために、この熱さに耐えるなんて、サウナというものはドMな人が考案した施設に違いない。知ってる?サウナ入りすぎると精子が死んじゃうらしいよ。不妊の原因にもなるんだって。人の元になるものが死ぬほどのことをしてるって相当だと思う。」

「...嫌なこと言うね。でも、ととのうと、それはそれは気持ちいいから、その快感と引き換えに精子を失ってるなら、やむを得ない。どうせ俺、女性とすることできないから、子供も望めないし。死なせておきましょう。」

「あぁ、可哀想な優斗の精子。さようなら。」

「くだらないこと言ってないで、ほら、10分経ったから出るよ。」

「へいへい。」

優斗の許可が降りたので、外に出た。梅雨の季節だけど、雨は降っておらず、曇りだった。汗だくになった肌に心地よい風が吹き抜けた。

「涼しい...気持ちいい...」

「ほら、ととのう気持ちよさはこんなもんじゃないから、水風呂入るよ。」

優斗はそう言うと何の躊躇いもなく、全身を水風呂に浸けた。温度計を見ると20℃と表記されている。

「すごいね。一気に入るなんて。」

「美耶も入りな。すぐ入らないと意味ないから。」

そう言って優斗が差し出してきた手を握り、水風呂に左足を入れると、血管が一気に締まる感覚があり、ジンジンしてきた。

「うわー、冷たい、やばいかも。」

「思い切って入った方がいいから。ほら右足も。」

そう促され、右足も入れると、さらに痺れるような感覚が全身を駆け巡った。

「あーーこれはやばい!」

私がそう言って顔を顰めると、

「美耶、初めて筋トレした時くらい顔しわしわだよ。顔が面白すぎる。」

優斗に大声で笑われた。

「失礼だな。もう、こうなったら一気に入る。」

覚悟を決めて全身を水風呂に浸けると、全身の血管が締まり、ビリビリとした感覚が全身を駆け抜けた。

「ぐぁーーーー!」

しばらく唸っていたけど、次第に慣れてきて、握りしめていた優斗の手を離した。体の内側はまだ熱いのに、外側は圧倒的に冷たくて、不思議な感覚だった。しばらくすると自分の吐く息が冷たかった。

「...熱いのに冷たい。不思議。」

「ね。もう少ししたら、そこの椅子で外気浴するよ。」

1分ほどしてから、水風呂から出て、水分を補給にリクライニングチェアに横になった。全身にまだ少しだけ痺れが残っていて、ジンジンする。でも、なんだかフワフワした感覚になってきた。気持ちいいかもしれない。

「なんか、フワフワするけど、これがととのうってやつ?」

「うーん。1セットじゃ、ととのうまで到達するの難しいと思うから、まだととのう手前じゃないかな?もっと気持ち良いはずだから。あと2セットやるよ。」

「うー。ととのうまでは遠いなー。」

10分間休憩してから、もう1セット始めた。

2回目になると、サウナの熱さにも水風呂の冷たさにも徐々に慣れてきて、初回ほどの苦しさはなく、外気浴まで到達した。さっきよりもフワフワ感が増している。

「なんか、良い感じ。気持ちいいかも。」

「でしょ?あと1回頑張るよ。」

3回目にサウナに入ると、熱さに完全に慣れていた。

「人の順応力ってすごいなー。慣れちゃうもんなんだ。あと2分で終わりだね。」

サウナに設置されている時計を見ながら言うと、

「なんか、余裕そうだから、ロウリュするか。もう一段階熱くしよう。」

優斗はそう言ってバケツに入った水をサウナストーンにかけた。大量の蒸気が一気に発生する。彼が持っていたバスタオルを大きく動かすと、今まで感じたことのない熱い空気が襲ってきた。

「いやっ熱っっ!!何すんの?!」

「これがロウリュだよー。」

優斗はヘラヘラ笑いながら、タオルを動かし続ける。その度に熱すぎる風が私の全身に当たってくる。

「ちょっと!!熱すぎ!!死ぬ!何やってんの!?バカじゃん!!」

私が顔を顰めながら抗議すると、

「美耶、リアクション良すぎ。」

優斗はそう言って、ずっと笑っていた。何とか熱風に耐え、時間になったので外に出ると、外の風が今までより気持ち良く感じた。

「...死ぬかと思った。一瞬、優斗に軽く殺意が湧いた...。」

「ごめん。美耶の反応が面白かったから、ついやりすぎた。」

そう言って、優斗はまだ笑っていた。そのまま水風呂に入ると、冷たさよりも気持ち良さが勝っていた。

これはもしかしたら、ととのえるのかもしれない。

期待を胸にリクライニングチェアに横になると、血流が全身を駆け巡って、気持ち良さが押し寄せてきた。まるで宇宙を漂っているような不思議な感覚。

これは...すごい。

「気持ちよすぎる...たぶん、ととのった。」

私がうっとりしながら呟くと、

「良かったね。すごい幸せそうな顔してるよ。」

そう言って私を見る優斗の顔も見たことがないくらい穏やかで、気持ち良さそうだった。

「サウナの熱さは正直しんどいし、水風呂も心臓が止まりそうになるけど、ととのう感覚を覚えちゃうと、我慢できるのが分かる。サウナってすごい。」

「お、ハマりそう?」

「うん。これは良い。またやりたくなる。」

「やった。じゃあまた行こうよ。サウナ仲間欲しかったから。」

優斗は嬉しそうに声を弾ませていた。

「うん。行こう。新しい趣味ができた。」

心地よい風に吹かれて、うとうとしながら、私は答えた。


サウナ後、お互い大浴場に入ってから、夕食会場に向かった。

「...美味しすぎる。すごい美味しいのに自分のボキャブラリーがなくて、この美味しさをうまく表現できない。」

夕食は会席料理で、どのメニューも美味しかったけど、終盤に出てきた和牛の登板焼きは、特に絶品だった。

「優斗、出版社勤務ならたくさん言葉知ってるだろうし、なんかうまく表現できるんじゃない?」

「それは、出版社の人間を買い被りすぎでしょ。ていうか、食レポでもないんだから、食べてない人に伝えなきゃいけないわけでもないし。一緒に食べてる人と顔を合わせて美味しいって言うだけでいいでしょ。それだけで充分共感できるし。あー、美味しい。」

そう言うと、優斗は幸せそうに笑っていた。

「それも、そうだね。うー、美味しい美味しい。」

私もひたすら美味しいと言いながら食べ続けた。


 今日泊まる部屋はベッド同士がくっついているツインルームでリビングスペースがついており、大きな画面のテレビの前にローテーブルと3人くらいは座れそうなソファーが置かれていた。

夕食後、部屋に戻りお酒を飲みながら、2人でいるときによく見ているYouTubeチャンネルをつけた。その日更新された動画は1時間を越える長尺だったけど、ずっと面白くて、2人で涙を流して笑っていた。

「サウナでととのって、温泉でのんびりして、美味しいご飯食べて、お酒飲んで、良い部屋でダラダラしながら、動画見て爆笑してるって、幸せすぎる。良い日だなー。付き合ってきてくれてありがとう、優斗。」

「どういたしまして。むしろタダでこんな良い思いさせてもらって、こちらこそ感謝してるよ。」

そう話す優斗の顔は真っ赤だった。いつもよく飲むけど、今日はさらに酒の量が多い気がした。

「優斗だいぶ飲んでるね。水飲む?取ってくるよ。」

「あー、欲しいかも。」

部屋に備え付けられていたペットボトルの水を冷蔵庫から取り出して、彼に渡した。

「はい、どうぞ。」

「ありがとう。いやー、楽しすぎて飲み過ぎた。」

そう言って優斗はペットボトルを1/3ほど飲んでいた。

「次、どれ観る?」

彼の隣に座り、リモコンを操作していると、

「あのさー、美耶。今から、ちょっと暗い話していい?あんまり重く捉えないで欲しいんだけど。」

優斗がソファーの背もたれに寄りかかりながら私を見て言った。

「うん。いいよ。どうした?」

そう答えて改めて彼を見ると、半分目を閉じかけていた。眠いのかもしれない。

「俺さ、誰かと一緒にいて、すごい楽しい時間を過ごしてるとさ...ときどき、死にたくなるんだよね。」

急に"死"という言葉が出てきて、正直、驚いてしまった。

「…そうなんだ。…どうして?」

本人が重く捉えないでほしいと言っていたし、深刻そうな表情をしない方が良いのかもしれないと思い、内心緊張しながら、平静を装って彼に質問した。

「うーん。俺って、本当に好きな相手とは結婚できないじゃん?日本じゃ同性婚できないから。パートナーシップ制度とかもあるけど、結局ああいう代わりの制度がある限り、本当の法律上の結婚っていつまでもできないと思うし。異性愛者の場合、結婚っていうゴールがあって、結婚してからは、2人が離れないようにするための制約になるから、そう簡単には別れないでしょ?人によるとは思うけど。でも、俺みたいなのは、そういう制約もない分、お互いにずっと好きで、一緒にいたいって思わない限り、関係を続けられないんだと思うんだよ。あっさり別れられちゃうから。

…だから、時々虚しくなる。

誰かと一緒にいると楽しいけど、その分、一人になると、自分は今、ひとりぼっちで、これから誰かと付き合ってもひとりぼっちになる可能性が高くて、死ぬときはひとりぼっちなのかもしれないって。ネガティブだとは思うけど。」

そう話す優斗の表情は寂しそうだった。

法律婚をしたところで、子供がいなければ相手と死別したら一人になるし、子供がいたとしても、亡くなるときにそばにいるとは限らない。だから、法律婚をしてもひとりぼっちにはならないという保証はないけれど、彼が言いたいのはそういうことではないと思う。

結婚が選択肢としてあるのと、ないのは大きな違いだ。

そして、異性愛者である私には、優斗の悩みを想像できても本当に理解はできないのだろうし、もし私が同性愛者だとしても、優斗とは違う人間なのだから、共感はできても、本当に分かり合うことはできないのかもしれない。

でも、優斗がこういう話を私にしてくれているのは、私のことを信用してくれているように思えて、少し嬉しかった。

なんて言えば、彼を励ませるのか色々と考えてみたけれど、上手い言葉は見つからない。

こういう時は、正直な自分の気持ちを伝えよう。

私は彼を正面に見据えた。

「もう、これは、単なる私の気持ちだけど...私は優斗が死んだら悲しい。」

私が真剣な表情で彼を見つめて言うと、優斗も真面目な表情になった。

「まだ仲良くなって半年も経ってないけど、まず、そもそも一緒にいると、ものすごい楽しいじゃん?前提として。それに、楽しいことだけじゃなくて、お互いに、あんまり他の人には見せてない姿見せ合えてると思うの。たぶん。喜怒哀楽の全部。一人じゃ抱えきれなかったものを、共有する相手がいるって、ものすごくありがたいし、貴重だし。…尊いなって思う。だから、優斗は私にとって、とても大事な人で、そんな優斗がもし死んだら…想像しただけで悲しい。もちろん、私が悲しいから死なないでって言うのは、傲慢だと思うけど、優斗は、もし死んだら、私みたいな他人からこんなに悲しまれるくらい、尊い人間なんだってことは覚えておいて。自分のこと大事にして欲しいから。」

自分が考えていること全てを、上手く伝えられているか自信はなかったけど、とにかく、私が優斗のことを大事に思っていることだけでも伝えたかった。

優斗は私の話を何も言わずに聞いていて、その表情からは彼が何を考えているか察することはできなかった。

「…決めた。もし、優斗が死んだら、私、喪主するわ。」

「…はい?」

私の発言が想定外だったのか、優斗はキョトンとしていた。

「ほら、優斗が死ぬとき、私がどういう状況か分からないから、死ぬときに立ち会うっていう約束をするのは難しいと思うの。お互い遠くに住んでるかもしれないし。でも、死んだことを聞いてからすぐ行くことはできると思うんだよね。ずっとこれからも仲良くしてれば。」

私は自分のスマホを手に取り検索した。

「ほら、喪主って、誰がやるのか決まってるわけじゃないみたいだよ。一般的には1. 配偶者、2. 子ども、3. 故人の父母、4. 故人の兄弟姉妹って順番でやるらしいけど、血縁者や配偶者がいない場合は、親しい友人やお世話をしていた人が喪主になることもありますって書いてある。優斗って兄弟いないよね?」

「…うん。一人っ子。いない。」

「たぶん、優斗の方がご両親より長生きするだろうから、優斗が死んだ時点で恋人がいなければ、私が一番近しい人間になる可能性高いんじゃない?そうなったら、私が喪主やるよ。」

私がそこまで言うと、優斗は堪えきれなかったようで、吹き出した。

「いや、なんだよ、喪主って。俺が死ぬ前提の話を考えすぎでしょ。さっきまで死んで欲しくないって言ってたのに。」

「いや、もちろん精一杯生きて、天寿を全うした場合の話だよ?」

「それなら、俺と同い年なのに、美耶、その時点で元気なつもりなの?」

「まぁ、女性の方が平均寿命長いって言うし、いけるでしょ。え?私が喪主じゃ不満?」

私の話を聞きながら、優斗はずっと笑っていた。とりあえず、元気が出たようで良かった。ひとしきり笑った後、優斗は笑顔で両腕を広げてきた。

「どうした?」

「うーん。感謝のハグ的なやつ?嬉しかったから。」

「それは良かった。」

私が近づくと、優斗は思いっきり私を抱きしめてきた。

「ありがとう、美耶。まさか喪主をしてくれるとは。」

「まぁね。私、できない約束はしない主義だから。これから、とんでもない大げんかして仲違いしない限りは喪主やるよ。優斗にその時点で恋人がいなかったら。」

「うーん。美耶に喪主をしてもらえるなら、無理して恋人作らなくても良い気がしてきた。」

「そんなこと言わずにさ。私とこれだけ仲良くなれたんだから、きっと他にも仲良くなれる人いるよ。優斗なら。」

私がそう言うと、優斗は黙ってしまった。

「…どうした?」

「…美耶がいいな。仲良くなるのも、喪主をやってもらうのも。」

...この発言はどう捉えれば良いのだろう。

私とこれからも仲良くしたい気持ちから出た言葉かもしれないけど、独占欲を出されているみたいだ。...まるで恋人みたいに。

いや、友達同士でも、自分が1番仲良くしたいと思って嫉妬することもあるし。変な風に捉えるのは良くない。

そんなことを考えていると、優斗が私の背中に回していた右手を私の左頬に添え、真剣な表情で私を見つめた。

そこからお互いにしばらく見つめ合っていた。 

これじゃあ...キスしちゃいそうじゃん。

改めて優斗の顔を見ると、その造形が自分の理想通りだと思った。すごい好みの顔。流石にドキドキしてきた。自分の心臓の音がうるさく聞こえる。

どうしたら良いか分からないまま、動けずにいると、彼の右手が私の左頬をつねった。

「...何?」

「...なんか、柔らかそうだなって思って。」

そう言うと、今度は左手も私の右頬をつねってきた。

「やっぱり、両方柔らかい。餅みたい。」

優斗は笑顔を浮かべながら、私の両頬をつねり続けた。

「...ちょっと、痛いんだけど。勝手につねらないでよ。お金取るよ。」

「へー、いくら?」

「片手ごとに、1つねり2000円、1引っ張り3000円」

「金額設定が細かいなー。」

「ほら、どんどん支払い増えてるからね、1万、2万、」

そんなやりとりをしながらお互い笑い合った。

しばらくすると、満足したのか、優斗が私の頬から手を離した。

「あー、面白かった。」

「全く何なの、もう。元気になったなら、もう少し飲もうよ。次、どの動画観る?」

「じゃあ、一昨日更新されてるやつ見よう。俺まだ観てないから。」

そのまま、動画を再生して、改めてお酒を飲み始めた。

ふと、さっき見つめ合っていたことを思い出して心臓の音が聞こえた。

ダメだ。優斗は友達なんだから、ドキドキするな。ときめくな私。

自分の中に生まれてしまいそうな感情を誤魔化すために、ハイペースで私は飲み続けた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。