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涼太の家を出た後、自分に起きた出来事に現実味がなくて、まるで夢の中にいるようだった。何も考えることができなくて、ぼんやりしながら、自分の家に向かって歩いていると、ポケットの中のスマホが鳴った。通知を確認すると、優斗から写真とメッセージが届いていた。写真には”水炊き”と書かれた小包が写っていた。
“ふるさと納税で届いたから、火曜日の筋トレ後に食べよう、絶対美味しいから。”
優斗が送ってくれた写真とメッセージを見て、なぜか私は泣きそうになってしまった。
優斗に会いたい。
そう思って電話をかけると、彼はすぐに出てくれた。
「美耶、いいでしょ、水炊き。気になった?」
明るい優斗の声を聞いて、鼻の奥がツンとした。
「...優斗、今、家にいる?」
「うん、そうだよ。どうした?」
「今から、家、行ってもいい?話、聞いて欲しいんだ。」
そう言いながら、自分の声が震えているのが分かった。私の声を聞いた優斗は、そのただならぬ雰囲気を察したのだろう。
「うん。おいで、待ってる。」
すぐにそう答えてくれた。
「ありがとう。待ってて。」
電話を切った後、私は走ってマンションに向かった。マンションまで走った時間は5分とかからなかったはずなのに、早く着きたくて、もどかしくて仕方なかった。そんなことをしても早く来てくれるわけがないのに、マンションのエレベーターの昇降ボタンを連打してしまって、エレベーターが到着して、扉が開ききらないうちに乗り込んで、ボタンを押した。4階に到着すると、扉が開くや否やダッシュして、優斗の家のチャイムを鳴らした。優斗が玄関までの廊下を歩いてくる足音を聞きながら、私は上がっていた息を整えた。そして扉が開いて、優斗の顔を見た途端、私は泣き出してしまった。彼は私の左腕を掴んで玄関の中に引き入れて、そのまま抱きしめてくれた。優斗の顔を見られた安心感も相まって、私は自分でも驚くほど大声で泣きじゃくった。彼はそんな私の背中をさすり、頭を撫でながら、
「美耶、大丈夫。俺がいるから。」
そう言って慰めてくれた。その優しい言葉が嬉しくて、また泣けてきてしまった。
どれくらいの時間泣いていたか分からないけれど、玄関から見えるリビングの窓からの陽が傾いていたのが分かったので、30分近くは経っていただろう。ひとしきり泣いて、少し落ち着いた私は、優斗に声をかけた。
「...ありがとう。すごく助かった。」
「どういたしまして。少し落ち着いた?中に入って椅子座れそう?」
「うん。大丈夫。話、聞いて欲しい。」
そう言うと、彼は私の背中に回していた手をゆっくりと解いて、心配そうに私の顔を見ていた。
「いくらでも聞くよ。行こうか。」
私たちはそのままダイニングテーブルの椅子に向かい合って座った。
私は涼太と別れたことと、そして、別れるまでの経緯を話した。私の話を聞いている間、優斗はずっと眉間に皺を寄せていて、時折心配そうに私のことを見つめていた。
彼は、私が話終わるまで口を挟まず、私が一通り話し終わると、ゆっくりと口を開いた。
「なんだよ、そいつ。浮気してる自分のこと棚に上げて。最低じゃん。」
優斗がここまで怒っている姿を初めて見た気がした。
「正直そう思ったよ。...何も話してもらえなくて、会うこともできなくて、久しぶりに会えたら、新しい彼女ができていましたって何?私が連絡しなきゃ、自然消滅狙ってたじゃん。きっと。本当、バカバカしい。私との4年ってなんだったんだろうね。」
彼との別れるまでの流れを思い出すとどう頑張っても投げやりな言い方になってしまう。
「向こうに対しては、今は怒りしかないし、未練もないけど...私、あの人との将来、想像できるなって思ってたんだよ。今思うとバカみたいだけど…。穏やかな毎日を過ごせるのかなって...。でも、私がそんな風に思っていたときに、向こうは私に対して、合わないなって思ってたって知ってさ、なんていうか...虚しくなった。私、相手のこと、何にも分かってなかったんだなって...私がもう少し知ろうとすればよかったのかなって。」
私には話せなくて、新しい彼女には話せた。
その事実が、私の自尊心を削っていた。
私のそんな様子を心配そうに見ていた優斗は、
「…でも、今まで、美耶はそいつに何度が言ったんでしょ?本心を教えてほしいって。充分やるだけのことはやってるでしょ。それでも教えてもらえなかったなら、自分を責める必要ないよ。
それに、向こうが美耶を妬んでる状況だったなら、どんなに美耶が歩み寄っても心閉ざしてたんじゃない?美耶に嫉妬してたのも、そいつ側の劣等感が原因だからさ。こんな言い方すると元も子もないけど、美耶にはどうすることもできなかったと思うよ。美耶が、向こうに合わせようとすればするほど、向こうはさらに劣等感を感じて意固地になってたんじゃないかな。
"美耶はこんな俺にも優しいのに、俺は全然ダメだ"みたいな感じで。たぶんだけど。新しい彼女に対しては、悪い印象を持ってたから思いきって話せたって言ってたなら尚更。」
と言ってくれた。
私の中で優斗の意見がとても腑に落ちた。
私がもっと気を遣えば良かったのかもしれないけれど、毎日機嫌良くいられるように頑張っている自分の生き方を、彼の劣等感を刺激しないために、曲げるのには納得できなかっただろう。
「…結局さ、価値観とか色々、合わなかったって言葉でまとめられちゃうんだよね。不本意だけど、向こうが言う通り。」
皮肉だけど、考えれば考えるほど、涼太の言うことが正しい気がしていた。私たちはあまりにも違うことが多かったし、それを擦り合わせることもできなかったのだ。向こうにその気がなかったのが原因だけれども。
「…でもさ、好きだったんでしょ、美耶は。」
優斗に聞かれて、また少し鼻の奥がツンとした。
「…うん。好きだったよ。」
「だったら、傷ついて落ち込むのは当然だし、裏切ったそいつに対して怒るのも当たり前だよ。好きって気持ちは、どうしようもなく沸き上がってくるものだから。…経験上、俺はそう思う。とりあえず、怒って、泣いて、気が済むまでそいつの悪口言おうよ。いくらでも聞くから。」
そう言って優斗は優しい笑顔を私に向けてくれた。彼も、幹弥さんとの別れで、色々な感情を経験したんだろう。経験者の言う言葉には重みがある。
「…そうだね。うん。とりあえず、泣くだけ泣いたから、今から怒ろうかな。悪口言っちゃおう。」
私がそう言ってにやりと笑うと。
「じゃあ、酒が必要だな。水炊き作っちゃうか。あとは野菜さえあれば作れるから。」
優斗は私と共犯になったように、悪そうな表情をした。
「ちょっと、それ最高。野菜を買いに行こう。もちろんお酒も。」
その日はそのまま2人でスーパーに向かい、ああだこうだ言い合いながら、買い物を済ませ、優斗の家で、酒を片手に水炊きを一緒に食べた。彼は、私の愚痴を散々聞き、一緒に涼太の悪口を言ってくれた。そのおかげで、自分の心の傷が少しずつ癒えていく気がした。
「…優斗がいてくれて良かったよ。本当に感謝してる。ありがとう。」
散々お酒を飲んで、思いつく限りの涼太への愚痴を話した私は、優斗にお礼を言った。
「どういたしまして。こちらこそ。…結婚式の時、散々お世話になったから。そのお返し。困ったときはお互い様だよ。」
私と同じペースで飲酒して、顔が赤くなっている優斗が優しく伝えてくれた。
今の私のように、あの時の優斗の心の傷を自分が少しでも癒やせたのかもしれないと思うと、嬉しかった。
「…きっと、美耶なら、また、いい人見つかるよ。だって美耶はいい人だし、ゲイの俺から見てもいい女だと思うから。自信持ちな?」
そう言って優斗はグラスを掲げた。
「…それは、非常に嬉しい意見かもしれない。」
優斗の言葉が嬉しくて、私もグラスを掲げて、再び乾杯した。
「では、友情に乾杯ってことで。」
そう言って、2人で笑い合った。




