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「美耶、最近どう?しばらく会えてなかったから近況報告しようよ。」
「うーん。1番大きいのは、すごい仲の良い友達ができた。ゲイの。」
「...想像していた近況報告と違いすぎるんだけど。」
その日は久しぶりに大学時代の友人である鈴香と飲んでいた。優斗が酔い潰れた日に会っていたのは彼女で、その後もなんとか泊まりがけで出かけられないか調整していたけど、お互いに仕事の都合がつかず、結局いつものように仕事終わりの金曜日の夜に飲むことになったのだ。
私は鈴香に優斗と仲良くなった経緯を説明した。幹弥さんのことを話すのはなんとなく憚られたので、酔い潰れた隣人を介抱してのがきっかけで仲良くなったと伝えた。
「へぇー、そんな出会い方もあるんだねー。これでゲイじゃなかったら付き合い始めそうなエピソードだ。」
「だよねー。でも、なんと言うかウマが合いまして、私の推してるアイドルのライブに一緒に行ったり、向こうが筋トレが趣味だから、筋トレ教えてもらったり、家で飲んでダラダラ話したり、YouTube見たり、なんかこうやって話してると、まるで大学生みたいなことしてるよね。」
「なんかいいなー。男友達って気楽だけど、間違いが起こる可能性がゼロじゃないから、距離詰めるの難しいじゃん?でも、ゲイならこっちを恋愛対象として見ないだろうから、その心配ないもんね。」
鈴香の言う通り、優斗が私のことを恋愛対象として見ていないからこそ、自由に過ごすことができる。
「ていうか、それよりも、彼氏とどうなのよ。もう長いでしょ、涼太君と。ゲイの友達とばっかり遊んでて良いの?」
「うーん...。そもそも、あんまり会えてない。」
優斗に涼太とのことを相談してから2回ほど会ったけれど、どちらも仕事帰りに外食しただけだったので、深い話はできず、私の中のモヤモヤは解消されることはなかった。
「...もしかして、浮気してたりして。」
自分の中の不安な気持ちをあえて打ち消すように言ってみると、
「えー、涼太君が浮気してたら私もう男の人のこと信じられないわ。誠実の塊みたいな人でしょ彼。ザ・好青年。それに美耶にベタ惚れって感じだったのに。」
「あはは、それは言い過ぎじゃない?まぁ、何があるか分からないから、私ももう少しちゃんと向き合わないとね。」
笑いながらそう言ってから、私は話題を変えた。
次こそは絶対お泊まりをしようと固く約束をして、お店の前で鈴香と別れた。
久しぶりに思う存分話せて楽しかったな。
そう思いながら、ほろ酔い状態で気分良く最寄駅までの道を歩いていると、ふと車道を挟んだ向かい側の歩道に目がいった。
私は自分の視線の先にある光景から目を離せなかった。
涼太がロングヘアの女性と2人で歩いていた。
2人とも、とても楽しそうに笑っていて、涼太があそこまで心から笑っている姿を自分がしばらく見ていないことに気づいた。
一気に血の気が引いて、心臓の音が大きくなっていく。
私はスマホを取り出して、涼太に電話をかけた。
歩いていた涼太は、ポケットから震えるスマホを取り出した。恐らく液晶画面には”橘美耶”と表示されているはずだ。涼太は誰からの着信か確認した後、電話には出ずにスマホをポケットに戻して、そのまま2人で歩いていった。
雑踏の中にいるはずなのに、何も音が聞こえなくて、まるで世界に私だけが取り残されてしまったようだった。
“会って話したいことがあります。時間を作れますか?”
なんとか自分を奮い立たせて、家まで帰り、涼太にメッセージを送った。いつ返信が来るか分からないけど、あの光景を見た以上、何もせずにはいられなかった。すると、予想よりも早く彼から返信が来た。
“俺も、話したいことがあります。急だけど明日会える?”
この返信を打っている彼の隣にはあのロングヘアの彼女がいるかもしれない。
そんな想像をしながら、メッセージのやり取りをして、翌日、涼太の家に行くことになった。
「久しぶり。元気だった?なかなか時間作れなくてごめん。」
涼太と会うのは1ヶ月ぶりで、彼の家に行くのは、一緒に鍋を食べて以来だから、およそ3ヶ月ぶりだった。
そしてたぶん、今日が最後になるのかもしれない。
「うん。私は元気だったよ。」
私はそう答え、2人並んでソファーに座った。会話は続かず、気まずい沈黙が流れた。
どんな結論になるにせよ、はっきりさせなければいけない。
「...あのさ、私、昨日の夜、見たんだよね。涼太が女の人と歩いてるところ。」
そう言うと、彼が息を呑んだのが分かった。
「あの人、誰?」
この質問の答えで、全てが決まる。私は自分の鼓動がどんどん早くなるのを感じていた。
「...3ヶ月くらい前に、俺の職場に転職してきた同僚で...俺の好きな人。」
あぁ、やっぱりそうなんだ。
もう、私は涼太の好きな人じゃないんだ。
「...付き合ってるの?」
ある程度予想していたとはいえ、実際に浮気をされていたと思い知らされると、自分が想像以上に傷ついていることに気づいた。
それでも、意外と冷静に声を出せた。
「...うん。」
「...私とちゃんと別れてないのに?」
「...ごめん。だから、ずっと、早く言わなきゃって思ってたんだ。」
「...向こうと付き合うって決めた時点で、私に言わなきゃ、誠実じゃないよ。」
私が連絡をしなかったら、涼太はこのまま自然消滅を狙ってたんじゃないだろうか。そんな風に思ってしまう。
美鈴、涼太は誠実な人じゃなかったよ。
私の嫌な予想は的中したよ。
そんなことを考えていると、涼太は、床に座り、私に土下座をし始めた。
「本当にごめん。俺はいくら怒られても、仕方ないことをしたと思う。俺、学生時代からずっと美耶に憧れてて、好きで、付き合えて本当に幸せだった。美耶はたくさん趣味があって、友達もいっぱいいて、いつも楽しそうで、機嫌が良くて、嫌なことがあってもすぐ切り替えられて、そんなところがすごいなって思って、好きだったんだ。美耶みたいな人間になりたいって思ってたんだ。
...だけど、美耶に近づけば近づくほど、俺は美耶とは違うって思い知らされた。美耶、仕事も、順調だし…。俺は美耶みたいに前向きになれないし、いつもウジウジして、嫌なことがあっても笑って誤魔化してて。仕事だって、何も成し遂げられてない。そんな自分と美耶を勝手に比べちゃって、どんどん自分が嫌になって、卑屈になっちゃったんだ。俺が落ち込んでる時に、美耶に優しく、辛いことがあればなんでも話を聞くよって言われるたびに、自分が惨めで、情けなくて何も言えなかった。恥ずかしかったんだよ、美耶みたいになれない自分のことが。俺は美耶には相応しくないんだなって。合わないんだろうなってずっと思ってた。
...そんな時に楓と出会ったんだ。昨日、美耶が見た人。
...楓は、俺と話してすぐ、俺が自分の気持ち抑え込んで無理して笑ってることに気づいて、何度も本心を隠すなって言ってきて...。最初はデリカシーのない人だなって思って、苦手だったから、聞かれても誤魔化してたんだけど、あまりにも言われるから、ある時、思い切って、自分が思っていることを全部話したんだ。そしたら、本当にびっくりするくらいスッキリして...。あぁ、こんな風に自分の気持ちを包み隠さず伝えられる人が、俺に合う相手なんじゃないかって思ったんだ。」
その楓という人は、私では開けることができなかった涼太の頑なな心を開いたのか。すごいな。
...でも、私だって、私なりに、頑張って、涼太の心を開こうとしてたんだよ。
一瞬、涙が出そうになってしまったけど、堪えた。悔しくて、泣きたくなかった。
この悔しさは、楓という人への嫉妬で湧いてきたのか、頑張っても涼太に向き合ってもらえなかったことからくるものなのかは、よく分からなかった。
私は深呼吸をしてから話し始めた。
「...ねぇ。涼太。私と合わないかもしれないって思ってたなら、なんでそれを私に言わなかったの?付き合うって2人のことなのに、なんで、涼太の中で結論を出したの?」
私がそう尋ねても、彼は何も答えなかった。
「涼太、私と向き合おうとしたことあった?」
「...ごめん。」
「それに、その楓って人と比べて、私がいかに涼太に合わないかを丁寧に説明されてる気がするんだけど。」
「ごめん、そんなつもりじゃ...。」
私は、涼太のことを優しい人だと思っていた。でもそれは勘違いだった。彼は、たとえ揉めることになっても、相手とより良い関係を築くために行動すべき状況から逃げる人だったんだ。
4年も付き合ってたのに、私は、涼太のことを、何も分かっていなかった。その事実が悲しくて、虚しかった。
そして、まるで被害者みたいに辛そうな顔をしている彼に腹が立った。
もういいや。全部終わらせよう。
私はゆっくりと口を開いた。
「...ずっと、涼太が、何が辛いことがあっても私に何も話してくれないこと、悩んでた。何度か強めに言ったこともあったよね?でも教えてくれなくて。これ以上、しつこく聞いたら涼太を困らせちゃうかもしれないって考えて、いつも、最後は、涼太の本心を教えて欲しいっていう気持ちを飲み込んでた。私もね、悩んでたんだよ。付き合ってるのに、本心を話してもらえないこと。
でも、最近、友達に、彼が言ってくれるまで、粘り強く聞き続けたほうがいいってアドバイスをもらって、涼太と向き合おうって思ってたの。ただ、涼太が全然会ってくれなくなって...。
もう遅かったんだね。
私が思ってること言ってもいい?
私のことをまるでいつも前向きで悩まない人間みたいに言うけど、そんなことないよ。私だって悩むこともある。でも頑張って切り替えてるの。前を向くために。私だって、必死なんだよ。それをまるで私が生まれつき、恵まれてるみたいに言われるのは納得できない。私だっていつも機嫌良くいるために、努力してるの。辛い時も明るい気持ちになれるように、元気をもらえるような趣味をたくさん持って、落ち込んだ時に弱音を吐ける、頼れる友達を作ってとか、頑張ってるの。仕事だって小さな失敗をしながら、それを反省して、時間をかけて、私なりに丁寧にやってるから上手くできてるの。なんでも簡単にこなせてるわけじゃない
ねぇ、私のそういうところまで、知ろうとしてくれた?想像してくれた?羨ましがってただけなんじゃない?」
私がそう聞いても、涼太は何も答えなかった。
「...結局、本音を一つも言い合えてなかったんだね。私たち。うん。無理なのが分かった。
それに、言い訳して、自分がいかに辛かったかばっかり話して、私がどう頑張っているかとか、辛いときにどう乗り越えていたとか、想像しようともしなくて、挙げ句の果てに浮気するような人のために、これ以上、頑張らなくて良かった。
...涼太、最後の最後に、私にとって1番嫌な人でいてくれてありがとう。心の底から軽蔑させてくれてありがとう。おかげさまで未練を残さず別れられるよ。これでもう私と自分を比べなくて済むよ。良かったね。...さようなら。」
私は、彼の目をまっすぐ見つめて、彼が傷つくように、言葉を選んでいた。泣き叫んで怒られるよりも、静かに恨み言を言われる方が辛いはずだ。その効果はあったようで、私が話している間、彼はまるで胸をナイフで刺されたみたいに、ずっと苦しそうに顔を歪めていた。




