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2人で初めてジムに行った日以降、私は火曜日と木曜日の週に2回、優斗の家で筋トレをするようになった。ウォーミングアップも合わせて40分程度筋トレをした後に、一旦自分の部屋に戻りシャワーを浴びてから、再び優斗の部屋に行き、一緒にお酒を飲みながら、ダラダラ話したり、YouTubeを見たり、ゲームをしたり、アイドルのライブのBlu-rayを見たりと、まるで学生のような時間を過ごしていた。気兼ねなく、なんでも一緒に楽しめる関係性がとても心地よかったのだ。
「え、これすごい美味しい。どうやって味付けしたの?」
2人で飲む時は、基本的にお互いに料理を持ち寄ることが多かったけど、明らかに優斗の料理の方がクオリティが高かった。この日も彼が用意した枝豆が格別に美味しかったので、思わず彼に質問してしまった。
「味染みて美味しいでしょ?浅漬けにしてる。意外と簡単だよ。」
私に褒められて、優斗は満足そうな表情をしていた。
「はー、枝豆に塩を振る以外の味付けをしようと考えたことなかった。さすが。やっぱり優斗のご飯美味しい。」
「美耶が作ったやつも、別に悪くないと思うけどね。美味しいよ。」
私が作ったベーコンとキノコのバター醤油炒めを食べながら、そう評価してくれた。
「ありがとう。でも、私の料理の味付けって、めんつゆ、バター醤油、ペペロンチーノ、中華だしと胡麻油の4種類で回してるからなー。具材が違うだけでワンパターンというか。」
「それは...正直思ってた。」
優斗が苦笑いをしながら答えた。
「あー、やっぱりバレてたかー。」
薄々勘づいていそうだなとは思っていたものの、実際に指摘されるとバツが悪い。私は肩をすくめながらレモンサワーを一口飲んだ。
「でも、その4種類の味ってハズレがなくて、だいたい美味しくなるからいいんじゃない?」
そう言ってフォローまでしてくれるのが優斗の優しいところだ。
「じゃあ、これからもその4種類で乗り切ろう。他の味付けは頼んだ。」
「はいはい。」
その日はそのままYouTubeを見てダラダラと話していたけど、時折、優斗が考え込んでいるような表情をしていることに気づいた。
「優斗さ、なんかあった?」
「え?何、急に?」
優斗は少し驚いたあと、笑いながら私のことを見ていた。
「うーん。なんか、心ここに在らずって感じがしたから。悩みでもあるのかなって思って。」
私がそう言うと、優斗はまた少し考えた様子を見せた後に、口を開いた。
「今週の日曜日...結婚式なんだよね。幹弥さんの。」
そう聞いて、少し酔いが醒めた。
そうか、あの夜からもうそんなに経っているのか。
一瞬で、2人がキスを交わしていた様子が頭に浮かんだ。
「そっか...辛い?」
私がそう尋ねると、優斗は少し逡巡している様子を見せた。
「...時間が経ったから自分の中で整理できてきたのかなって思ってたけど...いざ、結婚式が近づいてくると...辛いよね。しんどい。うん。苦しいわ。
でも、いつまでも振られた相手にこんな気持ちになるなんて。囚われすぎてるよね。バカだな俺。」
そう言った後に、とても悲しそうに笑った。その表情を見て、胸が痛くなった。
「...バカなんかじゃないよ。本気で好きだったってだけなんだから。」
まっすぐに優斗を見つめて言うと、彼は私の方を見た。少し不安そうな顔をしていた。
「引きずり過ぎて、毎日寝込んでご飯も食べられないくらいなら、なんとかしないとダメじゃない?って思うけど、優斗は毎日ちゃんと起きてご飯食べて、仕事して、私と筋トレして、しっかり生活してるもん。偉いよ。心の中でどう思っていても、こんなふうに生きているんだから、何も問題ないよ。頑張ってる。うん。」
私がそう言うと、優斗はしばらく黙った後に、軽く笑った。
「...そうかな。俺、偉い?」
「うん。偉い。どんなに悲しくても、毎日、社会人として、生きてるだけで偉い。だから、とにかく自分を責めるのは辞めなね。...誰かを好きな気持ちなんて他人にどう言われても、どうにもならないんだから。問題ないよ。囚われても引きずっても良いでしょ。」
私は優斗の背中を軽く叩いた。
「いつでも、いくらでも話なら聞くって。安心しなさい。君にはハイボールさえあればいくらでも話を聞いてくれる私という友人がいるんだから。」
そう言うと、
「ハイボールは必須なのね。OK。ウイスキーを瓶ごと買うか、いっそのこと。」
そう言って嬉しそうに笑ってくれた。
その様子を見て、私の中で幹弥さんへのささやかな復讐を思いついた。
仕方がないとはいえ、こんなふうに優斗の心を奪ったまま、別の人と結婚する彼に対して。
「...結婚式の日のスーツってどんなやつ着るの?」
私がそう聞くと、優斗は要領を得ない表情をしていた。
「...普通に、持ってるスーツを着る予定だったけど...。」
彼の頭の上にハテナが飛んでいるのが見えた。
「せっかくならさ...ささやかな抵抗をしてみない?明後日、暇なら一緒に買い物行こうよ。」
「どう?これ良くない?」
「え、ものすごく良いと思う。」
約束した日、私と優斗はスーツ屋さんにいた。そこの商品は少し値は張るけれど、おしゃれなことで有名だった。
あの夜、私は優斗に、幹弥さんの結婚式にとびきりおしゃれでかっこいい姿で参加することを提案したのだ。
「優斗と離れたことを、後悔させるくらい、かっこいい姿で登場しようよ。こんなに、優斗は傷ついてるんだから、それくらいは許されるはずだよ...最後の挨拶に。」
私の話を聞いた優斗は腕を組んでしばらく考えていたけれど、
「...そうだね。あんたが捨てたのは、こんなに良い男なんだぞって、後悔させてやろうか。」
そう言って優斗はイタズラっぽく笑った。
店員に勧められるまま選んだ、濃紺のスリーピーススーツは優斗の引き締まった体型によく似合っていて、ワインレッドのネクタイに、紐付きの黒のレザージュース、ネクタイピンにカフス、白のポケットチーフをつけたフル装備を試着した姿は、まるでモデルのようだった。
「すっごい、想像以上に似合ってるよ。かっこいい。これはきゃーきゃー言われる。芸能人みたい。」
自分のボキャブラリーの限りを尽くして褒めると、
「流石にそこまで言われれと恥ずかしいわ。」
優斗は少し顔を赤らめながら、恥ずかしそうに笑っていた。
こうして、試着した全てのアイテムを購入し、私たちは店を出た。
「かっこいいだけあって、全部合わせると結構なお値段だったね。」
一通り揃えると、支払いが10万を越えていて、レジの前で思わず息を呑んでしまったけど、目標を達成するために、優斗は深呼吸をしてからカード払いをしていた。
「まぁ、確かに高い出費だけど、これからも仕事関係でパーティーに参加することもあるし、良しとするよ。
...俺にとっては人生で1番大事な場面かもしれないし。一世一代の大勝負。」
そう言って、優斗は購入した品が入った紙袋を見つめていた。
「...明日、結婚式何時までなの?」
「11:00から結婚式で、披露宴が多分14:00くらいまでなはず。」
「...私、明日、家にいるからさ、終わったらおいでよ。」
私がそう言うと、優斗は私の顔を見た。
「...たぶん、1人だとしんどくなるんじゃないかなって。お節介かもしれないけど。美味しいお酒、用意しておくから、日曜日の昼間から、飲酒を決め込もう。」
私の言葉を聞いた優斗は、ゆっくりと笑顔になった。
「...ありがとう。お言葉に甘える。」
翌日、私は家で何度も時間を確認していた。せっかくのお休みだからと観ていた映画にはほとんど集中できず、優斗が来るのを待っていた。
14:40にチャイムが鳴り、インターホンを確認すると、優斗だった。私は急いで、玄関まで彼を迎えに行った。
扉を開けて、お疲れ様と言おうとした瞬間、優斗は私を抱きしめてきた。
彼の両肩は震えていて、泣いているのが分かった。
私は彼の背中に手を回して、優しく撫でた。
「...お疲れ様。」
「...うん。」
「...偉かったね。」
「...うん。」
優斗が泣き止むまで、私たちはずっと玄関で抱き合っていた。しばらくすると、優斗が腕を解いて、私の顔を見た。目は真っ赤だけど、涙は止まっていた。
「...美耶、ありがとう。ちゃんと、お別れできた気がする。」
そう言って、少し切なそうに笑っていた。
「そっか。それならよかった。やっぱり、抜群にかっこいいね。スーツ似合ってるよ。」
「うん...幹弥さんが俺のこと見つけた時、目を見張って、息を呑んだ後...勘違いかもしれないけど、すごく切なそうに俺のことを見てた。
たぶん、俺が良い男過ぎて、後悔したんじゃないかな?」
そう言うと、優斗は、イタズラっぽく笑って見せた。
「たぶん、勘違いじゃないと思うよ。今日の優斗、ものすごくかっこいいから。いつもに増して。」
「...俺、会場を出て、新郎新婦に見送られる時に幹弥さんに”ずっと、幸せを感じていてほしいです”って言ったんだ。
...幹弥さん、一瞬泣きそうな顔をしてから、笑顔で俺に”ありがとう”って言ってくれた。」
高校時代の幹弥さんが言っていた、”愛している”を意味する言葉を、優斗は彼に伝えられたのだ。
「...やったね。頑張ったね。」
「これでしばらくは俺のこと引きずるだろうね。ちょっとだけザマーミロって思った。」
そう話す優斗の表情はどこか晴れやかだった。
きっと彼の中で少しは幹弥さんに対する気持ちに区切りがついたのかもしれない。
「...ところで、美耶、なんか、いつもと格好違わない?」
ネイビーのワンピースにパールのネックレスのイヤリングをつけて、髪の毛をアップにした私を見て、優斗は不思議そうな表情をしていた。
「...せっかくなら、ちょっとしたパーティーをしようかと思って。優斗のお疲れ様会。せっかく優斗がおしゃれな格好してるのに、私だけ普段着じゃもったいないなって思って。お呼ばれスタイルにしました。」
私はその場でくるっと回って、スカートの裾を持ってお辞儀をした。
「...なんだよそれ。気合い入ってんな。」
優斗は私を見て目を細めながら、笑ってくれた。
「では、中へどうぞ。飾り付けはあんまりできてないけど、おつまみと、ちょっと良いお酒を用意してますよ。」
「...ありがとう。...よし、飲もう!」
そのまま2人で昼間からお酒を飲んで盛り上がった。
その時間は本当に楽しくて、いつまでも続いてほしくて、私は優斗に出会えたことに心から感謝していた。




